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虚ろは湧き出る泉のようで

 一方、その頃東の国。

午後の定例会議が終わり、各々の団長等が退室していく中円卓の会議室には六人の男が座していた。午後の暖かな陽気が差し込む、朗らかな雰囲気が見て取れるはずだった。


「いやはや、一昨日の話を覚えてますかな?例の呪いとやら……。エルダ団長の遠征の土産話はとんでもない進展を与えてくれたようですな。」

「グステルブ卿はそのお話を信じているのですか?荒唐無稽な呪いなど。」

「今は選択肢が多いほうが私はいいと思うがなぁ。そういうヴィロンド卿はやはり?」

「ええ。魔法などまだ確固たる術式や魔道書の解析もろくに終わっていない過去の異物。呪いもその類だとエルダ団長は仰っていましたが、そうなれば私は信ずるに値しないと。」

「まぁまぁ。グステルブ卿、ヴィロンド卿、ここでいがみあっても王のご病気が治るわけでもありません。今は新たな情報を仕入れてきたエルダ軍団長に感謝すべきではありませんか?」

「……まぁ、確かに結果はどうあれ進展があったのは良いことだが……やはり彼女には貴族らしく振舞っていただきたいのは変わらん。卿は思わぬのか?ヘイワース卿」

「私は……そうですね、まぁ少しは。ですが、新たな選択肢を彼女が拓いてきてくれのもまた事実。我らの’貴族’という枠組みをもう少し緩めても良いかとは思いましたよ。」

「甘い、甘すぎるぞ。」

「ほっほっほ、その甘さはヘイワース卿ならではですなぁ。だが言うとおりかもしれん。」


「……御三方、歓談中申し訳ないが、ここは会議室。貴方方以外にも人がいるのをお忘れなく。」

「ああ、ええとお前は……ああ、グフェル殿だったな!ほっほっほ、全く視界に入らんかったなぁ。のうヴィロンド卿」

「ええ。私の視界にはグステルブ卿とヘイワース卿しかいませんな。」

「お、御二方!言葉が過ぎますよ!」

「チッ」

「おお今のが聞こえたか?舌打ちとは、まさに下品な素行。やはり平民はいかんな、いくら民主化とは言え限度というものがある。」

「彼が平民選出ということは、彼以下の平民がまた多いのでしょう。やはり我ら貴族が綱を握って手繰らねばならぬようだ。」

「言わせておけば…!ならばこちらからも言わせてもらおう、貴公らがしっかりしないから我ら平民が選出されるような現在の法案になったのだ!貴公らが言う手綱の手繰り方を間違えた結果だというのをお忘れなく!」

「グフェル殿、落ち着きなさい。」

「声を荒げてはいけません。相手に攻撃材料を与えてしまうだけですよ。」

「しかしラドリー殿、ローロック殿、」

「……確かに平民は素行の悪いものも多いでしょう。しかし、それと身分は切り離して考えるべきです。統計的に多かろうが、性格そのものを攻撃材料にするのはモラルに欠ける。貴族とあろう御方には些か愚行ではなかろうか?」

「ほほう、ラドリー殿と言ったか?そこのグフェル殿と違って穏やかでよろしい。ここは憤り喚き散らす場ではなく討論し意見を交換し合う場所だとグフェル殿に教えておいてくれ。出来れば次回の会議までにな。ほっほっほ。」

 

 グステルブ卿が席を立てば続いてヴィロンド卿とヘイワース卿も席を立つ。ようやく延長戦も終わった定例会議は大体いつもこのように六人の討論とは到底呼べない言い合いが続く。

 現状維持、良ければ貴族の繁栄を主論とする貴族派の三人と、位など差別だと貴族撤廃を謳い民主化、引いては平等の革命を、が主論の平民派。両陣営は、何かあれば必ずと言っていいほど事あるごとに対立する。

 現に貴族一派は魔法反対派が多い。そもそも、忌み子の習慣もあって魔法を快く思っていない。

 逆に平民一派は魔法賛成派だ。フィラナを推挙し魔法研究室を設置したのも平民派の政策だった。彼らは、新しい’魔法’と言う力を言わば革命の力だと思い推している。良くも悪くも、東の国の縮図に見て取れるこの中身の無い罵り合うだけの議会を皮肉って虚言議会とも民の間では囁かれているのだった。


 会議室からほど近い廊下では、その議会のしがらみに巻き込まれていたエルダとファーケウスの姿があった。


「あ~、会議続きでかったるかったなぁ。」

「今まで出なかったツケですね。」

「代わりにおめーが出てただろうが。……まぁ、まだ監視は解けてないみたいだが少しは融通が利くからいいとするか。」

「もう動かれるつもりですか?やめておいたほうがいいと思いますが……」

「いや、もう私は動かないよ。精々新人たちの演習に付き合うさ。……だが、手紙は出さないとまずいだろ?」

「ああ……、確かに。今頃彼女たちはどうしてるでしょうかね。」


 スパイ疑惑がかけられていたオーエンは証拠が例のワッペンだけであり、かつ不審な動きは最近なかった事が立証され疑惑は晴れたが、まだ貴族やらの目の敵になっているのは違いない。

 謹慎処分が解けたエルダは軍の演習を見つつ部隊編成を行ったりとデスクワークメインに仕事を行っていた。

 ファーケウスを伴って彼女は城の廊下を歩く。廊下の窓からは、そろそろ落ちていくぞ、と綺麗な夕暮れの光が差し込んで赤い絨毯を更に赤くする。


「お前は例の手紙と書類の用意をしてくれ。……今から私は少し執務室を空けるから、留守番頼むぞ。留守中、私に用件がある者がいたら話を聞いておいてくれ。」

「どこへ行くか聞いても?」

「安心しろ。シルヴァムの所だ。」

「え?!」

「そんなに驚く事か?大丈夫、殴り込みに行くわけじゃない。」

「も、問題は起こさないようお願いしますよ……。あと経費で壁の修理とかももう勘弁してください。」

「だからやんねーっての。んじゃ、よろしく頼んだぞ~。」


 自分の執務室とは反対の曲がり角を曲がって、ファーケウスに背を向けたエルダはひらひらと手を振って行ってしまった。

 残されたファーケウスは仕方ないかと肩を竦めては執務室へ戻っていく。


「やれやれ、気分屋な上司を持つと苦労する……。」



________





「よぉ、暇か?」

「ノックくらいしろ。何の用だ。」

「アンタだっていつも私の執務室に怒鳴りこんでくる時はノックなんてしないじゃないか、お互い様だろ。」

「……で、何用だと聞いている。」

「ハッ、都合の悪い事は無視か。…ま、いいや。今日はアンタと喧嘩する為に来たわけじゃない。」

「武器を振り回す以外の事をするとは殊勝なことだ。」


 執務机の方で書類仕事をしていたシルヴァムだったが彼女が来た事で作業を止めて立ち上がり、来客用のソファに座り直す。内装はほとんどエルダの執務室と変わらず、唯一違うのは壁にかかっているエムブレムの柄だけだ。

 彼の前のエルダも座り、背もたれに深く背を預けては小さくため息をつく。その面持ちは神妙でいつもとは違い、シルヴァムもその様子には軽く首を傾げた。


「今から言うことは、他言無用に頼む。フィラナにもだ。」

「ああ。わかった。」

「やけにあっさりしてんな。………理由は聞かないのか?」

「お前があの魔女にも言うなというのは相当な事だろう。それほどまでに機密性の高い情報を得てしまったんじゃないのか?」

「おいおい魔女はないだろ、美女に訂正したら?」

「私にとってはあれは魔女だ。魔法など信用出来ん。」

「お堅い頭してるなぁ相変わらず。……ま、いいか。…お前に相談したい事がある。一昨日の会議で、私が呪いの話をしたのは覚えているか?」

「ああ。あの荒唐無稽な魔法の話か。」

「ま、お前にとっちゃそうだろうなぁ。」


 一昨日の会議で、彼女は議会の人々に王の身にかかっている呪いの話を遠征の土産話として話した。

フィラナはそんなものどこの文献にも……と驚いていたが、薬も普通の魔法もダメな以上、これが有力ではないかという話になった。

 しかしエルダはその原因や呪いの方法等、詳しくは会議で話さなかったのだ。身内で呪っている者がいる、と言った日にはこの議会が罪の擦り付け合いで今以上に崩壊するのが目に見えていたからだ。

 だからそれだけは公にはしなかったが、その原因を探るにしても話を知っているのは自分とファーケウスだけで、人数諸々心もとない。

 エルダは例の森であった事、西の国の王子の事などを包み隠さずシルヴァムに話した。多少長話になってしまったが構う事はなく、淡々と状況説明をしていく。

 シルヴァムは最初こそはいつもの仏頂面で話を聞いていたものの、段々と真剣な面持ちになりついには腕を組んで口元に手を当てながら食い入るような視線を向けて、話を聞いた。

 話が終わる頃、もう太陽は海の向こうへ沈みきって夜の帳が下りてきた頃だった。照明は付けず、暗がりの中月明かりだけがこの部屋に光をもたらしていた。


「……。」

「これが私の遠征の、本当の成果だ。……言葉も出ないか?」

「ああ。正直なところ、それが本音だ。だがお前がそう言うのなら真実なのだろう。」

「あらら、珍しく嫌味もなく素直だな。」

「お前の言葉は信じるに値するだけだ。」


 あまりのスケールの大きな話にシルヴァムは額に手を当てため息をつく。まぁ、ため息つきたくなる気持ちはわかるが、とエルダはその様子を暫く苦笑を浮かべながら見ていた。


「王子の話はともかく……お前がいうその魔法の力の真意、フィラナには言ったのか?魔法関連の話ならあの魔女に聞くのが一番先決な気もするが…いや、余計な事を吹きこまない方が吉か。」

「まだ言っていないから安心しろ。そもそも研究者ならもう知っている事だと思ってさ。それにあの会議で呪いのことを話した時に驚いていたし、ほら、研究者とかって自分の研究成果とかにいろいろこだわるもんなんだろ?彼女は彼女なりに考えがあるだろうから変に水差さない方がいいかなと。……っていうかなんでシルヴァムはそんなにフィラナを煙たがってるんだよ。」

「煙たがっているわけではない。魔法が胡散臭いことは今に始まった事ではないが、彼女が来てからというものの軍の統制は乱れつつある。」

「まーあれだけナイスボディだし、兵士たちが誘惑されるのも無理ないとは思うけど。」

「そういう意味じゃ、……いやそれ目的のヤツもいるだろうが、違う。軍に魔法がもたらされてから、剣や盾を補助程度にしか考えなくなったものがいるんだ。……このままでは軍の在り方が変わるのではないかと危惧をしている。」

「軍の在り方?別に、魔法専門の部隊を作ってもいいんじゃないか?」

「お前は鈍いのか鋭いのかわからん奴だな。………目に見えぬ力ばかりを頼るなど、言語道断だというんだ。今、魔法の効果が立証されている以上、使用するなとは言わん。だがそればかりに頼って己の力を奮う事がなくなれば、自ずと弱っていくのは目に見えている。」


 窓からは三日月の光が壁に立てかけてあるエンブレムの銀を照らす。その光る銀色と同じようなシルヴァムの髪も僅かに煌めけば、ため息と共に頭が動いた時にさらりと後ろで結ってある三つ編みが揺れてまたきらりと輝く。


「私はそうはなりたくない。自分の腕でこの地を守れぬようになるのであれば、誇り高き武人として私は自分の手で命を断とう。」

「……アンタは生粋の軍人じゃなく、武人だな、ほんと。騎士団向いてないんじゃない?」

「馬鹿を言うな。シュヴェンスクードの家に生まれた以上、騎士になるのは血の宿命。これ以上やりがいのある使命と人生はそうない。…が、それは己の手で守れてこそ、だ。だから俺はその自律の力を揺るがすあの魔女を好きにはなれん。…無論、それを否応なく薦める平民一派の議員もな。」

「アンタの言い分もよくわかるよ。私だって八割は同意する。……が、頭でっかちも程々にしとけよ?伝統を守るのと保守的になるのは違うんだからな。」

「……肝に銘じておこう。」


 さて、とエルダがソファから立ち上がった。大分座りっぱなしだったので自分の尻あたりをぱんぱんと叩きつつ服の皺をなおし扉へと向かう。


「ああ、エルダ。内部の不届き者を炙り出す作戦はあるのか?」

「今のところ有用な手はない。……地道に尻尾を探すしかなさそうだな。」

「騎士団の者と法務省には私が目を光らせておこう。部下にも色々と調べてもらう。」

「その部下は信用しても?」

「私の左腕だ。この腕に賭けて。」

「わかった。こっちは軍と……魔法研究室らへんを嗅ぎまわっておく。貴族連中もアンタに任せてもいいか?」

「構わん。お前より私のほうが適任だろう。……しかし、同胞を疑うのは些か心が痛むな……。騎士団の者も、役人たちも皆身を粉にして国の為働く人々だというのに。」

「そんなのお前だけじゃない。……疑わずに生きられたら、どれだけ楽で幸せな事か……。そんな風に腑抜けていたから、その隙を突かれて敵の潜伏を許しちまったのかもしれない。気を引き締めてこう。王の現在の症状は約三年前から、となると呪いはもっと前から行っていた可能性さえある。」

「わかった。法務省の記録やらを探る時はその年数も念頭に置いておこう。」


 シルヴァムも後に続いてソファから立ち上がり、エルダを扉まで見送る為歩むと背を向けていたエルダが振り返る。


「頼んだよ、デズ。」

「! その名で呼ばれるとは、もう何十年ぶりにもなるのか……月日が過ぎるのは早いものだ、ライ。ああ、任された。お前こそもう無茶はせず私でも部下でもいいから頼るように。」

「わかってる。もうお節介な石頭の小言は御免だからな。」

「貴様、今まで黙って聞いていたがその口調なんとかならんのか!年頃の女で貴族でもある以上もう少し慎ましやかに、」

「んなこと言ったらてめぇこそ男のくせに髪伸ばしてんじゃねぇか!俺より長いぞ!?女々しいやつだな。」

「これは願掛けだ!それ相応の願いの為に伸ばしているに過ぎん!」

「ハァ~?おまじない信じてるとかマジ女々しすぎるんですけど。」

「き、貴様ぁ……!!」


 執務室の騒音に騎士団の副官が駆け付けて二人を止めるのは、あと数分後の事。



______




「夜なのに軍は賑やかね~。」

「ふふ、やっぱり将軍と騎士団長は仲がいいみたいですね。」


 渡り廊下をバタバタと走っていく騎士団員の背中を見ながらフィラナとクレリアは笑いあう。

 赤いヒールのフィラナには似合わない泥臭い訓練場だが、片手には紫の石が先端に、その下へ螺旋を描くよう赤、青、緑といろんな色の石がはめ込まれた木の杖を持っておりクレリアに魔法の指南をしていたようだ。


「先生、今日はありがとうございます。自分なりの魔法剣の型、もう少しで掴める気がします!」

「その調子よ。あなたはいい魔法の使い手になるわ。……なんたって、私の一番弟子なんだから。あなたならきっと、国一番の魔法剣士になれる。……それにあなたの願いもきっと、近々叶うんじゃないかしら?いい兆候よ。」

「あ、ありがとうございます!そ、そんなに褒められてもっ…!」


 ぺこりと頭を下げればクレリアの前髪を留めていたピンの髪飾りがさらりと滑りって前髪が下りてきた。慌ててそれを留め直しながら再度一礼するその様子にフィラナはくすくすと笑う。

 恩師であるフィラナに、クレリアは自分の悩み等は全て話していた。フィラナは彼女の意思を否定せず、ただ聞いては頷き、彼女を励ますような言葉をかけてやる。魔法の恩師ではなく心の恩師にもなっていたそんな彼女に、全幅の信頼を預けるのは至極当然の事だ。

 ちらほらと訓練場に居た兵たちがそれぞれ兵舎へ戻ったり道具を片付けたりと散り散りになっていく様を彼女たちは見ながら、今日の練習の事を思い返しつつふとフィラナは気づいた事を口にする。


「今日の魔法練習の見学者、多かったわね。今度はあなただけじゃなくて他の人にも指南してあげようかしら。」

「それとってもいいと思います!戦力も増強されるし、エルダ将軍も喜びそうだなぁ……」

「実は私、彼女に魔法の初歩を手ほどきしたこともあるのよ。彼女、あなたほど魔法に適正はなくてもたった僅かな魔法を自分の力に変える、あの応用力は大したものだったわ。一発一発の魔法の威力が弱いなら、って言って付加魔法をいきなり試しだしたのには度肝を抜かれたわね……。」


 どこか遠くを見つめて言うフィラナに、クレリアは流石将軍だなぁと笑う。


「うんうん、今度ヴィッキーにも教えてあげようっと!」

「ヴィッキー?もしかしてヴィクトリアちゃんの事?」

「あれ、先生知ってるんですか?」

「ええ、彼女も私の教え子よ。と言っても受け持っていた学校の生徒だったに過ぎないけど……彼女より、むしろ彼女のお兄さんのほうが優秀だったわねぇ。彼、早く研究室に帰ってこないかしら…。エトレーに行ったまま研究をするとかエルダが言ってたけど、彼の手も借りたいほど今は忙しいから……。」

「へぇ~、ヴィッキーにお兄さんがいたんだ……。あれ、確か妹がどうのってエトレーで言ってた人がいたけど、あの人がお兄さんなのかしら。」

「あら、前にエトレーに行った時に会ったの?」

「恐らく、ですけど。…エルダ将軍を呼び戻しに行った時に。」

「ああ、あの時……。結局あの時の捜査隊はそのまま現地に残って捜査を続けるってことにして、エルダだけ戻ってきたそうね。何か進展はあったのかしら?」

「すみませんが、私にはわかりません。……ヴィッキーも、向こうに残っているし、早く帰ってこないかな……そしたら先生とも一緒に、城下へお買い物にでも行きましょうね!」

「ふふ、良いわよ!教え子たちと買いだなんて、教師冥利に尽きるわ。」

「でも流石先生、本当いろんな学校に講師として出向いているのですね。ヴィッキーのお兄さんまで……」

「ええ。魔法を教えられる人間なんて数えるほどしかいないでしょ?だからね。……それに、直接魔法の事を教えられる機会は多ければ多いほどいいわ。その方が国民皆に魔法の事を知ってもらえるから。」


 こう見えても結構教え子は多いのよ?と笑って言うフィラナの脇を気持ちのいい夜風がすりぬけて彼女の長めの前髪を揺らす。その間から見える深紅の瞳も夜空に浮かぶ三日月のようににこりと笑みを形作っていた。


「そういえば先生は何故魔法の研究を?」

「……不思議なものは解明せずにはいられない。鍵のかかった箱を開けたくなる悪戯っ子と同じ、学者の性ね。」

「で、でもそれならわざわざ国民に教えなくても一人でこっそり、とかも出来たのでは?」

「ええ。確かにそう。ま、簡単な事よ。見てみて皆すごいでしょう?!って自慢したいだけ。」

「あははははっ、そんなわけないじゃないですか~!」

「あらあら嘘じゃないわよ~?だってすごいものほど自慢したくなるでしょう?子供って。私、心はまだ子供なの。」

「それが先生の若さの秘密って事ですね!」

「やだ、ばれちゃった?」


 二人は笑い合いながら訓練場を出て廊下を歩く。夜も更けてくるのでクレリアは兵舎へ、フィラナは研究室へ戻る為途中の分かれる通路まで一緒に歩む。


「じゃあ、ゆっくりおやすみなさいね、クレリア。よい夜を。」

「はい、おやすみなさい先生!…あ、先生はまだ今日は研究ですか?」

「ええ、調べることは山積みだから。でもお肌に影響が出ない程度にしておくわ。」

「フフ、私も夜更かしは程々にしておきます。では、おやすみなさい!」


 一礼をしてからフィラナに背を向けて兵舎への廊下を走っていくクレリアの足取りはとても軽くまるで小鳥の羽のよう。フィラナは教え子の揺れる後ろ髪と楽しそうな足取りを、見えなくなるまで笑って見守っていた。

 

(一番弟子だって!嬉しかったなぁ。褒められちゃった。)

(期待してくれてるんだから、その分たくさん頑張らなくちゃ!)


 高揚したこの気分で、すぐに寝れるかな?と頭のどこかでクレリアは心配したが、それよりも敬愛する先生からの言葉と心遣いにそれもどこかへ行った。今から寝る為に兵舎へ帰ったクレリアだったが、大好きな魔法の先生に褒められたのが嬉しすぎて結局少し夜更かししてしまったとか。

 

 疑惑と信じあう思いが交差する。

 嗚呼東の国の夜は、段々と長くなっていく。


to be continued...

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