真理は食卓で踊る
「いっただきます!」
ソレイルの元気な声を皮切りに皆食卓に並ぶ料理に手を付け始めた。
木の器に木のスプーンでシチューを掬い、大きく口を開けてぱくりと口に含む。
「……んー!!んまい!久しぶりにちゃんとした料理食った!シチューすっげーおいしい!!ばーちゃんすげぇや!」
「ソレイル様、少しお行儀が悪いですよ。」
「んだよ、別にいいじゃんか。うまいもんはうまいって言わなきゃ」
「ありがとうねぇ王子様。」
老婆が柔和に微笑むとへへんと胸を張るソレイル。ヴェルは肩を竦めるものの自分の食事に戻った。
「あの子、王子様なの?お婆ちゃん」
「そうだよ。森をでてずーっと西の方にある国の王子様なんだと。」
「わぁすっごいね!わたし王子様初めて見た!」
「そうだぜ、オレさまは西の国の第一王子!お姉さんのほしいものはなーんでも持ってきちゃうけど?」
「何出来もしないこと言ってるんですか。」
テフも和気藹々と皆の和の中に入っている。ヴェルのツッコミにはソレイルが卓の下で足で攻撃したりと反抗的だったものの皆おいしい料理に手が進む。
と、暫く皆食べ物に夢中だったが、ふと何か思い出したようにファーケウスがソレイルに向かって尋ねた。
「そういえば王子様、貴方は何故、西の国からこちらの国へ亡命などしたのですか?」
ぴた、とフォークを持っていたソレイルの手が止まった。ゆっくりと器にフォークを置いて、ソレイルは先程のふざけ具合とは一変して冷静な声音で語りだす。
「忘れもしない5年前。国でクーデターがあったんだ。オレの父上も母上もあいつに殺されて……」
「あいつ?」
「叔父上だ。あいつに違いない。あいつ、母上を……自分の妹を殺してまで王座を欲しがってたなんて思いもしなかった…!今の西の国の王は叔父上だろう、だからオレはいつか強くなって、西の国をあいつから取り戻すつもりなんだ」
いつものワガママっぷりは、王族という使命感と責任からも来ているんだなとファーケウスは心中でこそっと呟く。少しだけは見直したのと、西の国の知られざる現状に注意深く耳をすます。
「でもほら、オレ王族だからこの目で一発でバレちゃうだろ?それにオレ、当時は今よりもっと子供だったし……一人で逃げ続けるには国内じゃ2、3年が限界だったんだ。」
「それで命からがらセントコーリスを渡って東に行こうと。」
「ああ。父上から東はうちの違って緑豊かだから、とは常々聞いてたから少しは逃げやすくなるかなぁ、なんて思ってたんだけど……セントコーリスに行く前に追っ手に見つかっちゃって。そこで死ぬかなって思った時に、ヴェルが助けてくれたんだ」
「あんた、まさに救世主だったわけだ。」
「私にとってもソレイル様は生き返らせてくれた救世主だったわけですがね。」
「クーデターとは、ここ最近西も穏やかじゃないんだな」
「うん。叔父上が今王座についていると思うけど……こっちきてから予想外に西の情報が入らないからあんまり詳しいことはわかんないな。でもこっちに戦争しかける理由はいくつでもこじつけられると思うよ。父上が元々東の国にいい思いを抱いてなかったみたいなのを、叔父上も知ってるだろうから」
「?何故だ。10年前の戦争は、こちらでは西の国が勝手にけしかけてきたと聞いているが」
「父上は、東の国は緑だけでは飽き足らず、西の国にある過去の遺産までもドロボウしていく盗人国家だって怒ってたから恐らくあの戦争は、その不満が爆発したんじゃないかな。手紙とか使者とか散々東の国に出しているのに、返答が一つもこないし使者も帰ってこないっていうのがずーっと続いてたから。」
「そんな話聞いたこと無いぞ?!エルダ将軍!」
「私も今のは初耳だ。どういうことだ、当時の政府の発表とは大分食い違ってるぞ……」
腕を組んで唸るエルダ。難しい顔をするファーケウスと大事な会話をしているのを他所に他の一行は何事もなく普通に食事を食べ進めていた。
「なんか難しい話してるね」
「エルダ将軍もファーケウスさんもお仕事熱心だからね~。」
「テフちゃんに簡単に説明すると、俺達一応お役人だからさ、特にエルダ将軍はそういう話に敏感なんだと思うよ」
「ふ~ん、そうなんだ。お役人の人って難しい話沢山で大変なんだね」
とテフ、ヴィクトリア、フィーディはのほほんと不真面目な解説をしつつ、二杯目のシチューを平らげる。
一行は昼食をごちそうになった後、皿洗いはヴェルが率先して行い食卓を囲んでまったりと小休止を取った。
「……そういえば、お婆さんに聞きたいことがあるんですが」
のほほんとした空気の中で口を開いたのはフィーディ。椅子に座り直して老婆のほうへ向き直る。
「普通の人間に魔法が使えるよう文字を刻むなんて手段聞いたこともないのですが、貴女はどうしてそんな方法を知っていたのですか?それとも、魔法の真理でも知っているのですか?」
「…簡単なことさ。魔法の真理は、文字、言葉、そして心。私が知っていた文字をそのままヴェルに刻んだだけのこと。」
「ですが今現在使われている言語に魔法の力など」
「あるよ。それは微々たるものでお前さんが気づいてないだけ。」
「え?!」
「そもそも魔法はね、文字や言葉がもつ力のことだと私は思っておる。今使われている言語でも多かれ少なかれあるんだよ。」
「でも俺達がこうやって話したところで何か魔法が使えるとかないじゃないですか」
「それだよ。お前さんは、’今の言語では魔法が使えない’と思い込んでおる。それが原因だよ。信じる心が強く関わる魔法の力は、人の信仰に強く左右される。…恐らくこの国では皆が’今の言語では魔法が使えない’と思い込んでおってそれが国中を、覆っているのだろうね。……ああ、ヴェルに刻んだ文字たちは、かつて私が居た国で使っていた文字だよ。信仰され神格化された文字を刻めば読まずとも魔法は使えるだろうと私は思ったんだ」
老婆の言うことは一理ある。東の国の人々は恐らく魔法とは、本や杖があれば使える。程度の認識であり、使えないというか使えるわけがない、という思い込みがあるのは確かだろう。
「では忌み子についてはどう考えているのかお聞かせ願えますか?」
そこに口を挟んだのはファーケウスだ。
「忌み子、ねぇ。忌むべきなんかではなく、祝福された子だとわたしゃ思うけどねぇ」
「どういうことですか」
「自然に愛された子だと思うんだよ。…あの文字は私の居た国でも見たことのない…けれどもどこか身近な感じがする。きっとその自然と相性がよかったんだろうね。自然には裏も表もない、ただ純粋な存在……きっとその子と遊びたいから、いつでも呼んでと自分たちに一番近い文字を残すんじゃないかねぇ。」
「……」
自然に愛されたとしても、人として愛されないなら。
ファーケウスは渋い表情で軽く俯き思案する。そこに明るい口調で割って入るのはテフだ。
「ふ~ん、じゃあわたしも森の外じゃあ忌み子って呼ばれるのかな?」
「そうだねぇ。だからあの文字は外では見せていけないんだよ、わかったかいテフ」
「え?!君も忌み子なのか?!」
「うん、そうだよ。…ほら、ここ」
驚いた表情のファーケウスにテフはにこりと笑っておもむろに自分のエプロンスカートの端を掴み見せるように軽く引き上げた。
いきなり何をとファーケウスはあわてて腕で顔を覆うようにしたが見えたものにその腕をどかす。
肌色の膝小僧には深緑色の紋様のような文字が刻まれていた。
「私はね、植物の声が聞こえるの。今が収穫時だよ、とかあの薬草はあっちにあるよ、とか。」
「植物の忌み子、か…」
「どうして忌み子っていうの?」
「忌むべき子だからさ。国の人間にとってはね」
「じゃあ私も東の国の首都で生まれたのかな」
「?」
「わたしね、小さいころに森で捨てられて、お婆ちゃんに育てられたの。名前もお婆ちゃんがつけてくれたんだ~。」
「……すまない、つらいことを聞いてしまって」
「いえいえ、別に辛くないわ。だっておばあちゃんがいるから」
にこにこと笑って話すテフの様子に、ファーケウスの眉間の皺も段々解けていく。
いつしか二人は二人で忌み子の力について話し合い始めたのだ。
それを見ているフィーディと老婆。
「こうやって話せば忌み子も人も関係ないんだがねぇ。外の輩の考える事はわからないよ」
「ええ、俺もそう思います。…ああ、そうだ博識なあなたにもっと教えて頂きたいことが!」
「ああもうなんだいさっきから質問ばっかりだねぇ。…まぁゆっくり話しなさいな。」
「あの、一度俺の放った火の魔法が妹の拳に宿ったとこがあって…」
そう、フィーディが尋ねたのはヴェルと戦ったときのあの現象についてだ。
それについてはヴィクトリアも知りたいのかフィーディの隣に椅子をもって来ては座り直した。
「ほぉ、珍しいね。それはお前さんの心と彼女の心が重なったんだよ。瞬間的だが同じ気持ちになった。」
「同調したということですか?」
「そうだね。それがその炎が拳に宿った、という結果になったんだろうが……正直これは稀な事だからどうなるかは私にもわからないんだ。当たり障りのない答えだが、強力ななにかになる、ということしか確かなことは言えないねぇ」
「強力な何かに…」
「私達の場合、たまたまああなっただけ、ってことかな」
「きっと2人に一番ベストな形になったんだろうね。」
「その技は心が同調すればいつでも発動できるのですか?」
「いつでもではないだろう。大体心が同調なんて滅多に起きやしないからね。」
「へぇ~お婆ちゃんほんと物知りだね!」
「年の功だよ年の功」
朗らかに老婆は笑い、それにつられたように兄妹も笑う。ヴェルもちょうど皿洗いが終わりリビングに戻ってきた。
しかし今度はテフが薬草詰みに行くらしく、それにファーケウスやソレイル、フィーディやヴィクトリア、挙句にヴェルまでついていくと言いだした。
(ファーケウスとフィーディは忌み子の研究を、ヴィクトリアはただテフと仲良くなりたいだけで、ソレイルは面白そうだから、ヴェルはその保護者という理由だそうだ)
エルダを残して薬草詰みに森へ行った一向。エルダはため息をつきながらもあまり遅くならないよう釘を刺して見送った。実際この家には世話になったから、手伝いを止めることはしない。
「時に博識なお婆様に一つ聞きたいことがあるのだが」
「おや将軍様もかい?」
「ええ。……実は数年間眠りから覚めない人がいて、どうしても助けたいのです。ただ薬も医者も皆首を横に振るばかり、頼りはもう魔法くらいしか思い当たらず…。しかも原因すらわからない。」
「……薬も医者もダメ、ねぇ……それは魔法ではなく呪いの類かもしれないね」
「呪い?!」
「魔法と呪いは似ているようで別物。魔法は前向きな、自然な力を扱うけれども呪いは逆に、後ろ向きな感情、負の感情が主。これがまたかかると厄介でねぇ。今このご時世に呪いなんてやる輩がいるなんて驚きだよ」
「それは、それはどうやったら解けるのですか」
「術者を殺すのが一番手っ取り早いだろうね。」
「……なるほど。確かに一番わかりやすい方法だ」
「だけどそこまで強力な呪いなら、術者を殺したところで治るかどうかもあやしいね…」
「それは何故?」
「魔法も呪いも、人が死んでも想いは死なず、と言うからね。」
膝に両手を置き、窓の外の木々を見ながら老婆は静かに言う。
エルダはその視線の先を一緒に追う。
「呪い…即ち感情を解くには、言葉にして術者の心を解きほぐさなくては、完全に解呪とは言えない」
「心を解く…」
「たとえば盗賊に両親を殺された少年がいたとしよう。少年は盗賊のことをどう思っていると思う?」
「まぁ殺したいとか、復讐したいとか」
「その感情を解くにはどうしたらいいと思う?」
「…難しいな……説得、…いやしかしその少年がはいそうですかと止めてくれるかどうか…」
「そうだろう?だから呪いの完全解呪は難しいんだよ。」
「……つまり眠り続ける呪いを解くには、術者を説得させるしかないと」
「そうだね。それが最善の方法だよ。時間はかかると思うがね」
エルダは深い深いため息をついて木の背もたれに深く腰掛ける。
つまりはかの人に強い恨みやら負の感情を抱いている人間がどこかにいるということ。
頭を抱えたくなる。自分の部下にそんな輩がいてほしくないし、そもそも王に恨みなんて誰が持つと言うんだ。
もしや、西の国の奴だろうか。
「呪いや魔法は遠隔とかでも可能か?他国からとか。」
「そんな遠くは無理だね。出来て同じ家の中とか、町の中とかくらいかねぇ……まぁでも、それでもかなり強い術者じゃなければそれも難しいが」
となると身内?
話から導き出された推測に胃が痛くなりつつあるエルダを余所に、老婆は小さく笑う。
「お偉いさんは大変だねぇ。」
「ええ、本当に。……ああ、失敬、そういえば私名乗り忘れておりました。一泊一食の恩があるのに申し訳ない」
「大丈夫だよ、私だってお前さんがどんな立場の人間かくらいわかるさ。」
「え?」
「その軍服に腕章、昔同じ服を着たバカとこの森についてで一悶着あってね。そいつは小太りの男だったが……お前さんの先代、ってところかね?」
「なんと、先代がお世話になっていたとは」
「世話もなにもあのバカこの森を伐採しようとしたんだよ。イアマ村の村人の声も聴かずに、独断でね。それを森や動物たちが怒ってねぇ……私も追っ払うのに協力したんだよ。まぁ、その所為かここの森は呪いの森なんて言われるようになってしまったけれど。」
「あぁ……それはご迷惑を。私が軍団長になったからにはそのような横暴はしませんので、どうかお許しを」
当時の上層部の腐敗っぷりを知っているエルダは緩く首を横に振り老婆へ向けて頭を垂れる。
それを見て老婆はあわてて手を横に振った
「そんな畏まって…やめておくれよ。こんな年寄りに頭下げなくてもいいんだよ、それに悪いのはお前さんじゃない。」
「そう言っていただけるとありがたい。…この人が立ち入れぬ森は、だからこそこんなにも静かで綺麗なんでしょう。」
「そうだよ、生き物は純粋に生きる姿が一番美しいんだ。森も動物たちも……だが最近、動物たちに異変があってねぇ。魔物化する子がちょっとずつ増えてきている気がするんだよ」
「魔物化?」
「動物の心に欲望を助長させる魔が入り込む。すると理性を知らない動物たちは欲望を抑えることが出来ず、魔物へと変貌していってしまうんだよ」
「……もしかして前に森に来た時戦った熊が…」
「小鳥たちから聞いているよ。あの子はもっともっとと欲深になって……おぞましい姿になったと。」
「ええ。最後はもう熊ともわからないような外見になって…」
「ああなるともう手が付けられない。森も、ここから追い出すという方法しか取れなくてね。」
「だから森から出てきたのですね。追い出される形で。」
「そう。」
今度は老婆がため息をつく。老婆も老婆で悩みがあるようだ。
もう窓から差す日が橙色に見える頃。ようやく薬草詰みに行ってた一行が戻ってくるとエルダは立ち上がった。
「では私達はこれからエトレーに戻ります。お世話になりました。」
代表してかエルダが頭を下げるとひょこりと隣から顔を出すソレイル。
「またきっと遊びに来るぜ!こんなきれーな森、西じゃ滅多にみないからさ!」
「いつも面倒事ばかり持ってきてしまってすみません。」
ヴェルが頭を下げると老婆は笑いながら手を振り気にするなと言う。
「いいえいいえ、また遊びにいらっしゃいな。森のみんなも、あんたらが無害だってわかっただろうからね」
「ね!わたしもまた会えるといいな。」
「ああ、テフ。お前は社会勉強に外へ出て行ってみるかい?」
「え?!いいの?」
「この人達なら信用できるからね。なんたって魔法が使える程、行き先はどうあれまっすぐな心をしているんだ。」
「うんっ、わたしヴィクトリアもファーケウスも皆好きだから一緒に行きたい!」
「じゃあ行っといで。何かあったら、帰ってくるんだよ。この森はお前の家なんだからね。」
「うん!お土産たっくさんもって、帰ってくるね!ミコトお婆ちゃん!」
と、テフが一行に加わりエトレーの町に帰還することに。
老婆は玄関先で一行を見送る。ここに来た時にように木々を掻き分け森へと踏み入ると暫くして道にでた。獣道のようだがそれに沿って歩いていくと、行きの時とは比べ物にならない程早い時間でエトレーが見渡せる高台の草原に出た。
本当に、ここの森は生きているようだ、と改めて実感する一行。赤い光に照らされたエトレーの街は綺麗だったが、その西に見えるセントコーリスの禍々しさは、どうにも相容れない。
あの草原一体は常に曇っている。雲が覆い光を届かせぬ禍々しい土地。あそこは一体越えられるというのだろうか。
「わー!綺麗な夕日~!あ、そうだ、皆さんこれからどこへ行かれるんです?」
純粋に尋ねたのはテフ。最初に口を開いたのはエルダだ。
「首都に戻るつもりだ。…だがここまで大御所隊だと、移動にも時間がかかるな…仕方ない、馬車を手配しようか。金は経費で落とせばいいし」
「特急だとエトレーから首都はけっこうな額かかりそうですねぇ。」
「まぁそこまで財政難ではないし大目にみてくれるだろう。…とりあえず行くぞ。」
ファーケウスとエルダを先頭に一行は街へ歩いてく。
後ろに付いていたテフは隣のヴィクトリアにこそこそとナイショ話。
「ねぇ、特急ってなに?馬車はわかるけど」
「馬車は馬車でも、特急馬車っていうのがあるの。特急はね、専門の乗り手がほぼ不眠不休で馬車を走らせてくれるからとっても早く目的地につけるの!でもお値段はちょっとお高いんだけどね」
「へ~!その乗り手の人もだけど馬もすごいね、不眠不休でなんて。」
「そうやって訓練させてるんだって。」
ヴィクトリアの解説にうんうんと頷いてみせるテフの様子に、フィーディは本当にこの子は森とイアマ村しか知らないんだろうなと思った。箱入り娘ならぬ森入り娘だ。
なだらかな丘を降りる一行の間を風が通り抜ける。一行の髪を、ヴェルのフードを、テフのスカートの裾を揺らして去っていく。その風を感じながらゆったりとした足取りで一行は町へと向かって歩いていく。
と、何か見えたのか一行は皆目を細めて町の方角を見る。何かが土煙を上げてこちらに走ってくるのだ。
「将軍!!将軍ーー!!」
馬を走らせこちらへ爆進してくるのは、銀糸の髪を夕日で銅に染めたクレリアと、逆立てた髪を風に撫でられているエイベルだったのだ。
クレリアとエイベルはエルダの傍までやってくれば馬を降り一礼をする。そしてここまで城からエルダを追いかけてきた理由を話そうとクレリアが口を開いた。
「ようやく追いつけた…!エルダ将軍、至急城へお戻りください!」
「何があったんだ?クレリア」
「オーエン大佐が、オーエン大佐が!」
「とりあえず落ち着きなさい。オーエンがどうしたって?」
「オーエン大佐にスパイの疑惑がかけられて…城内で幽閉されてるんです。」
「なんだって?!」
驚きの事実にエルダも動揺を隠せない。すぐにファーケウスの方を向き指示を出した。
「ファーケウス、クレリアと一緒に町へ戻り私の馬の確保を。恐らく宿屋の厩舎に繋げてあるはずだ。……私も後ほどエトレーに戻る。それから城へ不眠不休で戻るぞ」
「ハッ」
「エイベル、お前はなぜここに?」
「俺はエトレー配属だったんスけど、クレリアがあまりにも必死の形相で詰め所に転がり込んできて将軍はいないか、いないなら探すの手伝ってくれって言うんで一緒に探してただけッス」
「なるほど。お前は今からヴィクトリア達とともに行動しろ。これは命令だ。詰め所のほうには私から連絡をつけておく。」
「了解ッス」
クレリアが乗っていた馬にファーケウスが跨るとその背にクレリアが飛び乗り、2人は先に町へと戻っていく。
一連の流れを呆然と見ていた一行にエルダは向き直り、ため息をつきながらも口を開いた。
「ヴィクトリア、……新兵のお前に任せるには些か荷が重い任務だと思うが、今は頼れるのはお前だけだ。引き受けてくれるか?」
「もちろんです!新兵だろうとなんだろうと私だって、戦士ですから」
「お、おいヴィクトリア!なんでお前はそう簡単に物事を引き受けてしまうんだ!」
「そうか。……これよりヴィクトリア、エイベル両名を軍から除名する。以後、東の軍人とは名乗らぬように。」
「え?!マジっすか?!」
「表面上は、だ。慌てるなエイベル、正式ではない。…先のスパイ騒動、おそらく西の国の所為だと上層部は決め付けるだろうから、東の国の検問も警備も厳しくなる。しかも軍人に疑惑がかけられているなら、軍人と一緒にいると尚更分が悪い。となるとあの2人を隠すには難しくなるだろう。……西の国へ行け。こちらの騒動が治まり次第、エトレーの詰め所へ私の指示書を送っておくから、それを待つように。……それまであの2人を隠し通し、護衛するんだ。わかったな、ヴィクトリア。」
「了解しました。……将軍もお気をつけて。」
「そらこっちの台詞だよ、ヴィクトリア。……フィーディ調査員は私たちと一緒に城へ戻ってもいいが?」
「妹を置いて帰れるわけないじゃないですか!」
「そうか、それは何よりだ。」
小さく怒るフィーディにふ、と笑みを漏らしたエルダは一行の奥にいたソレイルの方へ歩み寄ればは跪き、頭を垂れる。
「ソレイル様、先の草原でのご無礼、何卒お許しください。」
「頭を上げよ将軍。よい、気にしてなどない」
「貴方がその足で歩き、金色の目で見てきた東の国の民にどう思うかは私にはわかりかねますが、ひとつだけ確かなことは民は戦いを望んではいない、という事実です。どうぞこのことをお心に留め帰郷なさいますようお願い申し上げます」
「……わかっている。貴公のような立派な者ばかりとは言えんが、誰しもが平和を望んでいるのは確か。ただの殺戮など愚王のやること。……国交が回復した暁には、エルダ将軍もそちらの王にも、見合いたいものだ。」
「ありがたきお言葉でございます。……では私は城へ戻らせて頂きます故、失礼いたします」
「ああ。気をつけよ。そちらの王にも、よろしくと言っておいてくれてもかまわんぞ」
「は。」
ただの少年に東の国の軍団長が跪いて頭を下げているこの光景に、エイベルは開いた口がふさがらない。
エルダは立ち上がると更に一礼をし、クレリア達が残してくれた一匹の馬に跨り駆け去っていった。
その背を、ゆれる馬の尾を見送るヴィクトリア。向かい風が強く吹いたが、怯むことなく駆けていくその背中を、ずっと、見えなくなるまでヴィクトリアは眺めていた。
嗚呼、真理は踊る。…予兆を連れて。
to be continued...
次回から二部、西の国編突入です。