なきむし
どこをどう走って、どこを曲ったのか。
息を切らしてやっとのことで辿り着いた家の前には。
「ど、うして?」
さっきまで川原にいたはずの、黒髪の青年。
「ちょっと来て。」
問答無用で、空くんは私の手を引っ張って今来た道を戻りだす。
握られた右手首が熱い。
これは、君の体温?それとも、私の鼓動?
あっという間に戻ってきた河川敷で、空くんは私の手を離した。
「なんでさっき、俺見て逃げたの?」
その目が、まっすぐ私をとらえる。
「俺のこと、嫌い?」
それを聞いた瞬間、堰を切ったように私の目から涙が溢れだした。
「あーー、ごめん。答えづらいよな。本人目の前じゃ。」
姫城さん、優しいから。なんて言って君は自嘲気味に笑って背を向ける。
「でもさ、なんにも言われない方が俺、つらいよ。昨日試合見に来てくれたのも、少しでも俺のこと気にしてくれてるのかな、なんて思っちゃうし。部活の時も、目が合っちゃうと、今のシュート見てくれてたのかな、とか思うし。」
「何が、いいたいの?」
掠れてしまった私の問いかけは、君に届いているのだろうか。
「もう、限界。」
それは、こっちのセリフだ。
「俺、ゆあのこと、好き。」
今、なんて?
「ゆあが頑張ってるの見ると、俺も頑張りたくなる。ゆあが泣いてたら、どうしたら泣きやんで笑顔見せてくれるかな、なんて考える。」
「でも今、泣かせてるのは、俺だよな。ごめんな。」
空くんはそのまま、私をおいて河川敷を降りようとした。
どこへ行くの?置いていかないで、ねえ!?
咄嗟のことで、空くんには、いや私にも、自分のしたことがわからなかった。
空くんが驚いて立ち止まる。
「初めて、窓を割った教室で会った時。」
Tシャツを掴んだ手が震える。
「私の名前、知っててびっくりしたけど、すごい心配してくれて、嬉しかった。」
「私がくじけそうなときはいつも私がほしい言葉を一番にくれた。その度に、空くんが好きになったよ。」
「私も、大好きです。」
びっくりしたような君の顔がとても印象的で。
なぜか分からないけど、また涙が溢れてきた。
「それ以上泣かせたら殺すよ?」
物騒な声に何事かと目をこすれば。
「ちよらちゃん!」
そうだった、空くんには蝶空がいて……あれ?でもそしたらさっきの告白はなに?
「兄貴も人が悪いのよ、ゆあの家が近いことを知っててここの練習に空をさそうとか。」
兄貴?
どういうこと?
「はは。ごめんね、ゆあちゃん。あんまりにも空がいじりがいがあるもんで。ちょっと悪ふざけしちゃった。」
茂みから出てきた人影は、昨日試合で見た、
「紅先輩?」
「昨日の試合でさ、空がおいしいとこ持って行きやがったじゃん?普段はあんなスーパーキック見せたことないくせに、なんでかな―と思ってさりげなく妹に聞いたら、空くんの好きな女の子が見に来てたっていうじゃない。」
ちょっと待ってちょっと待って。妹ってだれ?
「ん?これ、妹。」
紅先輩が指差したのは、なんと、蝶空だった。
「そ。これ、兄貴。」
蝶空も負けじと指をさし返す。「言ってなかったっけ?」なんてしらばっくれながら。
「聞いてないよ―!!!」
「名字一緒だから気付くかと。」
気付かないって!
「で、今日はオフだし、どうせならゆあちゃんの出没確率の高いところで練習してたら、なんか面白いものみられるかなー、って。まさかここまで面白いものが見られるとは思ってなかったけどね!」
紅先輩は思い出し笑いをしているのか爆笑しはじめた。そんなところも絵になるなんて……イケメンはずるい。
「先輩、そんな理由で俺誘われたんですか?」
「まあそれが9割、あと1割は純粋に君とサッカーがしたかったんだよ?」
明らかに面白がられてるけど!
空くんはあきれたように肩をすくめた。
「まあいいじゃん。晴れて疑いは晴れました!めでたしめでたしってことで!」
空は、今日もきれいに青かった。
良かったー、なんとか二人がくっついてくれて(汗
次で最終章の予定!