太陽は東を見つめていた
一方ヴィクトリア一行と別れたエルダ、ファーケウス、クレリアの三人は馬で東の国の首都へと1週間半で戻るというある意味偉業を成し遂げていた。(もちろん不眠不休で馬を走らせていたのだろう。)
太陽が空のてっぺんに来る頃、三人は城につき馬を厩舎につなげ休ませてやり、三人が城内に正門から入ればそれはもう手厚い歓迎だった。囲う兵たちの中から一人の銀の鎧を身に着けた騎士団の男がエルダの前に出て一度敬礼をする。
「エルダ軍団長。少々お話があります故、円卓の会議室に来て頂きたいと議員の皆様が仰られております」
「わかっている。…ただこの人数での出迎えは聞いていない。鬱陶しいし暑苦しいから下がらせろ」
「それがグフェル公筆頭に議員の方々からエルダ軍団長を決して逃がすなというお達しが来ておりまして…」
「私は逃げも隠れもしない。ここは私の故郷だ。いったいどこへ逃げると言うんだ、言ってみろ」
「……。申し訳ありません。愚考でございました。即刻下がらせます故、少々お待ちください」
エルダは恐れられている一方で両軍からの信頼は厚い。その理由の一つとしては部下を信頼し、嘘を吐かない。立場上隠さなければならない事はあれど、滅多に嘘を吐くことはないその裏表のない性格が、軍のみならず騎士団からも信頼を勝ち得ていた。
その騎士が囲いに戻ると囲っていた兵士は各々着いていた仕事へ戻りいなくなっていく。皆エルダの方へ一礼してから去っていくその様を、クレリアは呆然と眺めていた。
(…そりゃあ意見がコロコロ変わったり他人の事なんて考えもしない議員よりも、信頼できる上司のいう事の方を優先するわよね)
「クレリア、行くぞ」
「は、はい!」
ファーケウスの言葉にハッとしてクレリアは慌てて着いていく。
背筋を伸ばし堂々と廊下の真ん中を歩くエルダの背中を見て、これほどたくましく信頼できる人はいないだろうと、クレリアは不謹慎ながらも心中で微笑んだ。
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「遅かったではありませんか、エルダ将軍」
「オーエンは現在どのような処遇を受けている?」
「開口一番それですか?あなた自身の話が先で、」
「私の事より部下の方が先だ。答えろ。今オーエンはどのような処遇を受けている」
表情はいつもと変わらないはず、しかし周囲に滲み出る威圧感と話すトーンの低さから怒気と覇気が見えており平民上がりのグフェル公は喉の奥でヒッと声を上ずらせた。
グフェル公の代わりに答えたのは騎士団長のシルヴァムだ。
「現在兵舎に謹慎中だ。見張り役として私の直属部下を付けている」
「…だそうですよ」
「そうか。」
「ではエルダ軍団長。恐らく彼女から事の発端は聞いていると思いますが…あなたの意見を述べていただきましょうか」
次に話を切り込んできたのは貴族代表者の一人。
事の発端は、オーエンの着替えから西の国の国旗があしらわれたワッペンが出てきたことだった。
たまたま訓練中のオーエンの近くを通った魔法研究員が、風に飛ばされたオーエンの着替えを拾ったところそこからワッペンが出てきて、これはなんの紋章だろうと悩んでいたところを他の議員が見かけたという。
その後魔法研究員はワッペンを衣類に戻し、畳んで近くのペンチに置いて研究所に戻り、何の紋章なのだろうかと調べた結果西の国の国旗に描かれたものと一致した、というわけだった。
しかしその魔法研究員からの告発があったわけではなく、同じようにワッペンを見つけた議員の方が議会に報告を上げたそうだ。
帰路の道中にこの説明をクレリアから受けていたエルダは小さくため息をついて会話を切り出した貴族へ視線を向ける。
「オーエンは無罪だ。そんなもの誰かに仕込まれたに違いない」
「はっきり申し上げますと議会はあなたが西の国のスパイなのではと疑っています。今回の遠征も、どうやらエトレーの方まで行かれた様子。西の国とやり取りを行っていたのでは?」
「無粋な憶測だな。まぁ疑われても仕方ないが…今回の遠征は首都を騒がせていた盗人一味を追い詰めていた。捕まえようとしたら自害してしまったから証拠はないが…他にはこの議会にもいい土産話が一つある」
「土産話?」
「しかしこれはオーエンとの件には一切関係が無い。話がずれないよう今言うのは控えるが、今回の遠征は無駄ではなかった、というのが遠征についての弁明だ。他に質問は?」
「問題のワッペンについては?」
大きな円卓の真ん中にはジャケットの肩辺りなどに付けられるだろう小さなエンブレム形のワッペンが一枚置かれていた。太陽と山脈、その根元には荒涼とした砂漠が広がる、まさに西の国を象徴とした紋章だ。
(しかし今この場にいる人間で、西の国がそのような場所であることを知っているのは数少ない)
エルダは動きもせず視線をちらりとそのワッペンに移しただけで再び議員の方へ視線を向ける。
「知らん。私はこのワッペンを見たことが無い。…その紋章についてだが、魔法研究員の方はフィラナに報告したんだろう?」
「ええ。ただ私もその紋章が最初なんだかわからなかったし、そんな重大な話鵜呑みにするわけにもいかなかったら議会へは報告せずにちゃんと調べて確実な情報をあげたかったの。…もたついてたら先に議員さんが報告してしまったようだけれどね」
エルダと議員、フィラナの話が進む中、クレリアとファーケウスはじっとエルダの座っている椅子の後方左右に立ち話を聞いていた。
(わ、私みたいな下っ端がこんな重要な会議に参加しちゃってもいいのかしら…)
とクレリアは会議室内のぴりぴりした空気に頬が引きつる。
「ではあくまでこの件については知らぬ存ぜぬ、という事でよろしいですかな?」
「ああ。」
「では参考証人などは?」
「私から名指ししたところであなた方はどうせ罪人の身内だと言って信用しないだろう?」
「なっ!」
一人の貴族が声を荒げた。それをグフェル公がまぁまぁと手で宥めさせる。
「ではここにいるファーケウスが参考人だ。好きなだけ取り調べると良い。」
「なんなりとどうぞ」
「ではファーケウス中佐はこの後少し会議に残ってくれるかな」
「ええ、もちろんでございます。」
恭しく頭を下げるファーケウス。クレリアは違和感を感じるものの、それがさも当たり前なことで何ともないように議員たちは話をすすめる。
「ではエルダ軍団長の今後の処遇ですが…」
「オーエン同様、私にも疑惑の目は向いているだろうから兵舎謹慎をしているよ。外に買い出しへ行く時などはシルヴァムか騎士団の連中の誰かを連れて出かける。これでいいな?」
「そ、そうですね。そこまで徹底されていれば…」
他の議員たちも各々頷く。異議はないようだ。
「では私とオーエンの嫌疑についてはこれでいいな。この後は事情聴取などもあるだろうから、土産話はまた後日にしよう。行くぞ、クレリア」
「は、はいぃ!」
緊張しすぎて声が裏返ってしまった。しまった、と口を軽く抑えるがエルダの後に続いて会議室を出ていく。
エルダは廊下に出るとモスグリーンの軍支給の上着を脱いで袖で腰に巻く。紺のYシャツ姿にクレリアは珍しいなぁ、なんて感想を心中呟いた。すると突然、エルダは肩越しに振り返りクレリアに話しかける。
「巻き込んでしまってすまないね」
「いいえ!全然!将軍のお役にたてるなら私なんだってします」
「そりゃ頼もしい。じゃあちょっとこれから…兵舎の私の部屋に戻って、お茶でもしないかい?」
「え?お茶、ですか?」
燦々と輝く太陽は、陽気な午後の昼下がりを演出している。その光は、クレリアの綺麗な銀髪の輝きを更に増させていた。
いつもの凛々しい顔とは違い微笑ましげなエルダの笑顔に、クレリアはつられて笑いはい!と元気よく頷いた。
****
「美味しい!このレップルティーおいしいですね!」
「そう?喜んでもらえたなら何よりだ」
レップルは東の国では良く見られる果物で、拳より一回りほど大きな丸くて赤い果物。甘い果肉と香り、そして僅かな酸味が相まってお菓子にも紅茶にもよく使われる、東の国の代表的な果実の一つだ。
エルダの部屋は兵舎の一番上の階。そこのバルコニーで二人は優雅にティーカップを傾ける。
心地よい緑風が二人の髪と撫でてゆき、耳には眼下の訓練場の騒音を運んだ。
「このお茶、シルヴァムから貰ったものでね。あいつ紅茶が趣味だから。」
「へぇ~、そうなんですか。あれ?でもいつも城じゃあ喧嘩とかしてるって聞くんですけど…」
「それは奴が開口一番ケチつけてくるからだよ。…本ッ当、グダグダ煩いんだ」
「ハハハ、犬猿の仲ってやつなんですかね」
穏やかなティータイムには穏やかな空気が生まれる。のほほんと晴れた空の下、先ほどの緊張っぷりとは一転しのんびりとした時間。
「……そういえばクレリア、さっきの会議室での事なんだが…」
「あ、はい。」
「…あまり公には言えない事だから会議内容は秘密で。あと中途半端に関わらせて悪いが、エトレーで出会ったあの一行について教えることが出来ない。」
本当にすまない、とエルダは少し俯きがちに呟いた。ティーカップを木製のテーブルに置き、足を組んではその上に両手を置いて背もたれによりかかる彼女は、どこか遠くの空を見つめていた。
「別にクレリアを信用してないわけじゃないんだ。それでも、今言っていいことと悪いことがある。政治的にはね。…その時が来ればおのずとわかることだから、詳しいことは言えないんだ。」
お茶に誘ったのはこの謝罪の為だったのか、とクレリアは内心納得した。
将軍らしいと言えば将軍らしい。部下に全幅の信頼を預けているからこそ、嘘をつきたくない。正直で裏表のない彼女らしいと思えば、クレリアは納得して頷いた。
「わかりました。私は変な追求もしませんし、その時を来るのを待つことにします。」
「すまないね。迷惑をかける」
「いいえ全然!そんな謝らないでください。…あ、でもヴィクトリアのことは聞いて良いですか?あの一行になぜ居たのか」
「ああ、彼女のことね。隊の編成をした時、兵士の数が足りなくて新兵の中でも中々優秀だった彼女を入れさせてもらったんだ」
「…優秀、ですか。そうですよね!彼女強いし!」
可愛くて、強くて、将軍にも一目置かれているヴィクトリア。兵士としてのスタートラインは一緒なはずなのに。
(すごいなぁ…ヴィッキー。)
思わずクレリアの口からはため息がこぼれる。
「まぁでも、クレリアには今後私にたくさん付き合ってもらうから覚悟しといてもらわないとね」
「へっ?!」
「なんせ謹慎中じゃあ体が鈍ってしょうがないし、城下の美味いものも食いに行けないし。だから買ってきてもらおうかと」
「そ、それって…」
「小間使いに近いかもね。はっはっはっは!」
愉快そうに笑いながら冗談だよ、と言うエルダにつられて、先ほどのため息も消えクレリアからはくすくすと笑いが漏れる。
(うん。私には私に出来る事があるんだもの。しっかり今を見て、やらなくちゃ。)
クレリアの長い後ろ髪が風に揺れる。夏が近くまでやってきているような、春とは違う少し爽やかな風。傾く夕日は相変わらずエルダのゆるくうねる金髪と、クレリアのストレートな銀髪をきらきらオレンジ色に輝かせていた。
to be continued...