第四章 風
翌日朝4時半。
「龍美。時間だよ。起きて。」
「う、うーん・・。もう少し・・。」
「ダーメ!昨日頑張るって言ったばかりでしょ!起きなさいー!」
純玲は龍美の両頬をおもいっきり引っ張る。
この二日でずいぶんとたくましくなったものだ。
「わ、わひゃりまひたよー・・。」
龍美はしぶしぶ起きだし、身支度をのっそり整える。
「今日からは朝業の後に朝ごはんだから、そのまま道場に行って!朝ごはん用意しとくからね!」
「ありがと!いってきまーす。」
龍美は半分の寝ぼけたまま道場へ向かう。
「しゃきっとせんか龍美!まったく。」
「朝は弱いんだよー・・。」
道場に着くと、すでに時雨と神楽が待っていた。
「おはよう龍美クン!今日は寝坊しなかったわね!」
「おはようございます・・。」
「でも目は開いてないようね・・。時雨。構わず始めてちょうだい。」
「そのつもりです。龍美様。それではまずは組み式から始めます。行きますよ。」
時雨はすぐに構えると、龍美に襲いかかった。
「まぁ眠気覚ましにはちょうどいいでしょ。」
神楽は龍美が吹っ飛ばされる姿を想像したが、それは現実とはならなかった。
龍美は時雨の闘気を感じると、今までのふねけた顔から一変し、昨日よりも更に早い速度で時雨の攻撃をかわした。
時雨はすぐに体制を整えるが、予想以上に龍美の速度は上がっており、一撃をかわすことができず、左手でその攻撃を受けた。
「どうやら復習はいらないようですね。それでは続きといきましょう。」
時雨は昨日よりも更にスピードを上げた。
龍美はそのスピードにもしっかりと付いていっている。そして間合いを取ると、時雨に対して『牙狼』を放った。
昨日散々食らった技を、龍美はすでにものにしていた。
しかし当然時雨は『牙狼』の返しを熟知しているため、なんなくかわし上空に飛ぶと逆に新たな技である、『竜脚』を放った。
上空から敵の肩口目掛けて強烈な蹴を繰り出す。
龍美はガードに入るが、時雨は防御の上から龍美を床に叩きつけた。
「ぐぁっ・・!!」
時雨は容赦なくさらに『牙狼』を放った。
龍美は対処しきれずに吹っ飛ばされる。
「今のが『竜脚』という技と『牙狼』のコンボです。これからは新たな戦闘術をどんどん織り込んでいきます。都度対応を考えながら戦ってください。」
「わかりました・・!」
二人は朝食までの2時間ぶっ通しで組み式を行った。
その後時雨は『遁楼』『破軍』『乱舞』と三つの戦闘術を龍美に叩き込んだ。
どの技も最初の一撃は食らうものの、二発目以降はコンビでこられても、直撃することなく、着実に自分のものにしていった。
「朝はここまでにしましょう。お疲れ様でした。朝食後からは風の訓練に入ります。」
「ありがとうございました・・!」
龍美はいつものように大の字で横になる。朝の五時から二時間ぶっ続けで組み式を行い、疲労と空腹はピークを迎えていた。
「お疲れさま!動けるようになったら部屋に戻って朝食をとってちょうだい!続きは8時から始めるから、またここに戻ってきてね!」
「はい・・!わかりました・・!」
龍美は10分程横になってから部屋に戻った。部屋ではすでに純玲が朝食の準備を済ませて待っていた。
「お帰り☆もう朝御飯出来てるから食べて!今御飯よそるね!」
「うん!ありがと!良い匂い☆」
龍美は朝から3杯飯を食らい、出されたもの全てを20分ほどでたいらげた。
「ごちそうさま!美味しかったよ純玲!」
「お粗末様でした☆」
「まだ時間あるし、食休みしよー。」
龍美はソファーにどっぷりと身体を預けた。
目を閉じた龍美は一瞬で眠りに吸い込まれた。
「龍美、時間だよ!」
純玲の声で目を覚ますと、時刻は8時10分前。
わずか20分ほどの時間だが、疲れは消え去り、頭はすっきりとしていた。
「ありがと!じゃあ行ってくるね!」
「うん!頑張ってね☆」
5分前に道場に着くと、すでに時雨と神楽が待っていた。
「どう?疲れてる?」
「20分くらい寝たんですっきりしてますよ!」
「そう!じゃあはじめましょうか!まずは体技を除いた七つの術式について説明しておくわね!」
「よろしくお願いします。」
「体技を除いた七つの術式は、全てそれぞれの『精霊』との契約によって扱うことができるようになるの。逆に言えば、どんなに力を持っていても、『精霊』と契約をすることができなければ、術を扱うことはできないってこと。
そしてこの契約はそれぞれが持っている属性と、資質に大きく関係していて、生まれた時から契約できる『精霊』は決まってるって言われてるわ!
つまり、私みたいに器の大きい人間は、それだけ多くの『精霊』と契約することが出来るってわけ!」
「は、はぁ。」
「『精霊』って一口で言っても、その中にはランクがあって、契約するものの資質によって『精霊』のランクが決まってくるのよ!
ちなみに時雨が契約している風の『精霊』は最も高いランクのS級よ!」
「さすがですねー!」
時雨が自身満々の顔でメガネを直す。
「龍美クンの精霊も多分S級だと思うけどね。じゃあ早速契約に入りましょう。」
「はい!」
「じゃあまず力を解放して!昨日やった循環よ!」
神楽に言われた通り、龍美は力を解放した。昨日よりもスムーズに循環に入ることができた。
「よし・・、出来た・・!」
(たった1日で完全にものにしてるわね・・。)
「その状態でこう唱えるの。
『我を守りし風の精霊よ。我が問いかけに応え、汝の力を我に授けよ。』」
龍美は大きく深呼吸し、集中する。自らの気を可能な限り高め、唱えた。
『我を守りし風の精霊よ。我が問いかけに応え、汝の力を我に授けよ。』
龍美が唱え終わると、目の前の空間が歪み始め、突風と共に風の『精霊』がその姿を現した。
現れた『精霊』の姿は、10歳前後の可愛らしい女の子だった。純白のワンピース姿で、透き通るような白い肌、その身体は抱き締めたら折れてしまうのではないかと思うほど華奢である。
そのいたいけな少女はゆっくり目を開けると、龍美を見てやさしく微笑んだ。
「ようやく目覚めたね!龍美!」
「君が・・、風の『精霊』??」
「そっ!あなた専属のね☆ずっと待ってたんだからね!」
想像していた姿とはかけ離れていたため、どうリアクションをとっていいのか悩む龍美は、神楽たちに助けを求めようと、視線を送る。
しかし、肝心の神楽と時雨は目を見開いたまま微動だにしない。
「どうしたんですか?二人とも。」
龍美の問いかけにようやく二人が反応する。
「まさかここまで大物が出てくるなんて・・。」
「大物?この子が?」
どうみてもただの幼い女の子にしか見えない龍美は、目の前の『精霊』をこの子呼ばわりした挙句、きっと最低ランクなんだろうとさえ思っていた。
時雨がゆっくりと口を開く。
「風の『精霊王』シルフィード・・!」
「えぇ!?この子が『精霊王』!?」
「人を見かけで判断しないことだね!龍美☆」
シルフィードはニコニコと龍美の顔を眺めている。
「シルフィード。私の『精霊』が挨拶したいと言っるのですが、よろしいでしょうか?」
時雨が恐る恐る話しかける。こんな時雨の姿をみるのは初めてだ。
「えぇー。今から龍美と契約するからちょっと待ってて!」
「は、はい!失礼しました。」
「さ、龍美!契約に移りましょ!」
「あ、うん!どうすればいいのかな?」
「妖と契約の儀を結んだことあるでしょ?あれと同じようにすればいいんだよ!」
「そうなんだ。じゃあ始めよう!」
「うん!」
シルフィードは龍美の前で跪くと、契約の言霊を唱えた。
「我、汝を主と認め、命尽きるまで傍らに付き従うことを誓う」
龍美はそっとシルフィードの肩に手を添えた。
契約の儀が無事終了し、これで龍美は風を扱うことが出来るようになる。
「これで風が使えるようになったんですか?あんまり実感が湧かないんですけど・・。」
「あとは訓練次第ですよ。シルフィード、そろそろよろしいでしょうか?」
時雨が改めて許しを請う。
「ん?あぁ挨拶だっけ?いいよ!出ておいで!」
シルフィードから許しが出ると、時雨は自分の『精霊』を呼び出す。
「いでよ。我を守りし風の『精霊』バロン!」
現れた精霊はシルフィードと同じように人型で、時雨と同年代の青年のような姿だった。英国紳士のようなえんび服をきちっと着こなし、上流貴族のような威厳も感じさせる。
「あらバロンじゃない!久しぶりー!」
シルフィードが同級生に挨拶するような軽い感じで言葉をかけると、バロンはその場に跪く。
「ご無沙汰していますシルフィード様。このような所でお目にかかることになろうとは・・!」
「そうだね!まぁこれからはちょくちょく会うわけだし、よろしくね☆」
「こちらこそよろしくお願いしたします!シルフィード様のお側で私も精一杯精進させていただきます!」
「うんうん!じゃあ頑張ってね☆龍美ー!私はとりあえず帰るから、頑張ってね☆」
「うん!よろしくね、シルフィード!」
「シルフでいいよ☆じゃあまたねー!」
シルフィードが消えていくのと同時に身体の中に何か温かいものが入ってくるのを感じた。
「あの、帰るってもしかして・・。」
「そう、あなたの身体の中よ。『精霊』と契約するということは、己の身体に住まわせ、念と引き換えにその力を自在に引き出すように出来るってことだから。
しかしまさか『精霊王』が出てくるなんて。」
「あの、『精霊王』っていうくらいですから、あの子はすごいんですよね?」
「当たり前でしょ!風の『精霊』の頂点にいる存在よ!この世の風を生み出してる源なの!」
「いやー、そうは見えなかったから・・。」
「外見じゃなくて、相手の力を探る練習をしなさい!今のあなたなら出来るはずよ。意識を相手の中に集中させるの。慣れればそう難しいことじゃないは。相手の力量を測る上でも必要なことだからね!」
「わかりました!」
「それでは私も失礼します。」
バロンもまた時雨の中へと帰っていった。
「そういえば神楽さんの『精霊』は出てきませんでしたね。」
「うちのは完全にビビッちゃっててんでダメよ!まぁ私の風の『精霊』はA級ランクだから畏縮するのも仕方ないけどね。その点時雨んとこのバロンはさすがにS級ねー!『精霊王』に名前を覚えてもらってるなんて。」
「最上級ですから。」
「ふんっ!まぁいいわ。さっ、じゃあ契約も済んだことだし、訓練に移りましょうか!時雨。ここからはあなたに任せるから!」
「承知しました。それでは龍美様。始めましょう。」
「はい!お願いします!」
「風は7つの術式の中で最も応用力のある術です。他の術式に比べて扱い易い術式ですが、その分奥が深い。極めれば相当な戦力アップに繋がります。
それと、私がお教えするのは扱い方だけです。その後は契約した『精霊』と対話しながら龍美様自身で技を磨いて行く事になります。」
「わかりました!」
「それではまず力を解放してください。」
「はい。」
「先ほどまでと何か違いはありますか?」
「はい。何か、こう・・、念が揺らめくのを感じます。そう、まるで身体の中に風が吹いてるような。」
「その揺らめきは乱れているわけではありません。風を感じているということです。その風を右手に集めるようにイメージしてみてください。」
「右手に・・、風を・・。」
龍美は意識を右手に集中し、身体をまとっている風を集めるようなイメージを描いた。
すると龍美のイメージ通りに風が右手に集まってきた。右手からの風が龍美の髪をなびかせている。
「その風を玉にしてみましょう。そのままイメージしてみてください。」
龍美は右手に集まっている風をさらに凝縮させ、拳台の玉にすることができあがった。
「それが『風來玉』といって最もオーソドックスな術です。この術のコントロールが完璧に出来るようになれば、その後様々な術の応用が可能になります。
まずはこの術を完璧に使いこなせるようんなってください。」
「わかりました!」
龍美たちはその後、道場を出て屋外の訓練場に向かった。
屋外の訓練場は様々な地形に合わせて作られており、戦場に応じた訓練が出来るようになっている。
龍美たちが訪れたのは大小様々な大きさの岩が多数混在する岩場である。
「それでは龍美様。もう一度『風來玉』を出してください。」
「わかりました。」
龍美は再び風を右手に集め、『風來玉』を作り出した。
「それをあの岩目がけて放ってみてください。」
時雨が指定した岩は約1メートル四方の大きさの岩だ。
龍美は『風來玉』をその岩目がけて投げ放った。
龍美の放った『風來玉』はフラフラと岩目がけて飛んでいき、見事命中した。
「やった!当たった!」
『風來玉』が当たった岩には直径50センチほどのくぼみが出来上がっている。
「まぁ、最初にして上出来ですね。」
そういうと時雨も『風來玉』を作り出し、高さ10メートルはあろうかという巨大な岩に向けて放った。
時雨の放った『風來玉』はもの凄いスピードで岩へと向かっていき、衝突と共に巨大岩が粉々に粉砕された。
「凄い・・。」
呆然と立ち尽くしている龍美に時雨が追い討ちをかける。
「今のが合格ラインです。スピード、威力、命中力すべてをこの域まで高めてください。」
「マジすか・・。」
「マジです。」
合格ラインは今の龍美が出せる術の数百倍の威力である。龍美は急に目の前が暗くなるのを感じた。しかし、やるしかない。
「わかりました・・!やります!!」
「そのいきです。術の大きさ、『風來玉』の場合は玉の大きさと威力は必ずしも比例しません。
拳台の大きさでも今くらいの威力は十分出せます。ようはいかに質の高い気を練り上げるかということです。そして契約した精霊との対話も必要になってきます。
精霊と意思の疎通が出来ていればいるほど術は洗練され、多彩な応用が可能になってくるのです。」
「てことは、やっぱり循環の訓練をもっとしなくちゃいけないってことですよね?」
「その通りです。今の龍美様はゆっくりと気を循環させていますが、このスピード上げるように訓練していきます。循環のスピードが早ければ、その分多くの力を解放することができます。
そうすれば、術の精度も上がっていくでしょう。
当面は循環のスピード、そして『風來玉』の練成を繰り返しやっていきましょう。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
その後、龍美は時雨の指導のもと、循環と『風來玉』の訓練をひたすら繰り返した。
龍美の力は大きい分扱いが非常に難しく、今までのように易々と課題をクリアすることは出来なかった。
午前中いっぱい使って、ようやく真っ直ぐ玉が飛んでくようになった程度である。
「午前中はここまでにしましょう。お疲れ様でした。」
「ありがとうございました・・。」
直接身体を動かしているわけではないのに、かなりの疲労感が龍美を襲っている。
龍美はフラフラをその場にへたり込んだ。
「大丈夫?気の扱いは難しいでしょ?」
「はい・・。思ってたよりもずっと・・。」
「今までの訓練はあなたの力を引き出すのがメインだったからね。これから先はその力をコントロールするのがメインになるから、これまでみたいに簡単にはいかないわよ!」
「痛感してます・・。」
「まっ、頑張って耐えることね!一線を超えれば道がパッと開けるから!」
「はい・・!頑張ります!」
それから三日間。
龍美は風と循環の訓練をひたすら行い続けた。
そして遂に、合格ラインである巨岩を粉砕してみせた。
「やった・・!!」
「まさか、たった三日でクリアするとは・・。」
「とんでもない子だわね・・。」
時雨を神楽は唖然とするばかり。龍美は無邪気に喜んでいる。
「おめでとうございます。龍美様。これで風の訓練は一先ず終了となります。あとは精霊と対話をしながら、技を磨いていってください。」
「はい!ありがとうございました!」
「お疲れ様!それじゃあ明日から火の訓練に移るわ!今まで通り朝業は時雨と体技の訓練を継続してやっていくからそのつもりでね!
あ、それと敷地内だったら多少出歩いても構わないから!そろそろ外にも出たいでしょ?あなたと契約を結びたいっていう妖たちも待ってるみたいだし!」
「そうなんですか??知らなかった。」
「よっぽど強力な力を持ってない限り鳳朝院家の敷地には入ってこれないからね!
でも調子に乗ってやり過ぎないようにね!自分が狙われてるってことを忘れないように!」
「わかってますよ!」
こうして、この日はいつもよりも少し早めに訓練が終了した。
龍美は斑を共に久しぶりに屋敷から出て、森へと降りていった。
「んー、暑いけど外の空気は久しぶりで気持ちいいなー!」
「訓練でも外には出ていたではないか。」
「外っていっても訓練場じゃないか。」
二人で話しながら歩いていると、すぐに数匹の妖が姿を現した。
「龍美様でございますね。お会いしとうございました。我らとも契約をしていただきたい。」
「うわっ、ホントにきた・・!」
「まだまだ集まってきそうだぞ。見てみろ。」
斑に促され、辺りを見回してみると、無数の妖たちが二人を取り囲んでいた。
「いつの間にこんなに集まったんだ・・!?」
「あの女の言うとおり待ちわびていたんだろう。どうするんだ?まさか全員と契約を結ぶつもりか?」
「してやりたいのは山々だけど、これ全部相手にしてたら日が暮れちゃうよ・・!」
「ならば鈴百合を呼び出せ。奴はこの辺りの主だ。なんとかしてくれるだろう。」
「そっか。でもどうやって呼べばいいの?」
「名を呼べばいいのだ。細かいやり方は決まっていない。お前なりにアレンジしてみろ。」
「そうなんだ。じゃあ・・。『来たれ。我が友鈴百合。』」
龍美の呼びかけに応え、すぐさま鈴百合が姿を現した。
「龍美様。少しの間で随分と成長されましたな。」
「うん。それより鈴百合、力を貸して欲しいんだ。この妖たちをなんとかしてくれないかな?さすがに今すぐ全員と契約ってわけにもいかなくて・・。」
「承知しました。それでは毎日少しずつよこすようにいたしましょう。」
「ありがとう。助かるよ!」
「とんでもありません。主にお手間を取らせることをお許しください。」
「構わないよ!」
その時、無数の妖の中から殺気を感じ、龍美は身構えた。
「斑・・。」
「あぁ。お前を狙っているな。ちょうどいい。訓練の成果を見せてみろ。」
「うん・・!」
龍美は精神を集中させる。
そこに背後から一匹の妖が鋭い爪を立て襲い掛かってきた。
龍美はなんなくその一撃をかわし、『牙狼』の構えに入る。
妖は体制を立て直すとすぐさま龍美に向かって再び襲いかかっていくが、その動きもよりも早く、龍美の『牙狼』が妖を捉えた。
妖はなすすべなく龍美の一撃を食らい、数十メートル先まで吹っ飛ばされ、そのまま動かなくなった。
「うむ。雑魚相手とはいえ初めての実戦にしてはまずまずだな。」
「うん!凄く自然な感じで動けたよ!」
初めての実戦に龍美は興奮を抑えられない。
「お見事でございます龍美様。」
「ありがと!」
「今のように敵に対しては一切躊躇うなよ。それが例え人間だとしてもな。」
「えっ・・?」
人間と聞いて龍美は激しく同様した。
「今のはたまたま妖だっただけだ。お前のことを狙っているのはむしろ人間の方が多いんだぞ。」
確かに、今回はたまたま襲っていたのが妖だったため、龍美はためらいなく戦うことができた。
しかし、相手が人間だとしても、今のように戦うことができるだろうか。
今の妖のように、殺すことができるだろうか。
「今すぐにとは言わん。が、覚悟だけはしておけ。」
「うん・・。」
龍美はとりあえず屋敷に戻ることにした。
「ただいま。」
「お帰り!何かあったの?」
「ううん。ちょっと疲れてるだけだよ。」
「ならいいけど。夕飯までもう少しかかるから休んでて!」
「うん。ありがと。」
龍美はソファーに座り、斑に言われたことを考えていた。
「覚悟か・・。」
襲ってくる敵は確実に自分の命を狙ってくる。躊躇えば自分が命を無くすことになるだろう。
しかし人間をこの手で殺すなんてことが本当に出来るのか?そんなことをしていいのか?
なら妖ならいいのか?月白や鈴百合のように、契約し、友と認めた妖だっているのに。
そんなことがグルグルと頭の中を駆け巡る。
「ダメだ・・。ちょっと道場行ってくる・・!」
「え、今から!?もうすぐご飯できるよ!?」
「なんか頭の中がモヤモヤしちゃっててさ・・。少し身体動かしてくる!」
「そっか・・。うん!分かった!じゃあ待ってるね!」
「ごめん、純玲。」
「いいよ!」
「斑!」
「あぁ。」
龍美と斑は再び道場へと戻っていた。
頭の中のモヤモヤしたものを取り払おうと、龍美は循環を行った。
しかし、上手く循環のスピードが上がらない。
「くそ・・!斑!ちょっと相手してくれない!?」
「よかろう。」
斑と組み式を行うが、龍美の動きにキレはなく、幾度と無く斑に倒される。
「ここまでだ。」
「まだ大丈夫だよ・・!」
「これ以上やっても意味はない。」
「身体を動かしてないと、押しつぶされそうになるんだ・・。」
「いいか龍美。私は確かに覚悟を決めろと言ったが、誰も人殺しの覚悟をしろとは一言も言っていないぞ。」
「でも・・、躊躇するなって・・。それって、相手を殺すってことだろ・・?」
「そうではない。確かに場合によっては結果的に殺すということになることもあるかもしれない。
しかし、いいか。お前の言う覚悟は最初から殺すつもりで戦うということだ。
お前本当に自分が人を殺せると思うのか?」
「思わない・・。いや、出来れば殺したくない・・。」
「いいか。死というのは結果でしかない。病気でも事故でも戦いでも、必ず原因があって結果がある。どんな場合においてもだ。今のお前は戦う相手が必ず死ぬという結果をすでに決め付けている。
しかし必ずしも戦いの結果が死とは限らない。
結果はその者の運命と言っていいだろう。
そしてその運命はお前が決めていいものではない。
俺の言った覚悟とは、戦った者の中にはお前に殺される運命を持った者もいるかもしれないということだ。
人を殺すという恐怖心や迷いは、お前のだけでなく戦う相手や、関係のなかった者の運命まで狂わせてしまう結果を招いてしまう。
お前の拳には、お前以外の運命を担っている可能性があるのだ。
人を殺す覚悟ではなく、人を背負う覚悟を持つんだ。」
「人を背負う覚悟・・。」
「そうだ。お前には多くの者を背負うだけの器がある。人、妖問わずな。」
「俺に関わった者全ての運命を背負う覚悟ってことだね。」
「そうだ。力を持って生まれたお前がしなければいけないことだ。
泣き言はいらん。強く、そして大きくあれ。龍美。」
「少し・・、わかった気がする・・。」
龍美は再び循環を行った。
今度は先ほどとは違い、スムーズに循環に入ることが出来た。それどころかどんどん龍美の気は高まっていく。
「背負う覚悟・・。」
自分の中にまた一つ大きな意味を見出したことにより、龍美の気は爆発的に高まった。
今までの倍、いや3倍にも膨れ上がっている。
異変に気付いた神楽と時雨が道場に駆けつけた。
「な、何この気は・・!?何があったの!?」
「邪魔をするな。今龍美が一回り大きくなるところだ。」
「一回りどころの話じゃないわよ・・。」
龍美は高めた気をゆっくりと静めていった。
「ふぅー。あれ、神楽さんに時雨さん。来てたんですか?」
「来てたんですかじゃないわよ!!いったい何があったの!?」
「何って・・、まぁいろいろと・・。」
「ちゃんと説明しなさい!!」
龍美は外に出たときに妖に襲われたこと。初めての実戦で勝利したこと。そして背負う覚悟を持ったことを神楽に話した。
「なるほどね。時雨、どう思う?」
「恐らく龍美様の中で確固たる軸が形成されたことによって、今まで不安定だった気の流れが洗練されたのでしょう。これから先は今まで以上のペースで術を見につけていけるはずです。」
「そうね。これは私たちが思っていたよりも遥かに早いスピードでここから出られそうだわ。」
「ありがとうございます!」
「それでもいい?絶対に油断しちゃだめよ!現に今日あなたは襲われたんだからね!内部からもいい加減動きがあってもいいはず・・。気を抜かないようにね!」
「えぇ。わかってます。」
「よろしい。さっ、今日はせっかく早く切り上げたんだから、早く戻って純玲との時間を楽しみなさい!」
「あっ、夕飯作って待ってくれてるんだった!!じゃあこれで失礼します!また明日からよろしくお願いします!」
「はいはい!」
龍美は斑と共に急いで部屋へと戻っていった。
「ごめん純玲・・!遅くなっちゃって・・!」
「大丈夫だよ!さっ、ご飯にしよ!」
「うん!」
純玲は作っておいた料理を温めなおし、テーブルへと並べていった。
「うわー、今日も美味しそうだね!」
「いっぱい食べてね!」
「いただきまーす!」
モヤモヤしたものが取り除かれた龍美は純玲の料理を腹いっぱい堪能した。
明日からは火の術の訓練に入る。
龍美は次第に訓練を楽しむようになっていた。
踊る胸を押さえながら、龍美は眠りについた。