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過ぎた朝、決めた事



 今までの長旅でよほど疲れが溜まっていたのか、フィーディはなかなか起きなかった。安心して眠れるこの場所がそうさせているのかもしれない。

しかしそれは、一人の帰ってきた少女に破られることとなる。


「お婆ちゃんただいまー!あれ、お客さん?」


 勢いよく開いた扉の音にびっくりして飛び起きたフィーディ。ハッとして辺りを見渡すとなにやら昼食の用意をしている老婆と空の籠を持った栗茶の髪の女の子。


「おかえりテフ。ああ、昨日泊めた面白いご一行がいるよ。」

「あ、そうなんだ!じゃあ外で洗濯物してくれてた人も?」

「そうだよ。一泊の恩だって言って手伝ってくれてるのさ」


 老婆と女の子の話を聞いてフィーディはさらに飛び上がる。ぼさぼさの髪も手櫛で直し慌てて身なりを整えながら老婆に食いついた。


「え?!な、なんで起こしてくれなかったんですか!」

「お前さん、どうやら疲れ切っていたようで揺すっても起きなかったんだよ。そしたらヴィクトリアって子が寝かせてあげて欲しいと言ってね」

「……」


 そういえばベッドには眠っていたはずの妹の姿はない。老婆の話を聞くと、エルダは洗濯を、ヴェルとソレイル王子は家の外の掃除を、ファーケウスとヴィクトリアは昼食の準備をしているという。

完全に出遅れて一人取り残されたフィーディ。

 すると台所で調理していたのか鍋や料理を持ったファーケウスとヴィクトリアがリビングに現れた。


「あ、やーっと起きたわね兄さん。このねぼすけめ。」

「ヴィ、ヴィクトリア!お前なんともないのか?どこか調子悪いところとかも無いか?!」

「無いわよ。ピンピンしてる。あ、じゃあお昼ご飯できたって外にいるエルダ将軍たちに言ってきてくれない?」

「わ、わかった。」


 あっけらかんと普通にしているものだから兄は拍子抜け。言われた通り伝えるため家の外へ出て行った。

そのやり取りをなんとなく見ていたテフと呼ばれた女の子は、先程台所から出てきた二人を指差しあ!と声を上げる。


「あなた達、イアマ村で会った軍人さん達じゃない!お久しぶりです。まさか森に入ってこれるなんて。」

「ああ、君は薬草売りの。…では君が言っていたお婆さんって、この方のことだったのか。」

「おやなんだい、テフはこの2人と知り合いなのかい?」

「一週間くらい前にイアマ村に薬草を届けに行ったときに森のことを聞かれたの。」

「そういえばお名前をあの時聞き損ねたし自己紹介もしていなかったな、薬草売りのお嬢さん。俺はファーケウス。軍人だ、あのがさつなポニーテール女も軍人で、名前はヴィクトリア」

「ちょっとちょっとがさつはいらないです!……私はヴィクトリア、よろしくね。あとさっき出て行ったねぼすけが私の兄、フィーディ。」

「わたしはテフって言います。知っての通り、薬草売りをしてるわ。よろしくね、お2人とも。」

「あと実はまだ数名いるんだが……」

「まぁ食卓の準備もまだできてないし、皆が揃うまでにぱぱっとやっちゃいましょー!」

「いつも2人だけだったから、こんなにテーブルに料理が並ぶの見るの初めて!私にも手伝わせて」




_____________




「ヴェル!ご飯できたってさー!」


 ヴェルは窓枠の補修や巨木からはみ出た屋根を直していた。枝や幹を掴み高いところで作業をしているヴェルを見上げながらソレイルは声を上げる。

するとヴェルは見下ろしとんかちを太めの枝に引っ掛けて軽く手を振って頷いて見せた。


「先に行ってていいですよ。後から行きます」


 その言葉を聞いた後ソレイルは早く来いよなどと言いながら家の中へと駆けていく。

無邪気なその様子にヴェルは小さく微笑み、とんかち片手に器用に枝を掴んでは大木を下りていく。

泉の近くでは洗濯物を物干しロープに掛け終えて一段楽と額の汗を拭っているエルダの姿。ヴェルは彼女に伝えようと地面に着けば彼女の背へと歩み寄る。


「エルダ、ご飯ができたそうだよ」

「聞こえてるよ、桶の水を流したら行く。」

「わかった。皆にはすぐ来るといっておくよ」


 エルダは背中を向けながら言うとヴェルは頷きその背に踵を向けて小屋へとゆっくり歩み出した。

水を勢いよく流す音。その後すぐにエルダが振り向きヴェルの背に問いかけた。


「待て、尋ねたいことがある。」

「なんだ?」


 エルダの問いかけに振り向いて小首を傾げるヴェル。そして正面に向き直るが、中々エルダは話さない。

暫くしてようやく口を開いた。


「……10年前の軍に、お前と似た名前の男はいなかったか?」

「似た名前というと?」

「お前の名前と同じ文字が入った男とでも言えばいいか?……ヴェルトラウという名前の男だ。」

「……………ああ、あいつか。そういえば居たな。…よく飲みに行ってたっけか。」

「ヴェルトラウはあの戦いの時、どんな風に戦っていたんだ?」

「勇猛果敢に攻め入ったよ。得意の大剣を振り回して、そりゃあもうね。」

「……その後は、」

「あの墓碑に刻まれた意味がわからないほど、エルダは頭悪くないだろう?」


 赤い瞳を細めて笑うヴェルにエルダはハッとして言葉を詰まらせた。今まで誰かに見せたことのないような不安げで焦りを見せた表情をしていた事に気付く。


「ヴェルトラウは死んだ。」


 10年前の事実を告げる男の声と、心の中で呟いた彼女の声が重なる。

ヴェルはこれでいい、と心の中で呟いた。あの男はあの時に死んだのだ、と。

 エルダはまた小さくため息をついた。今度はその吐息を地面に吐き出すように少し俯いている。わかっていたことなのに、改めて言われて少し心が震えてしまったらしい。

だが前を向けばヴェルの深紅の瞳を見据えてニッと笑みを見せた。


「そうか。ありがとう、あいつの最期を教えてくれて。ずっと気になっていたんだ。どうせ知ることは出来ないと諦めていたから」

「…そういえばあいつ、自慢の妹がいるとか言ってたっけか。もしかして君のことかい?」

「そんな事言ってたのか……ああ。私のことだろう。自慢かどうかはしらないが。……私はあまり兄のことは覚えてないんだが…」

「自慢の妹だよ。彼は口を開けばいつも妹のことばかりだったから。…きっと頭の中は妹のことばかり考えていたんじゃないか?」

「それはそれで気持ち悪いな。」


 ストレートなエルダの物言いにハハハと苦笑を漏らすヴェル。少し和やかな雰囲気に2人の表情は自然と口元が緩む。


「……ああ、そういえば昼食が出来ていたんだった。早く行こうエルダ。」

「そうだったな。」


 2人は並んで歩き出す。

昼の緩やかな木漏れ日が白髪と金髪を照らし、それぞれの色を反射する。それは背を向けた泉にも映っていた。

 エルダはもやもやと抱えていた悩みを解決できて心がすっきりとしていた。

 ヴェルは沢山話せて楽しくて、嬉しくて、心が躍るように鼓動を打っていた。

いい香りが漂ってくる小屋の扉を開けてみれば色んな人の明るい表情が2人を迎える。早く食いたいと騒ぐ少年に、自信作だと報告にくる男、ぐっと親指を立てて見せる少女、と様々だ。


「おかえり~エルダ将軍!」

「おっせ~ぞヴェル!はやく食おうぜ~!」


 賑やかな輪に加わる2人。自然と表情は明るくなって、笑みが溢れる。

穏やかな森の昼下がりに、わいわい賑やかで小さなパーティ。

小鳥たちもなんだなんだと大木の枝に、窓の縁に集まっては中を覗いている。

 笑顔の溢れる昼の森。この時だけは、皆が幸せを噛み締めていた。



 to be continued...


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