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第六章 対話

翌日からの修行は、龍美の予想通り今まで以上に過酷なものとなった。

その内容は七星師との実戦訓練。

毎日代わる代わる七星師が龍美のもとを訪れ、あらゆる種類や属性の術を繰り出し、徹底的に龍美の身体に戦いを叩き込んでいった。

龍美も時雨持込の体技とその資質で懸命についていくが、やはり実戦経験の差というものは龍美が考えていたよりも大きいものだった。時には死ぬ寸前まで痛めつけられることもあり、体力的にも精神的にも、龍美は限界を何度も超えていった。

しかし過酷な訓練が始まって一週間が過ぎたころ、遂に起こってはならないことが起きてしまった。訓練中、七星師の黒川 氷河、天子峰 猛のコンビネーション技が直撃してしまい、龍美の心臓が止まってしまったのだ。


「た、龍美様!!しっかりしてください龍美様!!


黒川が必死に呼びかけるが龍美の反応はない。


「こりゃやばいな。。完全に死んじまってるぞ・・。」


天子峰がさも人ごとのように呟く。


「落ち着いている場合か!すぐに龍美様を医療所へお連れするぞ!まだ間に合うかもしれん!」


黒川と天子峰は龍美を担ぎ上げると、急いで屋敷へと戻っていった。

連絡を受けた神楽が血相を変えて飛んでくる。


「龍美クン!!大丈夫!?」


そこには心臓が止まり、微動だにしない龍美が横たわっていた。


「う、嘘でしょ・・。」


神楽はまだ温かい龍美の脈を計り、心臓の音に耳を立てる。しかしやはり龍美の心臓は完全に止まっていた。


「どういうこと・・!?氷河!猛!説明しなさい!!場合によってはただじゃ済まさないわよ!!」


神楽は涙目になりながら二人に詰め寄る。


「も、申し訳ありません・・。我々の技が龍美様に直撃してしまいまして・・。」


「まさかノーガードで俺らの技を食らうなんて思わなかったんだよ・・。」


黒川はもうどうしたらいいのかわからないくらい混乱しながら説明し、天子峰はさもばつが悪そうに応えている。


そんなやり取りをしていると、時雨を始めとした他の七星師、純玲も医療所に駆けつけてきた。


「龍美様!!」


純玲が龍美に寄り添うように名前を呼ぶが返事はない。

他の七星師も途方にくれてしまっている。

しかし、時雨の様子だけ他の七星師とは違っていた。何か考え込むような、何かが引っかかっているような、そんな表情を浮かべていた。


その様子に気付いた斑が、そっと時雨に声をかけた。


「何か気になっているようだが?」


その斑の言葉で、時雨は何か確信的なものを得た。


「やはりおかしいな。お前も気付いているんだろう?斑。」


「まぁな。」


その二人のやり取りに神楽が反応した。


「何よ?何かあるの?」


時雨と斑は視線を合わせると、眼鏡を上げて時雨がその問いに答えた。


「龍美様の霊体が上がってこないんです。」


その一言で神楽を含めその場にいた全員がはっとした。

確かに龍美の心臓は止まっている。ということは肉体的には死んでいるという解釈になる。普通人が死ねば、直ぐに霊体が肉体から離れるものである。ましてこの場にいるのは全員能力者。龍美の霊体を見逃すはずがない。


「そういわれたらおかしいわね・・。心臓は確かに止まってるのに・・。」


「あくまで推測ですが、今起こっていることをそのまま捉えると、龍美様は死んでいないということになります。」


一同に再び動揺が見られる。龍美は死んでいないとはどういうことなのだろうか。

すると、斑がじっと龍美を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。


「恐らく、龍美の中にいる精霊たちが関係しているのだろう。」


「どういうことよ斑!?」


すかさず神楽が食いついた。


「この状況から考えて龍美が本当の意味で死んでいないという時雨の言葉は正しいだろう。では何故このような事態になっているかということだが、外部から術の類をかけられている痕跡はない。ということは内側からなんらかの干渉をされていると考えるのが妥当だろう。そして龍美の内部にいるものといえば・・。」


「七人の精霊王たちってことね・・。」


斑の立てた仮説が一同をめぐると、それまでの動揺に満ちた空気は一変し、根拠のない期待に満ちていった。


「でも、それをどうやって確かめるんですか・・?」


純玲から投げられた疑問に再び一同に動揺の空気が流れる。


「確かにそうね・・。可能性はあるけど確証はないものね・・。」


その後、治癒能力に長けている水の七星師 風祭 蛍が龍美の心肺蘇生を試みるが、効果はなかった。

神楽を始め、名高い能力者たちがこれだけ集まっても、龍美の身にいったい何が起こっているのかさえわからないこの状況に、皆落胆と苛立ちの表情を浮かべる。


一方。


その龍美はどうなっているのか。


「龍美!龍美起きて!」


聞き覚えのある声で目が覚めた龍美。


「う・・、うーーん。ここは・・、どこだ・・?」


辺りは真っ暗。ここがどこなのか、自分はどうなってしまったのかを全く理解できない龍美。何の音も、光も見えない漆黒の闇の中を、龍美はボーっと見回した。

すると、再び先程の声が聞こえ、辺り急に明るくなった。


「やっと起きたね龍美!」


そこに立っていたのは、風の精霊王 シルフィードだった。

そしてその周りには、他の精霊王たちが龍美を囲むように立っている。


「シ、シルフ・・?それに皆も・・?ここはいったい・・?」


「ここは龍美の中だよ!正確に言うと、龍美の意識の中!」


「俺の意識の中・・?」

いまひとつ状況が掴めない龍美。

見かねた光の精霊王ヘイムダルが間に入った。


「シルフ。それじゃ龍美には何のことかさっぱりわからんだろう。きちんと今の状況を説明してあげなさい。」


ヘイムダルに諭され、シルフが再び龍美に状況を説明し始めた。


「普段龍美が私たちと話をする時に見える景色があるでしょ?それがここなわけ!で、今回は私たちが龍美の意識を具現化させて中に引っ張りこんだってわけ!分かった??」


「いや、全然わかんない・・。」


むしろ龍美の中では話がややこしくなっていった。

確かに辺りを見回してみると、どことなく見覚えのある景色が広がっている。これは普段精霊たちのスロットルを変換する時に見える景色だ。

ということは今自分がいるこの場所は自分自身の中ということだろうか。


「私が話をしよう。」


そういって再びヘイムダルが龍美の前へ立った。


「なんとなく分かってるきてるとは思うが、ここは龍美、お前自身の中だ。これまで我々は外でのお前の訓練を見守ってきた。しかし、このままでは時間と労力を無駄にするだけだと判断した。そこでお前の身体機能を一時的に停止させ、お前の内部へと意識を取り込んだのだ。」


「身体機能を停止って・・、何したの?」


「心臓の動きを止めたんだよ。」


シルフがとんでもないことをさらっと告げる。


「心臓を止めた!?え、ってことは俺、死んだの・・?」


龍美からさーっと血の気が引いていく。元々意識だけの存在だから血の気もへったくれもないのだが、それくらいの衝撃だった。


「安心しろ。死んだわけではない。あくまで一時的に止めただけだ。これから行う訓練のためには、身体の負担を極力抑える必要があるからな。」


ヘイムダルが続けて龍美に説明をしてくれた。そしてようやく本題に入る単語が出てきた。


「訓練・・?」


「そうだ。これからお前は我々精霊から直接力の使い方を覚えるのだ。それぞれの属性について、具体的にどういう力があるのか、何が出来るのかをお前に教えていく。といってもお前が外で行っていた実戦訓練というわけではない。」


「じゃあ、一体何をするの?」


「対話だ。」


「対話?」


「そうだ。お前はこれから我々精霊と対話をし、力について学んでいく。そうすることでこれまでとは違い、お前はその力を自由自在に操ることが出来るようになる。」


龍美はヘイムダルの言葉を聞いて、自分を囲んでいる精霊たちを見回した。

皆力強い眼差しで龍美をしっかりと見つめていた。


その目を見て、龍美の中から不安が消え、期待と興奮がこみ上げてきた。

龍美は精霊たちに力強い視線を送り、静かに頷いた。


「よし、それでは早速はじめよう。時間は無限ではないからな。」


ヘイムダルの号令がかかり、精霊たちがその場にゆっくりと座る。

最初に口を開いたのは土の精霊王ノームだ。


「さて、それでは土について話を始めよかの。」


ノームは長い髭をはやし、拳法の師範のような出で立ちの老人である。精霊というよりかは仙人と言った方が納得いく。


「よろしくノーム。」


「うむ。さて、土の能力とはいかなるものか。お前さんはどう解釈しとるかの?」


「えっと、土だから地面とか岩とかを操る力かな・・。流火さんからも地面に気を送って形状を変化させる術を教わってたし。」


龍美が土の七星師 山背 流火から教わった術は大地の形状を変化させ、防御壁を作ったり、相手に飛ばして攻撃を行う基本術『土操刹(どそうせつ)』という術だ。この術は土を操る上で基本中の基本であり、この術にアレンジを加えることで自らの術となっていくわけだが、どのようのな術でもこの『土操刹』が根源となるため、これさえ身につけてしまえば、あとは自らの創造性によって広がっていくというものだ。


「うむ。まぁ間違ってはいないが、それでは真に土を操るということにならんのー。」


「そうなの!?じゃあ他にどんな性質が・・?」


「うむ。土と一言で言ってしまうと、お前さんのように地面や岩と言った無機質な物のみを指すと勘違いしてしまうのだがのー。実際は大地全てが土の能力の領域なんじゃ。つまり、花や、木、そして建物も土の領域となる。」


「花や木も・・?」


「そうじゃ。お前さんはこれまで土の形状を変化させることにしか意識を持っていなかった。それでは本来の力の半分も出すことはできん。よいか龍美。大地を自分の身体の一部という感覚を持て。大地を道具としてではなく、自分自身であるという感覚を持つことで、今までとは比べられないほど自在に操ることが出来るようになる。これは土だけじゃなく、全ての属性に言えることじゃ。」


「自分自身として・・か。」


「うむ。それが出来るようになれば、全ての属性の術の力が飛躍的に増すじゃろう。私が言えるのはそれくらいじゃ。あとはそれぞれの属性の精霊たちから、具体的な助言をもらえ。」


そう言ってノームは口を閉じた。

龍美は静かに目を閉じ、自分の感覚を広げていった。

確かに今までの龍美は属性を道具として捉えていた。使いたい属性を毎回引き出しから出して使い、使ったらまたしまって別の属性を引き出しから出すといった感覚だった。だから術を発動するまでに時間がかかってしまっていた。


「そうか。自分の一部として捉えれば、手足を動かすのと同じように術が使えるようになる・・!そういうことか!」


龍美はノームとの対話で確かな手応えを得た。


「それでは今度は私の番だ。」


そう言って話を始めたのは空の精霊王フェンリルだ。

フェンリルは人型ではなく、大きな狼の姿をしている。毛色はダークブラウンで、色が白かったら斑と見分けがつかないかもしれない。


龍美が空の七星師 黒川 氷河から教わった術は空間を歪ませ、自分の身を隠す『隠空絶(いんくうぜつ)()』という術と、標的の回りの空間を歪め、ダメージを与える『絶空崩殺(ぜっくうほうさつ)』という二つの術だ。いずれも火や水と違い、特定の属性を操る術ではなく、空間を歪ませるという難易度の高い術である。


「お前が外で訓練していた空間を歪ませるという術は、確かに空の能力の基本系といえる。しかし、空の能力はこれだけではない。むしろもう一つの能力の方がより攻撃に向いているだろう。」


「もう一つの能力?」


「あぁ。それは雷を操る能力だ。」

「雷を操る!?そ、そんなことも出来るの!?」


「もちろん簡単なことではない。火や水、風のように自然界に常時存在するものではないからな。だが、こつさせ掴んでしまえば強力な武器になるだろう。」


「どうすればいいの!?」


龍美は食いつくようにフェンリルへ熱い視線を送る。

自分がこれまで考えてもいなかった能力が手に入るかもしれないという期待と好奇心で胸がいっぱいになっていた。


「いいか龍美。すべての能力において重要なことは創造力だ。自分のもっている力を信じ、イメージを膨らませろ。全てはそこから始まる。」


「創造力・・。」


これもこれまでの龍美には欠けていたものだった。七星師や斑に言われた通りにイメージすれば術が発動できた。しかしそれだけでは基本的な術は使えても、属性を操ることにならない。自分自身の中で属性を理解し、それを術へと応用していかなければならないのだ。


「自分自身でイメージしてみろ龍美。雷とは何か。空とは何かを。」


フェンリルの言葉を聞いて、龍美は再び目を閉じた。


「イメージ・・」


龍美は目を閉じたまま拳を握り、雷をイメージしていった。色、形状、音、感覚全てを創造していく。拳の回りに雷を纏うイメージを膨らませながら、気を練っていく。そして勢い良く目を開けた瞬間に、拳を力強く開く。

すると、龍美の腕の回りを白とも黄色とも紫とも見える電流が覆った。


「これが雷の力・・。」


「お前の雷だ。あとはその雷をどう使っていくかを考えろ。そのまま腕に纏って攻撃をしてもよし、玉にして投げてもよし、訓練を積めば離れた場所に稲妻を落とすことだって可能だ。いいか龍美。能力を生かすも殺すもお前の創造力次第だ。忘れるなよ。」


「うん・・!」


龍美は自らの腕に光る雷光をしばらく見つめ、静かに閉じた。


「さて、では次は私が話をしよう。」


そういって前に出たのは水の精霊王ウインディーネだ。

清らかな純白の衣をまとい、長く艶やかな金髪に透き通るような青い瞳。女神と呼ぶにふさわしい洗練された佇まいをしている。


これまで龍美が教わっていた水の術は風來玉や炎來玉同様、水の塊を気によって凝縮し、敵に放つ『水來(すいらい)(ぎょく)』と、清らかな水の流れを利用し傷を癒す『清流(せいりゅう)快気(かいき)』という治癒術の二つだけだ。


「さて龍美。確かにお前が外で学んだ二つの術が使いこなせるようになれば、あとは応用次第で様々な術を使うことが出来るが、それだけでは水の属性を使いこなすことにはならない。先ほどのフェンリルとの対話で何か気づいたことはないか?」


ウインディーネの問いかけに、龍美はフェンリルとの対話を思いだし、一つの答えを導きだした。


「氷・・?」


ウインディーネは龍美の答えに満足そうな笑みを浮かべる。


「その通りだ。水の属性は氷もその範囲内。水の性質を変えることで生み出すことが出来るものだ。」


「さっきの雷みたいに、創造性で発動させるの?」


「いや、先ほどの雷とは違い、氷は水の性質が変わったものだ。創造性だけではこれはどうにもならない。もっと具体的に気の練り方をお前の意思で変化させなければならないんだ。」


「気の練り方か・・。難しそうだね・・。」


「これは対話だけでは確かに難しいかもしれない。龍美、水來玉をだしてみろ。」


龍美は言われた通り水來玉を作りだした。これまでの精霊たちとの対話の成果なのか、これまでよりも速く、より良質な玉が作り出せた。


「よし、では大きさを維持した状態でさらに気を込めてみろ。」


「うん・・!」


龍美は水來玉にさらに気を込めていく。しかし、玉は大きくなるばかりで性質に変化はない。


「ダメだ。気を込めるとどうしても大きくなっちゃうな・・。」


「いいか龍美。気というものはとても柔軟なものなんだ。清流快気を思い出してみろ。あれは気を柔らかくした物で身体を包み込み、そこから気を注入することで傷を癒すものだ。氷を操る時も原理は同じ、清流快気と全く別の気の練り方をするということだ。」


「やってみる・・!」


龍美はまず清流快気を行うイメージで水來玉に気を込める。すると水來玉の水質に変化が見られた。それまでは水色のビー玉のようにしっかりと形が作られてたが、気の練り方を変えることで、玉の形は維持しているものの、それまで綺麗な固形ではなく、まるで水滴を大きくしてように、龍美の手の中でゆらゆらとうごめいていた。


「これを少しすつ固くしていく・・。」


龍美は水來玉に少しずつ力を加えていった。玉はそれに応じて徐々に本来の水來玉に近づいていく。ある程度力を加え、水來玉まで達したところで、龍美は一度力を止めた。


「これでようやく水來玉になった。」


「自分が思っていた以上に力を込めていたのがわかるか?」


「うん・・。こんなに幅があるんだね。」


ウンディーネに促され、今まで型にはまった方法でしか術を使っていなかったことに龍美は気づいた。


「よし。ではそこから同じ要領で力をさらに加えていけ。」


龍美は今の感覚を損なわないよう、ゆっくりと力を加えていく。


するとこれまではただ大きくなっていくだけの水來玉が、大きさを維持しながら徐々にその色合いに変化が生じていった。


それはまさに水から氷へとその姿を変化させていく工程そのものだった。


「よし、そこで止めろ。」


ウインディーネの声で龍美は力を止める。


「それが氷の術で扱う基本的な形だ。まずはその力加減を自分のものにし、瞬時にその状態を作り出せるようになれば、お前は氷を自在に操ることができる。」


「なるほど。今のこの力加減で気を練れば瞬時に氷を生み出すことができるわけか。でもこの加減かなり難しいね。」


龍美は術を完全に解き、氷を消すともう一度柔らかい玉を作り出し、同じ工程を行った。


「しばらくはそうやって少しずつ行って感覚を覚えることだ。お前ならすぐに出来るようになる。」


「うん!ありがと!」


「私はここまでだ。しっかりな龍美。」


ウインディーネは優しい微笑みを浮かべてその場を離れた。


「よし、それでは次は我々と話をしようか龍美。」


そういって前に出てきたのは、光の精霊王 ヘイムダルと、闇の精霊王シャグーだ。


ヘイムダルは金髪に白いローブのようなマントのような服を纏い、見た目は20代半ばほどに見えるが、とても威厳があるように感じる。


一方シャグーはヘイムダルと真逆で黒髪に黒いローブのようなマントのような服に身を包み、頭からフードを被っているため、はっきりとした顔は分からないが、どこかヘイムダルと似ている。


「さて龍美。私たちから話すことはこれまでのように具体的な術の扱いかたとは違う。」


そうヘイムダルは話しを切り出した。


「我々から話すのはある種哲学的な話しになるかもしれない。」


静かにシャグーが口を開く。


「哲学かー。苦手な分野だ・・。」


二人の話しを聞く前から龍美の顔が歪む。こういった小難しい話は苦手なのだ。


「気持ちは分からんでもないが、これは今後のお前の人生においてもとても重要な話しだ。」


ヘイムダルはあくまで優しいトーンで話しをするが、声には重みが感じられる。


「わかった。お願い。」


ヘイムダルの言葉に龍美も真剣に応えようと思った。


「それでは龍美。お前にとって闇とはなんだ?光とはなんだ?」


シャグーが唐突に質問する。


「いきなり大きなテーマだね・・。」


龍美はすぐに答えることができなかった。自分にとっての闇と光。ノームと対話した時もそうだったが、属性が自分にとって何なのかということを龍美は考えたことがなかった。


そんな龍美の様子をみたシャグーが視点を変えた問いを投げかける。


「ではイメージでいい。闇と光。お前にはどう写っている?」


「イメージか・・。闇はなんていうかすごく暗くて重たい感じかな。正直ちょっと怖い感じもある。光は、なんていうか暖かくて力強い感じ・・みたいな・・。」


龍美の返答にシャグーとヘイムダルはすぐに反応しなかった。一瞬の沈黙。しかし、とても重苦しい時間が流れる。


そして次の問いがシャグーから投げかけられた。


「それでは闇は悪か?」


この問いにも龍美はすぐに答えることできなかった。自分が持っているイメージと悪という言葉が結びつくのは事実だったから。


「それは解らない。悪と闇は結びつくものがあるかもしれないけど、天子峰さんみたいに闇の力を使う人でも正しいことをしている人はいるし。」


この龍美の答えに対してヘイムダルはすぐに反応を示した。


「では正しいこととはなんだ?」


「そ、それは・・。」


今までで一番難し問いが投げかけられた。

これまで自分は生き抜くために訓練を受け、術を身につけてきた。自分の命を狙う者から身を守るために。だから何が悪で、何が正義なのかなんてことを考える必要がなかった。元の生活を取り戻すためとそれだけを考えてきた。

しかし、あらゆることを学び、成長していく中で、それだけではない何かが自分の中に芽生えてきているのは感じていた。


自分はこの世界を知ってしまった。今更元の生活が戻ってくることはないだろう。

それも納得している。では、これから先自分は何のためにこの力を使い、生きていけばいいのか。


ヘイムダルとシャグーの問いには龍美の新たな覚悟を求めているように感じた。


「何が悪で何が正しいかは今の俺には正直解らない。でも、闇と光が悪と正義に分かれるとは思わない。俺はこの力を正しく使いたい。自分が信じる正しい道を進んでいきたい。」


龍美は二人の問いに今の自分の率直な思いをもって応えた。


龍美の答えを聞くと、シャグーはそれまで顔を覆っていたフードを外した。

そこにはヘイムダルと全く同じ顔が浮かんでいた。


「お、同じ顔だ・・。どういうこと・・?」


シャグーが静かにそして穏やかに口を開く。


「我々光と闇は二つで一つの存在だからだ。光があることで闇が生まれ、闇があることで光は輝きを増す。我々は元々一つの存在なのだ。」


シャグーは続けた。


「いいか龍美。闇を恐れるな。確かに闇に落ちればそこから這い上がってくることは難しい。一度闇に落ちた者が再び光を取り戻すことは無に等しい。しかし必ず光は存在する。闇の力は決して悪ではない。そして光は決して正義ではない。お前が進むと決めた道には闇も光もある。大事なのはお前が進む道が正しいかどうかだ。そしてお前自身がそれを信じられるかだ。」


ヘイムダルが今まで以上に真剣な眼差しでシャグーに続く。


「龍美。お前はこれからこの力を使って多くの困難を乗り越えていくことになる。お前は何のためにその力を使い、何を成し遂げたいのかを常に自分の中で問い続けろ。迷うこともあるだろう。しかし、迷ったまま歩くな。迷いは自らの闇を肥大させ、心に隙を作る。迷ったら答えが出るまで動くな。そして答えが出たら止まるな。

自分自身のあり方を見失うな。そうすればお前は誰よりも強く、美し存在であり続ける。」


「自分自身のあり方か・・。うん・・!解った気がする・・!」


ヘイムダルとシャグーから投げかけられた問いで生まれた迷いが消え、龍美の気がより一層清らかな流れに変わった。今の龍美からはこの世の全てが感じられる。


「さて、我々からの話は以上だ。そしてそろそろこの対話も終わらなければならない。」


ヘイムダルの表情がいつもの穏やかな表情に変わっていた。

しかし、ここで黙っていられない精霊王が約二名。当然異議が申し立てられた。


「ちょっと待ってよ!私も龍美にお話することいっぱいあるんだけど!!」


「私も伝えたいことがあるのだが・・。」


異議を申し立てたのはもちろんシルフィードとイフリートだ。


「わかっている。しかしこれ以上龍美の心臓を止めておくわけにもいかんのだ。悪いが手っ取り早く頼む。」


「そ、そんなー・・。」


「て、手っ取り早く・・。」


ヘイムダルに説得され、渋々二人は手っ取り早く要点のみを龍美に伝えた。

シルフィードは空の飛び方、イフリートからは属性を体技にのせ、攻撃力を増す方法をそれぞれ手っ取り早く龍美は学んだ。


「さて、これで我々との対話は終わりだ。まだまだ話たりない者もいるが、また機会があればゆっくり話そう。我々常にお前の中にいるからな。」


「うん!みんなありがとう!楽しかったよ!」


「それでは戻ることにしよう。」


次の瞬間龍美は色とりどりの光に包まれ、意識が天高く舞い上がってくような感覚を覚えた。


そして外では・・


「もうかれこれ3時間になるわね。どうしたいいの・・。」


神楽をはじめとした一同が固唾を飲んで見守っていると、龍美の身体が色とりどりに光出した。


「ちょっ、今度は何が起こるっての!?」


光が部屋全体を包こみ、収まると、そこには起き上がっている龍美の姿があった。


「皆、心配かけてごめんね。ただいま!」


一同が唖然としていると、真っ先に純玲が龍美に抱きついた。


「龍美ー!心配したんだからー!!」


「ごめんよ純玲。もう大丈夫だから。」


優しく純玲を抱きとめる龍美。他の者も皆安堵の表情を浮かべている。

そして斑がそっと龍美の側に寄った。


「何をしてきたかは知らんが、少しはマシになってきたようだな。」


「うん・・!」


龍美の力強く、洗練された表情に、斑も満足そうな表情を浮かべている。


その様子を見ていた時雨は静かに驚愕していた。


(これまでとは比べ物にならない程気が洗練されている・・。一体何があったというのだ・・。)


「さ、詳しい話はあとにして、取り敢えず今日はゆっくり休みなさい!全くどうなることかと思ったわよ!」


神楽は龍美の額をコツンと叩く。


「すみません、神楽さん。後でちゃんと話ますから。」


「当然よ!」


その後一同は解散し、龍美は斑、純玲と共に部屋に戻ってきた。


「んー、なんかものすごく久しぶりな感じだなー!」


「龍美、お腹空いてるでしょ!すぐにご飯作るからね!」


純玲は満面の笑みを浮かべながら食事の準備に取り掛かった。


「ありがと!もうお腹ペコペコだよ!」


龍美はソファーに持たれながら、精霊王たちとの対話を思い出していた。


「自分自身のあり方か・・。」


龍美は純玲の作る料理の香りを堪能しつつ、これからのことを一人静かに考えていた。


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