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面倒見のいい男

「オラァァ!!」

「ッと!」


 大剣は風ごと切り裂くように振りかぶってはヴィクトリアの頭上めがけて振り下ろす。彼女はひらりとサイドステップで避ければ曲げた膝をバネに間合いを詰めて、しっかりと右肘を引いて僅かに屈み、エイベルの両腕の間から顎めがけてアッパーを繰り出した。

 エイベルは振り下ろした体勢から整えている最中、攻撃に身構える余裕はない。これで決まった!とヴィクトリアが思ったその瞬間、彼女の拳は彼の片手の掌に顎直前に止められていた。


「あっぶねぇ、容赦ねぇなお前ッ!」

「じゃなきゃ怒るでしょ!」


 彼女の鉄に覆われた拳を片手では長時間抑えることは出来ない。エイベルはすぐに彼女へ足払いをかけて体勢を崩したところでバックステップで距離を取る。そこで大剣を両手で構え直し体勢を整えた。

 兵士達の激しい接近戦は、町の片隅にある空き地で行っていた。じりじりと靴底を焼いていく熱砂、浴びせられる強い日光に二人の額や首筋には汗が光っている。それを脇で腕を組んで見守るのはヴェル。木陰に隠れて日を避けながら、二人の練習試合をじっとフードの下から見つめていた。


「ぅおりゃァッ!!」


 エイベルは走り込みながら大きく大剣を薙ぎ払うよう振り回す。砂と共に熱風が僅かに巻き上がってヴィクトリアの頬に当たり、伝う汗に砂粒は溶けていく。

 ヴィクトリアは真正面からその薙ぎ払う一閃へと突っ込むかと思いきや、鉄の刃が当たるぎりぎりで跳躍する。


「これでッ!」


 ヴィクトリアの踵落としがエイベルの脳天に決まりかけた時、がくんとエイベルが膝から崩れ落ちるように身長が下がった。これにエルダの踵落としのタイミングが僅かにずれてしまう。

 それを狙ってかエイベルは大剣の刀身に一旦身を隠して彼女の踵落としを大剣で受け止めた。

 当てるはずだった踵落としを受け止められてしまい、彼の刀身を踏みこんで綺麗な宙返りを見せては彼女は砂地に着地し、また握り拳を作って構えを取る。


「ストップ。そろそろ休憩にしなさい。」

「はーい。」

「はいはい。」


 二人の視線は互いを捕捉し逃がさないようだったがそのモードも解け、一旦ヴェルの方を見遣った後それぞれ構えを解いては汗を拭いたりとしながらヴェルへ近づいて行った。


「な、おっさん。今のどうだったよ。」

「大剣使いの割には中々いい俊敏性だったよ。あと機転も利くようだしね。咄嗟の判断力はこれからも一層伸ばすと良い。……ただ、攻撃の方法が少し単調になりがちだな。振りかぶりも隙が大きいし、薙ぎ払いは避けられた後の立て直しが一番難しい。袈裟切りから別の攻撃へと繋げられるように、一個一個の技で留めるのではなくもう少し踏み切ってみたらどうだろうか。もし出来ないようであれば、まずは体力と筋力作り、といったところか。」

「ね、ヴェル、私は?」

「やはり君はすばしっこいね。あとその軸のぶれない身のこなしはとてもいい。柔軟性もあるから、今後はもっと足技をしならせるような風に出来たら花丸だな。拳、足とバランスよく使っているようだがもう少し手数を増やしたらどうだろう。体力消耗は激しくなるが、君とエイベルじゃ一撃のダメージ量がまず違う。腕の筋肉をつけるのはもちろんだが、それ中心ではなく筋肉を柔らかくするのに重きを置いて鍛えればいいだろう。」


 ヴェル先生の指南を真剣に聞きながら、水分補給の革袋をごくごくとエイベルは飲み干す。ヴィクトリアも肩にかけたタオルで額を拭きながらも大きく頷いた。


「わっかりました!今後はストレッチも多めにする!」

「うん、それがいいだろう。」

「ったく、アンタ本当になんでもこなしちまうんだな。」


 恐れ入ったぜ、とエイベルは笑いながら肩を竦めて革袋の口を閉じる。

それとは反対にヴェルは乾いた笑いを浮かべては彼へタオルを投げ渡した。


「たまたまだよ。君たちの戦闘方法は今と昔の私と得物が同じでね。」

「え?!今と昔っつーと今は拳だから…あんた昔は大剣使いだったのか?」

「ああ。軍に居た頃はね。…まぁ、使っていた剣はあの戦争で無くなってしまったけれど。」

「無くした?」

「ああ。…それほどあの時の私は周りも自分も見えない愚か者だったということだ。」


 苦笑交じりのその表情は、フードに隠れてあまり見えない。口元と僅かに目元が下がった位しかエイベルには見えなかった。思わずわりぃ、と謝ると気にしてないと笑い声と共にその口から返って来た。


 三人は作戦決行の日までに身体を鍛えて臨みたいと思いが一致し、こうやってヴェル監修の下、特訓に明け暮れていた。

 例の装置の部屋へ案内されてから、数時間後のことである。ヴィクトリアは遠くに見える長老の家の扉を見つめた。


「……それにしても長老の家、ほんっと誰一人出てくる気配がないね。」



_____




「す、すごい……!こんな現象、見たことがない……!」


 石の台座の上で起こっている、宝石と魔道書のコンビネーション技に一行は目を見開き驚きの表情を浮かべていた。


「ほっほっほ、学者殿も見たことあるまい。」

「ええ!すごい、すごいぞこれ……!」

「兄さん、一応聞いておくけど何がどうすごいの?」

「魔法というのは媒体に触れてなければ発しないだろう?けれどこれは一人でに、しかも遠隔操作している事になる。前代未聞だ、大スクープだぞこれは!嗚呼、触りたい、解き明かしたい!」

「ほっほっほ、優しく触るくらいならよいぞ~。優しく、おなごに触れるようにソフトタッチじゃ。」

「ほ、本当ですか!くっ、緊張する…!」

「なぁ長老、これってどういう原理なわけ?」

「原理と言われましても……わしには神の御業であるとしか言いようがありません。風神の涙…アネモゼフュー・オブティアとも呼ばれますが、これは先祖代々、長老の家に伝わるもの。砂岩の魔本もこの台座から離れたことは一度もたりともありませぬ。」


 王子に長老が説明している合間にフィーディはそっと台座に近づき、

くるくると回る風神の涙に人さし指を突き出しては軽く、ちょんちょんとつついてみる。

 風神の涙は押されて少しよろめくように揺れただけで石の緩い回転は止まらず、相変わらず紙面の上で風を纏わせていた。


「おお!」

「なンか発見はあったのか?」

「この石の周りには風が吹いてる上に自律してこの本の上に浮上しているみたいなんだ。それに決して本の上からどこうとしない。」

「魔法が使える宝石ってのはその属性のものを纏ってるもんなの?」

「いや、魔法を使う時に光ったり纏ったりすることはあれどこうやって常に纏い続けて光り続けるのは見たことがない。」


 フィーディは台座に手をつき今度は本の方へ視線を移す。覗き込むようにして目を凝らし、紙面をじっと見つめれば気付いた事をメモし始める。


「俺の炎の魔道書とは明らかに字体が違う……。ううむ前時代のものではない可能性も…むむ……。」

「あちゃ~、完全に研究者モード入っちゃったか……。こうなると気が済むまでここに居続けるよ、兄さん。」

「首根っこひっつかんでどかしてやろうか?」

「いやいや、それには及ばん。学者殿には心行くまで研究させてやろうじゃないか。」

「涙が光れば本の文字も光る、……ページが捲れる周期は……。ふむふむ…、なるほど……」

「……なあおいヴィクトリア、お前の兄貴はいつもこうなのか?」

「うん、まぁ大体そうかな……。」


 後ろで妹とエイベルがあきれ顔をしているのに、気にもせずにフィーディは本と涙を交互に見たり調べたりと一人忙しない。よいよい、と長老が皆に手を縦に振っておけばフィーディを除いた一行へと振り返る。


「では例の作戦は一週間後、この風神の涙から光と風が無くなる日に決行じゃ。それまでは各自自由行動とするかのう。……まぁこの町の中でになってしまうが。」

「やったー!それまで遊ぶぜ!」

「おいおい緊張感くらいもっとけよ。…俺ぁ少し鍛えさせてもらうぜ?」

「あ、私も!ねぇヴェル、私に稽古つけてくれない?」

「私がかい?……まぁ、そうだな、構わないよ。」

「あっヴィクトリアずりぃぞ!俺が先に頼もうと思ってたのによ!」

「はは、ヴェル人気者じゃん。」

「……ソレイル様、からかわないでください。」


 兵士二人は元先輩兵士のヴェルの腕をご教授いただきたいようで、そのやり取りをテフは笑いながら見つめている。


「テフはどうするの?」

「え?う~ん、そうだなぁ……散歩したり、ここでフィーディさんや長老様のお手伝いしたり、色々やろうかなって。」

「あ!じゃあ今度買い物とかも付き合ってよ!」

「うん、いいよ!ふふ、ヴィッキーと買い物かぁ。今から楽しみだな。」

「買い物は、今日宿に帰ったら詳しく決めよっ!んじゃ、私達は外で訓練してるね~!」

「いってらっしゃーーい!」


______________________



と、いう風にテフに見送られ、3人が外にいるわけで。


「きっと研究に忙しいんじゃないのかな?」

「あの部屋で倒れられたら女に老人に子供しかいねーじゃねぇか。」

「まぁ、そうならないように祈る位しかできないわね。ま、後で晩御飯とか長老様の家に作りに行きましょ!……さて、エイベル!続き続き!」

「おう!」


 2人はタオルや皮袋を木の根元に置き、先程戦っていた場所へ再び戻る。2人が戦っていた砂地は2人の足跡や踏み込み跡で抉れており訓練と言えど中々苛烈だったことが伺える。

 武器を構えて互いに視線が対象を捉え一歩を踏み出そうとした時、聞き覚えのない声が響いた。


「すみませぇええん!!」


 一人の少年が2人に駆け寄っては泣き腫らした眼で見上げる。よく焼けた褐色の肌が健康的なこの町の子供だ。


「な、なんだなンだ。どうしたよガキ。」

「あの、あのッ!大変なんです、友達が、友達が!」

「わぁったから落ち着けよ。その友達がどうした?」

「ひぐっ、と、鳥に、…このままじゃ鳥に、食べられ…ぇぐっ…」

「あぁ~泣くな!泣くンじゃねぇ!泣くのは全部言ってからにしろ!で!?友達が鳥にどうされたってんだ。」

「でっかい鳥に連れてかれちゃったんですぅ!ヒグッ、…あっち、山の方にぃ、…」

「わかった、お前はあぶねぇから長老の家にいっとけ。俺達がそのガキ助けたら長老の家に連れてくからな。おいヴィクトリア、このガキ頼むぜ。俺はその鳥を追う!おっさん、わりぃがついて来てくれ。」

「うん、わかった。私もこの子を預けたら向かうから!」


 ヴィクトリアはエイベルへ頷けば男の子の背を押して村長の家へと小走りで向かう。その背をちらりと見送った後すぐさまエイベルは空を見上げながら、この町の皆が敬う御山の方へと走り始めた。ヴェルもそれに続く。

 すると案外見つかるのは早く、山へ続く参道で男の子の叫び声が聞こえ、ばたばたと暴れている子を落とさないようにしているのか大きな鳥が低空飛行しているのが見えた。恐らく獲物が暴れている為中々早く高く飛べないのだろう。


「ヴェル、風で鳥を落とせるか?俺があのガキ拾いに行く!」

「わかった、頼んだぞ!」


 ヴェルは立ち止まり左手を前に突き出す。開いた掌からその左腕全体へかけて凹凸のような幾何学模様と黄色混じりの緑のラインが光り走る。


「山の吐息よ、砂を巻き上げかの鳥を押し返せ……、」


 静かな声音で呟く言葉は大気を揺らして山の方へと伝わっていく。それは雲も押しのけたのかすぅ、と立ち込めていた雲も晴れていく。そしてその大気の震えはヴェルの声だけではないとわかるほど、大きくなっていく。

 左手はそのままに反対の右手は一度何かを手繰り寄せるような仕草をして握り拳り、ヴェルは前を見据えて声を上げた。


「巻上げし砂は御山の信徒を救う岩となるだろう!吹き抜けよ山吹色の風!」


 ヴェルが叫んだ途端、その声さえかき消すようにゴウと音を立てて向かい風が吹く。遠くに見える山の木々が揺れているのがこちらがからでも見えた。あまりの風の強さに思わずヴェルも片腕で顔を覆い、その一瞬が過ぎるとエイベルの様子を見るため急いで顔を上げて走り出した。

 山に吹き返された鳥はコントロールを失い飛行体制を崩すが掴んでいた子供は鋭い鉤爪が離さない。しかし一緒に巻き上げられた砂が鳥の目に入り、鳥は鳴き声を上げて思わず子供を離してしまった。

 エイベルも一瞬風に足を止められてしまうがすぐさま走り出す。すると鳥が離した子供が風に煽られちょうどこちら側へ降ってくるのだ。


(……ヴェルのおっさん、やっぱり流石としか言えねぇな。)


 フン、と小さな笑みを浮かべてエイベルは子供を抱きとめるため走りながら両手を突き出してその下へと駆けつける。

ヴェルは恐らく自分が間に合わなくならないよう少しでも距離を縮めようと向かい風を起したのだろう。鳥の体制を崩すだけなら追い風でも変わらないはずだ。それに砂まで入れるとは、鳥に目潰しもくれてやったということか。

 

「うぁあああぁーーー!」

「っと!!ナイスキャッチ、ってとこだな。おいガキ、怪我ねぇか?」


しっかりと両腕で子供を抱きとめれば横抱きにして位置を調整してやると、腕の中の子供は目じりに涙を浮かべ赤土色の瞳を潤ませてエイベルを見上げていた。健康そうな小麦色の肌と赤茶の短髪が風や鳥に突かれたからかぐしゃりと乱れていたが、本人は気付いていないようだ。


「あ、あんたは旅人の一人の……」

「おう。お前の友達が近くにいた俺達に声をかけたんだよ。帰ってからちゃんと礼言っとけよ。」

「お、オレ一人でもあんなワシ、ボコボコにしてやれたんだからな!!」

「はいはい。……チッ、あの鳥まだこっち狙ってやがるな。」


 エイベルが視線を上げれば劈くような威嚇声をあげて鷲はこちらを見下ろしていた。大きな翼はテフの身長ほどはあるだろう。ばさりばさりと茶色い羽が扇のように広がりその先の羽と尾羽は白い。凶暴でなければ綺麗な鳥だ、の一言で済んだろうにとエイベルは内心ため息をつき子供を砂地に下ろした。丁度そこにヴェルが合流する。


「ヴェル、このガキ頼む。」

「かまわんが、一人で挑むのか?お前の大剣では分が悪いぞ。」

「このガキの前じゃああんたのソレは見せられねぇだろ?」


 ソレ、とエイベルは自分の腕を人差し指で叩いてヴェルの黒腕のことを示す。しかしとまだ渋るがエイベルが剣を抜き戦闘態勢に入り始めたのでヴェルはそれ以上言うのは止めて、子供の手を引いて距離を開けた。

 

「かかってこいよ、叩ッ斬ってやるからな!」

「キュェェーー!!」


 鷲は一際高く鳴くと上空のさらに上へと向かって飛びあがる。真っ先に突っ込んでくると思ったからかエイベルは怪訝そうにそれを視線で追った。


(上?……)


 空色のさらに上、まるで太陽にまで行ってしまったのかと思えるほど高く飛んだ鷲を、エイベルは見失った。懸命に辺りに気配を探すも羽ばたきの音も先程の雄叫びも聞こえない。雲も先程の風で晴れて太陽しかなく、見晴らしはいいのだが……

 と、その時。エイベルの頭上から、一瞬の羽ばたき音が聞こえた。


「!!? そこか!」


 大剣を振りかざす要領で自分の背後と頭上をガードする。ちゃんとした守りの体制ではないが防ぐことは出来た、しかし落下速度を味方につけた鷲の鋭い嘴の一撃は刀身を通じて柄を掴むエイベルの両手にしっかりと伝わってきた。すぐさま横に振り払うも鷲は次の攻撃に移るため剣を避けて再び天高く飛びあがる。


(こんなものをまともにくらったら、頭蓋骨凹むどころじゃ済まなさそうだぜ)


 もしこれが脳天に直撃していたら、と考えると寒気がする。しかし、奴は上空から襲うのが手段だというのはわかった。後は奴の攻撃タイミングさえわかれば……。

 空を見上げて鷲の姿を探すも、影1つ見当たらない。鷲の声も聞こえず、ただ時折吹く風が砂粒を移動させる音がさらさらと聞こえるだけ。

 

(チッ、あの鷲、逆光を利用してやがる、……これじゃあこっちはただのカモじゃねぇか)


 辺りをきょろきょろと見渡してなんとか鷲の姿を補足しようとするが、やはり鷲は巧みに彼の背後を狙い至近距離でなければ羽音さえも聞こえない始末。

 

「おじさん、あの人さっきから何で剣を持ってるだけなの?」

「恐らく無駄な体力を使わないよう温存しているんだろう。……けどどっちにしろ鷲の姿を補足できてない以上、こちらからは手を出すのは難しいだろうね。」


 エイベルから離れて長老の家へと少年を送ろうとしていたヴェルは振り返り、フードの下で眉をひそめた。 

カウンター戦法でなければあの鷲を倒すことは難しいだろうというのはヴェルにもわかっていたが、カウンターするにも敵がどこから近づいて来るのかを瞬時に判断しなければならない。そしてあの武器の重量を考えてもやはりエイベルには分が悪い。


(早くこの子を長老の家に連れていって加勢しなければ……)


 ヴェルはとりあえず少年の腕を引いて町へと歩を向けたが、その時。


「ぐッ!」


 エイベルの呻く声。少年も振り返れば、どうやら鷲の一撃を防ぎきれなかったのか頬が僅かに切れていた。

それに既に鷲の姿はない。恐らくもう次の攻撃のために飛んでしまったのだろう。


「おい、エイベル!」

「安心しろおっさん、対策は見えた。」


 頬を拭ったエイベルは、一度だけ構えを説いて力を抜き、再び剣を誰もいない正面に構えて、目を瞑った。


(光で見えないなら、それ以外で察知するしかない。羽音、風、匂い……視覚以外全部を使ってだ。)


 自ら視界を閉ざしたエイベルの耳には砂粒が風に吹かれる音と自分の呼吸の音、髪や頬を掠める風は方向を知らせた。しかしそれは目を使っていた時よりもより明確に、感じることが出来る。

 一瞬、少し遠くで吹きすさぶ風とは別の風の音がした。丁度自分の正面より上……ぐらいだろう。奴が上空で折り返してきたところだろうか。暫くはまた同じ風の音しか聞こえなくなったが段々と風を切る僅かな音も聞こえ始めた。それは少しずつ大きくなってくる。

 そして風向きも若干変わった、追い風だったのが向かい風になったのだ。その向かい風に乗って獣の匂いも僅かだが匂う。

 あまりに早く剣を振り始めては奴に覚られまた見失うだけだ。だからぎりぎりまで引きつけて、一撃で終わらせる。

 方向、距離、頭での計算は苦手だが、今は全部自分が感じたことを信じるんだ。


「そこだ!!」


 カッと目を見開いて剣を振りかぶり斜めに袈裟切りをした。するとエイベルの後ろ両側に、正面から真っ二つに裂けた鷲が転がっていた。鷲が突進してきた勢いも相まって綺麗に嘴さえも真っ二つだ。

 ふぅ、と一息ついてから剣をしまい、こちらを見ていたヴェルと少年の下に歩み寄っていく。少年は驚きと僅かに憧れを滲ませた表情でエイベルを見上げていた。


「さて、魔物は片付けたしとっとと帰ろうぜ。」

「お前よそ者のくせにすごいんだな……。」


 生意気な言葉しか出ないのはどうやら性格らしく、先程の表情も誤魔化してはフン、と鼻で笑って腕を組む少年。


「ヘッ、これでも傭兵だからな。おら、お前の友達が待ってんだ、長老の家にいくぞ。」

「え!?なんでだよ、なんで長老様の家なんか、」

「お前怪我してんじゃねぇかよ。薬草に詳しい奴がいるから、応急処置だけしてから家帰れ。お前の友達も長老の家で待ってるから。」


 よく見れば鷲の鋭い爪につかまれていただけあり少年の服はところどころ破け、破けた所からは薄らと血が滲んでいた。

よく頑張ったな。とヴェルが慰めるよう少年の頭を撫で、少年は渋々といった様子で長老の家へと3人で夕暮れの中戻る。

 途中、加勢しようとヴィクトリアが合流したが、倒したことを告げると良かったよかったと笑顔で少年の前にしゃがみ、泣かなかったね、偉いねと褒めてやり、少年の手を引いて長老の家の扉を開けた。流石女の子なだけあって子供の扱い方は上手いようである。

 玄関の扉を開けると出てきたのは、長老と泣きながら助けを求めてきた少年だった。暫くしてテフも出てきて、手には救急箱を持っていた。


「おお、無事だったか!」

「サフィ!よかったぁ、よかったぁぁ~~!!」

「長老様!それにアムス!」

「傭兵殿、少年達を救ってくれて本当にありがとう。ほらサーフィもアムスもちゃんと礼を言うんじゃ。」

「ありがとうございますお兄さん!」

「……ケッ。オレ一人でも抜け出せてたっての。」

「これサーフィ、お前はまったく可愛げがないのう……。」

「はいはいわかってるわかってる。……おいテフ、このガキの手当てしてやってくれ。」

「うん、わかった。あ、でもエイベルさんもほっぺに……」

「こんなン舐めときゃ治る。……ああ、俺ちょっと剣の整備するから外にいる。ガキ共はとっとと帰してやれよ。」


 俺の仕事はここまでだ、とエイベルは先程の鷲の血やらなにやらを落としたりするためにすぐに背を向けて家から出て行ってしまった。

 礼をちゃんと言ってないサーフィは少し眉を顰めてはふん、とそっぽを向く。それをみた長老はやれやれとため息をついては彼の頭をぽんと撫でてやる。


「まったくあいつも無愛想ねぇ~。あ、気にしないで大丈夫だからね。」

「サーフィ、ちゃんと後でお礼を言うんじゃぞ。」

「……うん、わかってるよ。」

「じゃあサーフィくん、あっちで怪我見せてくれる?見た感じそんなに重傷じゃないから、すぐ終わると思うわ。……わたしはテフ。よろしくね。」


長老とテフ、サーフィと呼ばれた少年はリビングの方へと移動する。その背を見送って、安堵のため息をついたのはヴィクトリアだ。


「いや~よかったよかった、何がともあれ一件落着ね。」

「ああ、子供達にたいした怪我がないようでよかったよ。」

「あ、あの、今日は本当にありがとうございましたっ。」


 ヴェルとヴィクトリアの前には、最初に助けを求めてきた少年。先程はアムスと呼ばれていた子だ。アムスはぺこりと2人の前で頭を下げた。


「私達は全然気にしてないから大丈夫よ。…あ、でも今後はああいうのが来るような場所で遊ぶのはちょっと控えたほうがいいわね。」

「はい、気をつけます。サフィにも後で言っておきます。……鷲なんて山からこっちまで降りてくることなんて滅多にないんです。何かあってもいつも山師のお兄ちゃんが弓矢で追い払ってくれるんだけど、今は採掘の時期で山篭りしてるからいなくて……。」

「山師?ああ、宝石を採掘しているっていう……。」

「はい。山師のお兄ちゃんがこの町の見張りとかもやってくれてるんです」

「なるほど。…じゃああの鷲が降りてきたのは、何か山であったからかもしれんな。そこはその山師が帰ってきた時に聞いてみようか。」


 ヴェルとヴィクトリアは頷いて、まぁ大丈夫だよとアムスに笑みを向ける。(ヴェルはフードで口元しか見えないが。)

アムスも最初にみた泣き顔とは真反対の笑顔を向けて、また一礼してからリビングのサーフィの元へと駆けていった。


 大きな作戦の前の休日になるかと思いきや、いきなり仕事をしてしまったがこれもまた修行だとヴィクトリアは笑う。そしてちょっとエイベルの様子をみて来るといって外へ出て行った。

 ヴェルは王子はどこかと長老に尋ねると、夕飯の買い物に行っているそうだ。黒いコートを着ているヴェルが一緒にいると不審に思われるから一人で行ったと聞いて、ヴェルは苦笑を浮かべることしかできず大人しく王子を待つことにした。









「お手柄だったわね。」

「あ?ああ、お前かヴィクター。……ま、これで金がもらえりゃ上々だったけどな。」

「だからヴィクターって呼ばないでって!もう。…それに子供からお金とるとかサイテーね。」

「ハッ、お褒めに預かり光栄だぜ。」


 長老の家の裏手で一人石に座って剣を研ぐエイベルに、ヴィクトリアは近寄って軽口を叩き合う。


「子供に優しいなんて意外だったわ。」

「優しかねぇよ。助けを求められたから助けた、ただそれだけだ。」

「その割にはちゃーんと気遣ってたじゃない。」

「ケッ、うるせぇな、俺はそんな事した覚えはねぇ。」

「素直じゃないな~。」


 ヴィクトリアがくすくすと笑ってからかっている最中、ふと軽い足音が聞こえた。こちらにやってくる。2人の視界に入ったのは、あの少年2人だった。


「おいお前!」

「ちょっとサフィ、」

「……さっきは、助けてくれて、……ありがとな。あとこの町から数日後に出てくんだろ?その間にちょっと剣教えろ!」


 お礼と失礼な頼み方がごちゃごちゃになった言い方に思わずヴィクトリアは口元を押さえて笑いを堪える。一方頼まれたエイベルははぁ?と首を傾げていた。


「なんで俺がガキの面倒みなくちゃなンねぇんだよ。ンなもん自分でやれ自分で。」

「あ、わかった。オレに弱点教えたくないんだろー」

「俺に弱点なンてねぇよこのクソガキ!」


 がしり、とサーフィの頭を鷲掴んで頭を揺らすエイベル。ぶっきらぼうな割りに、子供に好かれる男のようだとヴィクトリアは微笑ましいその様子を見て思う。

 結局エイベルはサーフィに根負けして約束し、作戦決行のその日まで、軽くだが剣の指南をしてあげたそうな。




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