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神の砂塵に隠された町

その頃、所変わって西の国。

 ようやく西の国についたかと思えば、斥候部隊を名乗る集団に追われ始めたヴィクトリア一行は、斥候部隊隊長アフアーの乗っていた砂魚を奪い砂漠を渡っていた。


 この三日ほど砂魚に乗って砂漠を渡っていた彼女らの前に今、渦巻く砂嵐。照り付ける日差しよりも今この砂嵐が一行の足を止めていた。

ヴェルの黒いフードやソレイルのゴーグルに巻き上げられた砂粒が当たり、ヴィクトリアの黒いポニーテールを揺らす。吹き荒ぶ明朝の冷たい風と細かな砂粒は人間の身体を捻り切ることは造作もないことだろう。

 流石の砂魚も恐ろしいのか、この渦の中に突っ込むことはしない。


「ゲホッ、コホッ、」

「大丈夫かよテフ。ほらマント貸してやるからこれ羽織って口元抑えてろ。砂、吸い込まないようにな」

「ありがとう、エイベルさん」

「いいって。…それよりこの砂嵐、どーすんだよソレイル」


 魚の背に乗って過ごした時間の中で、彼はもう王子のことを名前で呼ぶほど親しくなっていた。

ソレイルは片手で砂魚の青い背びれを掴みバランスを取りながら、舞う砂塵を見つめては目隠しのために着けていたゴーグルを額に上げては唸る。


「まだ時期じゃなかったかぁ…。ここの砂嵐は、年に二ヶ月か三ヶ月くらい止む時期があるんだ。そうであって欲しいと祈ってはいたんだけどな」

「運頼みかよ…。今後の対策はなんかあんのか?」

「ヴェル、止められる?」

「やってみます。」

「無理すんなよおっさん。」

「まぁ死なない程度にな。」


 そんな冗談を呟いてヴェルは砂魚から降りて砂漠をブーツで歩いていく。目をやられないよう腕で覆いながらも砂の渦へと近づいて行けば、段々と強くなる風はヴェルを吹き飛ばそうと拒むように外へ外へ押し返す。

 ギリギリ近づけるところでヴェルは止まるとその場に膝をつき、両腕を砂地へと突っ込んだ。


「舞い上がれ砂、吹き廻り渦となれ風!」


 囁くようなハスキーボイスと共に彼の腕に幾何学模様の黄緑と黄のラインが走る。

さらさらとヴェルの周りの砂が一粒一粒、そして砂山ごとと空中へ浮き上がり飛んで行く。そして今まで向かい風だった風が、段々と追い風に変わっていく。

 ヴェルの深紅の瞳が睨む先は、かの砂嵐。


「行け!」


その力強い声に合わせてヴェルの斜め後ろからゴウッと音を立てて砂嵐が通り過ぎていき、目の前の砂嵐に突っ込んで行く。

 ヴェルが生み出した砂嵐と留まって居た砂嵐が、激突する!

相反する風向きの嵐同士がぶつかるとその衝撃で出来た爆風にも思える風の衝撃がヴェルを襲い、彼は体をよろめかせ一歩下がる。

 彼を心配したヴィクトリアとフィーディが駆け寄って大丈夫か声をかければ大丈夫だと頷き砂嵐同士の対決へ視線を遣った。


「相反する風向きの嵐をぶつければ相殺できるかと思ったんだが……向こうの砂嵐が強すぎる。これじゃあ私の作った嵐がかき消されてしまう」


 驚きの顔で嵐の方を見遣るヴィクトリアとフィーディ。

 ヴェルの作り出した砂嵐はじわりじわりとその風を敵対する嵐に削り取られていた。虫に食われはじめた果物のように、少しずつ少しずつその勢いと大きさを失っていく。

しかしここでフィーディはふと気がついた。


「確かに砂嵐同士がぶつかってる中心はとんでもない風圧だけど、周りはちょっと風が弱くなってないか?砂がここまで飛んでこない。」

「あ、そう言えばここまで来る風がそんなに強くないね」

「確かに…あの砂嵐に気を取られているってところか…しかし目的地はあの砂嵐の奥だぞ?どっちにしろ砂嵐を通過しなければ…」

「さっきの強いままの砂嵐だったら砂漠の砂をすぐ抉ってしまうから無理だったかもしれないけど、今の弱まった砂嵐なら行ける方法がひとつある。」


 ぴん、と人差し指を立ててニッと笑みを浮かべた癖ッ毛の男。


「あの魚に乗って、あの砂嵐の下を潜るんだ。潜水ならぬ潜砂だ」

「ハァ?!そんなバカな方法無理に決まってるじゃない!何考えてんのバカ兄貴!」

「さっきの強すぎる砂嵐だと砂魚が潜れる限界まで潜ったとしてもそこまで俺達が生きてられそうにない。でも今の弱まった砂嵐なら、少し浅い所を潜っても通り抜けられるはずだ」

「やってみる価値はあるな。」

「ヴェルまで?!」

「どっちにしろ今有効的な策はそれしかないだろう。皆に話して、ここを突破するぞ」


 男2人は互いを見合って頷き会い、砂魚の元まで戻って行ってしまう。その背中をみていたヴィクトリアは置いていかれないよう慌ててついて行く。戻って一番に口を開いたのは腕を組んでいたエイベルだった。


「どーよ、ダメそうか?」

「私の砂嵐で相殺することは出来なかったが、弱らせることは出来た」

「ほー。で、どうするんだ。」

「ヴェルの嵐が弱らせている間に、あの砂嵐の下を潜るっていう策を思いついたんだ!」

「はぁ?潜るって…砂ン中をかぁ?」

「そう。あの嵐が弱らせてくれてる間になら、出きる。…と、思う」

「おいおい弱気な答えだなオイ。」

「当たり前だよ、ここには正解をくれる計算式も確証が得れる証拠もない。不安定な仮説仮説の連続だけど…それを材料に仮初でも答えを決めるしかないんだ。戸惑ってなんていられないだろ?」


 知らない土地の知らない現象、わからないことだらけだからこそ、とフィーディは強い眼差しでエイベルに言う。

 彼は不安で一杯だった。今まで、勉強したことだけが目の前に並べられ正解を述べるだけだったのが、この旅に出てからというものの知らない、わからないことの連続で、そしてその不安定な状態のまま追っ手に終われて決断を差し迫られている。

 責任感と言う重責、心に碇がついたように不安の深海へと沈められ、気が、身体が重くなる。でも現実はそんな彼の内面など知る由もなく、身の危険を、下手すれば死を向かわせていた。心の碇に、気を使っている場合ではないのだ。

 

「そうだな。…よし、その案俺ぁ乗ったぜ!」

「わたしも!わたしもその作戦、の、ノッた!」

「オレも。ま、ダメならダメでなんとかなるでしょ」


 テフもソレイルも笑って頷く。ヴィクトリアがフィーディの横を通り抜け、半身を砂に埋めていた砂魚に乗れば手綱を握る。


「行こう!兄さん!」

「ああ!」


 ソレイルの後ろにヴェルは位置取り、砂魚の背びれをつかむ。フィーディはヴィクトリアの斜め後ろを陣取った。

流石に三日も一緒に居れば慣れたものなのか、ヴィクトリアは砂魚の手綱を上手く操るようになっていた。ぐっと手綱を引き込むとえ?!突っ込むのか?!と言うように砂魚は振り向いて頭上のヴィクトリアを見遣る。

 それに視線を合わせて頷いてぴっと人差し指で砂嵐を指差した後、とんとんと下を示す。それで理解したのか砂魚は前を向いた。ああなんて魚使いの荒いやつだろう。まぁ、前の主より幾分もマシだけれど。

 尾びれを一度砂面に出しては勢いをつけて払う。側面のひれで掻くように砂を進み、砂嵐に近づいていくにつれ徐々に身体を砂の中へと潜らせていく。

 最初にテフの靴が砂に埋もれた。エイベルのブーツはまだ大丈夫だったが、次々と皆身体を砂に沈めていく。


「エイベルさん、このマント…」

「上にまた出るまで、それ噛んで息止めててもいいし顔覆っててもいい。とりあえず預けとくから、砂の中に置いてくんじゃねぇぞ」

「はいっ!」


 どこか嬉しそうに頷いたテフにため息交じりだが笑うエイベル。危機的状況を前にしても笑みを忘れない彼らはどことなく似通う部分があるのだろう。

 そうこうしているうちに全員胸の辺りまで砂に沈んだ。ヴィクトリアの髪を風が切るように揺らしている。

 

「皆、息止めて!潜るよ!」


 ヴィクトリアの号令に、皆大きく息を吸い込んで呼吸を止める。ヴィクトリアはさらに手綱を握りしめて手前に引く。

 それを合図に砂魚は更に砂へと身体を沈めた。背びれの中でも一番尖っている骨の先端は橙色で、その部分を残して完全に砂の中へと隠れてしまった。

 そこからは更にスピードを上げて、砂魚は砂中を泳ぐ。唯一出ている背びれの先端をアンテナ代わりに外の様子を伺い、砂嵐を通過した所でゆっくりと浮上しながら走り抜けた。


「ぷはっ!よーしよし!良い子っ!よくやった!」


 最初に顔を出したヴィクトリアはふるふると頭を振って砂を落とした後、少し屈んで砂魚の鼻先を撫でた。


「はー!苦しかったぁ。ゴーグルとメットのお陰で顔はなんともなさそうだ。」

「…、っはぁ。フードの中が砂だらけになってしまったな…」

「ふはぁ~!やっぱり空気は大事だね」

「っはぁ~!空気が美味いぜ」


 次いでソレイル、ヴェル、テフ、エイベル。一行が砂嵐を越えて見たのは、町だった。

僅かだが砂地に草が生え、奥には遥かな山が聳え立っており、山の麓の町と言ったところか。


「あそこが秘境の町と言われているイラフェルク。神のお膝元、なんて異名があるんだ」

「神のお膝元?なんで?」

「西の国では、あの山からしか宝石が採れないんだ。西の国の宗教では宝石を神の涙とか、自然の神々の力が宿る石だと思って奉ってる人が少なくない」

「は~、なるほどなぁ。さすが王子、物知りだな。他に鉱山はねぇの?」

「ちょっと北にある山も鉱山だよ。まぁ大体金銀銅、鉄とか皆が日用品や武器で使うための鉱石ばかり。あとサンゴールドくらいが採れるのかな」

「?サンゴールドってなんだ?」

「ああ、そっか東の国じゃサンゴールドは無かったんだっけ。掘って出て来る時は大概丸くて黒い塊で、塊の中心から仄かに赤く光っていて、触ると温かいんだ。とても加工が難しい鉱石だから採れたところでもっぱら置物か光源にしかならないんだけどね。」

「へぇ~。光源になるところをみると東の国でいうルナシルバーみてェだな。」


 ソレイルの解説に合いの手を入れていたのはエイベル。段々と町が近づいて来るにつれて、砂魚のスピードが落ちていき、門の前で止まってしまった。

あれ?とヴィクトリアが砂魚の顔を覗き込めばこれ以上は無理だと首を横に振る。


「砂質が硬い場所や粘度が高い場所は泳げないんだよ、砂魚って。だからコイツは町の中には入れないな」

「えー、じゃあこの子残して行くの?」


 不満そうなのはヴィクトリアとテフ。すっかり砂魚と仲良くなっていたからである。

(人の砂魚だということをすっかり忘れている)

 全員が砂魚から降りて今後の話をしようとした時、なんだか辺りがざわついているのに一行は気付く。


「お、おいアンタらあの砂嵐をどうやって抜けてきたんだ…!!?」

「嘘だろ…’神の砂塵’が破られたことなんて一度も無かったのに…」


 この町の住人たちに神妙な視線で見られ囲まれていた。

ソレイルはゴーグルをすぐに着け、ヴェルも声が聞こえた時点ですぐさまフードを被る。


「えーっと……俺達怪しいもんじゃねぇ、ちょっと道に迷った傭兵団でさ!」

「道に迷ったって、わざわざ砂嵐に突っ込むわけないだろ?」


 エイベルの言い訳は一蹴された。ぐうの音も出ない。

段々と町人達に囲いの輪を狭められて行く一行。ここでハッとしてテフがフィーディの腕をちょんちょんと突いて皆に隠れてこそこそと耳打ちをする。そしてフィーディの肩掛けバックから炎の魔道書を手にとって町人と一行の間に踊り出る。

 

「あ、あの…実はっ、この本のことを調べに来たんです!この本、魔法が使える本で、この秘境の町なら何かわからないかなぁ、って…!周りの人には魔法なんてばかばかしいって言われちゃうから……」

「魔法?!ああ、神の書物が外界にもあったとは…よくぞ見つけてくれたね。それならその本の力を使ってあの砂嵐を越えてきたという事か。」


 町人の内一人の青年が言う。うんうんと全員が頷けばその本を青年が手に取り、ぱらぱらと捲る。


「…確かにこれは神の書物…」

「長老様に言った方がよいのでは?」

「だな。長老様の指示を仰いだ方が良い…。神の砂塵さえ越えてしまう本だ、きっととてつもない力を秘めているんだろう…」


 町人達は町人達でなにやらこそこそと本を囲んで話し始めた。


「な、なんとかセーフ、…かな?」

「テフすごーい!機転抜群!」

「えへへ、私の膝のアザ見せてもいいかな~って思ったんだけど、それだとそれで面倒ごとになりそうだから…ってフィーディさんが本を貸してくれたの」


ヴィクトリアとテフがこそこそと嬉しそうに喋っていると、町人たちの方で話がまとまったのかこちらを向いた。


「とりあえず長老様に会ってもらうよ。長老様はこの神の御山と町を守られし血族の末裔。神の書物についても一番お詳しい。君たちの処遇は長老様が決めて下さるだろう。」


 先程本を調べていた青年がテフに本を返して言い、道案内を買って出てくれた。

テフだけではなく皆が会釈するように頭を下げる。


「ありがとうございます!」

「後ろの砂魚は…どうしようか。もしかして人肉でも食べるつもりかな」

「そんなことないです!この子は旅の途中ずーっとサボールばっかり食べてたんですから大丈夫!…あ、でも心配だからまた後で様子とか見たいかな…」

「じゃあまず宿屋の裏までご案内しよう。その後に長老様の住居に案内する。」


(サボールとは砂漠に分布する、緑色で棘だらけの丸い植物のことだ。見た目とは裏腹に果肉には水分たっぷりで西の国では割と食べられているものらしい。)

 ヴィクトリアは手綱を緩くもって青年の後に続いて砂魚を先導していく。


「…ソレイル様、この町は…」

「ああ。熱心な宗教家達が集う町だからオレの瞳は厳禁だな…」

「ですね。…先程の長老様とやらには事情を話しては如何ですか?どちらにしろ、居となる場所は必要ですから…」


 青年に案内される間の王子と側近の密談。

一行は町人から疑惑の目を向けられつつも、その長老と呼ばれる人の話しを聞きに、町中を歩んで行く。

 神のお膝元と呼ばれる町、見上げれば神はいるのだろうか?

そんなところで長老と呼ばれているのだろうから、さぞ神話や伝承に聡いのだろう。

 追っ手を振り切って安堵する一行とは別に、一抹の不安を覚えるソレイル。

黄金の瞳の意味を、そして自身の宿命を、その長老とやらに彼は問うつもりなのだろうか。




to be continued...

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