詰まる所流れに逆らう事は出来ない
「…だから、僕を殺して」
聞き間違いかと思った。
「…リョウ?」
ちょうど通りかかった倉庫の、少し開いた扉から聞こえた。
あの声は、リョウ?
そっと覗いて見ると、二人の人影が見えた。
ひとりはリョウ。
もうひとりは誰だろう?
「…カンナ?」
カンナだ。
何でこんなとこにいるんだろう?
すると、カンナは大きく腕を振りかぶってリョウに何かを突き立てた。
引き抜くカンナ。と同時に大量の何かがリョウの体から飛び出る。
あれは
血――。
おれは、逃げ出した。
―――
目を開くと、そこは見たこともない場所だった。
真っ暗で、コンクリートの床。
目が暗さに慣れたのか、うっすらとここが建物の中であることが分かる。
ゆっくりと体を起こす。
若干だるい気もするが、気にする程でもない。
パチッ
突然周囲が明るくなる。誰かが電気のスイッチを入れたようだ。
突然の明るさに目をあけている事が出来ず、目を瞑った。
何かが近付く気配がした。
そっと目を開くと、誰かが見下ろしていた。
「…ソウタ?」
彼は冷たい目でこちらを見ていた。
―
やっと明るさに目が慣れたようで、周囲を見ることが出来た。
すると向こうに知り合いの姿が見えた。皆、ぐったりと床に転がっている。それは小学2年の時のクラスメート。わたし、彼、リョウ、カナコを除く全員だった。
ここにあるのはそれだけだったけれど、彼の言わんとする事は十分に伝わった。
わたしが全てを悟った事も、彼に十分伝わったようだ。
そして、遅かったな、と思った。
だって、あれからもう10年も経っている。
わたしは、早く解放されたかったのかもしれない。あの事から。
―
わたしは無理やり立たされた。
「…用件が分かってるんなら、話は早い。
あの日、お前達の間に何があったんだ?何故あの日リョウを殺した?お前は、自分が何をしたのか分かっているのか?人一人殺しておいて、何でそんなに普通の顔してられるんだ!答えろ!」
「…人間、知らない方が良いこともある。…それに、一人じゃない」
最後の言葉は聞こえなかったようだ。
「お前に拒否権は無い。俺の質問にお前が拒否したり、話さなかったりした場合、
見せしめにあいつらを一人づつ 、殺す」
脅しですら、わたしの心には響かなかった。
彼らがそういう風に扱われることは初めから分かりきっていた。
わたしが嫌だったのは、
どのルートを辿っても、絶対にこの中の誰かが不幸になること
だ。
このシナリオにハッピーエンドは書かれない。
―
「わかった。話す。
でも、これからわたしの話す事が信じられなくても、一通り最後まで口を挟まずに聞いて欲しい。質問はその後で答えるから。いい?」
「…分かった、いいだろう」
わたしは、話し始めた。
―
「あの日わたしは、リョウに呼び出された。それで、言われたの。『僕を殺して』って…」
「そんなの嘘に決まってる!例えそうだったとしても、殺す理由にはならない!」
「…カナコを殺したのがリョウだったとしても?」
「…え?」
「理由はそれだけじゃないけどね…。リョウがカナコを殺したのは事実だよ。
2年生が始まってすぐ、リョウの父親が帰ってきたの、覚えてる?リョウは母親がいなくて、父親は刑務所の中。でも父親はリョウが生まれる前に刑務所に入っていて、遠い親戚に預けられたリョウは、父親について何も知らないで生きてた。わたし達もなんとなく、リョウの両親がどんな人だったのか聞いてはいけない、っていうのが暗黙の了解だったでしょ?
父親は帰ってくると、リョウを引き取って、一緒に暮らし始めた。推測だけど、親戚の人達は父親に犯罪歴があるなんて知らなかったと思う。でなかったら、あんなに簡単にリョウを手離したりしないはず。…ああ、でもあの父親には他のやり方で奪う事も出来るかな。むしろそっちの方法か。
…リョウの父親が、何をして捕まったのか、知ってる?
マインドコントロール、だよ。
人を洗脳して、自分の意のままに操ろうとした。その時は結局失敗して、牢屋に入ったけど。父親は元々、催眠療法師だったんだよ。そこから興味をもったのかもね。
リョウは、父親と暮らせて凄く嬉しそうだった。凄くね。
でも父親は、今度はリョウをマインドコントロールしようとした。実際、リョウは80%位コントロールされてたと思う。それでも前の失敗の二の舞にならないように、父親は慎重だった。そこで、実験をした。
それは、
カナコを殺すこと。
人を殺すっていうのは、それだけでコントロールされているかどうか、一発で分かる行為。だから、言ってしまえば殺されるのは誰でも良かったんだよ。カナコは運が悪かっただけ…。リョウがカナコを殺した事により、コントロールされていることは確実になった。でも、さっきも言ったけど、完璧にコントロールされてたわけじゃない。たまに、何かの拍子にコントロールが解ける事があった。その時も、カナコを殺した事でコントロールは解けてしまった。リョウは、怖くなって思わず目を背けたの。そしたら、父親が、『お前が殺したんだ。お前もこれで犯罪者だなぁ』って言った…。その後、父親はカナコを車の荷台に押し込んで、どっかに行った。リョウはしばらくそこにいて、ぼうっとしてたんだけど、不意にこっちを見たの。わたしと目が合うと、驚いた顔をして、どこかに走って行った…。
わたしがそこにいたのは全くの偶然で、でも、決定的瞬間を見てしまった…。
リョウは学校に来なくなった。わたしはどうしたらいいのか分からなくて、その事を誰にも言えずにいた。
数日後、リョウから電話があって、呼び出された。わたしは、怖かった。その時は何も知らなかったから。リョウの置かれた状況も、父親の事も。でも、行ってみて、リョウと話をして、なんとなく状況は理解した。全部を理解したのはつい最近の事で、今思えば完全に父親一人が悪いって分かるけど、その時はリョウ一人が悪いわけじゃない、っていうふうに解釈した。
で、言われたの。『僕を殺して』って…。そこからは、君が見た通りだよ」
「…なんなんだよ、それ。意味わかんねぇよ」
「信じられなくても、それが真実だよ。他に質問は?」
「父親は…その後どうしたんだ?リョウが死んだ後」
「わたしがナイフでリョウを刺した後、君は走っていってしまった。だけど、観客は君一人じゃなかった。
父親も、同じ場所にいた。見ていたんだ。自分の子供が、殺されるのを」
「!」
「父親にとっては、リョウもひとつの駒に過ぎなかったんだよ。手駒がひとつ無くなろうとも、痛くも痒くもない。それで、わたしは父親も殺した」
「…話が飛んでる気がするんだが、今の所」
「そうかな」
「大体分かったけどな、それでも人を殺していい理由にはならない。俺はお前を一生赦さない」
わたしはそれを聞いて安堵した。そして小さく呟いた。
「…うん、それでいいんだよ。君はずっとわたしを恨んで生きて」
「ごめんね、もうこの世とさよならする時間だ。
ばいばい」
わたしはゆっくりと倒れた。
やっぱりわたしは、解放されたかったのだろう。
―――
「君は、リョウの友達なのかな?」
ばっと振り向くと、リョウのお父さんが立っていた。
「あ…」
後ろには、血塗れのリョウ。
「こ…これは…」
「いいんだよ、大丈夫。よくあることさ。おじさんを信じて。この五円玉、よーく見てごらん。よく見て。怖くなんかないよ。ほーら…」
そういって、糸にぶら下げた五円玉を振り子のように振る。
耳に安定感のあるトーンの声が響く。いつしかわたしは落ち着いていた。
目の前がぐるぐると回っているような感覚。
わたしはトランス状態に陥った。
「…いいかい、リョウと私に関する今までの見た事全てを誰にも言ってはいけないよ…
誰かに言ったら、君は心臓発作を起こして死んでしまうからね…
誰にも言ってはいけない…
言ったら死ぬよ…
…
…
…」