はじまり
名前の読み方
姫城ゆあ→ひめしろ ゆあ
宮崎蝶空→みやざき ちよら
州流野空→するの そら
竜樹→りゅうじゅ
これからもちょくちょく出てくるので覚えておいてくださいね!
今日も教室には、さまざまなメロディラインが響いている。
低音チューバの心地よいリズム。トランペットのかっこいい高音。クラリネットの軽快なスケール。
その中で、あたしは今日も……
「自主練、か。」
この学校には、先輩優遇という制度はかけらもない。したがって、高校からフルートを始めた私は万年補欠だ。
ほんとは少し羨ましい。みんなと練習できる後輩たちが。同学年の友達が。だけど、そんなことは言えない。
実力不足なのは、私が一番よくわかってる。
窓からは、いつものごとくサッカー部の人たちの練習する後ろ姿がよく見えて。
輝くその後ろ姿にさえ、少し嫉妬してしまうんだ。
「ゆあー、そろそろミーティングー!」
私の名前を呼ぶ声にあわてて振り返る。
と、そこには同じ部活仲間の蝶空が扉から顔を覗かせて立っていた。
「ちよちゃん、ありがとー、今行く。」
譜面台を持って立ち上がる。ぐだぐだしていると余計に怒られてしまうからだ。
次の日も私は全体練習から外されて、つまらない、と言ってはいけないんだけど、若干飽きてしまった基礎練に没頭していた。
今日も窓からは、サッカー部の人の声。最初はうるさいとか思っていたけれど、もう慣れてしまった。
ここまではいつもと同じ。なんてことはない日常。だったんだけど。
数秒後。
「あーーーーーーーー!!!!!ごめんごめんごめんあぶないっっっ!!!」
がっしゃーーーーーーん。。。。。。
一瞬なにが起こったのかわからなかった。とっさに全身でフルートをかばって後ろを向いた私には理解ができなかった、の方が正しいのかもしれない。
わかるのは。
1、窓が割れた。
2、割って中に入ってきたものの正体はサッカーボールである。
3、……こわかった。
と、いうことだけ。
ほんとに、めちゃくちゃ怖かった。
しばらく呼吸も忘れる勢いで固まっていると。
「誰もいない教室だろー?」
「います!絶対いますよ!今日も聞こえてたから……あれ?」
男の子二人の声が近づいてきた。咄嗟に教室から出てしまう。
見つかったらまずいことなんかないのに、なんでだろ?
「ほら、誰もいないじゃん。」
「……いや、いますよ。譜面台が置き去りだ。」
どうやら窓から教室に侵入してきたらしい。殺人犯が証拠品を見つけられた時みたいに心臓のどきどきが止まらない。殺人は犯したことないからわかんないけど。
恐る恐る扉から顔を覗かせると、ばちっと音が鳴ったんじゃないかってくらいのスピードで一方の黒髪の男の子と目があった。慌ててそらす。なぜかは分からないけど全力でそらす。
「ほらやっぱりー!発見!」
なのに、彼は無理やりともいえる強引さで私を教室に引きずり込んだ。
「けがはない?姫城さん。」
「あ、はい、当たってはないので……でもどうして名前を?」
「あーーそれはいいじゃん。で、けがはなしね?大丈夫なのね?」
「あ、はい……」
「よかったー……」
はあああ、と本当に安堵したように呟いてしゃがみこんだ彼は「姫城さんにけがさせたらしゃれになんねーし……」と呟くと、つっと顔をあげてこちらを見上げた。
「怖かったよね、ごめん。」
「いえ、だいじょ……」
うぶ、とはさすがに言えなかった。実際、心臓が止まるかっていうくらいびっくりしたし。
「ごめんね……」
立ち上がった彼は、ぽんぽん、と私の頭を叩いた。
さっきとは違う意味で。心臓が不自然に跳ねた。
「おい。俺の存在忘れんなそこ。勝手にイイ雰囲気にもってってんじゃねー。」
「あ、先輩まだそこにいたんすか。帰っていいっすよ。」
「おいいいいい!!なんだよその疎外感!だいたいこのガラスとかの後始末どうするつもりなんだお前は!え!」
「あ、そうっした。」
「そうっした、じゃねーよお前……こりゃ顧問行きだな。」
「えええええまじすか!?」
「そりゃまじだよ。立派な公共物破損だもん。へたしたら今度のスタメンあぶねーぞ。」
「えええええええそりゃないっすよ!?さぼりで問題起こしたわけでもないのに!」
「……まあ、すべては竜樹の采配にかかってるがな。」
「その深刻そうな遠い目をまずやめてくださいお願いだからっ!」
なんか……賑やかだな、このコンビ。
「そーゆーことだから。姫城さん?だっけ。この子も悪気があったわけじゃないんだ。許してやって。」
「なんでそんな先輩ヅラしてんですか!?」
「先輩だからに決まってんだろうがあほ!」
たまりかねて私が吹き出すと、言い合いをしていた二人もつられて笑った。
それが、私と州流野 空との、はじまり。
長くはならないと思います。どうかお付き合い下さい!