第五章 飛躍
翌日早朝4時。
訓練開始5日目にしてようやく龍美は純玲に起こされることなく起きることができた。
横では純玲がまだ眠っていた。
あまりにも無防備で愛くるしい寝顔に、龍美は朝一から見惚れてしまう。
「んっ、龍美ー、今日は一人で起きられたんだねー。」
「あ、うん・・!ようやく身体が慣れてきたみたい!純玲はもう少し寝てなよ!まだ4時過ぎだから!」
「うん・・、じゃあもう少しだけ・・。」
再びの寝顔攻撃。
龍美は自分に負ける前に素早くベッドから下り、支度をして時雨が待つ道場へと向かった。
いつものように組み式と循環の訓練を行い、部屋に戻ると、純玲が朝食を作ってくれていた。
この感じにもだいぶなれてきた。
朝からもりもり純玲の朝食を取り、龍美は火の訓練に入るため、屋外の訓練場に向かった。
訓練場に着くと、そこには神楽ともう一人、女性が龍美を待っていた。
「おはよ龍美クン!紹介するわね!七星師の一人、火の水島 凛よ!」
「お初にお目にかかります。水島 凛です。よろしくお願いします龍美様。」
「こちらこそよろしくお願いします!凛さん!」
凛は白いチャイナ服のような道着を身にまとい、一つにまとめた艶やかな黒髪が特徴的な東洋美人だ。
「それでは早速火の精霊との契約に入りましょう。なんでも風の精霊は精霊王シルフィードだとか。恐らく火の精霊もそれに準じているでしょう。」
「わかりました。呼び出し方は風の精霊と同じですか?」
「そうです。風の部分を火に変えて詠唱してください。他の精霊も同様です。」
「わかりました。じゃあ、行きます・・!
『我を守りし火の精霊よ。我が問いかけに応え、汝の力を我に授けよ。』
シルフィードのとき同様、目の前の空間が歪んでいく。
時空の狭間から燃え盛る炎とともに姿を現した火の精霊は、全身に炎をまとった巨人のような姿をしていた。
シルフィードのときとは違い、かなりの迫力である。
「ようやく目覚めたか。我が主よ。」
「あなたが火の精霊・・?」
「いかにも。我が名はイフリート。火の精霊王、イフリートだ。」
「やはり精霊王が・・。」
「まさかこの目で精霊王を拝める日がこようとは・・・。」
「よろしくね!イフリート!」
「うむ。では契約の儀に移ろう。」
「うん!」
イフリートが龍美の目の前で跪く。
「我、汝を主と認め、命尽きるまで傍らに付き従うことを誓う」
龍美は燃え盛るイフリートの肩にそっと手を置いた。
熱いというよりは暖かさの中に強さを感じる。そんな印象を受けた。
「ふぅ。これでOKだね!」
「うむ。汝の行く末、見させてもらうぞ。龍美。」
「うん!頼りにしてるよイフリート!」
「では、失礼する。」
イフリートはシルフィード同様龍美の体内へと消えていった。
龍美は自分の中に熱く力強いエネルギーが入ってくるのを感じた。
「よし!これで火の術が使える。凛さん!早速術の訓練をお願いします!」
凛は精霊王を目の当たりにしたことのショックが強く、龍美の声が耳に入っていなかった。
「凛さん?」
「えっ・・?あ、あぁ、失礼しました・・!それでは訓練に入りましょう。」
「よろしくお願いします!」
「基本的には風の術を扱うのと要領は同じです。あとは切り替え方ですね。
龍美様。身体の中に風と火の二つの感覚があるのがわかりますか?」
龍美は身体の中に意識を集中させる。
すると身体の中に風の玉と火の玉が揺らめいているのを感じることが出来た。
「はい。感じます。」
「よろしい。術を発動させるためには、発動させたい属性をスロットルに装填させることで可能となります。
属性が一つの場合は常にそのスロットルに装填されている状態ですが、二つ以上の属性を扱うには、自らこのスロットルに属性を入れ替える作業が必要となるのです。
今龍美様のスロットルには風の属性が装填されているはずです。これを火の属性に切り替えてみましょう。
まずは身体の中のスロットルを感じることが出来ますか?風の属性がある場所がそうです。」
龍美は再び身体の中に意識を集中させ、シルフィードに問いかけた。
(シルフ。どこにいる?)
(ここだよ龍美!)
シルフィードは龍美の呼びかけに応え、輝きを増してみせる。
すると龍美の身体の中に拳銃のリボルバーのようなものが現れ、その中の一番上の穴の中に、シルフィードを確認することができた。そしてその横の穴にはイフリートの姿も確認できた。
「いた・・!これがスロットルか・・。あれ、でも二人とも装填されてるんですけど・・?」
「二人とも・・?そうか・・!龍美様。穴は全部でいくつあいていますか?」
「えっと、八つですね・・。ちょうど属性の数と同じです。その穴の一番上に風の属性がセットされてて、その横に火の属性がセットされています。」
龍美は凛に自分の身体の中にあるスロットルについて説明した。
凛はなにやら驚いた様子で神楽を見つめ合っている。
「どうしたんですか?二人とも。」
「あなたの身体が超特殊だってことよ・・!確かにすぐれた術者の中にはスロットルが複数存在するものがいるけど、全属性を同時に装填できるスロットルなんて始めて聞いたわ。全くどこまででたらめなのあんたわ・・。」
「はぁ。すみません・・。」
何故か謝ってしまう龍美。
「龍美様。そのスロットルを回すことは出来ますか?」
「回す・・、ですか・・?やってみます。」
龍美は凛に言われたとおり、スロットルを回すように意識を集中させる。
しかし、中々思うように回らない。
「回らないな・・。」
龍美は何度も試してみるが、スロットルは一向に動こうとしない。
「どうしましょう・・。」
「龍美。精霊に呼びかけてみろ。使いたい属性の精霊の名を呼ぶのだ。」
斑からの指摘に従い、龍美は精霊の名を呼んだ。
「イフリート・・!」
すると今までビクともしなかったスロットルが回転し、火の属性が一番上にきた。
「あ、回った!」
「ではその状態で風と同様に玉を作ってみてください。」
「わかりました・・!」
龍美は風來玉を使う要領で右手に火の属性の玉を作り上げる。
「それが炎來玉。火の属性の基本的な術です。」
「なるほど。わかってきた・・!」
龍美は炎來玉を岩山に向かって投げつける。
岩山は吹き飛び、一瞬にして炭の塊と化した。
「出来た!」
「龍美、今度はもう一度風を使ってみろ。切り替え方は先ほどと同様だ。」
「うん!シルフ!」
スロットルが回転し、風の属性へと変化する。龍美は風來玉をつくりあげる。
「うむ。しばらくはそうやって切り替えの際に精霊に呼びかける必要がありそうだな。」
「そうみたいだね。でもこれで二つの属性を使えるようになったよ!」
二人のやり取りを固唾を飲んで見ている神楽と凛。
「あの、神楽様。私にはこれ以上龍美様にお教えすることはもう・・。」
「そ、そうね・・。正直もうわけがわからないわ。いったん整理する必要がありそうね。龍美クン!」
「はい?」
「午前はとりあえずこれで終わりにするわ。今後の方針を父さんと相談するから、部屋で待っててくれる?」
「え、あ、はい。わかりました。凛さん!ありがとうございました!」
「私は何もしておりません。またお役に立てることがありましたら何なりと。」
「はい!行こう斑!」
「あぁ。」
二人は部屋へと戻っていき、神楽はその足で雪影のもとへと向かった。
「失礼します。」
「おぉ、神楽。どうしたんだ?」
「龍美クンのことでご相談が。」
「龍美様のことで?何かあったのか?」
「彼は我々の予想をはるかに超える力を持っています。すでに風と火の精霊王と契約し、スロットルは全属性が装填可能です。今までのやり方では彼のレベルに合いません。」
「そうか。確かにそうだな。さて、どうしたものか・・。」
しばらく考え込む雪影だったが、やがて思い立ったように顔を上げた。
「神楽。残りの七星師を全員集めろ。」
「全員ですか・・?」
「そうだ。とりあえず龍美様に全ての精霊と契約してもらう。以降はそれぞれの属性のものと術を交えての組み式を行う。」
「わかりました・・!」
そして龍美部屋。
「ということだから!」
「いきなり残りの精霊と契約するんですか??」
「えぇ。ちまちまやっててもしょうがないからね!いったん全ての精霊と契約して、それから実戦訓練に入ることにしたの!」
「わかりました!」
こうして、時雨と凛を除いた残りの5人の七星師、
水の風祭 蛍
土の山背 流火
空の黒川 氷河
闇の天子峰 猛
光の時任 翼
が一同に集められ、精霊との契約が次々に行われた。
水の精霊王 ウインディーネ
土の精霊王 ノーム
空の精霊王 フェンリル
闇の精霊王 シャグー
光の精霊王 ヘイムダル
それぞれ契約を交わすことに成功した龍美。
さすがにこれだけの精霊と同時に契約をするのはかなりしんどい。
「しかし見事に全員精霊王だったわね・・。」
「そうですね。さすがに疲れました・・。」
「今日はこれで終わりにしましょう!ゆっくり休んで明日からの訓練に備えてちょだい!」
「わかしました!」
龍美は斑と共に外で待っている妖たちのもとへと向かい、契約を交わした。
10数匹の妖と契約を結んだ龍美の体力は限界に近づいていた。
「今日はこの辺にしておけ。屋敷に戻るぞ。」
「うん・・。そうしよう・・。」
龍美は斑と共に部屋に戻ると、純玲が夕飯の支度に取り掛かろうとしていた。
「お帰り龍美!これから夕飯の準備するから、お風呂でも入ってゆっくりしてて!」
「うん!そうさせてもらうー・・。疲れたー。」
「あれだけ立て続けに契約を交わせば当然だ。」
「でもこれで全ての属性が使えるようになったんだね。明日からまたハードになりそうだ・・。」
「ここまでは謂わば土台作りだからな。これからが本当の修行だ。」
「そうだね!頑張らなくちゃ・・!」
龍美は斑と共にゆっくりと風呂に浸かり、今日一日の疲れをお湯に流す。
風呂から上がった龍美がソファーでくつろいでいると、突如部屋の窓が開け放たれ、凄まじい突風が部屋の中を突き抜けていった。
「な、なんだいきなり・・!」
「龍美!くるぞ!」
龍美と斑が臨戦態勢に入ると、開け放たれた窓に見覚えのある男が腰掛ていた。
「やぁ龍美君!ちょっと見ないうちに随分たくましくなったねー!見違えたよ!」
「あなたは・・、黒月さん・・!」
「覚えててくれてなによりだ!どうだい?修行の方は?」
「何しにきたんですか・・?」
「まぁそう警戒することはないよ。別に君をどうこうしようってわけじゃないんだから。」
「相変わらずふざけた奴だ・・。」
「斑?黒月さんのこと知ってるの!?」
「斑?なんだ君だったのかー!随分可愛らしい姿になってたんで気が付かなかったよ!」
「余計なことはいい。何しにきた黒月?」
「何ってもちろん龍美君の様子を見にだよ!そういう君こそ何してるんだい?」
「貴様には関係のないことだ。」
「まぁ大方先代の命令だろう。それとも茂のお願いかな?」
(茂?)
「黒月。これ以上世迷言を抜かすとただじゃ済まさんぞ・・。龍美は貴様らには渡さん・・!」
「怖いねー。まっ、どちらにしろあまり余計なことはしないでよね。私の仕事が増えるからさ!
龍美君!今度またゆっくり話そうね!それまで頑張って修行するんだよ!
それじゃーねー☆」
再び風を巻き起こし、黒月は消えていった。
「斑。どういうことか説明してくれないか?どうして茂さんの名前が出てくるんだ?君はいったい何者なんだ?」
斑はしばらくの間口を閉ざし、深く考え込んでいた。
そして覚悟を決めた。
「よかろう。今なら話をしてもいいだろう・・。」
斑は純玲に席を外すようにいい、龍美と二人だけで話をし始めた。
「さてどこから話すかな。ことの始まりは今から千年前。先代がまだ地上にいたときにまで遡る。
私は当時、先代鳳朝院 竜峰様、に仕える・・、人間だった・・。」
「なんだって・・!?斑が、元人間・・!?」
「あぁ。私は幼くして捨てられた孤児でな。それを先代に拾われ、お仕えすることなったのだ。
先代はそのお力で都を闇から守り続けた。傍らで私も全力で戦った。
そして、とうとう先代に寿命が訪れた。
<千年前>
「斑。頼みがある・・。」
「なんなりと・・!」
「私はこれより森となってこの地を守ることにする。お前には、森を守る守人となって欲しいのだ。」
「かしこまりました。この斑!永遠にこの地を、あなたをお守りいたします!」
「すまぬな。お前から人であることを奪う形になってしまって・・。」
「何をおっしゃるのです。私はあなたに助けていただいたあの日から、人ではなく、あなたの式神として日々を過ごしてきました。今さらこの身体がどう変化しようと構いません。」
「私はお前を式神などと思ったことは一度たりともない。お前は私の息子なのだから。」
「竜峰様・・。」
「斑。これより千年後。次の『竜神』の子が舞い降りた時、やつら必ず動きだすだろう。それをなんとしても食い止めなければならない。
お前は次代の『竜神』の子を守るのだ。そしてやつらの野望を完全に消滅させてくれ。」
「かしこまりました・・!」
「世話をかけるな。斑。」
「身に余る光栄です。」
「頼んだぞ・・!」
「こうして竜峰様は最後の力を使い、巨大な森へとそのお姿を変えた。それがあの竜神の森だ。」
「あの森が、先代・・。」
「あぁ。そして私は竜峰様の力で妖へと姿を変え、次代、お前がこの世に降り立つのを待った。森と同化し、やつらに気付かれぬようひっそりとな。
そして今から四百年前。私は今の姿に身体を変え、月白たちと共に世情を探ることにした。
やつらがその後どうなっているかを探るために。」
「そのやつらっていうのは・・・?」
「幻龍院という闇の一族だ。千年前、竜峰様の手によって滅亡寸前まで追いこまれた集団だ。そしてあの黒月も幻龍院の一員だ。」
「黒月さんが・・。その幻龍院の目的っていうのは・・?」
「やつらの目的は『竜神』の力を手に入れることだ。つまり、お前だ龍美。」
「俺をどうしようっていうんだ・・!?」
「やつら目的はお前を邪竜神にささげ、天上天下を支配することだ。邪竜神は『竜神』の力を手に入れることによって完全体となる。そのためにお前を生贄にするつもりなのだ。」
「生贄・・。その、具体的にどうするつもりなのかな・・?」
「恐らく、お前を邪竜神に食わせるつもりなのだろう。」
「やっぱり・・。でも、幻龍院はどうしてすぐに襲ってこないんだろう?」
「やつらが欲しているのは完成した『竜神』の力だ。今のお前はまだ未完成の状態だ。ようは食べ頃になるまでたっぷり餌を与えて太らせるつもりなんだ。」
「わかりやすい表現をありがとう・・。ん、ちょっと待って!斑が黒月さんを知ってってことは、やっぱりあの人も妖ってこと!?」
「わからん。だが人間でないことは確かだろう。奴の容姿は千年前と全く変わっていないからな。」
「何者なんだろうね・・。それで?茂さんはどこで関ってくるの?」
「茂は、かつて幻龍院の一人だった・・。」
「茂さんが、元幻龍院・・。」
「あぁ。しかし自らがやろうとしていることに疑問を覚えた茂は幻龍院を抜け、新たに妖間院という妖と人間とで形成された集団を組織した。
今現在私もその組織に組している。」
「妖間院・・。いったいどういう集団なの!?」
「妖間院は『竜神』の力を悪用されないよう、さらに言えば幻龍院に渡さないように監視、及び排除を目的とした組織だ。」
「鳳朝院とは何が違うの・・?」
「鳳朝院は裏の世界の顔役のような存在だ。『竜神』の力を世の中に還元していこうというのが大本の考え方だが、妖間院はあくまで『竜神』の力を見守るという立場だ。」
「第三者機関みたいなもんだね。」
「そういうことだ。幻龍院を排除するという目的で利害関係が一致したので私も加わることにした。力は相当なものだからな。」
「茂さんってそんなに凄い人なの・・?」
「実力から言えば鳳朝院の当主など足元にも及ばんだろう。あの七星師がたばになっても敵わん。」
「そんなに・・?」
「今は前線を離れて後方支援に回っているようだがな。お前の家で再会したときは驚いたぞ。」
「連絡とってなかったんだ?」
「あぁ。月白が鳳朝院の当主と友好関係にあったからな。茂は元幻龍院だからあまり表だって行動できんし、私もあまり大胆に動けなかったからな。」
「そうなんだ。なんかもの凄い話になってきたな・・。」
ひと通りの話しが終わると、龍美は一度ソファーにもたれるながら息をついた。
「全てはつながっているということだ。」
斑が感慨深く言葉をもらす。
ここで龍美に新たな疑問が生じた。
「ねぇ斑。茂さんが俺を引き取ってくれたのも、俺が竜神の血を引いているのが分かってたからなのかな・・?」
「さあな。茂に直接聞いたらどうだ。俺が話せるのはここまでだ。」
そう言って斑は口を閉ざした。龍美もそれ以上は聞かなかった。
斑の言う通り茂に直接聞こうと思った。この疑問だけでなく。いろいろなことを聞きたいと思ったからだ。両親とのこと、力のこと、これからのこと。
そしてそのためには早く力をつけて帰らなければならない。
明日から修行はいままで以上に過酷なものになってくる。余計なことは考えていられない。明日に備えて、龍美は早々に休むことにした。
自分の中に宿した精霊たちを感じながら、強くなるために。