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神話が繋ぐ未来

 町人の青年が一行を連れてきたのは石造りの小さな一軒家。長老の館というには些か小さい家だった。

この町の住宅はほぼ全て石造りのようで、長老もその例に漏れないようだ。

 木でできた扉をこんこん、と青年がノックすると微かしゃがれた声でどうぞ、と聞こえた。青年は失礼しますと一声かけてから木の扉をゆっくりと開き、中に入る。

それに続いて一行も足を踏み入れれば、中はいたって普通の住居だった。少しばかり天井が低く、ヴェルやエイベルがいると空間が狭く感じる。

 中にあるテーブルや棚もほとんどが石材で、木材で出来ている家具などがほとんどない。

リビングであろう広い部屋に、地べたに赤茶の綺麗な織物のマットを轢いて暖炉の調子をみている白髪の老人がきっと先程の声の主だろう。人の気配が、彼しか感じられないからだ。

青年はその老人に近づき方膝をついてなにやら耳打つ。恐らくは一行の事を説明しているのだろう。

 

「ホッホッホ、そりゃ面白いお客人じゃなぁ。よいよい、後は私が取り計らう旨を人々に伝えておくれ」

「はい、わかりました」


 青年は老人に一礼をして、一行の脇を通り過ぎて館から出て行ってしまった。それを見送った後、一行の視線は老人に向けられた。

長い白髪は後ろへ流され前髪はなく、豊かに蓄えられた白い髭は口も隠してしまい毛先は胸元の方まで垂れているほど長い。

 老人は裾の長い服を調えてからマットの上に座りなおし一行を見上げた。


「ようこそ、イラフェルクへお客人。私はこの町で長老をやっておりますダリム・ヴェ・フォルナシスと申します。ささ、どうぞお座りくださいな」


 長老の言葉に皆顔を合わせてから長老が座っているマットへ視線を向ける。クッションや座布団のようなものが置かれているのはそういう理由だったのか、と納得するヴィクトリア。

この地の文化としてはこれが普通なのだろうと東の国からやってきた人達は困惑しながらも靴を脱いでマットの上へ胡坐をかいたり正座したりとそれぞれの格好で座る。 


「私は研究者のフィーディと申します。」

「その妹のヴィクトリアです!」

「用心棒のエイベルだ」

「えー、と……そ、その妹のテフです!」


 ここまで自己紹介してエイベルはハァ?!とテフを視線で見遣るとテフはてへ、と舌を出す。ここで揉めてはいかんとエイベルは我慢することにした。俺はやるときゃ冷静沈着な男になれるんだ。

しかしヴェルとソレイルは一言も喋らず、会釈するだけで座り始めた。


「さてさて、ではどのようなお話からいたしましょうかな。何やら神の書物について聞くために、遠路はるばる来たと聞いたからにはそれなりのお話をせねばならぬからのう」

「えっと、そうなんですが……」


 ここで町に入れてもらう為の嘘でした、というわけには行かない。どうしよう、と困惑気味にテフはフィーディに視線を遣る。

そこでフィーディは肩掛けのバッグから炎の魔道書を取り出し、紙面を見せながら説明を始めた。


「はい、そうなのです。実は私、このような書物を研究する学者でして、魔法は文字や気持ちの力によって増幅されるという研究成果が出ております。

しかしながら、肝心な本の文字は読めない、そして特定の宝石を埋め込んだ杖による魔法効果の発生もまだ原因の特定と至っておりません。そこで、魔法についてはここの町の人に聞くといいという情報を得まして…」

「ホッホッホ、なるほどのぉ。なんとまぁ根拠の無い噂が流れておるものじゃ……。確かに、お主の見解は間違ってはおらん。

しかし全ての根拠は神話へと通じておる。……この国のものなら誰でも知っておる太陽のおとぎ話は、知っておるな?」

「……太陽のおとぎ話……似たような話は知っているような、気がしますが…」


 勿論東の国の住人のフィーディやヴィクトリア、テフ、エイベルは西の国のおとぎ話など知らない。

心当たりがあるフィーディとヴィクトリア、エイベルは腕を組んだり軽く頷いていたりしていたが、元より捨て子のテフは心当たりなど全くない。首をかしげては頭上に疑問符を浮かべた。

 その様子を見てか長老は朗らかに笑った後、うんうんと頷く。


「よいよい。ではそのおとぎ話を、大人向けに神話も交えてお話しすることにしよう……。」




 太古の昔。まだ国などという隔たりもなく、この地もまだ草木が生い茂っていた頃。この地には神々が住んでおった。

火の神、水の神、風の神、地の神、などといった自然達を束ねる神々と、星の神達、太陽の男神と月の女神が主だってこの地に住んでおった。

 人々は神達に感謝しながら、日々を平和に過ごしていたのじゃ。

そんな日々が続いていたある日…。突然月の女神が太陽の男神を倒すためと言って自身を信仰する人間を束ね、太陽の男神を信仰する集落へと攻め入ってきた。


「その戦争の時に、太陽の男神の意思を汲み取り、言葉を預かって人々を導く一族が現在の王族なのじゃ」


 エイベルとフィーディは僅かだが眉を顰めたがすぐにいつもの表情に戻す。


「へぇ~。」

「エイベル!」

「アッ!…ハハ、そんな当たり前の話しってら~」

「ホッホッホ、無知を恥じずとも良い。さて、魔法の話はここからじゃ」


 自然の神々達はもとより争いなぞ好まない。しかし植物は光を浴びて育ち、海は月により波を起こす。月や太陽の神々とは切っても切れぬ関係。

どちらか一方に加担することなど到底決められない。

 だったら、と神々は山の頂から下界の戦争をただ眺める事にした。

しかし自然たちの中でも、人間と深く関わっている者達が幾名か居った。自然達が意思疎通するには言葉などは要らず、互いにただ触れるだけでいい。ただ、人間とではそうはいかん。 

 この時自然たちは自分を呼ぶ時の’名’を紋様にして人間に託した。音にして呼んだり、書いて表したりすればすぐに駆けつけるぞ、という風にな。

人々の生活と自然は切っても切れぬ。だから一定のサイクル、つまり四季を回すという仕事だけを遂行し、あとは全く関与しないと神達は結論付けたのじゃが、人間と仲良くしてる奴らが勝手をした結果、魔法が生まれた事になるのぉ。


「そうだったんですね……。ですが宝石については、」

「そう慌てるでない、それもこれから語っていくところじゃ」


 争いを好まない神々はただ山の上からぼーっと眺めていただけではない。戦いが起こる度、神々は涙を流した。血を流すように雨も降らした。

しかしその涙から生まれたものがある。…それが宝石じゃ。

 炎の神の涙は燃えるような赤い石に、雷の神の涙は迸るような黄色の石になり神々の足元、…つまり山に落ちていき、それが人間の手によって発掘されるのじゃ。


「神々の涙だから文字もなく魔法が使える、と。」

「そうじゃ学者殿。そしてその神が居た山というのが……このイラフェルクの近くにある山の事。だからこの山からは宝石が発掘される。そしてそれを行うのは、イラフェルクで決められた採掘士しか出来ぬ。」

「それは何故?」

「石とはいえ、元は神の一部。そんな石を人間が身につけることさえわしは恐れ多い。そしてその石には人知を超えた知恵が詰まっていて、戦いに使われることもありえる。……はたして、その石を生み出した神は、それを好ましく思うかの?」


 長老の問いかけに一同は黙る。YESとは言えないからだ。

今いる数人がはいと答えたところで、他全てが、人間全てがそうとは限らない。


「まぁそういうこともあって、採掘期間も、首都へ出荷する数も制限を設けておるのじゃよ。…そして盗もうとする輩から町を、山を守るためにあるのがあの砂嵐なのじゃ。」

「ああ、なるほど。だから神の砂塵と人達が言ってたのですね…」

「さよう。……さて、これで学者殿のお力になれたかのぉ。」


 朗らかに笑いながら長老は自分の髭を髭先へと撫でる。フィーディはありがとうございます。と頭を下げ、質問を続けようとした。


「ご高説大変痛み入ります長老。……しかしまぁ、ちょっとこちらにも都合がありましてね。彼らは護衛の為に雇った人間なんですよ」


 いつもとは違う敬語まじりの口調で話を遮ったのは、ソレイル。なんとゴーグルと一緒にヘルメットを取ったのだ。

その姿を見た長老は細い目を見開き、両手をカーペットに重ね頭を深々と下げ平伏した。ここで言うかとフィーディ達は驚きの表情でソレイルを見遣る。


「我が名はソレイル・ソル・ソンツァリオス。先代グランス王の第一子息である。…此度は折り入った話をする為に来たのだ。嘘をついて入ってきてしまったのは大変申し訳ない。町人達に姿を見せるわけにもいかなかった。」

「なんと!今まで何処へおられたのですか?先のクーデターで失礼ながら亡くなったとお聞きしておりましたが…」

「追われる身だった故、隠れていた。……機が来たと思い、国に戻ってきたのだ。しかし突然首都に現れてこの姿を現したところで乗っ取られた政府にいとも容易く捕縛、そして秘密裏に処刑というコースは目に見えている。故に我が血を一番信用してくれるここに来たのだ。策を練る為の居とさせていただきたい」

「そうだったのですか…。勿論、仰せのままにご用意いたしましょう。…嗚呼王子がご無事で何よりで御座います。あのクーデターで王家の…太陽の寵愛を受けし血筋は途絶えてしまったと、あの日は人生で一番暗い日でございました。………存じ上げているかと思われますが、今国は王子のお母上、フルシュ王妃の兄君、シュフラ様が王代理として政権を手繰っておられます」

「やはり叔父上が……。」

「失礼ながら、お連れのその黒いフードの男は?」

「この者は私の側近だ。……長老なら王家の魔法をおわかりかと思うが…」

「も、もしやあの禁忌の魔法をお使いになられたのですか?なんとまぁ、…しかしそれを使わねば生きる事も出来なかったのでしょう、責めは致しません。してその方は元々何だったのですか?」

「死人だ。」

「死んだ人間を生き返らせたと?!それはそれは……」

「私は寧ろ生き返らせて貰って、後悔はしてない。まぁ彼の子守は楽とは言えないが…」

「おいヴェル!」

「ほっほっほ、そうですか。いやはや、良い方でよかった。」


 大事に発展しそうだと思って見守っていたフィーディ達は、なんとか丸く収まりそうでほっと胸を撫で下ろす。


「勿論、ソレイル様の事は町人達には知らせません。表向きは先程の研究者が滞在するという事にしておきましょう。ソレイル様以外にもあと一人か2人ほどなら私の家に泊まることも出来ましょうが、……」

「ソレイル様。私たちは町の宿に泊まらせていただきます故、ヴェルとソレイル様のお二方はどうぞこちらでお泊まり下さい。……そのお姿を町人にもしも見られたら、と考えるとそれが妥当かと」


 畏まった態度を取るフィーディにソレイルは僅かに眉を寄せて、申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「ああ、そうしようと思う。……気遣いありがとう」

「いえ。」


 ソレイルは王族という血筋の誇りも足枷も、両方を感じていた。一度は敵対していたとはいえ旅をした仲間とここまで距離が離れてしまうものなんだなと今改めて痛感する。


「皆さんも、王子を守って頂き誠にありがとうございます。私からも礼を、」

「え、いやいやそんな、俺らそんなたいしたことしてないですし、な!ヴィクトリア!」

「そ、そうですよ!兄貴も私もぜ~んぜん役に立ってないし!ね?」

「な!」


 互いを見合って笑って言えばその様子を見ていた長老もテフ達やソレイル達も小さく笑い、雰囲気も穏やかなものが流れ始める。


「私が宿屋の方に皆さんを無料で置いて頂くよう言っておきますよ。」

「本当ですか!?」

「ええ、勿論。ソレイル様をお守りして下さった一行、それ以上でも恩は尽きないほどじゃよ」

「うん、今までほんと色々助けてくれたんだよ皆。……あっ」

「普段の喋り方で大丈夫ですよソレイル様。」

「あー、えっと、…ハハ、ありがとう長老」

「長老殿、王子は普段が口汚い故言うのを憚られているのですよ。」

「うっせーぞヴェル!ハッしまった」

「おやおや、先程とは大違いですのぉ」


 段々と和やかな雰囲気になって、談笑の時間となる。しかし日がもう傾きかけ夜を連れてきていた。

長老はソレイルに協力する事に快く頷いたが、この砂嵐が収まる日が来るまではこの町からは出させられないという。

この砂嵐の仕組みは長くなるので明日にでも話すとして(一番食いつきが良かったのはフィーディだったのは言うまでも無い。)理由としては元々この砂嵐が収まる時期しか外からの人の出入りが無い為、怪しまれるというが第一。

何よりまだ最近の西の国の情勢をあまりよく知らないので動きようが無く、無闇に出るのはよくない、という意見で一致したからだ。

 暫く一行が長老と和気藹々と話していたが、長老が窓を見遣った後にカーペットから立ち上がる。


「さて日も暮れてきたのぉ。では宿屋までご案内しましょう。」

「ありがとうございます!」

「ふぉっふぉっふぉ。では行こうかのう。…ソレイル様、申し訳有りませんがお夕飯は暫しのお待ちを。何せこの館には私しかおらんものでして…」

「全然いいよ、つか長老だけ?じゃあオレとヴェルとでなんか作ってるぜ」

「いえそんなことをさせるわけには、」

「長老殿、王子にお年よりは大切に、という慈愛の教えを説く機会です。」

「……ではお頼みしてしまおうかのう…」

「任せとけ!じゃ、また明日な、ヴィクトリア達!」

「うん、また明日ねー。長老さんにワガママ言っちゃダメですよー!」

「よっ余計なお世話だバーカ!」


 ヴェルとソレイルに見送られて、長老を先頭に宿屋へと向かう。長老の杖と歩みに合わせて一行の歩みはゆったりとしている。

町並みは静まり返っていたが、遠くは砂嵐に遮られて時折強く運ばれた風がゴウ、と家々の間を抜けていく音がする。夜の砂漠の風は、日が出ている時と比べ物にならない位冷たい。

家はどこも石造り、レンガ造りというより泥を接着剤にした本当に石造りの家という感じで、長老曰く木はあまり使わないという。


「この国では木は貴重じゃ。家具に使用することはあまり見かけないのう。…勿論、ない事はないのじゃ。現に御山からは採れるし、年に規定数を出荷しておる」

「じゃあ何に利用するんです?」

「扉や柱を始め、科学者どもの実験か、農業の為の苗になったりと様々じゃよ。西の国は食糧危機、というほどでもないが食糧確保はちと難しいんじゃ」

「へ~……じゃあお花とかも滅多にみないよね…」

「ほっほ、そうじゃのう。一応季節になればこの御山にも花は咲くぞ。ただ一面が、とかそういう風ではないのぉ。」

「……お花、沢山咲くようになるといいですね!」

「おぉ、テフちゃんは花が好きなのか?」

「はい!花だけじゃなくて植物とか大好きです!」

「それはいいことじゃなぁ。自然を愛するものは自然に愛される、きっと草木の神が、君を見守ってくれとることじゃろうて」


 テフは一瞬どき、とする。自分が忌み子である事を、まだ秘密しているのにも関わらず見透かされた気がしたからだ。

しかしすぐに頭を横に振って否定する。


「いいえいいえ!そんなことないですよ~!」

「今は無くとも、きっとそのうちよいことがあるぞ。……さて、宿に着いたようじゃな。ではわしは宿の店主に話をつけておくからフロントで待ってなさい」


 長老は先に宿屋に玄関から入っていく。それに暫くしてから続くようにしてヴィクトリアとテフ、フィーディとエイベルが入室する。

中はランプの明かりが温かく照らす室内で、床も石畳が敷いてあり階段も奥に見えた。部屋は二階まであるようだ。

 全部が石や泥岩で出来ていると思うとかなり作りが硬そうというか、がっしりどっしりしていて安心して眠れる感はあるなとしみじみ思うフィーディであった。


 暫くして受付の奥の扉から宿屋の店主と思われる髭の男性と長老が出てきた。 


「お話は長老様からお伺いしました。時期がいい事に宿はすっからかんなので、二階の二部屋を使ってください」

「え、なんでお客さんいないの?」

「なんでって、砂塵がある時期は人は出入りしませんから。この町は。」

「あっ、そ、そうだった。ごめんなさいっ」

(こらヴィクトリアッ!長老の前ならいいがあまり変な事を口走るな!)


 後ろからフィーディの小言が入る。店主はハハハと笑いながらいいですよと気にした様子も無く、快く部屋の鍵を手渡してくれた。


「それでは素敵な夜明けが迎えられますように。また明日、館で待っておりますぞ」

「はい、お世話になります」


 一同を代表してかフィーディが頭を下げれば長老は宿屋から去っていった。


「私達も太陽神ライェンの信者であれば拒む理由はありません。気兼ねなくお部屋は使ってくださいね。…それでは、良い夜明けが迎えられますように」 


一体長老はなんて言って部屋を借りたんだ…と一瞬不安が浮かんだが割りと能天気なフィーディはその不安を頭を振って消した。

 店主は長老を見送った後一行にそう言葉を残して受付の奥へと消えていく。

手渡された鍵の番号を確認しつつ階段を上がり、女部屋と男部屋に別れる。


「んじゃ~また明日。寝坊すんなよヴィクトリア」

「するわけないわよ!そっちこそ、兄さんのイビキにうなされて寝不足、なんてしないでよね!」

「えっ、アンタそんなにいびき煩いの?」

「いや確認した事がないからなんとも言えないんだが……」

「ふふ、まぁいいじゃない!ともかく、また明日!おやすみなさい、みーんな、良い夜を!」

「ああ、お休みテフ。ヴィクトリアに殴られないようにな」

「えっちょっとそれどういうことよ兄さん!」

「はいはい、兄弟喧嘩は明日にしてくれ。おやすみ!」


 エイベルが先に202号室の扉を開けて入っていった。それに続いてフィーディが入っていく。

ヴィクトリアとテフは201号室の扉を開けた。全体的に砂っぽいと感じてはいたが、部屋や家屋の中はそうでもなく小奇麗で、明かりであるランプがより暖かく感じるような赤や黄、橙の配色が多めだった。

 ベッドは二つ、部屋はリビングと寝室のみで広い!と感じるほどではないが旅をしていた2人にとっては部屋があるだけ充分だった。


「わー!ふかふかベッド!何日ぶりだろ!」

「このオレンジのクッション、かわいいね~。伝統の柄なのかな。」

「そういうのも明日長老さんに聞いてみれば?ヴィクトリア」

「そだね。…んじゃ、明日に備えてシャワー浴びてちゃちゃっと寝ちゃいましょ~!」

「はーい賛成!よーしじゃあどっちが先にシャワー浴びるか、じゃんけんでしょーぶ!」

「いいわよ~!受けて立つわ!絶対私勝つんだから!」


 女子部屋は割りとはしゃぎながら、男子部屋もそこそこ会話が弾みながらも夜は更け皆床に着く。

ソレイルはベッドの上で足を伸ばして座っているが上体は起こし、部屋で窓から満月を眺めていた。ヴェルは客間で寝ている。

 ソレイルは一人あのクーデターの日を思い出していた。


 機械弄りが好きで、あの日は設計図を書こうとしていたんだ。……いきなりメイド長のミルハが部屋に入って来て、酷く取り乱してオレに秘密の隠し通路から逃げるように言ったんだ。

秘密の隠し通路はオレがよく城下に抜け出す時に使っていた道だったって気付いたのは、ミルハにその隠し通路の扉の前に押し込められた時だったな。

 あんな血相変えた表情で言われたから理由も聞けなくて、ミルハから持たされた短刀とフード着きのマント、あとは水が入った皮袋と食べ物が入ってる袋を渡されて隠し通路に突っ込まれてもう何がなんだかわかんなかったんだよな。あの時。

隠し通路から出て振り返ったら城から火の手が上がってて、そりゃもうビックリした。そんで、ぼーっとその燃え盛る火を見上げてたら、燃えて無い塔のガラスから、俺を見ている人がいた。

叔父上だった。塔の下の階に叔父上が居たし、隠し通路の出口はそんなに城から離れてる場所じゃないから、はっきりと見えたよ。オレをちょっと見た後に、逃げるようにその場を去ったその後ろ姿までしっかりとね。


 暫く城下町の路地裏とかに隠れて過ごしてて聞いた、父上と母上の訃報。次期は叔父上になるのでは?という町の人々の不愉快な予想情報。

全てあいつがやったんだと、確信した。あいつは王位が欲しくて、自分の妹を、そして王を殺したんだと。

 オレはミルハのお陰で生き延びる事が出来た。だったら、やる事と言ったらひとつしかない。


 そう思い続けて早5年。

漸く目に見えた一歩を踏み出す事ができそうだ。

 王子はベッドに背中を沈ませ布団に潜る。


「……今日は夜明けが早く来そうだ。」




to be continued...

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