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卒業と同時に

 

 晴れやかな日だ。卒業式にはもってこいのうららかな陽気。空は青々しく広がりヴィクトリアの纏め上げた黒髪を、風が揺らしては去っていく。

国立学院を卒業し、我が道を行く生徒を送り出すその日。彼女はその足で白い城壁が美しい首都の中心…エウロス城へと向かっていた。

 彼女が居た学院は国立なのもあり卒業生をそのまま軍や騎士へと採用するシステムがある。彼女は軍へ志願していた。


「本当に軍へ行くのか?ヴィクター」

「そりゃあ、夢だからね。当たり前でしょ?」

「で、でもさ、それは女の子がやるようなことでもないし、ほらヴィクターには他にも特技とか…」

「私にはこの拳があればいいのよ。……っていうかいつまでもその名前で呼ぶのやめてくれない?兄さん。それじゃあ私が男みたいじゃない」

「いやまぁ実際お前男より強いじゃん」


 ここで彼女の右フックが兄の顔面、頬に決まる。

あいてて、と殴られた頬を押さえながら兄は彼女の隣を歩いてはでかでかと立っている目の前の城門を見上げてはため息をついた。


「じゃあ、気をつけろよ。…くれぐれも鬼将軍の機嫌は損ねるなよ!?」

「はぁ?何いってるの。」

「面接…というか多分実技試験なものがあるとは聞いてたが…いや…うん…」

「ちょっとこれから大事な時だってのにそんな変な空気で送り出さないでよ!」

「あ、いや、ともかく自分を出して頑張れ!お前ならやれる!」

「もう、上手くまとめちゃって。じゃあ、頑張ってくるね!」


 城門をくぐりいよいよ別れの時と兄はポンポンと妹の肩を叩いてから背中を押し出すようにして見送った。妹は兵舎や訓練場があると言われている場所へと向かう。兄は自分が勤めている魔法研究の研究室へと、互いに違う廊下を歩いていった。

 そして兄と呼ばれた男…フィーディ・フローウェルは妹の身を案じつつ、研究に没頭するのであった。



 この大陸には、魔法は当たり前の存在……ではなかった。


 一般人に魔法を扱える者が多くなりつつあったが、その構造諸々全てがまだ謎に包まれていた。魔法を扱える者はその摩訶不思議な力の所為か多くの一般人から迫害されるか身を隠すかしかなかった。一般の目からしたら化け物以外の何者でもないのだ。魔法は先天的に扱えるものもいれば、フィーディのように勉強をして修得する者もいる。

 稀に体の一部に文字のような刻印を持って生まれてくる子がいるのだが、先天的に魔法を使える資質があるというが多くは忌み子と呼ばれ家族から見放され捨てられるか酷くて殺されるのが一般的だ。

 しかしこの大陸の東を征するここ東の国(国民はそう呼んでいる)は、国家で魔法を解明していく事に力を注ぐことを近年発表し国立の学院全てに魔法学科を増やしたり、専門知識を持つ学者への資金援助なども大々的に行っている。近年政治や軍事利用も視野に入れてか魔法省なるものの設立も考えているそうで、フィーディはここに後々所属することになる。

 

 



 ヴィクトリアは廊下を歩いている途中で自分と同じ試験者だろう若者数人とすれ違ったが皆それぞれ色々な武器を携えていた。

ヴィクトリアの武器は己の拳。所謂拳闘士と呼ばれていたが、女性で拳闘士というのはまぁ滅多に見ないだろう。実際すれ違う試験者もほとんどが男だった。

 試験会場と知らされていた部屋に入ると、そこには自分が所属していた学院の制服の者もいれば、全く違う他所から来た人もいて様々だ。優先入試というわけで数はそこまで多くない…が、20人はいるだろう。

一応一番最初の説明というか多分口上があるのではないかと彼女は思っていた。

 数十分経って、時計は試験の集合時間ぴったりを指す。

その時背後の扉が開けられ、試験者たちの前に出てきたのは緑地の軍服に身を包み髪は全てオールバックで流した金髪の女性だった。その後ろには2人の男性が両端に控えている。


「彼らが今回の志願者かい?数が少ないな」

「一応今回は優先志願者のみですから」

「ああ、そうか。……今回の試験の内容は、闘技形式でいいだろ?」

「へ?!いやいや今回もそうじゃなくて」

「は?戦わずして何がわかるって言うんだ。」

 

 どうやら後ろの控えの片方…前髪の長い男の人となにやらもめている。もう片方の控えの人は巨体の割りにおろおろしている。


「……まぁいい。ともかく、ここに集まった奴らは騎士じゃなくて軍に志願しているバカってことでいいんだね?」

「バカって…軍団長…言葉が過ぎるのでは…」

「だって自ら戦場に立ちたいなんてバカ以外なんでもないだろうが。まぁ私もそんなバカの1人だけどね。

……私の部下になるならそれ相応の覚悟もいるよ。それがあるから、ここに来たんだろ?無いなら帰りな。別に責めやしないから、怖くなったら帰ればいい。ただし、……私の率いる軍に入ったら、そんな弱音吐かせないからね」


 試験者に言い放たれたその言葉に、ヴィクトリアは目を煌々と輝かせて彼女の言葉を聞いていた。

きっと彼女が、兄が言っていた鬼将軍…エルダ将軍なのだろう。噂に違わぬ覇気というか、迫力だ。鋭い目つきの奥には氷のようなアイスブルーが覗いている。


「それでも軍に入りたいって意志が固い奴だけ訓練場へ行きな!……一人ひとりお手並み拝見させてもらうからね。武器はそれぞれ持っているんだろ?ならそれを持ったまま訓練場へ、この後行くように。……期待してるよ、新人くん達。」


 ふっと笑みを浮かべて将軍はそういうと2人の配下を引き連れて、入ってきた扉から部屋を出て行った。その扉から入れ違いのように部下であろう兵士の人達が現れ、訓練場まで案内するから着いて来るように言う。


「なんとまぁ雄雄しい将軍だったな……敵兵や魔物なんかよりあの将軍のほうが怖いぜ…」

「さすが鬼将軍って言われてるだけあったな……俺あの人の下でやってけるか不安だ…」

「おいおいへこたれるなよ、頑張ろうぜ」


 試験者は皆口々に今後の事だったり不安だったりとお喋りでもしながら兵士に従い訓練場へと向かう。勿論、ヴィクトリアもその一向の中に居た。


 今から10年前のセントコーリス草原の戦い。東の国は中央をその草原で西の国と隔てていたのだが、西の国が戦争がけしかけてきたのだ。しかしその戦争は東西両軍に大打撃を与え、西が兵を引く形で一年ほどで終結した。東軍は兵力で負けていたもののなんとか持ちこたえたのだ。

 かの戦争でぼろぼろになった軍を建て直し、しかも軍団長の座は腕っ節で奪い取ったという豪傑が先ほどのエルダ将軍だろう。

 ヴィクトリアは幼い頃身体が丈夫な方ではなかった。それに家も裕福ではないので薬など頻繁に与えられるわけでもない。生きる為に、身体を強くするしかなかった。ヴィクトリアが幼い頃新聞で見た、英雄のように映るエルダ将軍に彼女は憧れたのだ。私も強くなれるだろうか、彼女のように。

 どきどきと興奮で高鳴る胸を右手で押さえながら、彼女は廊下を歩き中庭のように広い砂地の訓練場に着く。そこにはエルダ将軍と控えの二人、そして色んな武器をもった隊長各らしき人達数人が立って待っていた。


「おや数は減ってないね。逃げた奴はいなかったのか。…まぁそれだけでも去年よりよし、だな。さて試験を始めよう。ルールは簡単、1対1の対決だ。新人君達は、目の前に居る私らの誰かから一人を指名してこのリングで戦えばいい。……ああ、勝ち負けは試験の勝敗に影響しないよ。適正というか、やる気だね。私はそれを見たいんだ。」


 実技試験というか、それじゃ闘技大会か何かじゃないかと新人一同はざわつくもののヴィクトリアの瞳には期待と興奮が混ざった光を灯していた。さっと手を挙げると将軍も他の兵の視線も一斉にヴィクトリアへ向く。


「すみません、質問があります!」

「なんだ?」

「目の前にいるこの中からと言いましたが、選択肢にエルダ将軍は入っているでしょうか!?」


 一瞬で新人達の顔が引きつっただろうと彼女は見ずともわかった。エルダ将軍の背後の2人も、なんて事を言うんだというように驚いた形相で見ている。

当のエルダ将軍はというと、最初はきょとんとしたものの暫くして大声で笑い出した。


「アッハッハッハッハ!!中々面白いこと言うね。私を選ぶとは、中々骨のある奴だ。いいよ、相手をしようじゃないか」

「えっ、エルダ将軍!?本気ですか!?本気で言ってますか?!死人は出さない、器物損壊しないって言ったばっかりじゃないですか!」


 先ほどエルダ将軍ともめていた配下の1人が慌てて止めにはいるよう食って掛かるも隣のもう1人の配下に肩を叩かれ宥められた。


「別に手合わせくらい良いだろうがファーケウス。エルダ将軍も流石に部下を殺したりしないだろうし……」

「俺らは何回も半殺しに合ってるだろうが!大体新兵が将軍の一撃なんて受けたら…」

「大丈夫大丈夫、その辺はちゃんと手加減すると思うし」

「当たり前だよ!流石に部下を殺しちゃあ軍団長の名が泣くからね。……で、新兵くん、あんたは私を指名でいいんだね?」

「はい!」


 この時ヴィクトリアは痛みや恐怖なんかよりも、憧れの相手と手合わせが出来る興奮やらですっかり高ぶっていた。

 清清しい表情に明るい顔、そして勢いのよい返事にエルダ将軍も笑って頷く。


「良い返事だ。じゃあ武器持ってリングに上がりな」


リングというより土俵というのが正しいかもしれないようなリングだが、エルダはまだ進まずまず髪を結っていたゴムを解いた。そして長い前髪を全て後ろへ流し再び一本に髪を纏め上げ、ポニーテールにして前を向く。

 彼女が戦うという意思表示の一つだ。グローブを手に嵌め一度両手で握り拳を作って感触を確かめてからリングへと向かう。エルダは薙刀のような槍を手に持っていた。突く事だけではなく切り払うことにも適した槍に見える。


「…拳か。それはアンタの方が分が悪くないか?だったらこっちも素手でやってもいいけど……」

「いえ!全力でお願いします!本気の貴女と闘ってみたかったんです!」 

「物好きだねぇ…ま、嫌いじゃないよそういう物好き。アンタの意志を尊重して私も愛刀でいかせてもらおう。……アンタ、名前は?」

「ヴィクトリア・フローウェルと申します!よろしくお願いします!エルダ将軍!」

「ヴィクトリアね。私はエルダ・ライ・クリークス。この試合…我が家の誇りにかけて、正々堂々と闘おう。さぁ、かかってきな!」


 自分の身長ほどあるのではと思う槍の切っ先をヴィクトリアに向けてエルダ将軍は声高に宣誓し、見据えた。名前を言うのは戦いではお互い対等であるという宣言であり、エルダはヴィクトリアを1人の戦士として対等に闘おうという意味があった。

ヴィクトリアも両手で握り拳を作り、構えた。そしてじっと相手の目の奥を射抜くように見つめる。


(絶対、勝つ!)


 ヴィクトリアは心の中で気合を込めて言う。

そして片足を後ろへじりじりと下げ膝を曲げたかと思えば、それをバネにしてエルダ将軍へと飛び掛っていった。



to be continued...

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