とつぜん
名前の読み おさらい!
輝璃雅→きりが
蝶空→ちよら
竜樹→りゅうじゅ
もう少し、私が悪口を笑い飛ばせるほどに強かったなら。
せめて、何でもないふりをして、教室まで戻る勇気があったなら。
残念ながら、そのどちらも私には備わっていなかった。
誰も来ない階段でしゃがみこみ、チャイムが鳴るのも放置して一人泣く。
「ちょーしのってるよねー」
「顧問も甘いんじゃない?」
「練習しててもあんま変わらないしさー」
蘇る度、止まらなくなっていく涙。
こんな時、慰めて欲しいと願う人が近くに居ないことも、また事実だった。
「あーあ。こんなとこで泣いちゃって。どうしたの?」
ほら。私に勇気をくれた君は、ここには-
「そ、空くん!?」
「居ちゃ悪い?」
なんで?どうして?とっくに授業は始まっている。
冷たい階段がより一層二人の間の空気を冷やした気がした。
何度私をびっくりさせたら気が済むんだろう。
「悪いっていうより……どうしてここに?」
びっくりし過ぎて涙も止まってしまった。
空くんはバツが悪そうな顔をして、
「あー、移動教室だったんだけど忘れ物しちゃって。」
なんだ。そういうことか。
いまさらながら初めて見る制服姿に少しどきっと心臓が跳ねた。
ユニフォームか、ジャージしか見かけたことがなかったから。
「で、どーしたのその顔。」
またなんかあった?と聞く空くんはどこまでも優しい。
「少し、嫌なこと、言われただけ。」
最後の強がりでそれだけしか言わなかった。
「……そっか。姫城さん、偉いね。」
「!?なにが?」
「いや、そういうとこがさ。どんだけ泣いてても、最後は自分の足で立って前に進もうとしてるとこ。俺はえらいと思う。」
それ以上、優しい言葉をかけないで欲しい。
弱い私は、また泣いてしまう。
空くんはすとん、と隣に腰を下ろした。
「なんだかんだいってさ、頑張ってるときって時々もうダメって思うことあるじゃん。だけどさ、大事な人から応援してもらってるって思うだけで、こんなに頑張れるんだから不思議だよな。」
ほんとに、そう思う。
「でも、力抜きたい時はちょっと休んで行けよ。頑張りすぎと強がりすぎも姫城さんには毒。適度に、ね?」
なんでこの人は、私の欲しい言葉を欲しいタイミングでくれるんだろう。
「さて、怒られる前に教室戻……」
「既に怒られる状況に陥っていることに、君は気付かなかったのかね?」
「げええええっ!竜樹!」
「先生を呼び捨て。減点1。」
「やーめーてー下さいっ!申し訳ありません竜樹さまっ!」
「過度な敬語減点1。」
「どこが過度だったの!?」
なんか。いつもナイスタイミングで誰かに捕まるせいで、空くんの格好良さが薄まっている気がするのは気のせいかな。
白衣を流して着て、頭を無造作にかく本校物理教師は、ぎらりとメガネの奥の瞳を光らせてこちらを睨んだ。
藍川竜樹。サッカー部顧問。そのイケメン度合いからバレンタインデーのチョコには事欠かないのだが、過去には巨大ロボットを校舎内で作って爆破したとかしないとかいう噂もあったり。つまりは一風変わった教師であることに違いはない。
「しかも、サボりの原因が女子とはな……」
「さぼってねーって!今から戻るところだから!」
「教師にぞんざいな言葉遣い減点1。」
「なああああああ!!!さぼっておりませんただいま帰りますです竜樹様っ!」
「よくわからないけどむかつくから減点1。」
「わかんないなら引かないで下さいよっ!」
どうやらこの減点というのはサッカー部のスタメンやら掃除当番やらのペナルティに関わってくるらしい。空くんにとっては生命線だ。
「そこの女生徒。」
「は、はい。」
女生徒って……私で合ってるよね?
「ピンチはお前を救うチャンスだ。当たって砕けろ。今はそれでいいじゃないか。」
「・・・は?」
「さあて帰るぞ州流野。楽しい楽しい授業は始まったばかりだ!」
「楽しくねーよ!つーかどっからいた竜樹!?」
「『移動教室だったんだけど忘れ物しちゃって』から。」
「最初からじゃねーかっ!」
……よく、分からない。
けど、なんか慰められたんだってことはわかった。
「ありがとうございます。」
もう私の言葉は届いてないようだったけど。
「ありがと。空くん。」
その言葉が空間に落ちた瞬間、君は突然振りかえって、
にっこり、笑った。
取り残されたゆあちゃんの疑問
「あれ。。。そういえば空くん、忘れ物は取りにいかなくてよかったのかな?」