第三章 訓練開始
「龍美、龍美起きて。」
「うーん、もうちょっと・・。」
「龍美。今日から訓練が始まるんだよ!もう龍美ってばー!」
「どけ。」
「ぐわぁーー・・!」
「とっとと起きんか馬鹿もん!」
「斑ー・・。いきなり乗っかってこないでよー・・。」
「ふぬけた声を出すな!それでも私の主か!情けない!」
「だってー、昨日はなんだかんだで疲れちゃったし、それにまだ6時じゃないかー・・。ふぁー・・。」
「まだじゃなくてもう6時だよ!朝業は5時から始まってるんだから!今日は初日ってことで大目に見てもらってるの!」
「うわっ・・!純玲・・!?」
「早く起きて!もう朝ごはんの準備は出来てるから!神楽様は7時には来るって仰ってたよ!」
「わかったよー・・。」
眠い目をこすりながら龍美は洗面所に向かった。歯磨きやら洗顔を済ましてリビングに戻ると、エプロン姿の純玲が朝食の準備をしてくれていた。
(なんか新婚みたいだな・・。)
「ん?何か言った??」
「いや、なんでもない!いい匂いだね!」
「食事の管理も私の大事な仕事だからね!しっかり栄養とってもらわないと!
ほら、早く座って食べて!神楽様来ちゃうよ!」
「うん!いただきまーす!」
桃子ほどではないが、純玲の料理のなかなかの腕前である。
龍美が腹いっぱい純玲の料理を堪能し、食休みをしていると、ノックと共に神楽と時雨が入ってきた。
「おはよー龍美クン!初日から寝坊なんていい度胸してるじゃない!」
「いや、時間を聞いてなかったもので・・。」
「明日はきっちり5時からはじめるからね!それが終わってから朝食よ!」
「わかりました。」
「よし!じゃあ今日の訓練の時間割りを伝えるわ!まずは私がこの世界のことを話してあげる。座学ってとこね!その後時雨との戦闘訓練に入ってもらうわ!」
「いきなり戦闘訓練なんですか!?」
「まぁ戦闘っていっても喧嘩もろくにしたことないだろうから、基礎の基礎からね!どう
するの?時雨?」
「そうですね。とりあえず体技の基礎からはじめましょうか。」
「体技??」
「あぁ、あなたにはこれから鳳朝院流 仙術を学んでもらうの。体技っていうのはこの中の一つで、いわゆる格闘技のことよ!」
「なるほど。他には何があるんですか?」
「鳳朝院流 仙術は、風、火、水、土、空、光、闇、体技の八種類から成るの。龍美クンにはこの全てをマスターしてもらうわ!」
「そんなにあるんですか・・。」
「まぁぶっちゃけるとこの全てをマスターしてるのは、父さん以外に数名しかいないけどね。だいたいが自分の得意とする術を鍛える傾向にあるわ。私も六種類しかマスターしてないしね。」
「六種類も使えるんですか!?」
「これでも時期当主だからね!」
「時雨さんは何が得意なんですか?」
「私は風と体技を得意としています。」
「あ、それで体技を教えてくれるんですね!」
「時雨には体技と風の講師を担当してもらうわ!時雨は『七星師』って言って、鳳朝院流の最高峰にいる一人だから!」
「へー、時雨さんってやっぱり凄い人だったんですね!」
「えぇ。それなりに。」
「他の術も全て『七星師』に講師をしてもらうわ!都合のいいことに全員あなたを擁護する立場だから安心して!」
「わかりました!」
「じゃあ早速はじめましょうか!純玲は自分の訓練に入っていいわよ!今さらあなたが聞くような話じゃないから。」
「わかりました。それでは龍美様!頑張ってくださいね!」
「うん!ありがと!」
(結構うまくやってんのねー・・。)
神楽は二人のやりとりを見てニヤついている。
こうして、訓練の第一段階が始まった。
「それじゃあまずは鳳朝院家についてからね。そもそも何故うちがこの世界の頂点に君臨してるのかっていうと、それは『竜神』が大きく関わってるの。
今から千二百年前、ちょうど平安時代になるわね。
その頃の日本はまだ表の世界と裏の世界にはっきりとした境界線がなくて、妖たちが人間の世界に普通に溶け込んでいたの。
当然問題も多かった。
そこで登場するのが、有名な陰陽師ってやつよ。
あなたも映画とかテレビで見たことあるでしょ?
陰陽師は『鬼道』といわれる術を使って妖たちと戦っていたってことになってるけど、実際彼らにはそこまでの力はなかったの。せいぜい小物を追っ払うくらいのことしか出来なかったみたい。
まぁ力があったといえばそうねー、安倍晴明くらいかしらね。」
「安倍清明ってホントにいたんですか!?」
「えぇ。彼は実在の人物よ。うちの宗主とはいいライバル関係だったみたいで、今でも彼の末裔とは親交があるの。あなたもそのうち会うことになると思うわ。」
「そうなんですか。楽しみだな!」
「続けるわね。当時の朝廷は表向きには陰陽師たちに妖を封じさせていることにして、実際は鳳朝院家に処理させるっていう構図を作り上げていったの。」
「どうしてそんな裏方に回ったんですか?力があるなら堂々とやればいいのに。」
「簡単に言えば政治に興味がなかったからね。陰陽師たちは政治に深く関わっていたから、表の顔には持ってこいだったのよ。」
「へー。じゃあもし政治に興味があったら、陰陽師はここまで有名にならなかったってことですか?」
「まぁそうなってたかもしれないわね。」
「そうだったんですかー。」
「そしてその構図は政権、時代が移っても変わることなく脈々と受け継がれて、今に至るってわけ。」
「じゃあ今でも政府と繋がりがあるってことですか?」
「えぇ。警察じゃどうしようもない案件が秘密裏にうちに持ち込まれているの。
うちのお得意さんの一つって感じね!」
「へー。他にはどんな人から依頼がくるんですか?」
「そうね。大企業とか、金持ちとか、とにかく上流階級の人間がほとんどね。」
「じゃあ普通の人の依頼は受けてないんですか?」
「受けてないというか、普通の人間はまずうちの存在を知ることはないのよ。
あなたもこうなる前はそうだったでしょ?」
「確かに・・。」
「時代は変わっても、この国の根本は変わらないってことよ。」
「そうですねー。」
二人は腕組をしたままうんうんとうなずいている。
「何二人して納得してるんですか?話を進めてください。」
時雨からのするどい突っ込みが入る。
「そ、そうね・・。えっと、そう!そして忘れちゃいけないのが、うちと『竜神』との関係ね!」
「はい!」
「『竜神』との関係は千年前、先代がこの地に降り立った時から始まったの。
当時の当主と先代とは深い関係があってね。まぁぶっちゃけ男と女の関係よ。」
「えぇ!?どういうことですか!?」
「当時の当主は女性だったの。んで、先代と激しい恋に落ちたっていうまぁありきたりな話よ。」
「いや、あんまりないと思うんですけど・・。」
「そう?恋に落ちた二人の間には子供が産まれ、その子は成長して次の当主になったわ。」
「『竜神』とのハーフってことですか?」
「いいえ。あなたもそうだけど、『竜神』の子って言っても元は普通の人間。たまたま『竜神』の力を授かっただけ。
力はその人間単体にのみ有効だから、力が受け継がれることはないの。まぁ多少の残りかすくらいはあるみたいだから、通常よりも少し力の強い子が生まれるっていう程度のものよ。」
「そうなんですか。それが『竜神』との関係ですか。」
「えぇ。『竜神』の力を使って、鳳朝院家の力は爆発的に上がって、今の地位を確立したってわけ!どう?理解できたかしら?」
「はい!大丈夫です!」
「よし!じゃあ次に鳳朝院流仙術の話よ!」
「はい!お願いします!」
「さっきも軽く説明した通り、鳳朝院流 仙術は、風、火、水、土、空、光、闇、体技の八種類からなるんだけど、この全てをマスターするのはとても難しいことなの。
人にはそれぞれが持つ属性ってのがあってね、その人間が持っている属性の反対の属性を覚えることは基本的には不可能なの。
例えば火と水、光と闇みたいにね。これはいくら修行しても乗り越えることは出来ない。
この壁を乗り越えることが出来るのは資質だけ。つまり才能ね。『竜神』の力を持つ君にはこの点は問題ないから全ての術をマスターすることが出来るはずよ!」
「なんか全然想像できませんね・・。自分がそんなたくさんの術を使えるようになるなんて・・。」
「まぁ今のところ一つも使ってないからね。覚えはじめたら徐々にわかってくるわよ!」
「そんなもんですかね・・。」
「大丈夫!講師も超エリートたちを揃えてあるんだし!あとは君のやる気次第ね!」
「頑張りますよ・・!!」
その後も神楽による座学は続き、この世界の派閥のことや、鳳朝院家以外の集団のこと、妖のことなど多岐に渡り、龍美はついていくので必死だった。正直最初の話以外は半分も覚え切れなかった。
ノンストップで座学を進めていたため、時間を気にしていなかったが、時刻はすでに10時を回っていた。かれこれ3時間もやっていたことになる。
「さて、じゃあ今日の座学はこれくらいにして、少し休憩したら時雨にバトンをタッチするわ!」
「いよいよ本格的な訓練に入るんですね・・!」
「そういうこと!頼んだわよ、時雨!」
「お任せください。」
小休憩を取り、一行は道場へと場所を移した。龍美はジャージに着替え、入念に身体をほぐしている。
「それでは龍美様、準備はよろしいですか?」
「はい!よろしくお願いします!」
「それではこれより体技の訓練に入ります。体技は鳳朝院流 仙術の基本となります。自身の気の流れをコントロールすることで、通常の何倍もの力を発揮することができます。
体術での戦闘だけでなく、術の発動にも大きく関わってきますので、まずはこの体技を身体に叩き込んでください。」
「わかりました!」
「それではまずは拳からはじめましょう。これから私が基本となる型をお見せします。まずは見ていてください。」
そういうと時雨は目を閉じ、深呼吸をすると体技 拳の型を始めた。
それは空手の型のようにも見えるが、ところどころに独特の動きが組みこまれており、時雨一人で行っているのに、まるで誰かと戦っているかのような印象を受けた。
一連の動きが終わると、時雨は再び龍美の正面に立ち、
「これが拳の型です。それではやってみましょう。」
「えぇ!?一回見ただけなんですけど・・!?」
「一度見れば十分でしょう。ゆっくりでいいのでやってみてください。」
「そんな無茶な・・。」
「さあ。」
「わかりましたよ・・!じゃあ、行きます!」
龍美はさきほどの時雨のように目を閉じ、大きく深呼吸した。
時雨の動きを頭の中で再生する。
すると、一度しか見ていないはずの動きが自然と身体から流れ出るように出来た。
龍美は馬鹿ではないが、先ほどの座学を見てもわかるように決して記憶力がいいほうではない。運動だって中の中くらいだ。
それがたった一度のお手本を見ただけで、何年も修行したかのような洗練ささえ感じられる動きをしている。
完璧に型をやり終えた龍美は、自分自身に驚いていた。
「出来た・・!」
時雨はあくまで冷静に
「それではもう一度。」
と言ってみたが、内心では冷や汗をかいていた。
(まさか、たった一度見ただけでここまで完璧に出来るとは・・。これも『竜神』の力なのか・・。)
龍美は時雨に言われたとおり、もう一度拳の型をやってみせた。二度目も完璧な仕上がりである。
道場の隅で様子を窺っていた神楽も言葉を呑む。
「よろしいでしょう。それでは次に蹴に入ります。拳同様に基本となる型をお見せします。」
蹴の型は拳とはまた違い、時雨はまるで踊っているかのように華麗に舞った。
跳ぶと打つが交互に組み込まれ、この舞だけで客が集まるのではないかと思わせるほどだ。
華麗な舞を終え、時雨は再び龍美に同様の型をやらせてみる。
拳のとき同様、龍美は蹴の型も完璧に舞ってみせた。
時雨と神楽は言葉を失った。
正直ここまでくるのに最低でも5日はかかると踏んでいた。
龍美はそれをたったの数分でこなしてしまったのだ。
どんなに力を持った者でもこんなに早く習得するのは不可能だ。現に時雨、神楽も幼いころから何年も掛けて習得した。
時雨は神楽に視線を送る。神楽は黙ってうなずいた。
「龍美様。組み式に入りましょう。」
「組み式?」
「はい。今の基本の型をもとに行う実際の戦闘形式です。」
「いきなりですか!?」
「あなたはすでに基本の型をマスターしています。問題ないはずです。まずはゆっくり型を確認しながら行います。そして、徐々にスピードを上げていきましょう。」
「わかりました・・!よろしくお願いします!」
時雨と龍美は間合いを取り、正面に向き合った。
「行きます。」
まずは時雨がゆっくりと拳の型を出す。龍美は自然とそれを避け、時雨に蹴の型を出した。
時雨はそれを受け、さらに拳を出す。龍美は流れるようにそれをかわし、再び時雨に拳をだす。
「そうです。相手の動きを感じとりながら次の手を出す。常に相手の先を読み、攻撃に対して柔軟に反応する。スピードを上げますよ。」
時雨は更にスピードを上げ、拳、蹴を繰り出していく。龍美は冷静にその一つひとつに対処し、同時に時雨に攻撃を繰り出していった。
スピードはどんどん上がっていき、最後には常人には捉えられないほどの速さになっていた。
「そこまで。いい感じですね。さすがです。」
「はぁ、はぁ、ありがとうございます・・!」
(さすがに息は上がっているわね。吸収した力に身体がまだついていけてない。)
神楽は冷静に分析している。
「それでは、本格的な戦闘訓練に入りましょう。」
「はい!」
龍美は今までの自分の動きに自信がついていた。これなら戦闘訓練もそんなに苦労しなくて済むだろうと。だが、この考えは甘かった。
「最初なのでもちろん手加減はしますが、それでもあなたをぶちのめすつもりでいきます。あなたは私を殺す気できてください。」
「わかりました!」
「それでは行きますよ・・。」
龍美が攻撃に備え構えた瞬間、時雨はもう龍美の目の前にいた。
「えっ!?」
驚いている暇もなく、時雨の一撃が龍美のどてっ腹に叩き込まれ、龍美は数メートル後ろに吹っ飛ばされた。
龍美は初めて受けた苦痛に顔が歪む。
(ま、まったく見えなかった・・。)
「お立ちください。さほどダメージは受けていないはずです。続けますよ。」
確かに痛みは感じるが動けなくなるほどではない。徐々に痛みも薄れていっている。
「行きます・・!」
今度は龍美から仕掛けていった。
組み式の時よりもスピードが上がっている。時雨は攻撃をかわし、龍美の顔面に回し蹴りをお見舞いする。龍美は再び吹っ飛ばされる。
この後も、攻撃を繰り出しては吹っ飛ばされ、龍美の攻撃は時雨にかすりもしないという状況が、1時間以上続いた。
「一度休憩にしましょう。呼吸を整えたらまたはじめます。」
「はぁ、はぁ、わ、わかりました・・。」
龍美は大の字になって寝転がる。さすがにこれだけぼこぼこにされるとキツイ。
「お疲れさま!大丈夫?」
神楽が上から覗き込んでくる。
「はぁ、はぁ、はい・・!なんとか・・!」
「うんうん!今のあなたの状況を教えてあげるわね!今あなたはその身体に受けた刺激を瞬時に全て自分のものに吸収しているの。
だから一度みただけで型を覚えられたり、これだけの攻撃を受けても立ち上がることができている。時雨のスピードにも徐々についていけてるんじゃない?」
「はい。だけど身体うまく反応してくれないんです。頭ではわかってるんですけど・・。」
「そうね。まだ身体が吸収した力についていけてないのよ。息が整ったらまた違ってると思うわ!目を閉じて、体力を回復させることに集中しなさい!」
「わかりました・・!」
龍美は目を閉じ、大きく深呼吸する。すると、身体に受けたダメージが徐々に身体の中に溶け込んでいくような感覚を覚えた。
龍美は何も考えず、その感覚に逆らうことなく受け入れていく。
身体の中でダメージが経験値へと変換されていった。
10分後。身体中に出来ていた痣が綺麗に消え去っていた。
「それでは再開しましょう。」
「はい!お願いします!」
時雨が再び攻撃を仕掛けてくる。最初に龍美が何の反応できなかったスピードだが、龍美は時雨の速さにしっかりとついていけていた。
時雨の初撃をかわし、同様のスピードで時雨に攻撃を仕掛ける。時雨はその一撃を避け、さらに攻撃を繰り出してきた。
が、このスピードをすでにものにした龍美は、もう攻撃を食らって吹っ飛ばされることはなく、逆に攻撃を繰り出していく。
(もうこのスピードをものにしている・・。)
時雨はさらにスピードを上げる。
高速で繰り出される攻撃に龍美は必死についていく。
避けきれずに受ける回数が徐々に増えていくが、まともに食らうことなく対応できている。
「まだいけそうですね。それでは・・。」
時雨は一度間合いを取ると、今までの構えとは違う型を取った。左手を前に突き出し、右手大きく引く。まるで弓を射るときのような構えだ。
「少し本気を出します。しっかりと対応してください。」
龍美は構えを強化する。
「行きますよ。『牙狼』」
その構えのまま、時雨は今までよりも数倍の速さで龍美に突っ込んでいく。
「早い・・!」
そう思ったときには時雨の左手が龍美の右肩を掴み、引いていた右手が龍美のどてっ腹に強烈な一撃を繰り出されていた。
「がはぁっ・・!」
龍美はそのまま道場の端まで吹っ飛ばされた。
龍美はなんとか起き上がることができたが、今までの攻撃で一番のダメージを負った。
「今のは体技戦闘術の『牙狼』という技です。ちなみに今の一撃は威力もスピードも三分の一程度に抑えてあります。本来の戦闘ではこれに自らの気を乗せて繰り出します。
当然威力も数倍、数十倍に上がります。まずは気を乗せずに身体だけで攻撃しますから、自分なりに対処方を考えてみてください。これから組み式の中に入れていきますので。」
「はぁ、はぁ、わかりました・・!」
「それでははじめましょう。」
時雨は再びいままでの組み式で攻撃をしかけてくる。徐々にそのスピードをものにしていっている龍美は、この攻撃ならなんとか避け、攻撃に転じることができるようになっていった。
しかし、以前『牙狼』には反応することができず、その後の一時間、強烈な一撃を浴び続けた。
「はい、じゃあ午前の訓練はここまで!お昼休憩にしましょう!龍美クンの疲れさま!」
「はい・・。ありがとうございました・・。」
「お疲れさまでした。ゆっくり休息をとってください。午後からまたはじめましょう。」
龍美はその場に大の字で倒れこんだ。
「はぁ、はぁ、疲れたー・・!」
「立てる?」
「もう少しこのままで・・!」
「了解!純玲が部屋でお昼ご飯作ってくれてるから、動けるようになったら戻りましょう!」
「わかりましたー!はぁ、しんどい・・。」
「そりゃそうよ。あれだけくらえば誰だって動けなくなるわ。てか普通の人間ならとっくにおっ死んでるレベルよ!」
「ははっ。やっぱりそうなんですかー・・。」
「正直さすがとしか言いようがないわね。」
「ありがとうございますー。ふぅー。」
龍美は目を閉じ、先ほどのようにダメージを身体の中に取り込んでいった。
10分ほど休息をとり、さすがに完全に回復することは出来なかったが、動けるくらいにはなった龍美は起き上がり、神楽、時雨と共に部屋へと戻っていった。
部屋に戻ると、純玲が4人と一匹分の昼食を作ってくれていた。
「お帰りなさいませ!昼食の準備は出来ております!」
「ありがとう純玲!もうお腹ペコペコだよー!」
「お疲れ様です!たくさん召し上がってください!」
「うん!いただきまーす!」
龍美は普段からあまり食べるほうではないが、今日はとにかく食った。
次々に空き皿が積み重なり、龍美は一人で3人前の食事を食い尽くした。
「ふー・・。生き返ったー!ごちそうさま!」
「しかしよく食べたわねー。そんなんで動けるの?」
「今すぐは無理です!食休みも必要ですよね!?」
「まぁそうね。午後は14時からにしましょう。それまではゆっくり休んでちょうだい!時間になったら迎えにくるから。」
そういって神楽と時雨は部屋を出ていった。
「14時からかー。まだゆっくり出来そうだなー。しかし思ってたよりしんどいや・・。」
龍美はソファーに横になった。まだダメージが吸収しきっていないため、午後の訓練までにしっかりと身体を休めておかなくては、また時雨の『牙狼』の餌食になってしまう。
「大丈夫?龍美?」
純玲が心配そうに覗き込む。
「うん!大丈夫だよ!ありがとう、純玲!」
「でももう基本の型をマスターしちゃうなんて、さすがだね!」
「自分でもビックリだよ。改めて『竜神』の力って凄いなって感じてる。」
「それだけではない。」
「斑?どういうこと?」
「お前本当に『竜神』の力を偶然授かったと思っているのか?」
「えぇ!?だって神楽さんがそう・・。」
「奴らは『竜神』の力の恩恵を受けているに過ぎない。全てを知らなくても当然だ。」
「斑は何を知ってるの・・?」
「お前は選ばれたんだ。『竜神』にな。」
「どういうこと?」
「これはあくまで俺の仮説だが、お前は生まれた頃、いや・・、正確には生まれる前から強力な資質を持っていたのだろう。それを『竜神』は力を授けることで抑えたのだ。」
「何のために・・?」
「お前を・・いや、世界を守るためだ。普通の家庭に強力な力を持ったものが生まれればどうなる?そこの娘のように親からも疎まれ、行き場を失う。より所を無くした者は闇に落ちやすい。
それを防ぐために、意図的にお前をこちらの世界に導いたのだ。」
「そんな・・。でもそこまでするかな?いくら力が強いっていっても、『竜神』は神の頂点にいるんでしょ?人間にそこまで入れ込むかな・・?」
「それだけお前の力が強大だったということだろう。恐らく闇に落ちたときに世界を滅ぼしかねないほどの・・。」
「斑はどうしてそこまで・・。」
「これ以上は私の口からは言えんな。知りたければその力を使いこなせるようになることだ。自分の運命を受け入れられるだけの力を。」
それ以降斑は口を閉ざした。
自分はあまりにも知らないことが多すぎる。この世界のことも、そして自分自身のことも。
龍美は心に溢れ出してくる不安や問いを必死に押さえ込んだ。
今の自分ではその答えを受け止めきれない。
強くならなくては。身体も心も。自分自身の問いに答えられるように。
「斑。道場に行こう。」
「待って龍美!まだ休まないと!」
「そんな暇はないよ。それに身体はもう癒えてる。大丈夫!時間までは道場でおとなしくしてるから!神楽さんに言っておいて!」
「わ、わかった。」
龍美は斑と共に道場へと向かった。より強い信念を持って。
龍美は道場につくと、座禅を組み、これまでの時雨の動きを再生した。
何度も何度も頭の中でシュミレーションする。
イメージの中で何度なく時雨に叩きつけられても、繰り返し繰り返し。
時間までひたすらにやり続けた。
「龍美クン。」
後ろから神楽の声がし、龍美はゆっくりと目を開けた。
「あれほど勝手で出歩くなっていったのに。」
「すみません。でも斑が付いていてくれてますから。」
確かに、龍美がイメージの中で時雨との戦闘訓練をしている間、斑は何人たりとも龍美に指一本触れさせないと、最上級の警戒態勢をとり、龍美を守り続けていた。
(まぁあれだけの殺気を放たれたら近づくことすら容易には出来ないでしょうけど・・。)
「いいわ。それじゃあはじめましょうか。時雨。」
「準備はよろしいですか?龍美様。」
「はい。よろしくお願いします!」
二人は間合いと取って正面に向き合う。
「それでは先ほど同様、組み式の中に『牙狼』を入れていきます。」
「はい。」
二人は構え、再び組み式から始まった。
龍美は午前中よりも格段に早い動きで時雨の攻撃をかわし、逆に繰り出していった。
(更に早くなった・・。それでは・・!)
時雨は間合いを取り、『牙狼』の構えに入る。
そして先ほどよりも更にスピード、威力を上げて龍美に襲い掛かった。
龍美は冷静に時雨の動きを捉えていた。
『牙狼』の初手である左手の一撃を右に回転しながらかわし、その勢いを殺さず瞬時に時雨の背後を取り、拳を繰り出した。
時雨も冷静にかわされた左手を戻し、龍美の一撃を受け止める。
更に構えを崩していなかった右手で裏拳を放つ。
龍美は一撃をもろに食らって吹っ飛ばされるが、すぐに体制を建て直し、時雨に向かって突っ込んでいく。
この後も時雨はさらにスピード上げるが、龍美は一度も倒れることなく、時雨の攻撃を耐え続けた。
1時間後・・。
「一度休憩にしましょう。お疲れ様でした。」
「はい・・!ありがとうございました・・!」
龍美はまた大の字に横たわる。
「お疲れさま!はいお水!」
「ありがとうございます・・!」
龍美は起き上がり、神楽から渡された水を勢いよく身体に注ぎ込んだ。
「ぷはぁー!美味しい!」
(凄い子ね。時雨がまだ半分程度の力しかだしていないとしても、たった数時間でここまで体技をものにするなんて・・。)
「龍美様。休憩後からは操術を行います。」
「操術、ですか?」
「はい。自らの気を自在に操る体技の一つです。これが出来るようになれば、今よりも桁違いの力を発揮することができます。その他の術の基礎ともなります。」
「わかりました!」
龍美は再び横になり、目を閉じて今まで受けたダメージや体験を経験値へと変換していった。
そして15分後。
「それでは操術の訓練に入ります。最初は難しく感じるかもしれませんが、要はコツです。コツさえ掴んでしまえばあとは訓練次第でいかようにもなります。」
「わかりました!よろしくお願いします!」
「それではまず目を閉じて、全身の力を抜いてください。その状態で意識を身体の内側に向けるのです。」
「はい・・。」
龍美は時雨に言われたように意識を集中する。すると身体の奥底にぼんやりと温かいものを感じた。意識それに向けるると、温かかったものが徐々に熱くなっていく。
龍美はそれを言葉にして時雨に伝えた。
「それが『核』です。その『核』を爆発させることにより、身体中に気が行渡ります。『核』
に意識を集中した状態で爆発するイメージを作り上げてください。」
「わかりました・・。」
龍美は『核』に意識集中させ、宇宙創造のビッバンのような大爆発をイメージした。
『核』は龍美のイメージに反応し、少しずつ大きくなっていき、ついに大爆発を起こした。
爆発した核は『竜神』の力とぶつかり合いながら、大津波のように全身へと浸透していく。
以前黒月によって『竜神』の力を開放された時と似ているが、それよりも遥かに巨大な力の渦が龍美に巻き起こっていた。
気はみるみるうちに身体の外へと溢れ出してくる。
「そうです!そのまま気を身体に留めるイメージをしてください!一滴たりとも身体の外には出さないようにするのです!」
龍美は溢れ出る力を必死に抑えこもうとする。しかし、あまりに力が強大なため、抑えきることが出来ない。
「龍美!押さえ込もうとするんじゃない!身体と力を融合させるんだ!全てがお前の一部である意識を持て!」
突如斑からの助言が飛ぶ。
「俺の・・一部・・!?」
「そうだ!今お前の身体の中でお前自身の力と『竜神』の力がぶつかり合っている!それを一つにするんだ!」
「力を・・一つに・・!」
「な、何を言ってるの斑!?それどういうことよ!?」
「黙っていろ!やれ龍美!お前なら出来る!」
龍美は再び身体の中に意識を集中させる。
すると斑の言う通り、二つの強大な力が龍美の身体の中で激しくぶつかり合っている。
龍美は二つの力がぶつかり合う瞬間に、お互いが混ざり合うイメージを作る。
二つの力は龍美のイメージに従い、ぶつかり合いながらも徐々に混ざり合っていく。
それと共に身体に起きている巨大な渦も少しずつ流れが緩やかになっていった。
数分後、ぶつかり合っていた二つの力は融合し、一つの巨大な力となった。荒れ狂っていた波も穏やかになり、混ざり合った二つの力はゆっくりと渦を巻いている。
「出来た・・。」
龍美から神々しいオーラが溢れ出ている。
このオーラの前に時雨も神楽も言葉を失っている。
斑がゆっくりと龍美に近づいていく。
「よくやった龍美。それでこそ我が主だ。」
「斑のおかげだよ。ありがとう。」
龍美はそっと斑の頭を撫でた。
斑は嫌がる様子もなく、目を閉じてじっとしている。
「時雨さん。このあとはどうしたらいいんですか?このままだと力を常に放出してしまう。」
龍美の声掛けに我に返った時雨は、メガネを直し、冷静な口調で次の工程を説明した。
「今の状態が力を解放している状態です。その感覚を忘れないで下さい。それでは、次に閉じ方をお教えします。力を閉じる時は、さっきとは逆に身体の中の力を小さな玉にするようなイメージを作ってください。」
「小さな玉を作る・・。」
龍美は言われた通りのイメージを作る。
ゆっくりと渦を巻いていた力はその流れのまま徐々に集まっていき、数秒で一つの玉となった。同時に龍美から溢れていたオーラも治まっていった。
「もう楽にして大丈夫ですよ。しかし、まさかここまで出来るとは・・。」
「ふぅー・・。自分でも驚いてますよ。結構身体に来ますね。」
「最初ですから仕方ありませんよ。訓練を重ねていけば負担も軽くなります。」
「そうですか。」
「えぇ。それではもう一度・・」
「ちょっと待って!その前に聞きたいことがあるわ!」
神楽が攻撃的な視線を斑に送る。
「今のはどういうことなの?二つの力って何?ちゃんと説明して!」
斑は軽く目線を向けると、道場の端で寝そべり始めた。
「お前に説明する必要はない。」
「そうはいかないわ!龍美クンを預かる身としてはきちんと知っておかなきゃいけない!」
「知ってどうする?お前たち微力な人間どもには到底扱えるものではないぞ。」
「斑。失礼だよ。」
龍美が嗜めると、斑は目線を再び神楽に送る。
「とにかくお前たちに話しをするつもりはない。これは我ら『竜神』に属するものと龍美が知っていればいいことだ。お前たち人間が立ち入っていい領域ではない。」
「なんですって・・!」
「神楽。もうおやめなさい。」
「ど、どうしてよ時雨!」
「斑の言う通り、ここから先は神の領域。我々が足を踏み入れていい領域ではありません。迂闊に進入すれば、我らの身が滅びます。」
「だからって・・!」
「我らは与えられた使命を全うすればいいのです。」
「でも・・!」
「神楽さん・・。」
龍美が口を開いた。
「神楽さん。俺自身今自分に起こっていることを全て理解できていません。情けない話しですけど・・。俺が全てを理解した上で、必要なことはお話しします。だから、もう少し待っていてもらえませんか?」
二人は視線を逸らさずに見つめ合ういながら、しばらくの沈黙が流れる。
「わかったわよ。」
神楽大きなため息を吐きながらやれやれといった表情を浮かべる。
「ちゃんと話しなさいよ!」
「はい!」
二人は共に微笑み合う。
「さて、話しがまとまったところで、続きをはじめましょう。龍美様。先ほどと同じことをやってみてください。今度は爆発ではなく、開放するイメージです。」
「わかりました!」
龍美再び意識を身体の中に向ける。力の玉を解放し、力が流れ出るイメージを作った。
今度はさっきよりも短い時間で力を解放することができ、再び神々しいオーラが龍美から流れでる。
「いいでしょう。それでは次の段階に進みます。今の状態は気が無駄に垂れ流されている。それではいかに強い気を持っていても意味はありません。必要な時に必要な分だけ気を開放する訓練しましょう。」
「はい・・!」
「それではその状態で、ゆっくりと力を閉じていってください。私が合図したらそこで止めてます。」
.「わかりました。」
龍美は斑に言われた通りゆっくりと力を閉じていく。
「くっ・・。結構難しいな・・!」
「焦らずに。ゆっくりです・・。そこで止めてください。」
龍美は時雨の合図で閉鎖を止めた。すると今までは直線的に流れていた気が、身体の中で循環し始めた。
「そうです。その状態を出来るだけ保ってください。力の循環を覚えるんです。」
「は、はい・・!」
龍美は懸命に力の循環を図るが、これはかなり難しい作業だった。
ちょっとでも気を緩めればすぐにダムの決壊のように力が流れ出てしまうし、力を抑え過ぎれば力は循環していかない。わずか数分で龍美の身体は限界を迎えた。
「はぁー、はぁー・・。む、難しい・・。」
「まずは常時気が循環している状態を作れるようになってください。そうすることで力の底上げにもなりますし、気を自在に操れるようになります。」
その後も龍美は休憩を挟みつつ、繰り返し循環の訓練を行った。
少しずつだが循環を維持できる時間が長くなっていったが、先に龍美の体力が底を尽きた。
「今日はここまでにしましょう。明日の朝から組み式と繰術の訓練を毎日行っていきます。お疲れ様でした。」
「はぁー、はぁー、あ、ありがとうございました・・!」
龍美は大の字で横に転がる。
「お疲れさま!どう?初日の感想は?」
「中々しんどかったです・・!でも・・、手ごたえも感じてます・・!」
「そうね!ビックリするくらい順調な滑りだしだわ!このまま行けば夏休みが終わる頃には帰れるかもよ!」
「はい・・!頑張ります・・!」
「今日はゆっくり休みなさい!斑!後は頼んだわよ!」
「いちいち言われんでも分かってる。うっとおしい。」
「はいはい!じゃあ私たちは先に行くわね!明日朝5時に道場に来てちょうだい!寝坊したらダメだからね!」
「わかりましたー!」
神楽と時雨は先に道場を後にした。龍美はもう少し横になろうと思った。斑がそっと側に寄り添う。
「今日一日でそこそこ成長したようだな。」
「うん!自分でも感じるよ!でもよかったのかな?」
「何がだ?」
「神楽さんたちに俺のこと言わなくて・・。」
「気にするな。やつらが知ったところでどうなるものでもない。むしろ己の小ささに苦悩することになるだろう。自分たちがただ『竜神』に踊らされているだけの存在だとな。」
「でもこんなにお世話になってるのに・・。」
「やつらはお前の力を使って恩恵を受けようとしているのだ。お互い様だろう。」
「いつか返せる時がくるかな・・。」
「お前にその気があるなら大丈夫だろう。」
「そうだね。よし!戻ろうか!」
二人が部屋に戻ると純玲が夕食の準備をしてくれていた。
「ただいまー!」
「お帰り!もうすぐ夕飯できるから、先にお風呂入ってきて!」
「うん!ありがと!」
龍美は斑と一緒に露天風呂で今日一日の疲れをお湯に流す。あれだけ時雨の攻撃を受けたにも関わらず、身体には痣一つ残っていなかった。
「凄いなー。でも身体中痛いや・・。」
「力を解放した反動だろう。ゆっくり休めば朝には治っている。」
「そっか。今日は早く寝よー。」
「そうすることだな。」
風呂から上がると、夕食が出来上がっていた。
「さっ、食べよー!」
「いただきまーす!」
「それにしても今日一日で凄い成長だねー!ビックリだよ!」
「ありがと!明日からは寝坊しないように頑張るよ!」
「うん!叩き起こしてあげる!」
「いや・・、穏やかにお願いします・・。」
二人は楽しい夕食を堪能し、龍美は早々に休むことにした。
今日は純玲がベッドを使う日なので、龍美は布団を床に敷いて横になった。
龍美は横になるとどっと眠気が押し寄せてきた。
遠ざかる意識の中、龍美は明日からの訓練に期待を募らせ、深い眠りへと誘われていった。