第二章 鳳朝院家
神楽たちと別れ、龍美は斑と共に奥村家へと帰っていた。
斑は終始無言のままだ。まぁいくら人通りが少ないとはいえ、路上で犬に喋られても困ってしまうが。
なんとなく気まずい雰囲気の中、30分程で奥村家に到着した。
奥村家は昔ながらの一軒屋である。広い庭もあり、都内でこの物件を探そうと思ったら、軽く億は越えてしまうだろう。
古くからこの土地に住む人間でなければ、ここまでの土地を所有することは出来ない。
龍美は家の前に着くと、一度立ち止まった。
「入らないのか?」
斑が久しぶりに口を開いた。
「いや、ホントに大丈夫かなって・・。」
「あの女から預かった手紙を見せれば大丈夫なのだろう。」
「それはそうかもしれないけどさ・・。」
「だったらグチグチ言ってないでとっとと入らんか。」
「わ、わかってるよ・・!」
龍美は大きく深呼吸して、そーっと玄関を開けた。
「た、ただいまー。」
すると中から桃子が出てきた。
「お帰りなさい龍美君!あら、どうしたのそのわんちゃん!?」
(わ、わんちゃん!?)
「い、いや、いろいろとありまして・・。と、とりあえずこれ読んでもらえますか??」
「なーに、これ?手紙かしら?」
龍美は神楽から預かった手紙を桃子に手渡した。
桃子が手紙を読むのを、龍美は緊張しながら見守った。
無言の空間。
「あら、やだ!明日からなんて!大変、急いで準備しなくちゃね!荷造りは自分で出来る?」
「あ、はい!大丈夫です!」
「そう?何か足りないものがあったらすぐに言ってね!今日は明日に備えてうんと美味しいもの作るから!斑ちゃんにもね!」
(ま、斑ちゃん!?)
そういうと桃子は慌しくキッチンに戻っていった。
「すごい・・。ホントになんとかなった。」
斑は何かショックなことがあったのか、うつむいている。
とりあえず、龍美は二回にある自分の部屋に上がった。
龍美の部屋は八畳ほどの和室で、テレビもなく、CDデッキと文机が置いてあるだけ。よく言えばシンプルだが、普通の人は殺風景と感じるだろう。
「殺風景な部屋だな。」
やはり斑もそう感じたようだ。
「贅沢を言える身分じゃないんでね。」
「卑屈な奴だ。」
「ほっといてよ。それよりも早く準備しなくちゃ!」
明日からしばらくの間神楽の家に住むことになる。いつ帰ってこれるかはわからない。
いや、もしかしたらもう帰ってこれないかもしれない。
準備はしっかりやっておいた方がいい。
身の回りの整理はきちんとやっておかないと・・。
(大久保に借りたエロ本はどうしようかな・・。あ、一応夏休みの宿題も持って行った方が・・。)
そんなことばかり考えているせいで中々準備ははかどらない。
斑は黙ったまま横になっている。
1時間後・・。
「ふぅー。とりあえずこんなもんかな。なんか凄い荷物になっちゃった・・。」
龍美の目の前にボストンバックが二つ、大きなリュックサックが一つ並んでいる。
「引越しみたいなもんだもんなー。しょうがないか。」
「人間は面倒な生き物だな。身体一つあればいいいではないか。」
「そういうわけにはいかないよ!人様の家にお世話になるんだし。身の回りのことはなるべく自分でやらないといけないんだから!」
「そういうものか。」
「そういうもんだよ!」
そうこうしているうちに、茂が帰宅した。
「ただいまー。」
桃子が出迎える。
「お帰りなさい。茂さん!大変なのよ!ちょっとこれ見てくれるー!」
茂は帰宅早々、桃子から神楽の手紙を渡された。
「なんだいこれは・・?」
茂が手紙に目を通す。
「そうか。遂にきたか・・。」
「え?なんのこと??」
「いや、なんでもない。龍美は部屋かい?」
「えぇ。部屋で荷造りしてると思うわ。そろそろご飯だから呼んでこなくちゃ!」
桃子が二階に上がろうとするのを、茂が止めた。
「いいよ。私が呼んでくる。君は夕飯の準備をしていてくれ。」
「そう?じゃあお願いします!」
「あぁ。」
茂はゆっくりと階段を上っていく。龍美の部屋の前で小さく深呼吸をし、
「龍美。入るぞ。」
「あ、茂さん。お帰りなさい。」
「荷造りは出来たかい?」
「はい!なんとか終わりました。あ、突然ですみません。明日からしばらく出かけることに・・。」
「桃子さんから聞いたよ。大変だな。頑張るんだぞ!」
「はい!」
「じき夕飯だそうだ。今夜はごちそうだぞ!」
「はい!すぐに行きます!」
茂が部屋から出ていく際、一瞬斑と目が合った。
(こいつ・・。)
何かを感じ取った斑だったが、特にそのことには触れなかった。
リビングに下りると、食卓には茂の言った通りごちそうの数々が並べられていた。
普段から桃子の料理はとても美味しい。若い龍美に合わせた味付けをしてくれているし、栄養のバランスもしっかりと考えられている。
(この料理ともしばらくお別れだな。)
「さぁ、今日はどんどん食べてちょうだいね!斑ちゃんにもたくさん用意したからね!」
(その呼び方は決定なのか・・。)
「はい!いただきます!」
龍美は普段よりも特別な思いで桃子の作った料理を腹いっぱい食べた。
斑も気に入ったのかがつがつ食べている。
茂は感慨深そうに晩酌をしながら龍美の様子を眺めていた。
「あー、お腹いっぱいだ!ごちそうさまでした!今日は特別美味しかったです!桃子さん!」
「お粗末様。お風呂沸いてるから入ってきちゃいなさい!今日は早く寝ないとね!」
「はい!そうします!」
食卓を後にし、龍美は斑と浴室に向かった。
「なかなか美味い料理だったな。」
「そりゃそうだよ!この味がしばらく食べられないのが残念だ。」
「うむ。機会があればまた馳走になりたいものだ。」
よっぽど桃子の料理が気に入ったのか、斑は目を閉じて口の中に残る桃子の味を噛み締めている。
入浴を終え、就寝の挨拶を済ませると、龍美は早々に部屋に戻った。いつもならこのあと少しだけテレビを見たりするのだが、今日はそういう気分ではない。
「さて、今日は疲れたし、明日からまたいろいろ大変そうだから、早めに寝ようかな。」
「賢明だろうな。付いていてやるから安心して休め。」
「ありがと。そうするよ。」
しばらくしてから龍美は布団に入り、すぐに眠りについた。
龍美が完全に眠りについたのを確認し、斑はそっと部屋を出た。
静かに一階に降りると、縁側で茂が一人酒を飲んでいた。
斑はそっと近づく。
「久しぶりだね。斑。」
「やはりそうか。気の流れが変わったな茂。」
「鳳朝院に気付かれるわけにはいかなったからね。少しいじくったのさ。」
「あの時の少年がずいぶんと老けたものだ。いくつになった?」
「今年で40になったよ。年は取りたくないね。妖の君がうらやましくなる時があるよ。」
「なぜ奴に言わなかったんだ?」
「龍美かい?あの子にはまだ早いと思ってね。ただでさえ自分の運命に翻弄されているのに、これ以上は酷だと思ったんだ。」
「女房にさえ隠しているのか?」
「知る必要はないよ。今は普通に仕事もしているし、完全に表の人間として生きている。」
「そうか。ならば私も語るまい。」
「ありがとう。君の目からみて龍美はどうだい?」
「ふぬけたアマちゃんにしか見えんな。あれで『竜神』の子というんだから、先が思いやられる。」
「相変らず手厳しいな。でもね、あの子にはそれだけの器がきちんと備わっているよ。」
「そうは見えんが。」
「もうじきわかる時がくる。どうだい?君も一杯。桃子さん特性の塩辛もあるよ。」
「何!?いただこう。」
「そういえばこうして君と酒を飲むのも初めてだね。」
「お前はまだガキだったからな。」
「そうだったね。斑・・。龍美を頼んだよ。」
「一応、承知したと言っておこう。」
また一つ欠片が増えた夜。龍美は何も知らないまま、静かに夜は更けていった。
翌朝、少し早めに目が覚めた龍美は、顔を洗うため一階に下りた。キッチンでは桃子がすでに朝食の準備を始めていた。
「おはようございます!」
「おはよう龍美君!よく眠れた?」
「はい!もうぐっすりです!」
「そう!よかった!もう少しで朝ごはん出来るからねー!」
「はい!」
洗面所に行くとすでに茂が出勤前の準備をしていた。
「おはよう龍美。よく休めたか?」
「はい!」
「今日から大変だろうけど頑張るんだぞ!」
「はい!出来るだけのことはしてきます!」
「その意気だ!」
「ご飯出来たわよー!茂さーん、龍美くーん!」
「はーい!」
龍美は最後の朝食を思う存分楽しんだ。斑も朝からがっついている。
ひとしきり食べ終えると、インターホンがなった。
「はーい!お迎えかしら?」
桃子が玄関に行くと、
「はじめまして。鳳朝院 神楽と申します。龍美クンをお迎えにあがりました。」
「わざわざありがとうございます。龍美くーん!」
「おはようございます。神楽さん。」
「おはよう。準備はいいかしら?」
「はい!すぐに荷物を取ってきます。」
その間、桃子と神楽は少しだけ立ち話をしていた。
今日の神楽の格好は昨日のラフさと打って変って白のワンピースに薄手のカーディガンと清楚なお嬢様風でまとめている。
「お待たせしました。」
「じゃあ行きましょうか。」
「はい。」
「龍美君をよろしくお願いします。」
「責任を持ってお預かりします。」
車に向かうと、運転席には時雨が待っていた。荷物を乗せてから、最後の挨拶を済ませ、三人と一匹は鳳朝院家に向かって走り出した。
「昨夜は眠れた?」
「えぇ。爆睡でした。」
「そう。よかった。特に異常はなかった?斑?」
「あぁ。」
「なによりだわ!」
「あの、神楽さんの家ってどれくらいで着くんですか??」
「そうねー。車で40,50分ってとこかしら!」
「そうですか!思ってたより近いんですね!」
「そこから歩いて1時間ね!」
「そこから歩いて1時間・・・。えぇ!?そんなに掛かるんですか!?」
「『竜神山』の山頂付近だもん!車じゃ行けないのよ!」
「山の山頂・・。他に方法はないんですか?その、なんか不思議な力でスイー的な・・!」
「ないわよそんなもん!私たちの足なら1時間も掛からないけど、あなたに合わせるとそれくらいかかっちゃうの!」
「そうなんですか・・。」
「あなたねー。家に行く前からそんなこと言ってたんじゃマジで生きて帰ってこれないわよ!?昨日の覚悟はどうしたの!?」
「は、はい・・。」
「しっかりせんか!まったく情けない。」
斑からも活が入る。
「とにかくいい?昨日も話したけど、今から行くところは本家とはいえあなたを危険視しているやつらは大勢いるわ!力を使えない以上、ちょっとでも気を抜いたら即あの世行きだからね!」
「そ、そんな危険なんですか!?味方もいるんですよね??」
「もちろんいるわよ!私の父親である当主の雪影もあなたを擁護する側の立場だから、待遇としては悪くないと思うけど、数で言えば半々ってとこね。」
「半々・・。」
どうも龍美はその場にならないと強気になれないところがある。
昨日の覚悟とは打って変わって超弱気発言連発だ。
「とりあえず、最低限の注意事項だけ伝えておくわ。まず、絶対に敷地内を一人でうろつかないこと!必ず私たちか、私たちが信用している者と行動すること!一人で歩いてたりしたら殺してくれって言ってるようなもんだからね!」
「は、はい!」
「それから、初めて会った人間にむやみについていかないこと!君の味方だよーなんていわれてすぐに信用しないで、必ず私たちに確認すること!いいわね!」
「わ、わかりました・・。」
「もうじき到着します。」
時雨の一声で龍美は外を眺める。辺りは一層田舎の風景が広がっており、民家は全くと言っていいほどない。目の前には『竜神山』が聳え立っていた。
一向は麓の駐車場に車を止め、荷物を出すと、鳳朝院家がある山頂まで登っていった。
こういう時に限って天気がよく、午前中から太陽光が燦々と降り注いでいる。
ちょっと歩いただけで龍美は汗だくになってしまった。
さすがに神楽と時雨は汗一つかいていない。厳しい修行の賜物なのだろう。
「ふ、二人ともいつもこんな山道を登ってるんですか・・??」
「まさかー。さすがに毎回はめんどくさいわよ。いつもは鳳朝院家専用の秘密の通路を通っていくの。そこを通れば5分で着くことが出来るわ!」
「えぇー!?なんでそこ通らないですか!?」
「だから鳳朝院家専用って言ってるでしょ!一応進入者対策にもなってるから、その道を通るにもそれなりに力がないとダメなのよ!今の龍美クンが入ったらあっという間に干からびちゃうわよ!」
「そ、そうなんですか・・。」
「何をするにもまずはきちんと力をコントロールできるようにならないと!」
「は、はい・・。」
この不思議な世界には色々と便利な物があるようだが、それを使うためには力がいる。
龍美は力はあるが、それをコントロールできていないため、普通の人間と変わらない。
力を使うためにはそれなりの訓練を積まなければならないのだ。
えっちらおっちら険しい山道を登っていく一行の前に、突然一匹の妖が現れた。
身の丈3メートルはあるだろうか。馬のような顔に白髪。頭からは大きな角が生えている。
全員がすぐさま身構える。
「気配を全く感じなかった・・!」
「龍美クン気をつけて!かなり強力な妖よ!」
「は、はい!」
「案ずるな人間よ。お前たちと争う気はない。そうだろ。斑?」
「さぁな。」
「な、何!?知り合い!?」
神楽が警戒しながら斑に問う。
「まぁな。」
「龍美様でございますね。お初にお目にかかる。私は鈴百合と申します。主従の契約を結んで頂きたく参上いたしました。」
(顔の割りに綺麗な名前だな・・。)
「あ、うん!斑の仲間なら大丈夫だよね?」
「問題ないだろう。こいつはこのあたりの主だからな。月白とは兄弟同然の奴だ。」
「そうなんだ!」
「はい。本当は私が真っ先に参上したかったのですが、月白に先を越されてしまいまして。」
「わざわざありがとう。じゃあ儀式を始めようか!」
「はい。」
龍美と鈴百合が契約の儀を行うのを、神楽と時雨はじっと見ている。
「短期間にこれだけ強力な妖を二体も配下に持つなんて・・。さすがというべきかしらね。」
「えぇ。ですが心配でもあります。まだ力と周囲の反応との差が激し過ぎる。せめて自分の身を守れるくらいには早くなっていただかないと。」
「えぇ。時間はあるようでないってことね。」
無事契約を終え、
「これからよろしくね!鈴百合!」
「はい。この身に代えても龍美様をお守りいたします。」
「ありがとう。」
「ところで斑。お前なぜ契約をしていないのだ?」
「お主の知ったことではない。私は月白の命でこの者と行動を共にしているだけだ。」
「相変わらずだな。それでは龍美様、私はこれにて失礼いたします。何かご用命がありましたら名をお呼びください。すぐに駆けつけましょう。」
「期待してるよ!」
「それでは。」
鈴百合は一瞬でその場から消えていくと、一向は再び険しい山道を登り始めた。
「龍美クン!見えてきたわよ!」
死にそうな龍美に神楽が元気一杯の声をかける。
「え、どれですか・・??」
「あれよあれ!あのでっかい屋敷がうち!もうちょっとだから頑張って!」
「は、はいー・・。」
龍美の体力は限界に近かった。普段長い道のりを登校しているとはいえ、山道となれば話はちがう。
最後の力を振り絞り、一向はようやく鳳朝院家に着くことができた。
「ふー。ようやく着いたわね!」
「はぁ、はぁ、やっと着いた・・。」
「へばってる時間は無いわよ!さー立って!まずは父さんに会ってもらうから!」
「えぇー。もう行くんですか・・。」
「情けない声出さない!はい、立って立って!!」
「わ、わかりましたよー。」
半ば強引に立たされ、龍美は遂に鳳朝院家に足を踏み入れた。
「お帰りなさいませ。お嬢様。」
入り口にはダークスーツに身を包んだ男たち十数名が神楽を出迎えた。
「ただいま!このままお父様に会いに行くわ。」
「かしこまりました。」
重苦しい空気の中、闊歩する神楽に付いていく龍美に視線が降り注ぐ。
この者たちは敵か味方か。すでに戦いは始まっているのだ。油断はできない。
「神楽。とりあえず荷物をなんとかしませんか?龍美様にも休息が必要でしょう?」
「まぁそれもそうね。いいわ!じゃあとりあえず部屋に案内しましょう!えーっと、どこだっけ?時雨??」
「ご自分でお決めになったのにもう忘れたんですか?使えない頭ですね。」
「うっさいわね!そんな昔のこといちいち覚えてないわよ!とっと案内しなさい!」
「はいはい。龍美様こちらです。」
「は、はい。」
時雨に付いて屋敷内を歩いていくと、本当に広い。ほとんど迷路のようなものだ。
これも侵入者対策なのだろう。
(こ、こんなとこに泊まって、大丈夫かな・・。絶対迷子になる気がする・・。)
「こちらでございます。」
案内された部屋に入ると、龍美は思わず言葉を失った。
部屋の中はまるで高級ホテルのような造りで、家具も全て最高級品ばかりが取り揃えられ、20畳のリビングに8畳の寝室、ミニキッチンが備え付けてあり、なんと掛け流しの露天風呂までついている。
「龍美様には滞在中こちらの部屋を使っていただきます。」
「最高クラスの客室よ!凄いでしょ!」
「い、いや凄すぎますよ・・。いいんですか??こ、こんな豪華な部屋を使っちゃって・・。」
「言ったでしょ?待遇は良いって!あなたは一応神の子なんだから!これくらい父さんなら平気でやるわ。」
「そ、そうなんですか・・。」
「さ、とりあえず荷物を置いて、ちょっと休憩したら行きましょう!時雨、この部屋のでいいからお茶を入れてちょうだい!」
「わかりました。龍美様。ティーセットをお借りします。」
「は、はいどうぞどうぞ!!」
時雨は手際よくミニキッチンでお茶の用意をしている。その間神楽はソファーに腰掛、龍美は呆然と立ち尽くして、斑は窓際で横になっていた。
「そんなとこでボーっとしてないで座りなさいよ。あなたの部屋なんだから!」
「あ、はい・・。」
居心地悪そうにソファーの端っこにちょこんと座る。
5分もしないで時雨がお茶を入れてくれた。相変わらずいい香りだ。
お茶を飲みながら、神楽が今後の予定について話し出した。
「さっきも言ったけど、このあと私の父親で現当主の雪影に会ってもらうわ。そのあとざっと屋敷の中を案内してあげる。その後お昼にしましょ!時雨、何か用意しといてね!」
「承知しました。」
「そんで、夜にはあなたの歓迎会的な感じで宴が開かれると思うわ!まぁ出席者のうち本当に歓迎してるのは半分もいないと思うけど。今日の予定はこんな感じ!何か質問はある?」
「いえ、今のところは。」
「そう。じゃあ一日頑張ってね!基本的に私が常に側にいるけど、場合によっては離れることもあるから、そのときは斑!お願いね!」
「いちいち言われんでもわかっている。」
「ならいいわ。さ、じゃあ行きましょうか!」
早々に休憩を終え、神楽、龍美、斑の二人と一匹は、鳳朝院家当主 雪影のもとへと向かった。
龍美の部屋は最高クラスの客人が泊まる部屋のため、当主の部屋までそう遠くない距離にある。同様に神楽の部屋も近くにあった。
「ここが私の部屋よ。あとで遊びにおいで!」
「は、はぁ。」
(そういえば女の子の部屋に遊びに行ったことなかったな・・。)
またしてもこんなことを考えている。思春期とは怖いものだ。
雪影の部屋の前に着き、神楽がノックする。
「お父様。篠崎 龍美さんをお連れしました。」
中から渋い声が返ってくる。
「入りなさい。」
「失礼します。」
中にはいると、これまた豪華な造りの部屋。和と洋が見事に調和し、現代的な明るさと、モダンな落ち着きが醸し出されていた。
「お父様。彼が『竜神』の子、篠崎 龍美さんです。」
「は、はじめまして。篠崎 龍美です。」
「お待ちしておりました。鳳朝院家当主、雪影と申します。お会いできて光栄ですよ。まぁ、立ち話もなんですから、どうぞ楽にしてください。純玲。龍美さんにお茶をお出しして。」
「かしこまりました。」
そういって部屋を出ていったのは二宮 純玲。鳳朝院家に住み込みで働く使用人である。
年は龍美と同じか少し上くらいだろうか。透き通るような白い肌にスリムでしなやかな身体。神楽ほど胸はないが、それを感じさせないほど可愛らしい顔立ちをしたとても魅力的な女性。龍美は一発で心を奪われてしまった。
「さて、龍美さん。神楽から話は聞いているとは思いますが、状況はあまりよろしくないのです。」
龍美は一気に現実に引き戻される。
「あなたには一刻も早く力を使えるようになっていただきたい。回りの者たちがうかつに手を出せないほどに。そのための訓練は私たちが全力でサポートします。あなたこの地で心と身体を磨いてください。」
「はい。」
普段の龍美ならこのプレッシャーに打ちのめされるところだが、雪影のこの人を包み込むようなオーラのおかげで、真っ直ぐに受け止めることができた。
さすがは鳳朝院家の当主。この世界の頂点に君臨する男だ。威厳だけでなく、何か人を惹きつけるものを持っている。
「早速明日から訓練に入りましょう。各分野の達人に講師をさせます。つらく厳しい日々になりますが、頑張ってください。」
「よろしくお願いします!」
龍美ははっきりとした口調で答えた。
その答えに雪影は満足そうな笑みを浮かべる。
そこに、純玲がお茶を用意して現れた。
「失礼いたします。お茶をお持ちしました。」
「おぉ、ありがとう。そうだ!純玲、今日からお前は龍美さんについて身の回りのお世話をして差し上げなさい。」
「えぇ!?」
突然のラッキーに龍美は思わず大声を上げてしまった。
「私がでございますか!?」
「あぁそうだ。お前と龍美さんは年も近い。同年代の子が側にいた方が龍美さんも気が紛れるだろう。しっかりと支えて差し上げなさい。」
「かしこまりました。二宮 純玲と申します。龍美様、これからよろしくお願いいたします。」
「こ、こちらこそ、よ、よろしくお願いします!!」
なんという幸運だろうか。この二日間ろくなことがなかったが、初めてこの力を持ってよかったと思った。
こんな可愛い子が自分の身の回りの世話をしてくれるなんて。
世の中まだまだ捨てたもんじゃないなどとじじくさいことをつい考えてしまった龍美は、さっきまでの引き締まった顔から一転、デレッデレの顔へと見事に変貌を遂げていた。
「龍美クン。顔。」
神楽に突っ込まれ、我に返る。
「はっはっはっ!中々正直ですなー。そうだ、月白は元気でやっていましたかな?」
「え、あ、はい!昨日主従の契約を結んできました。」
「そうですか。それは心強いですな!彼とは私がまだ若い頃に知り合いましてね。よく訓練に付き合ってもらいましたよ!」
「そうだったんですか。」
「ゆっくり酒でも飲みたいものです。」
雪影は穏やかな口調で思いを語った。人間と妖。本来ならば相容れぬ関係なのだろうが、この二人には確かな『友情』が存在するように感じた。
この先、自分にもそういった存在が現れるのだろうか。存在の枠を超え、お互いを心から信頼できる相手が。
龍美はこの二人の関係をとても美しく、羨ましく感じた。
「それじゃあお父様。これから龍美クンに屋敷の中を案内してきます。」
「あぁ。気をつけてな。屋敷の中で気をつけろというのも情けない話だが。」
「しかたないですよ。じゃあ行ってきます。」
龍美たちは雪影の部屋を出て、神楽の案内で屋敷の中を散策した。
「龍美クン。純玲のこと気に入ったの?」
神楽が楽しそうに聞いてくる。この手の話は大好物のようだ。
「べ、別にそんなんじゃないですよ!でも、可愛い子ですよね・・。」
「純玲はね、もともとは普通の家庭に生まれた子だったの。
でも小さい頃から力が強くてね。いろいろと引き付けちゃうことがあったのよ。
そんな純玲を親が気味悪がって、うちに相談がしてきたの。依頼に近かったみたい。
それで、父さんが使用人として奉公しながら、力をコントロールできるように訓練してみてはどうかって提案して、うちに住むようになったの。」
「そうだったんですか・・。辛いですね。」
「そうね。最初の頃は中々口もきけなかったけど、周りが自分のように力を持ってる人間ばかりだったから、徐々にここの生活にも溶け込んでいったわ!ここでは力を持ってる方が普通だからね!」
何が普通で何が普通じゃないのか。そもそも普通とは何なのか。
龍美はこの二日間で、その見えない壁にぶち当たっていた。
自分とはまた違うが、純玲も親元を離れ、自分自身の為に辛く厳しい生活を送っている。
龍美はこの時、純玲と自分を重ね合わせることで、無意識に心の安定を図っていたのかもしれない。
龍美はもっと純玲と話をしたいと思った。彼女と話をすることで、このモヤモヤしたものを振り払うことができるんじゃないのか。そう感じていた。
「純玲はいい子よ。私にとっては妹みたいなもんね!龍美クンとは同い年だから、確かに気が合うかもね!」
「同じ年なんですか?学校には行ってないんですか?」
「高校には行ってないわね。進学を勧めたんだけど、訓練とここでの仕事に集中したいからって。」
「そうなんですか。話し合うかな・・。」
「大丈夫よ!龍美クンなら!」
(どういう意味だろうか・・。)
二人が話しているのを斑はつまらなそうに聞いていた。
それにしても本当に広い屋敷だ。ざっと見るだけなのに、1時間以上経過していた。
時刻はもう昼過ぎ。さすがに腹も減ってきた。
「さて、じゃあ屋敷の中はこれくらいにしましょうか!お腹も減ったし、部屋に戻りましょう!時雨が食事の準備をしているはずだから!」
龍美たちは再び龍美の部屋に戻ってきた。
「お帰りなさいませ。まもなく昼食の準備が整います。」
「ごくろうさま。あー、お腹減った!」
「そうですねー。」
そこに、突然純玲が部屋を訪れた。
「失礼します。あの、旦那様から、今日からこちらの部屋で住むように言われてきたのですが・・。」
「えぇーー!?」
「そ、その方がお世話がしやすいだろうと・・。」
「と、父さんてば・・。またムチャぶりを・・。」
「ちょっ、ちょっと待ってください!!この部屋で一緒に住むってことですか!?」
「父さんならやりかねないわ。龍美クンが純玲を気に入ったと見て気を回したつもりなのよ。」
「そ、そんな・・!困りますよ!純玲さんだって嫌がってるじゃないですか!」
「いえ、私は・・。あの、ご迷惑だとは思いますが、その、龍美様さえよければ、お側においていただけませんか・・?」
「えぇーー!?い、いいんですか・・!?」
「はい!これも訓練のうちだと、旦那様も仰ってましたし!」
(く、訓練!?なんの訓練だ!?精神修行!?いや、理性を鍛える訓練とでも言うのか!?)
「いいじゃない龍美クン!純玲も良いって言ってるんだし!これで訓練にも身が入るってもんでしょ!」
神楽は新しいおもちゃを手に入れたときようなウキウキした顔をしていた。完全に楽しんでいる。
「そ、そんな・・。」
「よろしくお願いします!龍美様!」
「ほう、これは面白くなってきたな。」
斑も遠目からほくそ笑んでいる。
「さぁ、皆さん。話がまとまったところで昼食にいいたしましょう。純玲、手を貸してください。」
「はい、時雨さん!」
「ホ、ホントに・・?」
こうして龍美と純玲、斑の奇妙な共同生活がスタートすることになった。
にぎやかに昼食を食べ終えると、神楽と時雨は一度自室に戻るということになった。
「夜から宴だから、それまではゆっくりしてるといいわ!何かあったらすぐに来るから!」
そういって二人は出ていった。残された龍美、純玲、斑。
しばらく沈黙が流れる。
耐え切れず、口火を切ったのは龍美。
「あ、あの、向こうの寝室を使ってください!俺はこっちで適当にやりますから!」
「いけません!龍美様のお部屋なのですから、ご自由になさってください!私は隅の床で十分でございます。」
「そういうわけにはいかないよ!女の子を床で寝かせられない!」
「私への気遣いは無用でございます。どうかご自身のことだけお考えください。私は龍美様のお世話が出来るだけで満足でございます。」
「いやいや・・。んー・・、じゃあこうしよう!純玲さんは俺の言うことは何でも聞いてくれるんだよね?」
「もちろんでございます!」
「じゃあ寝室を使ってください!二人で生活するんだから、それなりに分けておいた方がいいでしょ。」
「しかし・・。」
「これは命令です!」
「うっ・・。わ、わかりました。ではこういたしましょう!寝室は二人で使うということに!」
「な、何言ってんですか!?」
「龍美様がベッドをお使いになって、私は床に布団を敷いて眠ります!」
「いやいや、話聞いてました・・!?」
「ですから双方の意見を組み合わせるとこういうことに・・。」
「ならないでしょ!?どうしてそうなっちゃうの!?」
「そうですか?最良の案かと思いますが・・。」
「ダメダメ!ベッドは純玲さんが使ってください!俺が床で寝ます!」
(二人で使うことは問題ないのか・・。)
斑が心の中で突っ込む。
龍美は徐々に純玲のペースに引き込まれており、少々感覚がずれてきていた。
「じゃあ、こうしましょう!一日おきにベッドと布団を交互に使用するということで!」
「いや、それも何か違うような・・。」
「双方の意見が見事に組み合わさったじゃないですか!そういたしましょう!ねっ!龍美様!」
「わかりました・・。それでいいです・・。」
純玲の完全勝利。龍美のぼろ負けである。
「あのさ、それとその『龍美様』ってなんとかならないかな?なんか居心地悪くて。」
「そうですか?ではどのようにお呼びしたらいいでしょう?」
「普通に龍美でいいよ!同じ年なんだし!」
「そんな無礼なことは出来ません!『竜神』の血を引くあなたを呼び捨てになど・・!」
「いいんだよ。実は、その、女の子と名前で呼び合うのずっと憧れてたんだ。せっかくの機会だし、実現してみたいんだよ。」
「しかし・・。」
「お願い!俺も純玲って呼ぶからさ!」
「わ、わかりました。では、二人の時は龍美と呼ばせていただきます!」
「うんうん!あとその敬語もなんとかして欲しいな!」
「それは無理ですよ!ずっとこの話し方で育ったもので、普通に話すことが出来ないんです・・。」
「じゃあ俺で練習しようよ!これも純玲の訓練のうちってことで!」
「は、はい。あ・・、う、うん。」
「そうそうその調子!じゃあ純玲!とりあえず荷物を取っておいでよ!いろいろと必要なものがあるでしょ?俺も手伝うから!」
「はい!あ、うん!ありがと!」
一気に距離を縮めた二人は、純玲の部屋に荷物を取りに行った。
あまり出歩かないように言われていたが、純玲も一緒だし、斑も付いていてくれるからと、龍美は安心していた。
しかし、そんな龍美を影からそっと見ている者がいた。
神楽の言っていた龍美を危険視している勢力。
当然ながら龍美は気が付いていない。
向こうはこちらの様子を注意深く窺っている。
その気配にいち早く斑が気が付いた。
(さっそくおでましか・・。さて、どうでてくるか。)
斑が逆に相手の様子を探る。とりあえず今のところ手を出してくる様子はない。
そして、その気配に純玲も気が付いた。
純玲が後ろを振り向く。表情が一瞬で緊張した。さすがの龍美も純玲の様子に気付いた。
「どうしたの?」
「斑様・・。」
「大丈夫だ。お前に気付かれたのを察して消え失せた。」
「な、何!?誰かいたの!?」
「えぇ。恐らくあなたの存在を良く思ってない一派でしょう。もう動きだすなんて。」
「向こうもそれだけ本気だということだな。」
「まぁ、真っ向から仕掛けてくることはないと思いますが・・。」
「どちらにしろ用心に越したことはない。」
「はい。」
龍美のことなのだが、全く龍美を無視して話を進める二人。
こういったやりとりにももう慣れた。
龍美は二人の話が終わるのをじっと待っていた。
「あ、すみませ・・ごめん、龍美。もう大丈夫だから!」
「うん。ありがと!俺も早くそういうの気付けるようにならないとね。」
「うん!龍美ならすぐだよ!頑張って!」
「ありがと!よし、じゃあ早く荷物を取りに行っちゃおう!」
「うん!」
龍美たちは再び純玲の部屋へと向かった。
その後は特に視線を感じることもなく、無事引越しが終了した。
話し合いの結果、20畳のリビングを半分に分け、二人で使用することになった。寝室は先ほど決めたように日替わり制でベッドと布団を使用することとなる。
今日は初日ということで、龍美がベッドを使うことになった。
女の子と同じ部屋で寝るなどもちろん生まれて初めてのこと。
龍美は今からドキドキだ。恐らく今日はほとんど眠れないだろう。
一通り部屋が完成すると、純玲が入れてくれたお茶を飲みながら、二人はいろんな話をした。
純玲はここでの生活のこと、龍美は学校の話などをし、二人はまるでクラスメイトのようにたわいも無い話に花を咲かせた。
純玲は少し不思議な感覚がしていた。元来純玲はどちらかというと人見知りな方である。特に男性に対しては、初対面ではろくに口も聞けない。
そんな自分が、あろうことか超ビップゲストと同じ部屋で生活をし、更にタメ口でおしゃべりを楽しんでいるなんて。
これも龍美のもつ『竜神』の力なのだろうか。
いや、力が使えない今の龍美ではそんなことは出来ないだろう。
ということは、これは龍美自身が持つ『魅力』なのかもしれない。
そんなことを考えると、なんだか照れくさくなってしまった。
純玲はまだ無意識だが、龍美になら自分の全てを任せられるかもしれない。そんな風にさせ感じていた。
そして、楽しい時間はあっという間に過ぎ、部屋のノックと共に、時雨が現れた。
「龍美様。宴の準備が整いました。大広間までお越しください。」
「あ、はい。わかりました!純玲はどうするの?」
「私は宴の裏方に回ります。宴が終わりましたら、またお会いしましょう。」
時雨がいるため、瞬時に純玲の言葉使いが元に戻った。こういうところはさすがよく教育されている。
「そっか。じゃああとで!」
「はい。ごゆっくりお楽しみください!」
「それでは龍美様。参りましょう。」
いよいよ最初の難関。歓迎の宴が始まろうとしていた。
時雨に連れられ、龍美は宴の会場である大広間に向かっていた。
「あの、そういえば神楽さんは??」
「神楽は一応ホスト側のNO2ですからね。先に会場に入っているんです。」
「そうなんですか。」
「龍美様。会場に入る前に注意していただきことがあります。」
「なんですか?」
「会場では私が龍美様の食事を提供させていただきす。そこで、私が提供したもの以外は口にしないでいただきたい。」
「そ、それって、毒とか盛られてるかもしれないってことですか・・?」
「その通りです。まぁさすがにそんな大それたことはしてこないと思いますが、念のためです。よろしいですね?」
「わ、わかりました。」
時雨からの注意事項がより龍美の緊張感を高めていった。正直こんな宴などなくていいから、部屋で神楽や純玲とゆっくり夕食を食べたい。それが龍美の本音だった。
「こちらでございます。覚悟、いえ、準備はよろしいですか?」
「今はっきり覚悟っていいましたよね!?」
「気のせいです。よろしいですね?行きますよ?」
龍美は大きく深呼吸をした。
「はい!お願いします!」
龍美の合図で、時雨によって大広間の扉が開けられた。
「『竜神』の子、篠崎 龍美様をお連れしました。」
「ごくろう。さぁ、龍美様。どうぞこちらへ。」
雪影に促され、龍美は主賓席へと向かった。
大広間は50畳はあるだろう正に大広間だった。主賓席は一番奥。両端にズラッと顔を並べた実力者たちの前を、時雨に付き添われゆっくりと進んでいく。
多くの者が無表情を決め込んでいたが、中には嫌悪感丸出しの者や、満面の笑みを浮かべているものまで様々な顔が並んでいるた。
この中に自分の命を狙っている者がいると思うと、緊張はピークに達した。
手のひらは汗でぐっしょり濡れている。
とてつもなく長い距離を歩いたような疲労感を浮かべながら、ようやく自分の席にたどり着いた。
雪影の横には正装である袴姿に身を包んだ神楽も座っていた。
ようやく知った顔に会えて、少しだけホッとする。
龍美が席に座ると、まずは雪影の話が始まった。
「皆良く集まってくれた。今日、遂に我々の元に『竜神』の子が降り立った。
このお方は必ず我らに幸福と平和をもたらしてくれるであろう。
その日まで、我らは全力で助力を行い、この世の全ての者のために己が力を使っていかなければならない。今こそ、各々の思惑を捨て、大いなる力と共に、この世の平穏を願おう!」
「おぉぉぉーーーー!!!」
列席者達が一斉に声を上げる。その声に広間全体が震える。
しかし、この中のいったいどれだけの者が心から雪影の言葉に同意しているのか。
「さて、それでは、主賓である篠崎 龍美様からも一言頂戴しよう!さ、龍美様!」
「えっ!?俺も喋るんですか・・!?」
「お願いします!」
満面の笑みを浮かべてる雪影にお願いされれば、断るわけにはいかない。
龍美は覚悟を決め、勢い良く立ち上がった。
「は、はじめまして!篠崎 龍美です!この度は、このような会を開いていただいて、ありがとうございます!あ、えっ、えっと・・」
いきなり喋れと言われても何をどう喋っていいのか全くわからない龍美は、すぐに言葉に詰まってしまった。
へたなことを言って反感を買えば、それこそ命に関わってしまう。
そしてこの痛いくらいの視線がより龍美の緊張を高める。
(ど、どうしよう・・。何を話せば・・・。)
焦っている龍美を見かね、斑は大きなため息を吐く。
(まったく・・。おい!『竜神』の子よ。)
(えっ!?この声は・・、斑!?)
(お前の心に直接話しかけているのだ。この声はお前にしか聞こえん。いったい何をビビッているのだ?いいたいことは山ほどあるだろうが。)
(だって、へたなこと言って反感でも買ったらそれこそ危ないじゃないか!)
(貴様は何のために私がいると思ってるのだ?その時は私が守ってやる。)
(で、でもさー・・。)
(いいか。確かにお前には強大な力がある。だが今のお前はど素人同然。普通の人間と何も変わらんだろうが。そんな奴が何を気負うことがある。他人がどれだけお前に期待しようが、そんなもん知ったことではないだろう。お前は他人の為にここに来たのか?他人の思い通りになる道具になる為にここに来たのか?)
(ち、違う・・!俺は・・、俺のためにここに来たんだ!)
(ならばはっきり言ってやればいい。こういうのは最初が肝心だ。その後のことは心配するな。私だけじゃない。月白も鈴百合もいる。人間の中にも貴様の力になるといっている者たちがいるだろう。受けた恩は力がついた時に返せばいい。)
斑の言葉が一つひとつ自分の中にスーッと入っていくのを感じた。
自分が何のためにここに来たのか。他人の道具になるためではもちろんない。
もう一度自分自身の平穏な日々を取り戻すために来たのだ。
そして一番大きかったのは、自分は一人ではないということ。
確かに出会ってまだ二日しかたっていない。だが、こういった出会いの場合、信頼できるかどうかを判断する基準は時間ではない。それを明確に表現することは出来ないだろう。
あえて言葉にするなら、感覚、いわゆる第六感といわれるものだろうか。
その感覚が、この二日で出会った者たちは大丈夫だと言っている。だから信じる。
そして自分が信じた者たちが大丈夫だと言ってくれている。だから自分は大丈夫なのだ。
至極単純な思考だが、龍美にはこれで十分だった。物事は分かりやすい方がいい。
(ありがとう、斑。なんか自信が出てきた!いっちょ勝負掛けてみるよ!)
(見届けよう。)
「えっと、初めに皆さんに言っておくことがあります。俺は皆さんのためにここに来たわけじゃありません。」
会場中が龍美のこの一言でどよめき立つ。
「ちょっ、ちょっと龍美クン!?いきなり何言い出すの!?そんな挑発するようなこと言ったら・・」
神楽が龍美を止めようとするのを、雪影が制した。
「いいから、黙って聞いていなさい。」
「お、お父様・・!?」
龍美は話を続けた。
「俺は・・、自分自身のためにここに来ました。
皆さんは、俺の力にいろいろと期待してるのかもしいれないけど、いきなり世界のためだとか、平和のためだとか言われても、正直俺には全然ピンとこないんです。
この力だって、俺は望んで手に入れたわけじゃありません。にも関わらず、俺の命を狙っている人たちがいるってことも聞きました。
好きで手に入れた力じゃないのに、力を持ってるだけで命を奪われるなんて、俺はまっぴらごめんです!
俺は・・、自分自身と、こんな俺のことを信じてくれる人のために、力を使います!
今はまだ守ってもらってばっかりだけど、その人たちのことを守ることが出来るように!そして、人だけじゃなく、自分を頼りにしてくれる妖たちのために!」
いつのまにか会場のどよめきは消え、皆真剣に龍美の話を聞いていた。
止めに入った神楽でさせも。
雪影は満足そうな笑みを浮かべ、
「ありがとうございました。龍美様の覚悟、しかと受け止めました。」
龍美は黙ってうなずき、腰を下ろした。
「よし!それでは宴を始めよう!」
雪影の一言で、裏方の使用人たちが一斉に料理や酒を運び始めた。
「ふぅー。どうだった?斑?」
気が付くと、斑は龍美のすぐ後ろにいた。
「お前にしては上出来だ。龍美。」
「ありがと。え、い、今名前で・・!?」
「なんのことだ?さて、私もご馳走にありつくとするか・・。」
また一つ二人の距離が縮まり、自然と笑みがこぼれた。
「はい、龍美クン!お酒は飲めないからジュースで勘弁ね!」
「ありがとうございます!」
「かっこよかったわよ!」
ジュースを注ぎながら龍美にウインクのご褒美をしてくれた。
「へへ!」
思わず照れてしまった龍美に、時雨が料理を運んできた。
「どうぞ龍美様。」
「ありがとうございます!」
「私も、あなたになら付いて行きましょう。」
時雨もまた龍美にウインクのご褒美をくれた。
「時雨さん・・。」
龍美は仲間からのご褒美に、さっきまでの緊張がすっかり解け、この宴会を心行くまで楽しむことができた。
その後、二時間ほどで宴は終了し、ようやくこの日の全行程を終えることができた。
部屋まで神楽を時雨が送ってくれた。
「お疲れ様!明日から早速訓練に入るから、今日はゆっくり休んでね!」
「はい!よろしくお願いします!」
「じゃあお休み!」
「お休みなさい!」
部屋に戻ると、純玲はまだ戻っていなかった。
「純玲はまだ戻ってないのか。まぁ片付けとかで忙しいんだよね!あー、しかし疲れたなー!今のうちにお風呂入っちゃおうかな!」
いそいそと風呂の準備をしている龍美に、斑が真剣な表情で話しかけた。
「龍美。」
「ん?何、斑?そんな思いつめた表情しちゃって。」
「私と主従の契約を結べ。」
「えっ!?ど、どうしたの急に!?」
「今日のお前は立派だった。しかし、さっきのお前の演説で過激派の連中を刺激したのは間違いだろう。現状、私とお前の間には繋がりがない。もしもの時に守りきれない可能性がある。主従の契約を結べば、どこにお前がいようと駆けつけることができる。」
「いいの?馴れ合いはしないんじゃなかったけ?」
「もちろん馴れ合いはせん。契約を結んだ方が私の仕事がやりやすいというだけの話だ。」
「そっか。分かった!じゃあ始めよう!」
龍美は斑を向き合い、契約の儀を始めた。
「我、汝を主と認め、命尽きるまで傍らに付き従うことを誓う。」
龍美はそっと斑の肩に手を添えた。
契約の儀はお互いの意思がそぐわなければ成立しない。
この契約が結ばれるということは、つまりそういうことだ。
「あらためてよろしくね!斑!」
「我が主にふさわしい男になることだ。」
「頑張るよ!」
二人が笑いあっているところに、純玲が帰ってきた。
「ただいま!ごめんね、遅くなって!」
すっかりこの切り替えを覚えた純玲に龍美はまた一つご褒美をもらった気分だった。
「おかえり!純玲!」
「今日は疲れたでしょ?お風呂入ってゆっくり休んで!」
「うん!今ちょうどそうしようと思ってたんだ!」
龍美は再び風呂の準備に取り掛かった。最初は内風呂に入ろうと思ったが、純玲の進めで備え付けの露天風呂に入ることにした。ついでに斑も一緒に。
「あーー。生き返るなーー。」
「じじくさい奴だーー。」
「「そういう斑も十分じじくさい顔してるぞー。」
「私は元々こういう顔なのだー。」
二人が心地よい時間を楽しんでいると、
「タオルここに置いておくね!」
「あ、ありがと・・。」
さすがに風呂に入っているとこに女の子に声がすると照れる。
「あと、さっきの龍美、かっこよかったよ!」
そういうと顔を真っ赤にして純玲がリビングに戻っていった。
「なかなかやるではないか。」
「な、なんのことだよ!!」
「先が楽しみだなー。」
また一つご褒美を貰い、当初の予想とは裏腹に、龍美はぐっすり休むことが出来た。
明日から本格的に訓練が始まる。龍美は今日一日でまた一回り大きくなった。
この先、この仲間たちと共に、困難な道を乗り越えていきたい。
そう思いながら、龍美は鳳朝院家での初日を終えた。