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導かれた先に

 月の光は木漏れ日になってくれるはずだ。しかし、この森はどうやら徹底的に光という光を地面に見せたくないようで。

暗闇の中を進むように一向は重い足取りで森の中を進む。深く暗く恐ろしい呪いの森は、方向感覚だけではなく時間間隔まで狂わせていた。

何もない闇かと思えば枝が頬をかすめ、闇へと足を踏み出せば根が出張っていたり暗闇の所為で周りを把握出来ないのが辛い。しかし、一向が歩みを止める事はない。

魔法を使い疲れているだろうフィーディは、腕の中で気を失っている妹を落っことさないようにしっかりと抱きしめていた。


「………本当にこんな所に人が住んでるのか?」

「…ああ…行けるかどうかは運次第に近いが、人は住んでいる」

「おいそれじゃほとんど詐欺じゃないか!」

「だが私は、…10年前にはたどり着いたんだ…あの場所に……ゲホッ、だから、またきっと」

「ファーケウス、無駄口叩いてないでもっと大股で歩け。この男が死ぬ前にはその場所に着かなきゃならないんだからな」

「わかってますがこれじゃあいつまで経っても堂々巡りですよ!光は愚か人が住んでる気配なんて欠片も見当たらないんですから」

「……森が、……」

「あ?なんだって?」

「森が、導いてくれる……後ろを見てみろ………」


 ヴェルのいうとおりに両肩の2人は後ろを振り返ってみる。するとその地面には、草ではなく木々が生い茂っていたのだ。今しがた自分たちが歩いてきたはずの場所に、だ。


「どういうことだよ、これ……将軍、やっぱりこれ引き返した方が」

「これじゃあ引き返せんだろうが。…森が導いてくれると信じて進むしかないってことか」

「ゴホッゴホッ、……」


 どうやら予想以上にヴェルは損傷が激しいらしく時折咳込みながらも重い足を引きずって、両脇を支えてもらいながら歩き続ける。

フィーディはただ黙々と歩いてた。腕の中の妹は暖かいが、もしやこのまま目を覚まさないのではと思ってしまうほど思考は悪い方へと傾いている。

と、その時暗闇の奥にぼんやりと光る玉のようなものが見えた。はっとして全員が顔を上げてその光を見る。


「夜中に木々が騒がしいと思ったら……また厄介な客がきたものだねぇ」


 声はしゃがれた老婆の声。光の正体はどうやらカンテラのようだった。ロウソクの光がガラスの中でゆらゆらと揺れ、ぼんやりとその小さな周囲だけを照らしていた。


「夜分すみません、どうしてもここに来たいと言っているものがいまして」

「その担がれている子だろう?こりゃまた10年ぶりだねぇ……仕方ない。とりあえず薬の用意くらいはしてやろうかね」

「……お、ひさし…」

「怪我人は喋らんで良いよ。ほらほら、道を開けな」


 老婆が四角いカンテラを掲げればびゅうっと一陣の風が一向をすり抜けていき各々目を閉じたり顔を背けたりする。そして次見えた光景は、月明かりが地面を照らし、静かな泉とうねる様に大きくそびえ育つ大木がある開けた場所。曲がった腰に、桃色のケープを羽織る白髪交じりの老婆がカンテラを片手にこちらを見ていた。

今まで自分たちはどこを歩いていたのだろうか。ぽかんとする一向を他所に老婆は泉の近くにある大きな木の根元にある扉へと歩いていく。どうやらあの木が住まいのようだ。


「すっげぇ…!あの婆さん魔法使いみてぇだ!…っていうか、ヴェル、あの婆さんと知り合い?」

「……私の恩師といったところでしょうか…」

「へぇー。ヴェルの恩師ってことはやっぱりそーとー歳いってそうだ。」

「口が悪いぞちびっ子。」

「うっせーよ優男」

「な、んだとこのクソガキ…!」


 ほとほとエルダやファーケウスに喧嘩を売りまくる少年である。一人元気な少年だけ先に駆けて行き、老婆と一緒に小屋の中へと入っていく。


「…すまない、大目にみてやってくれ…」

「あんたあの子供の保護者だろ?もうちょっとどうにかならないのか」

「……すまん」

「諦めんなよ。」

「どうにも、強く叱れなくてな……」

「喋らすなってのファーケウス。……ほら、着いたぞ。」

「その男はその辺の長いすでいいだろう。…その女の子はあのベッドに寝かせておやり」


 老婆に招き入れられた一向は、言われたとおりヴェルを木の長いすに横たえ、ヴィクトリアを白いシーツのベッドに横たえた。フィーディはベッドに腰掛けヴィクトリアを見つめている。

室内は本当にあの大木をくり抜いて作られているようで木目が綺麗な壁や扉、暖かみのある内装だ。木の枠の窓から差し込む月明かりはヴィクトリアの顔を仄かに照らす。

 老婆はなにやら戸棚から薬草を一摘みほどと、もう片手には綺麗な水が入ったガラスのコップを持ってヴェルに手渡した。


「この草を齧りながら泉の水でも飲んでればお前はすぐに良くなるだろう?そっちの女の子は疲れているだけだから心配することないよ。」

「……ありがとう…ございます…」

「全く。何もせんでも元気になるだろうになんで態々ここに来るんだろうねぇ」

「……あなたの、言葉が必要で…」

「馬鹿いうんじゃないよ。……この子があんたを蘇らせた子だね?」

「はい。……私は、あの後……」

「ちょっと待ってくれ。おいヴェル、お前ここについたら全部話すと言っただろう?」


 話を遮ったのはファーケウスだ。老婆は驚いた顔をした後、ファーケウスを見た。


「もしかしてお前さん達は、こいつの事を知ってるわけではないのかい?」

「ええ。寧ろ何も知らないんですよ。こいつの正体も、何もかもね。」

「こりゃまたなんでそうなったんだこの馬鹿者。」

「すみ、ません……この場所なら、話せることだろうと思って…」


 老婆は呆れたようにため息を漏らし、近くにあった木椅子を持ってくれば腰掛けた。その隣に少年とファーケウスも同じように椅子を持ってきて座り、エルダは壁に寄りかかり腕を組んで話を聞く体勢になった。

ヴェルは、途切れ途切れながらも口を開き、言葉を吐き出していく。



 私は、10年前エトレーの町に配属された一人の兵士だった。軍の者だ。

当時私は、がむしゃらに鍛えていた。早く強くなりたくて、早く功績を得たくて。……ああ、焦っていたんだろう。

 そんなある日、ある町人からこの呪いの森のことを聞いた。なんでも森には化け物が居るとか魔女が居るとか。

強さに飢えていた私はそいつらを叩きのめしてやろうと思ったんだ。小さいけれども町の周辺から脅威を取り除いたんだ、功績にはなるだろうってね。それに自分も鍛えられて一石二鳥だと考えていた。

しかし私が辿りついたのは、この大木と泉の場所。そしてこの方に出会ったんだ。最初は噂の魔女かと思っていたんだが、……まぁ、魔女には変わりなかったが、悪い化け物でもなかった。

 彼女は私に魔法の摂理を解いた。そして私は、魔法があれば強くなれると過信してしまったんだ。この不思議な力さえあれば、とね。そして私は……


「両腕に文字を入れてくれと、一週間も頼み込まれたんだよ。このバカにね。」

「文字?」

「ああそうだよ。……見てごらん。こいつの腕の黒い部分は、全て文字なんだよ。」


 老婆はヴェルのローブの袖を捲り上げて見せれば、ヴェルの腕は指先から肘にかけて真っ黒だった。ヴェルは力なく握り拳を作ったり開いたりと自分の腕である事を証明してみせるものの、この明らかに人ではない人体のパーツにファーケウスもエルダも驚きを隠せなかった。


「普通の腕に、何百、何千と言う言葉を刻み込んで……あいつの腕は血が通う生き物ではなくなった。あの腕はもう辞書だよ。」

「なんでそんな事を」

「言っただろう、焦っていたと。……私は、力を欲していた」


 ヴェルは食べ終えた薬草を水で飲み干し、ごくりと飲み込んだ。まだ起き上がることは出来ないが大分ヴェルは回復してきたようで咳き込むこともなくなった。

ファーケウスは額を軽く摩った後、考えるように神妙な面持ちになる。


「戦争が起こったのは、その数日後だった。私はこの力を存分に振るえると少し浮かれていた。……愚かだったと、今では言えるよ。

戦争の結果は君たちも知るところだろう。私以外皆死んだ。そして……私は力を使いすぎていた。この腕が'人'から'物'へと、私自身を変えていっていたんだ。」

「元から文字を生まれもってきた子とヴェルは違う。適正も適応も無いのに無理やり詰め込んだんだ、壊れて当然だよ。」

「ああ。あなたの言うとおりだ。……文字は私自身を石に変えた。私は屍の山の上に、石像になって数年はセントコーリスから西の方角を見続けていた。…だから私は既にあの戦争で死んでいるんだよ。まぁ、自爆に近いが。」

「そして数年後、そこにオレが現れた。」


 口を挟んだのは座って大人しく話を聞いていた少年だ。


「オレは命からがら西の国から逃げ出して来て、もう疲れ果ててたんだ。なんとかセントコーリスに流れ着いたけどもう限界だった。けどそこで見えたのが、石像のヴェル。けど俺にはもう歩く力もなくて、…そのまま倒れちまったんだ。」

「ん?じゃあなんでその石像になったヴェルが生き返ったんだ?」

「それはオレにもわかんねぇんだなぁ……だけど、ヴェルが何度もオレを守って死に掛けても、こいつ死なないんだ。あの腕の所為で不老不死なんじゃないの?」

「……小僧、お前さん王族か何かかい?」


 老婆は唐突に隣にいる少年をみながら静かにいうと明らかに少年はびくっと肩を震わせた。暫く誤魔化すように顔を背けていたが、堪忍したのかがくりと肩を落としながらも口を開く。


「………オレは……オレは、ソレイル・ソル・ソンツァリオス。西の国の第一王子だ」

「え!?」

「なんだって!?」


 ヘルメットを両手で取った時、その少年の髪はふわりと肩に下りてきた。

それは金色に輝き、隠れていた瞳も輝くような金の瞳。金の瞳は、王族の証だった。これは東の国の王族もそうなので、唐突なカミングアウトにエルダとファーケウスは腰を抜かすほど驚いた表情で少年を見遣る。しかし老婆は少年を見た後なるほどねぇ、と呟いた。


「昔、どこぞの吟遊詩人から聞いた話に王族にはたった一度だけ使える魔法があると聞いていたんだよ。それは生き物が絶対に使うことが出来ない魔法。」

「……使うことが出来ない魔法?」


 ぼそりと呟いたのはベッドで妹を見続けるフィーディ。目は向こうを向いていなくとも話は聞いていたようだ。


「王族はね、生涯にたった一人だけ、自分の意のままに操ることが出来る生き物を一人作り出すことが出来るそうだよ。木でも炎でも水からでも、自分の傍に一生涯仕え続ける生き物をね。」

「そ、そんなの魔法なんかじゃ」

「ああ、呪いに近いかもねぇ。作られた従者は、主人の命以外で死ぬことも許されない。……きっとお前さんは、心の底から誰かに助けを求めたんじゃないのかい?誰でもいいから、助けてくれって。そう、目の前の石像に願いながら……」

「…それでその魔法が発動して、……ヴェルは石から解放されたってことか。さすが婆ちゃん、物知りだな~」

「そういうことか。不死なのも納得がいく。」

「ああでもヴェル、気をつけることだよ。この王子に死ねと命ぜられたら、お前の心臓はその場で動きを止めるだろうからね。」

「ではそうならないよう、ソレイル様の機嫌を取らなくてはな」


 茶化すように言ったヴェルは微かに笑みを浮かべていて、言われたソレイルは何をー!と少し怒るように椅子から立って長椅子のヴェルの頭をべしっと叩く。

2人に反して呆れたり戸惑ったりと気疲れしているのはエルダとファーケウス。


「西の国の王族に不死身の男か……とんでもないヤマですよ将軍。どうします?」

「………とりあえずマークはしておく。情報を聞き出せるだけ聞き出すぞ。処遇はその後考える」

「はっ」


 老婆とソレイル、ヴェルは和気藹々と話していたりしており、一方のベッドの方ではフィーディがため息まじりに妹の頭をなでていた。

魔法のことも、勿論その腕のことも、沢山聞きたいことがあるけれど。妹の目が覚めなければ安心することが出来ない。

 そこに老婆がそっと歩み寄り、フィーディの肩を叩いた。


「安心しろと言っただろう?私の目はまだまだ衰えちゃいないよ」

「…それでも心配なものは心配で。」

「全く心配性だねぇ。」


ぽんぽんとそのまま肩を叩いてそっとフィーディに毛布を羽織らせてやる。その暖かな感触にはっとしてフィーディは振り返った。


「とりあえずもう寝なさい。一晩休んで、しっかり身体も心も回復するんだよ。このリビングにあるものは使っていいし、どこに寝ても構わないからね」


老婆はそういうと全員に毛布を渡して寝室らしき部屋へと姿を消してしまった。扉がバタンと閉まる音共に訪れる静寂が、今の一向には少し居心地が悪い。


「……約束どおり、全部話しただろう?エルダ」

「確かに約束どおりだな。だがまだ疑問に思うことがいくつかある。」

「ではその疑問は明日、答えよう。……少し眠らせてくれ。逃げやしないから、お前も安心して眠ってくれ」

「………将軍、見張りなら俺が」

「いやいい。ここはお言葉に甘えておこう。私も精神的に少し疲れた。」


エルダの顔を見上げながら微笑むヴェルに、ふん、と鼻を鳴らして顔を背けるエルダ。そのままリビングをぐるりと見渡す。

 部屋には一人用のソファと二人は座れるだろう大きさのソファの二つがあった。それぞれ緑のシーツが敷かれ赤や黄色のクッションも置かれている。

ソレイルは一人用のソファを陣取り、エルダとファーケウスは二人がけのソファに座り、毛布に包まった。フィーディは床に座りベッドを背もたれにして眠りの体制を整える。


 寝息がすぐに聞こえたのはソレイル。その次にフィーディと相変らず寝つきのいい人に混じり、いつまで経っても寝ずにいるのはエルダだった。


「……どうかなさいましたか?」

「………兄のことをあの男に聞けば、死に様くらいは知っているかもしれんなと考えていた。…いや、私情だな。なんでもない」

「この名前を知ってるかと訪ねればいいじゃないですか。別に俺も誰も私情だ!なんて責めやしませんよ」

「…………私が怖いんだよ。もし、もしもだが兄が生きていたらと考えたら……私は軍を飛び出してでも、探しにいってしまうかもしれない。その心の揺れようが、私は怖い。」

「そうしたら俺とオーエンが、地の果てまで行って這ってでもあなたを探し出して将軍の椅子に座らせるまでですので、ご自由にすれば良いかと。」

「…………お前たちを選んだ私の目に狂いはないようだな。」

「俺を選んだ時点で相当狂ってると思いますがね」

「フフ、そうか。……さて私は寝るぞ。次話しかけたら殺す」

「はっ」


 そうして2人は眠りについた。

そして一人の男は、目を開けたまま木目の天井を一晩中眺め続けた。

男は睡眠も食事も要らないその特殊な身体を、今だけは少し恨んだ。あの言葉を聞かなければ良かったと。

 今の髪の色や目の色では彼女はきっと気付かないだろう。昔はアッシュブラウンの髪に、アイスブルーの瞳をしていたのに、今や真逆の色になっているのだから。

 

 元死人の男に、王族の少年。現軍団長の女にその補佐の男。

そして一兵士の女と、魔道士の男。

ばらばらな一向は、思うこともばらばらで。きっと見る夢もばらばらなことだろう。



「………おやすみ。良い夢を。」









to be continued...

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