それだけ
名前の読み
音崎輝璃雅→おんざき きりが
「じゃあ今日はここまでで。」
『起立! ありがとうございました!』
『ありがとうございました!』
ガタガタ、と椅子を鳴らして、一斉に帰り支度を始める生徒。その中にあって、私はまだ、席を立つことが出来なかった。
「ゆあ?急がないとおいてかれるぞ?」
その言葉にはっとして振り返る。呆れたような顔をした幼なじみがそこにいた。
「あ、そうだよね、いっけない。初めてのBクラスの練習で、緊張しちゃった。」
「まあ、今までずっと自主練だったもんな。合わせるって気を遣うだろ?」
トランペットを素早く片しながら、幼なじみ-音崎輝璃雅が話しかけてきていた。
「うん。そりゃね。でもすっごく楽しかった!」
「よかったな。前回の昇格試験から、お前人が変わったみたいな練習の仕方だったもんな。朝練前は長距離走走ってから登校してくるし、昼休みもどこ行ったのかと思えば頭下げて頼み込んで顧問から直接指導受けてるし。挙げ句の果てに授業中はこっそりフルートのプロのアンサンブル曲とかコードレスイヤホンで聞いてるし。」
「こら、それは言わない約束でしょ!?誰かに聞かれてたらどーすんのよ?」
でも、本当に、よかったと思う。頑張って本当に良かった。
「ほらね、やればできるじゃん!おめでと!」
昨日、例によって休憩時間に窓なしの教室に顔をだしにきた空くんにBクラス昇格を告げると、やはり自分のことのように喜んでくれた。
なんでかは知らないけど、あの日から彼は休憩時間のたびにここを訪れるようになっている。先輩方に見つかる度に引きずられるようにして引き戻されるけど、全く気にしていないみたい。
「空くんの、お陰だよ。」
あのひとことがあったから、頑張れた。
精一杯のお礼の言葉を伝えたつもりだったけど。
「んー?そんな偉いこと俺はしてないって。頑張ったのは姫城さん自身!おめでと!」
やっぱり爽やかな笑顔が、忘れられない。
「あーでも、そうすっとー」
ちょっと表情を曇らせると、空くんは上目遣いでこちらを見た。
「ここにきても、姫城さんに会えないね」
あ。
そういうことになるのか。
ざわり、と私の心の中身が揺れたのを感じた。
「なーんてね!」
一転、晴れやかな笑顔に戻る。
「応援してる。これからも頑張って。」
「おーいゆあ。また手が止まってる。」
回想に浸っていたら、またぼーっとしていたらしい。慌てて楽器をしまい込み、鞄をつかんで教室を飛び出した。
「いちいちなんか考えるたびに手止めるなよー」
輝璃雅が後ろから追いかけてくる。
「ごめんて。以後気を付けます。」
「そう言ってて直ってた試しが無いけどな」
「うるさい!」
Bクラスに上がってからも、朝の長距離走と昼個人特訓練は止めなかった。下手なのはわかっていたし、わかっていてもなにもしなかったあの頃の私はもう、いない。
そんな昼休み。
授業に遅れないように、と思いつつ、昼練習を終えて足早に廊下を歩いていると、
「無駄なのにねー」
不意にダイレクトに、その言葉は響いて来た。
「やだ、やめときなよぉ。本人に聞こえるよぉ?」
「だって事実じゃん。実際練習しててもあんま変わらないしさー、顧問も甘いんじゃない?あの子だけひいきしてさぁ。あれ誰だっけ?ゆあ、とかいう子?ちょーしのってるよねー。」
それは、ありきたりな侮辱の言葉。
そんな普遍的な言葉が、こんなに破壊力のあるものだとは知らなかった。
大丈夫、大丈夫。ただの会話。私はそんなことを言われる筋合いはない。
と、思うのに。
私は軽く、次の授業をさぼってしまう位に、弱かった。
やっときりがくんが出てきてくれました…ちなみに彼は前話でちょろっと出てきておりますwわかるかな?