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灼熱の意志

 まだ春先とは言え日が落ちれば吹く風は冷たい。2人はその冷めた風を拳に纏い熱風に変え、拳と拳でただ純粋に、どちらが強いかと競り合うように殴り合っていた。

ヴィクトリアの右ストレートはひらりと避けられたかと思えばそれを返すように鋭いストレートパンチがヴェルから繰り出される。両腕を重ねてその一撃を耐えた時地を踏みしめた両方の足跡がくっきりと穢れた大地に残るほど、拳だけではない、全身を使って敵対する相手を負かそうとような気迫もヴィクトリアからは感じられた。

彼女のブーツの踵と爪先の部分、そして拳の手の甲、指の付け根の部分には薄い鉄が施されておりそれが女性と男性という筋肉量の差をカバーし体術そのものの威力を増させていたが、ヴェルの一撃はそれをも優に超えるほど強く重く早い。

 しかしヴェルは基本ヴィクトリアのカウンターしかしてこない。そして狙ってくる部位は腕や足などの四肢。首から上は狙ってこない。

ヴィクトリアはその逆だった。ヴェルのフードに隠れた頬目掛けてアッパーやジャブを繰り返し、肋骨を折り心臓までぶち抜くような勢いで拳を突き出している。が、全て避けられるかヴェルの掌で上手く止められてしまう。

 このままでは持久戦だ。そうなれば圧倒的不利なのは目に見えている。どうにかして早く、一撃でもいい、奴にダメージを与えなければ!額から滲んだ汗が頬から伝わって落ちたのを感じた後、それを乱暴に拭う。


「まだ、まだ私は戦える……!」


 2人の間に流れる時間の感覚は当人達にはあっという間だったが、時折震える彼女の腕や足に現れていた疲労と赤い殴られた痕がその本当に時間を物語っていた。周囲は2人の乱戦により土埃と足跡が無数にある。

いいえこれは疲れや痛みなんかではない。武者震いよ。ヴィクトリアは必死に自分に言い聞かせるため深呼吸をしながら心の中で復唱する。睨み付けている相手は軽く息が上がっているもののそれ以上の疲労は見えない。


「……素手でここまでやれるとは…正直驚いたよ。君の強さは間違いない、本物だ。……だが相手が悪かった」

「お高くとまってんじゃないよ!!私は……私は誰にも負けないって決めてるの!だから、あんたにだって」

「それが私達を追ってきた君の本当の理由か……闘争心はいいことだが、力を求めて手に入れた先に何があるか、君にはわからないだろう。そういう決心は捨てるべきだな。」

「強くなって何が悪いの!!」


 大きく肘を引いてヴィクトリアが渾身のストレートをヴェルの心臓目掛け打ち込む、がそれはヴェルの掌で受け止められてしまう。ハッとしてその表情を伺うようにしたからヴェルの顔を見上げれば、緋色の瞳と視線がかち合う。


「力だけを求めた先は、……化け物にしかならないんだよ。私のようにな。」


 彼女の拳を受け止めていたヴェルの手が輪郭線にそってぼんやりと黄緑色に発光し始める。この光景、似たようなのをどこかで……とヴィクトリアが考えてる間にヴェルが声をあげた。


「吹き飛ばせ!」


 その言葉と共にその黒い掌から突風が吹き出してヴィクトリアの身体を攫い、離れた地面へ叩き付けた。戦いの中でやれらた四肢では立ち上がることすらままならない彼女は、なんとか立とうと肘に力を入れようとするが腕は悲鳴を上げてそれを拒む。

見上げた夜空には三日月が浮かんでいた。黒いフードに緋色の瞳の男が見下ろすように映りこむ。ヴィクトリアは息も切れ切れに、魔法を放ったヴェルへ質問を投げかけた。


「あんた、魔道書…、……どこに隠し持って……土の忌み子のはずじゃ…」

「魔道書なんて一冊も持ってない。元は君と同じ'ただの人間'さ。」


 そう言ってヴェルは自分の腕を彼女に見せた。それは腕の形をしている真っ黒な石膏のようで、血が通っている人間の腕には見えない。


「私も昔は力がほしいってがむしゃらに修行したものさ。……その結果がこれだけどな。…さて、悪いが君には少し眠ってもらおう。顔は傷つけないから安心してくれ」


 その黒い腕がヴィクトリアに伸ばされてこれで終わりかと彼女が思い始めた時、勢いよく槍が彼女の傍、先程までヴェルがいたところに深々と突き刺さる。

ヴェルは間一髪でその槍をバックステップで避けて飛んできた方へ向くとそこにはモスグリーンの軍服を着た金髪の女性、エルダが歩いてきていた。ヴィクトリアに駆け寄りしゃがんでそっと頭を撫でた後に槍を抜いてヴェルの前に立ちはだかる。


「私の部下が世話になったようだねぇ、盗人……いや、忌み子とでも呼んだ方がいいか?ヴェルとやら」

「……そう思いたければそう思えばいい。確かに盗んだのは悪かったとは思っているが、たかが盗人一人にここまで追うものなのか、最近の軍は。」

「ただの盗人なら軍団長の私がここまで出張るわけない。理由は二つ。あんたが忌み子だからと、後ろの小僧が西の国の諜報員だっていう疑惑だあるからだ。で、どうなんだその辺。」

「…私たちは今の西の国とはもう関わっていません。亡命し、各地を放浪しているただの旅人です。……この回答だけでは不満か?」

「不満だねぇ。大いに不満だ。……あの小僧が持ってる兵器は西の国のものだろう。それにあんたの変な能力、それは西の国の兵器開発による産物とかじゃなくて?」

「私のこの力は違う。……あの子の兵器が西の兵器なのは当たっているが、それは彼の趣味で作ってるだけであって現在の西の国については何も知らない。」

「……あくまでもスパイではないと言い張るんだね?」

「言い張るも何も真実を言っているまでだ。私たちは戦いは好まない。……これはまぁ、彼女からの決闘の誘いだったから乗ったまでで。」


 ヴェルの言い分が段々と言い訳に聞こえるようになるほどエルダの視線と言い方の威圧は強かった。

張り詰めた空気の中エルダは小さくため息をついた後、槍の切っ先をヴェルへと向ける。


「まぁ、言い訳諸々はたっぷり牢屋ン中で聞いてやる。」

「……どうしてこう、血気盛んな奴らばかりなんだろうな…頭が痛くなってくるよ」

「ま、軍ってのは大体そういう奴らの集まりだからな。ウチの所の部下に見られたのが運の尽きだったなヴェルとやら。……東の国軍団長、エルダ・ライ・クリークスの名を持って、お前を拘束させてもらうぞ」

「!」


 その名を聞いた時フードから見える僅かな部分なだけでもヴェルが動揺しているのがわかった。しかし額を抑えて軽く頭を振った後纏っている雰囲気は通常時と変わらなくなる。


「なんだ、私の名前にビビってんのか」

「いや……大層な人が出てきたものだと………そうか、……軍団長か…」

「で、大人しく投降する?それとも私と戦う?」

「………出来れば戦いたくない。けれど投降もできない。…俺はあの子を…あの子を守ることが今の俺の使命」

「情報さえくれりゃあ殺しゃしないよ。子供を痛ぶる趣味はないしその辺は保障してやるけど。」


 交渉はしているがヴェルがそう簡単に投降するとはエルダも思っていない。

けれどその時彼の後ろの茂みに隠れていた子供がひょこりと顔を覗かせて叫ぶ。


「ヴェル!そんなおばさんの口車に乗っちゃダメだ!!!そういうのは大概嘘だぞ!」

「誰がおばさんだクソガキ!まだ二十代だゴラァ!!」


 その怒号、空気と心なしか地面を揺るがしピリピリと肌が震えた気がした。子供はヒッと小さな声をあげて再び茂みに隠れる。


「……ごほん。で、交渉決裂かい?」

「俺からは一切手は出さない。身柄を拘束したければ、力ずくでやってみるといい。」

「言うね。……手加減しないからな」


 エルダのその声に再び構えを取ったヴェル。今度はあの黒い腕はぼんやりと淡い茶色が発光して黒い腕の輪郭線を浮かび上がらせていた。

その異様な腕に気付いたのかエルダも顔を顰めるが両手で槍を構えると地面を蹴り上げ突っ込んでいく。エルダの槍は薙刀のように切っ先が少し外側へ湾曲しているので、突く事は勿論斬る事も得意とする武器。

突きと見せかけて先で切り上げようとするも、その刃はあの黒い手で受け止められる。黒腕は血を流すこともなく、ぎりぎりと刃を掌で受け止めていた。

しかしエルダの威圧か力に押されてか、ヴェルも片手でとはいかないようで両手で刃を受け止め足は地面に僅かにめり込んでいた。


「ッ、なんだってんだその腕…!どうなってやがる!」


 その手を払うように見せかけて袈裟切りに振りかぶるもそれもまた止められる。腕の光が一際光ったかと思うとぼこぼこと黒腕からこみ上げ纏わりつくように石が、いや汚泥のような土くれが湧き出て篭手のようになった。


「!?」

「この腕を見た人は皆'黒腕の化け物'と言うが……まぁ、そうだろうな。こんなの化け物以外の何者でもない。」

 

 ぎり、とその土の手が刃を握り締める。ぼろぼろと土が地面へ零れ落ちてもその欠けた部分を埋めるようにまた土が手からあふれ出す。


「だったらその腕ごと切り落としてやる!」


 再び土の手を振り払い粉々にするも土が剥がれるだけで腕は切り落とすどころか傷すら見えない。

エルダの猛攻にヴェルは一方的に防御に徹していた。時折カウンターをするものの、自分から攻撃というのは全くしない。そして避けるのではなく、必ず腕で受け止めていた。

 その防御一徹な態度が気に食わないのかエルダの攻撃も激しさを増していく。それでも防御に徹する姿勢を変えないヴェル。


 痺れを切らしたのは戦っている本人達ではなく、後ろの茂みに隠れていたあの子供だった。茂みから出てきたかと思えば肩にやけに大きな鉄の筒を担いでいたのだ。


「ヴェル!助太刀してやるからありがたく思えよな!あと上手く避けろよ!」


 そう言ったかと思えばドカン!と一発、その子が反動で後ろに転んでしまうほど大きな音と発射音。さっとヴェルが身体を横にずらしたかと思えばエルダに向けて何か玉が当たり、何やら草色の中身を撒き散らしながら彼女の身体を後方へと吹っ飛ばしていく。

エルダはなんとか槍でガードしたがその玉の勢いに負かされて吹っ飛んだ後地に尻餅をついてしまった。そして彼女の全身には覆うように蜘蛛の巣のに似た粘ついた糸のようなものが掛けられていて、彼女を武器ごと地面に貼り付けていたのだ。


「うわ!なんだこれ、…クソ、身動きが…!」

「よし!無事成功だな!どうよ、オレ様印の新型粘着弾だぜ?名づけてネバネバショットとかどうよ?」

「だからあれほど使うなと言ったはずですよ!」

「でもほらできたばっかりのバズーカ、試したいし……」

「言い訳無用です。大体、そもそもは貴方が勝手にぶっぱなしたのが原因で最初も今回も、見つかってしまったんですよ」

「だってさぁ……」


 自信満々だったのが一転、ヴェルにお説教をくらってしゅんとする少年。

しかし今なら追っ手2人は身動きが取れない状況だ。これならまた逃げられるかもしれない。そう思ったヴェルは少年の手を掴んで二人に背を向けたその時。

 今度は一筋の雷が落ちヴェルの行く手を阻む。


「おっと、逃がしはしないぞ」

「ヴィクトリア!おい、しっかりしろ!」


 二者二様で全く違うがヴェルの背には2人の男。ファーケウスとフィーディだ。漸く来たフィーディはヴィクトリアの傍へ駆け寄り、ファーケウスは片手に剣を持ってヴェルを逃がすまいとしていた。

小さくため息をついた後、ヴェルは少年へまた茂みに隠れててくださいと耳打ちすると振り返る。


「全く次から次へと……」

「俺はエルダ将軍の部下だ。貴様をここで逃すわけにはいかない。大人しく投降すれば丸焦げにしてやらなくても済むが?」

「魔道書を持ってないということか忌み子か……忌み子まで来るとは予想外だったな。」

「フン、忌み子同士仲良くしよう、とはいかないぞ」

「安心してくれ、私は生まれつきの忌み子ではない。が、素手で魔法が使える点でのみ言うのならば俺は後天的忌み子とでも言った感じだな」

「はぁ?忌み子に後天的もクソもないだろう。こんな忌々しい能力、誰が好き好んで……」

「私は好き好んで得た力だけどな。……さて、君も実力行使で来る気か?ならば抵抗させてもらう」


 ヴェルが構えを取り第三戦目となるかと思いきや再びドカン!と派手な音が響けばファーケウスがエルダの方まで同じように粘着質な何かに絡まれながらふっとんでいく。


「おし!百発百中!新作、ちょー調子いいじゃん!」

「そろそろ私の雷が落ちますよソレイル様。」

「ヒッ、ご、ごめんヴェル、でもほらやっぱ逃げるが勝ちっていうしさ、な?」

「今日はこのバズーカの成果に免じて怒鳴りはしませんが今後は使用しないように。わかりましたね?」

「はい……」 


 エルダと同じく剣で糸のようなものを切ろうとしたり無理やり力ずくでひっぺがそうとしてみたりとファーケウスだが、この粘着質なものはびくともしない。伸びたりべたついたりと気持ち悪くて仕方ない。

フィーディはヴィクトリアを抱き寄せてせめてゆっくり休めるようにと岩を背もたれに草の上に座らせてからそっと立ち上がろうとする。が、その手にヴィクトリアがそっと触れ息も切れ切れに口を開く。


「兄さん…」

「大丈夫かヴィクトリア!?」

「あい、つ…土の忌み子でも、氷の魔道書を持ってるわけでもない……」

「え?」

「あの腕…黒い腕が、…魔道書、の……役割をしてる……」

「あの腕が?」

「うん……兄さんじゃ敵いっこない…お願い…逃げて…」

「妹置いて逃げ出すバカがどこに居るっていうんだ!いいか。どんなにお前が腕っ節で俺より強かろうがなんだろうが、俺はお前の兄だ。お前の兄である以上、家族である以上、どんな形であろうと俺はお前を守る。それが兄のつとめなんだよ。」


 激高したフィーディは魔道書を片手にヴェルの前に立つ。


 頼みの綱のエルダ将軍もファーケウス中佐もあの変な兵器の所為で身動きが取れない。私はこの体たらく。兄一人であのヴェルに勝てるはずがない。絶望的な状況だ。

そう誰でもわかることなのに、フィーディはヴェルの前に立ちはだかる。いつもは背中を預け自分が守っていたはずの兄が、今は自分に背を向けて守ろうとしてくれている。


 フィーディは恐ろしくもあったが、そんな事は二の次で恐怖よりも憎しみを、復讐の炎を心の内に燻らせていた。


「よくもここまで痛めつけてくれたな……」

「それでも控えた方だ。手足は狙ったが顔や腹部は狙っていない、安心してくれ。女の子に怪我をさせるのは忍びないからな」

「正直忌み子の研究も捨てがたいが、そんなところじゃない。妹の借りは返させてもらう!」


 魔道書を開き紙面に掌を乗せてフィーディは魔法を唱える体勢に入る。

流石に魔法使いとわかったからかヴェルは近接戦闘に持ち込もうと間合いをつめようと駆け寄ったがあと数メートルというところで炎柱が地面から伸びて行く手を遮る。

 詠唱も何もない魔法に驚いたヴェルは慌ててバックステップでその炎柱を避ける。しかし二本ほどヴェルを追って柱は地面から湧き上がるように伸び、それに合わせて後方へと避けていく。


「生粋の魔法使いか、これはまた厄介な……しかし普通の人間でこれほど精度の良い魔法を使える奴がいるとは。」

「次は外さないぞ、……炎渦よ奴を飲み込み灰にしてしまえ!」


 三本の柱は大きな蛇のようなうねりとなって一本になり、熱風を纏い地面の僅かな草を焼きながら大きく口を開けるようにしてヴェルへと突進していく。どこまでも執拗に追うその炎の蛇に、暫くヴェルは避けようとしていたが、唐突に逃げることをやめた。

炎の蛇がヴェルを頭から丸呑みにしヴェルを飲み込んだ。閉じた口から白い煙がもくもくと上がり、きっとヴェルを消化していることだろう。フィーディはやったと思った。


 もくもく、もくもくと白い煙が上がる。しかし何故かそれが止まらない。

 そして一瞬、その口から光が漏れたかと思えば、炎の蛇は氷の竜へと頭から生まれ変わっていく。荒々しく燃え盛る炎の鱗は、滑らかな鏡のような氷の鱗へと。

氷の竜が口を開けたそこにいたのは、ヴェル。氷の竜に鼻先に触れているあの黒腕は冷たい水色の光を纏っていた。纏う黒いコートもフードも焦げた様子は一切ない。ヴェルの周りを囲むようにとぐろを巻いて、鋭い氷の牙を見せてフィーディを威嚇している。


「ちょっと危なかったな。ここまで魔法を操れるなんて……君、すごいな。」

「ヴィクトリアの言うとおりか…、…そうかあの溶けない氷はこういうことか!お前の魔法は、摂理を捻じ曲げている邪な魔法。その腕が元凶か!」

「邪かどうかはわからないが、自然の摂理に反しているのは同意しておこう。この腕も、私自身も。」

「まずい、逃げろフィーディ!」


 声を荒げたのはファーケウス。ヴェルの黒い腕から発する冷めた光が強く輝くのを目にしてフィーディへと忠告するが、それに気付いた時は既に遅かった。

ヴェルがぽんぽんと黒い手で氷の竜の鼻先を撫でると細長い尾を地面に叩きつけ地を揺るがし、フィーディへと牙を向けて向かっていく。慌ててフィーディは紙面に指を這わせて熊の時に出したような火球を出現させ、氷の竜の大きな口を塞ぐように放った。

 氷の竜は大きな口に詰め込まれた火球に顎を外しそうなほど大きく開くががちがちと音を立てながらバクン、と火球を飲み込んでしまう。その様を目を見開いて見つめるフィーディ


 これじゃあオシマイだ。でも、でも!

 絶対にここで諦めてはいけないんだ!!


 フィーディは迫り来る白い牙と自分の目前に自爆覚悟の炎球を呼び出して、自分が消し炭になってもいいとそれを炸裂させようと手を炎球へとかざす。

と、その時、その炎と自分の間に何かが横から飛んできた。ほぼ同時に氷の竜の口がその何かと一緒に火の球を飲みこもうと突進してきていた。

 その三者が激突した時、ヴェル達もエルダ達もあまりの強烈な光と衝撃に目を背け目を手で覆ったりしていたので、何が起こったかはわからない。

 ただ、激突したであろう場所に立っていたのは、笑う膝と力の入らぬ脚のはずなのに力強く仁王立ちするヴィクトリアの姿。そして彼女が構えている握り拳は、炎を纏っていた。

何か燃えるものでも強く握り締めているのだろうか、指の僅かな隙間から燃え上がり手の甲全てを覆うその炎にこの場に居る全員が驚きを隠せない。


 燃え盛る火炎を両拳に宿したヴィクトリアはぽたりぽたりと汗を額から伝わせながらヴェルを見据えていた。


「わた、しは……私は、私は…私は、絶ッ対勝つッ!!」


 炎の光が揺れると彼女の瞳に映る炎もまた揺れる。彼女の琥珀色の瞳は炎を閉じ込めているかのようにぼんやりと赤く見えた。

自分に喝を入れるように大声で言い放つと彼女は膝を曲げ地面を蹴りその拳でヴェルへと飛び掛っていく。

 ヴェルは咄嗟に黒腕に氷を纏わせその炎の拳を受け止める。溶けないはずの氷は彼女の炎によって溶けていた。自分の放つ魔法では一切何の変化もなかった黒いコートも彼女の炎に触れて袖や裾が僅かに焦げていた。


「!こ、これは一体どういう……!」

「ぅらぁァァアア!!」


 覇気と共に放つ叫び声と繰り出す炎の右ストレート。戸惑うヴェルは覇気と炎と、強固な意志を纏ったその拳を受け止めきることが出来ず、左頬にそのストレートが炸裂した。そしてすかさず左のジャブでヴェルの腹部にもニ撃目が入る。

皮膚だけを燃やすのではない、五臓六腑まで届くような拳の衝撃と相まった炎はその熱までもそこまで届くような、内側からじくじくと燃やされているような痛覚にヴェルは口の端から血を吐いた。

 ヴェルの身体は衝撃で宙に浮き後方へと飛び、背中から地面に倒れる。その衝撃でフードが外れ、初めてしっかりとヴェルの外見をヴィクトリアは知った。彼の顔立ちはあの戦いをしていた人とは思えないほど優しそうな目元で、真っ白で短い髪と無精髭、そして真っ赤な瞳。そしてくっきりと左頬には殴られ赤く焼けた痕が残っていた。


「………私の負けだ。訂正しよう。君は私なんかより、ずっと強い。」 

「は、……ハァ……だから言ったでしょ、…私は、勝つって…」


 肩で息をつきながらヴィクトリアはよれよれと力なく歩みヴェルの近くに立った。拳の炎は先程の一撃で消失しており、彼女のグローブは焼けた痕がない。


「どうして、そこまで勝利にこだわる?」

「…こいつにだけは負けたくないって、思ったことない?」

「あるよ。沢山。」

「それと一緒。……私は、私が決めた相手には絶対負けたくないの。」

「……硬い信念だね。」

「強情なだけよ」

「軟弱よりずっといい。」


 先程の緊迫とは打って変わって小さく笑うヴェルにふ、とヴィクトリアも笑み、その瞬間力が抜けたのか膝から崩れ落ちた。

地面に両手を着きながらも横たわるヴェルをみれば、彼は首を横に向けてヴィクトリアを見る。


「……私の身柄を拘束してもいい。だがあの子だけは……」

「ヴェル!」


 駆け寄ってきたあの子供は横たわるヴェルの肩や胸辺りに手を置き揺すったりしながら大丈夫かと声をかける。


「ヴェル、ヴェル!」

「そこまで呼ばずとも聞こえてますよ、ソレイル様」

「バカが!お前がいなくなったら誰がオレを守るんだよ!」

「近くに居ることだけが守る手段とは限りませんからね……。君、……ヴィクトリアと呼ばれていたか。この子だけは、見逃してくれ。頼む」

「ふざけんな!!!たった一人の部下を見殺しに出来るかってんだよ!」


 口元しか表情が見えなくてもソレイルと呼ばれたその子は怒っているのがわかる。小型の鉄の筒を取り出して、その筒の先をヴィクトリアに向ける。


「ヴェルから離れろ。さもなくば撃つ」

「撃ってみな。そしたらテメェの頭と首がお別れすることになるぞ」 


 声がする方を見上げれば、槍の刃をソレイルの背中から首の横辺りに置き脅し文句を言うエルダ。

どうやらあの粘ついたものからようやく脱出したらしくファーケウスはフィーディを助けに行っていた。


「やめるんだエルダ。その子にはそんな真似をしてはいけない」

「ふん、あんたに指図される覚えはないね」

「その子は、その御方は…」

「言うなヴェル!!」


 その子の一喝にヴェルは口ごもった。筒をホルスターに仕舞いソレイルはエルダを見上げる。


「身柄を拘束してもいい。だがヴェルが回復するのを待ってくれ。それが条件だ」

「そんな一週間や二週間も待ってられないぞ。その間に逃げるかもしれんし」

「いや……そんな時間はかからない。…私は生きている人間ではないから、その辺も少し特殊なんだ」

「え?」

「一晩でいい、……一晩、あの森で…」

「あの森?…もしかしてここから北西にある呪いの森のことか?!」


 エトレーから北西に少し行くとある森、実はイアマ村の北の森、例の呪いの森の最西端になっているのだった。


「ああ。……あの森に居る人に会いたいんだ。本当はそこで、君達が諦めるまで匿ってもらうつもりだったのだが……。

あの森の薬草と水なら、いつも以上に身体もすぐ癒えよう。……私のこの黒い腕の事も、私自身の事も、そこで全て話す。だから連れて行ってもらえないだろうか」

「そんなの許せるわけ」

「いいだろう」

「エルダ将軍?!」

「その森に居る人に会う。その条件で全部吐くんだな?」

「ああ、約束しよう。」


 見上げる赤い瞳がアイスブルーのエルダの瞳を見つめる。ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いたがすぐにヴェルの身体を抱き起こし肩を貸した。その反対側はファーケウスが肩を貸す。ヴィクトリアをお姫様抱っこしたのはフィーディだ。

今居る場所からその森まではそう遠くはないので2人を加えた一行は、呪いの森を目指す。

 兄の腕の中で、ヴィクトリアは意識が霞がかっていた。あの炎は一体なんだったのだろう?あの力は、本当に私の力?そういう疑問が浮かんでは消える。ぼやけた思考がそのままフェードアウトしていくのに、そう時間はかからなかった。






to be continued...

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