あおぞら
名前の読み
宮崎紅→みやざき こう
蝶空さんは一人称は俺ですが、あくまで女の子ですからね!お忘れ無きよう。
空くん(と竜樹先生に)慰められたあの日からはや数週間。
「今度の大会、空スタメンなんだってよ。」
私の嵐は、ここから始まった。
「え?ちよちゃん、もう一回言って!?」
「だからー、今度の三年生引退大会、空スタメン出場なんだってー!」
話は、昨日の夕方に遡る。
すっかり辺りも暗くなった部活の帰り道。
家の方向が同じ蝶空と私は、たわいもない話をしつついつも通りの帰り道を辿っていた。
ちなみに、同じく家が近い輝璃雅は今日は彼女ちゃんとご帰宅のため別コースだ。ひとりだけリア充しやがってこのやろ。とは本人には言わない。
「輝璃雅のやつ、一人だけリア充しやがってこのやろおー!」
蝶空は普通に言ってるけど。
「ゆあは?彼氏とか作んないのー?」
その矛先は唐突に、というか順当に私に向く。
「!え?やだなーちよちゃん、好きな人もいないのにどうやって彼氏とかつくるのよ?」
「え?好きな人いないの?いるでしょ?てかいるじゃんゆあ。」
なんで断定されてるの?
「い、いないよー!」
「嘘だな、俺の勘だとゆあの好きな人はー、あれでしょ!」
ビシィっ、と蝶空がかっこよく指を指した先には……同級生たちと戯れながらバスを待つ空くんの姿があった。
……わあ。男子の中にいる空くんって、あんな感じなんだ。なんていうか、私に向けるのとは少し違う、見たことの無い笑顔だ。どんな話をしているのだろう。
……って、
「わ、ちよちゃん指差したりしたらだめだよ!?本人にバレちゃう!」
「バレちゃうってことはー、ゆあの好きな人はあれでおっけーってことだよね?」
あれ呼ばわりは取りあえずおいとくとして、あまり大きな声で話さないで欲しい。
「自分でも、よくわかんないよ。」
私は正直にちよちゃんに告白した。
「わかんないの?なにが?」
「だって、空くんのこと、あんまりにも知らなさすぎる……」
州流野 空くん。同い年。サッカー部。あとは……
「俺と同クラー」
「ええ!?そうなの!?」
「えーっ、知らなかったのー?」
当たり前じゃん、誰も教えてくれなかったんだから!
「さすがにそれくらいは知ってると思ってたー。」
「ちよちゃんが教えてくれたっていーのに!」
「だから知ってると思ってたんだってば!」
不毛な争い。でも何でだろう、ちょっと蝶空に嫉妬。
「そうなんだ、同クラなんだー、」
「だいじょぶよー、俺はあれ好きになったりしないから。」
だからあれって……蝶空にとってはもの扱いなんだろうか。空くん。
「自分の気持ちがよくわかんないなら、空に近付いてみるのも一つの手だねー。」
「近付く?」
「そ。例えば、試合見に行ったりとか、日常生活で声かけてみたりとか。そうやってるうちに、自覚とか出るんじゃない?」
蝶空の言い方じゃ、明らかにあたしが空くんを好きだって断定してるように聞こえるんだけど。
まあ誰かを知るのは悪いことではない。そこから知り合いの輪が広がることもあるわけだし。
「よーし、そうとなったら今度近いうちに大会あるから見に行こうか!」
「!?だから何でそうなるの?」
「いーじゃないかー、善は急げっ!」
何が善なのかさっぱりわからないんだけど。
というやり取りを経ての今日。
「でもちよちゃん、部活が……」
「そこはご心配なく。今週末は図ったように部活がありません!」
え?そうだったっけ!?
「そうだよー、当たり前じゃない!」
なにが当たり前なのかはわからなかったけど、予定表を確認したところ部活が無いのは本当だった。
そう言えば、私は試合中の空くんを見たことがない。
「俺も一緒にいったげるからさー!」
ということで、蝶空と二人で、結局行くことになっているのでした……
なんとなく楽しみにしている日というのはすぐにやってくるもので。あっという間にその週の土曜日。
うちから歩いてでも行ける距離の運動公園が、試合会場だった。
「結構うちの学校の人も来てるね、ちよちゃん。」
「まあ当たり前っちゃ当たり前ねー、プリンスの人気度は高いから。」
「プリンス?」
「おー、もしかしてゆあはプリンスの存在を知らない感じ?」
知らないも何も……聞いたことがない。
「あのねー、プリンスっていうのはー」
蝶空がビシィっ、と指を指したのは、三年生の先輩。
茶色い髪の毛に、ふんわりとしたオーラの持ち主っぽい人だ。チームメイトと談笑しているときに見せた笑顔が、可愛かった。
「あれプリンス一号。三年、宮崎紅ね。」
名前は聞いたことがある気がする。確か、県かなんかのサッカー選抜メンバーじゃなかったっけ?
「あーそうそう。そんなのにも選ばれてたな。」
なんか説明がぞんざいなのは気のせい?
「で、プリンス二号が、あれ。」
次に蝶空が指差したのは、これまたイケメンな三年生だった。ひとりで黙々リフティングを繰り返している。
「あの無愛想さがウケてるらしいんだよねー、名前はね、忘れた。」
忘れたんかい!
「元々はねー、サッカー部じゃなかったらしいんだけど、たまたま放課後ひとりでリフティングしてるところをサッカー部顧問の竜樹に引っ張られて強制入部させられたんだって。でも朝練とかにはめったに姿を見せないどころかむしろ放課後にしか姿を表さないっていうミステリアスさがファン増加の理由らしいよ」
名前知らないくせに説明は詳しいな。
「んでもって付いたあだ名が放課後少年。」
まんまじゃん!だれ考えた人!?
「で、プリンス三号が、あれ。」
蝶空の指さす先には、
「竜樹先生?」
「そーそー。あれも変人なのに人気高いよねー。プリンスなんて年じゃないと思うんだけど。」
サッカー部の正式顧問の癖して今日も白衣でご来場なのだからその変人ぶりはわかるところだろう。芝生で化学実験でも起こすつもりなのだろうか。
「で、お待たせ第四号プリンスが、あれ。」
最後に蝶空が指差したのは、生真面目にきゅっと口を結んだ空くんだった。
「あれもなかなかにして人気あるからねー、うかうかしてると周りに取られるよゆあ。」
「と、取られるって……」
もともと空くんは私のものじゃないし。
でも、蝶空が説明してくれた4人はいずれも遠目でも目立つ美男子軍団だった。これではそれぞれにファンクラブがあってもおかしくない。
「美男子揃いだよねー、ずるいわほんと。」
蝶空が頬を膨らませてぼやいた。
選手たちが練習を止めて中央に整列する。
試合開始を告げるホイッスルが、鳴った。
『お願いしますっ!』
最初は、相手チームのボールから。
正直、サッカーのルールなんていまいちよくわかっていないんだけど、手に汗握る展開であることは私にもわかった。プリンス達はさすがにプリンスと呼ばれるだけあって、華麗な足さばきでボールをゴールへと運んでいく。そのたびに「きゃあーーー!」と女子たちの黄色い声援が飛んだ。人気が高いのは本当のようだ。
バシッとパスが空くんに渡る。瞬間、時計の針が動くのを止めた。
誰もが息を呑む。その隙間を縫って。
ピーーーーーッ!
高らかにホイッスルが鳴り響いた。
サッカーゴールのネットが、空気を切り裂くような音を立てて揺れていた。
かっこいい……
思わず、見とれてしまう姿がそこにあった。