第一章 新たな世界
プロローグ
世の中は広い。人生で触れることが出来るのは極限られた世界でしかない。
しかし、人はなかなかそのことに気付かない。まるで今見ている世界が全てのように錯覚し、自ら自分の世界を狭めている。自分のいる世界以外の人を認めず、異端なものを排除し、自分の身を守っているのだ。
それでもいいのかもしれない。自分の人生。どうやって生きていくかは本人次第なのだから。
しかし、もしもある日唐突に自分のいる世界が壊れてしまったら。
今まで否定してきた世界こそが、本当は自分の世界だということを知ってしまったら、人はどうなるのだろうか。
受け入れられずに壊れてしまうのか。
逃げ出してしまうのか。
その出会いを、そして自分自身を否定するか、受け入れて前に進むか。
その選択はとてつもなく困難なことだろう。
どちらを選んでも、辛く、険しい道が待っている。
自分が生きる世界。決めるのは自分。他人は助けてはくれる。しかし救ってはくれない。自分を救えるのは自分だけだ。
一歩踏み出すのに必要なのは勇気じゃない。
本当に必要なのは覚悟なのだ。
第一章「新たな世界」
「な、なんで・・!?なんでこんなことに・・!?俺がいったい何をしたっていうんだ・・!」
そんなことが頭の中をグルグル回りながら、篠崎 龍美は全速力で森の中を走っていた。いや、逃げていた。森を突き進み、瞬時に物陰に隠れる。激しい鼓動に心臓は破裂寸前。いやでも息が荒くなるが、見つかるわけにはいかない。必死で息を殺し、今逃げてきた方向に静かに目を向ける。視線を向けた先にはやはりいた。自分を探しているのか辺りをキョロキョロと見回している。
「なんなんだ・・!いったいなんなんだ・・!」様子を窺うため、少しだけ物陰から顔を出す。その時、目が合ってしまった。
「やばい!気付かれた・・!」
再び龍美に向かって突っ込んでくる。
「くそっ!!」
力を振り絞って再び走りだしたが、体力はとうに限界を迎えていた。足がもつれ、その場に勢いよく倒れこんでしまった。もう目の前まできている。
「くそっ!!なんで、なんでこんなことに・・!」
ことの発端は、遡ること1時間前。
龍美は自身が通っている高校にいた。今日は終業式で、明日からいよいよ夏休みだ。
高校2年生の龍美は、友達とキャンプに行く話をしながら盛り上がっていた。
龍美は5年前、事故で両親を亡くし、親戚をたらい回しになりそうなところを、今の保護者の奥村 茂、桃子夫妻に引き取られ、暮らしていた。
茂たちには子どもがいなかったため、龍美をとても可愛がり、大切にしてくれている。
もともと龍美の父親と茂が幼馴染であり、この土地はかつて龍美の父親が住んでいた土地だ。祖父母が無くなってからは、めっきりくることが無くなってしまったが、小さい頃は年に一度は遊びに来ていた。まさか暮らすことになるとは夢にも思っていなかったが。
最初のうちはなれない土地での生活に苦労することも多かったが、奥村家の温かさに育まれ、少しずつここでの暮らしにも慣れていった。友達もでき、今ではすっかりここでの生活が定着していた。
そして運命の高校二年一学期の終業式の日。式の後、教室に戻り、通知表が配られたあと、恒例の夏休みの注意事項や、休み中に行なわれる行事の説明等が行なわれた。
ホームルームが終わり、龍美はいつものようにクラスメイトの西牧、大久保と共に夏休みの話をしながら下校することにした。二人とは中学からの同級生で、何をするにも三人は一緒に行動していた。
龍美の住むこの町は、開発があまりされておらず、広大な森や林が手付かずで残っていた。地元の年寄りは信仰心が厚く、土地神様だの森の主だの迷信めいたことを本気で信じている。
しかし、これだけ手付かずの緑が多いと、そんなことを信じるのも仕方ないのかもしれない。
龍美の暮らす奥村家は、広大な森の中でも一際大きい『竜神の森』と呼ばれる森をグルッと回った町の外れにある。
学校まで片道1時間という距離で、最初の頃はしんどかったが、今ではそれほど苦ではない距離だった。途中までは三人一緒だが、『竜神の森』に差し掛かったあたりで、西牧と大久保とは道が分かれるので、龍美は一人で家路に着くことになる。
この日も森の入り口まで一緒に帰り、そこから一人で帰っていた。
この辺りは人通りも少なく、昼間でも人とすれ違うことはめったにない。
しかしこの日は違った。
誰かいる。
男だ。
陰陽師が着ている狩衣といわれる黒い衣を纏い、型まで伸びた黒髪、顔には目元を覆うように仮面なようなものをつけている。年齢は定かではないが、恐らく20代半ばから後半くらいだろう。
なんにせよ、どっからどうみても怪しい。
(なんだ、あいつ!?コスプレかなにかかな・・?どっちにしろ関わらない方が無難だな。)
龍美は視線を逸らし、早歩きでその男の横を通り過ぎようとしたが、
「待ちたまえよ。」
男は龍美に声をかけてきた。
(うわっ!マジかよ・・。)
「な、なにか・・?」
「君、篠崎 龍美君だろ?」
「そうですけど・・。」
(なんでこいつ俺の名前を??)
「やっぱりそうかー!いやー大きくなったねー。って言っても私のことなんて知らないよね?まぁそんなことはどうでもいい。立派に育ってくれていて安心したよ!」
「は、はぁ。あの、あなたはいったい・・?」
「あぁ、私かい?私は『黒月』見ての通り怪しいお兄さんだよ。」
(自分で言っちゃったよ・・!)
「そ、それで、その怪しい黒月のお兄さんはどうして俺のことを知ってるんですか?」
「もちろん君を探していたからだよ。龍美君。」
「探してた??」
「そっ!君がこの土地を離れてからずーっとね!」
(何言ってるんだ??話が危ない方向に進んでる気がする・・。)
しかし、この状況で逃げることも出来ない。龍美は思い切って聞いてみた。
「どういうことですか?」
「君は偉大なる『竜神』の血を引いているんだ。」
(うわー、ますます意味わかんねー・・。)
「なんですかそれ?」
「まぁ知らないのも無理はないね。論より証拠!君の心臓の上辺りに紋様があるだろう?それを見せてくれないか?」
「ど、どうしてそれを!?」
確かに龍美の左胸には奇妙な紋様がある。父親曰く生まれた時からあったそうだ。今まで特に痛みを感じたりしたことはなかったから、あまり気にしたこともなかったが、プールの時や修学旅行なんかでみんなで風呂に入るときには、上からテープを貼って隠していた。
「見せろって、今ここでですか!?」
「そっ!人はこないから大丈夫だよ!ほら早く!」
「わ、わかりましたよ・・!」
龍美は仕方なくワイシャツのボタンを外し、紋様を黒月にみせた。
「おぉー!これはまた見事な封印だねー!さすがは『竜神』!」
黒月は目を丸くして食い入るかのように紋様を見ていた。
「あ、あんまり見ないでくださいよ・・!」
男に裸をまじまじと見られるのはあまり気持ちのいいものではない。
龍美の言葉など全く耳に入っていないかのように、黒月は紋様を見続けている。そして不気味でいやらしい笑みを浮かべると、
「うん、やっぱりこのままじゃつまらないね!消してしまおう!」
そういうと紋様に人差し指を押し付け、なにやら呪文のようなものを唱え始めた。
「我汝の御霊を預かりし者。大いなる呪縛に永遠の闇を。選ばれし者にその力を返せ。」
その瞬間、紋様がまるで地震を起こしたかのように振動し始めた。
「うぐっ・・!な・・、なんだ、これ・・!?」
振動は徐々に身体全体に行渡り、龍美は身体を津波が通り過ぎていくような感覚に襲われた。そして全身から激しい光が発せられ、龍美を包み込んでいく。振動と光は一気に龍美の身体を飲みこむと、静かに消えていき、身体全身にその余韻だけが残り、紋様も消えていた。
「な、なにをしたんですか・・!?」
龍美は突然のことにその場にへたりこんでしまった。
黒月はそんな龍美を満足そうに眺めている。
「いやー凄いねー!まさかここまで強大なものとは思わなかったよ!」
そして静かにこう告げた。
「ようこそ。真実の世界へ。」
「真実?真実ってなんですか!?」
龍美が顔を上げると、黒月の姿はどこにもなかった。
「あ、あれ??どこいった!?」
龍美は今自分に起きていることが理解できず、しばらく呆然とその場から動くことが出来なかった。そして我に返った時、龍美の今までの世界が崩れ去った。
『竜神の森』から何かが出てきた。一目で人ではないことが分かった。
牛だ。牛が森の中から突如現れた。それだけでも十分驚きに値するが、その牛は立っていた。二本足で。腰には布のようなものを巻き、手には棍棒のようなものを握っている。
またコスプレ?いや特殊メイクか?しかし身の丈は3メートルはありそうなでかさ。ハリウッドならまだしもここは地方のクソ田舎。そんな奴いるわけがない。
だが、事実そいつは龍美の目の前に現れた。そして、龍美に気付いたのか、こちらに視線を送った。牛と目が合った。その瞬間、龍美は感じた。やばい!
と同時に牛の形相がみるみる変化していき、あらゆる負の感情が合わさったような、そう、一言で言えば鬼の形相へと変化した。
そして次の瞬間棍棒を振り上げ、激しい雄叫びを上げて龍美に襲いかかってきた。
龍美は一目散に森の中へと逃げ出した。見事なスタートダッシュのおかげで何とか初撃でやられずにすんだが、なんと牛は龍美を追って森へと入ってきた。
「な、なんだ!!なんなんだあれは・・!?」
わけがわからないまま、龍美は必死に走った。捕まれば命がないことは明らかだった。
とにかく逃げなくては。全力で。
そして必死で逃げ続けた結果、龍美に最後の時が訪れようとしていた。
全力で走り続けた龍美の体力は限界を超え、鬼の形相で自分を睨んでいる牛を目の前にしても、動くことが出来ず、恐怖に満ちた目で牛を見ていることしか出来なかった。
そして、牛がゆっくりと棍棒を振り上げる。
(終わった・・。俺の人生・・。)
龍美は覚悟を決め、静かに眼を閉じた。
思い返せば、両親に先立たれ、他人の家で暮らすようになったという以外、特に何もない人生だった。それなりに友達がいるが、女性と付き合ったことは一度もなかった。それが唯一の心残りだろうか。
そんなことが一瞬のうちに頭をよぎった。死ぬ寸前にこんなことしか思い浮かばない自分自身に少し呆れてしまった。
辺りの空気がピンっと張り詰める。牛が止めを刺すつもりだ。目つきが一段と鋭くなった。
(来る・・。)
牛が一気に棍棒を振り下ろす。
静寂が流れた。
聞こえるのは草木が擦れる音と風の声、そして龍美の鼓動。
(い、生きてる・・??)
龍美はゆっくりと目を開いた。
そこにはやはり棍棒を振り下ろした牛がいた。
しかし、そこにいたのは牛だけではなかった。
見たことのない男がいた。全身をダークスーツで包み、銀縁メガネをかけた若い男。
その男が牛の一撃を片手で受け止めていた。
「だ、誰・・!?」
男は龍美の問いに反応せず、メガネを上に持ち上げる仕草の後、右手を牛にかざし、
「失せろ。」
そう発すると、もの凄い衝撃波が牛に放たれ、牛は数メートルも後方に吹っ飛んだ。
突然のことに驚いた牛だったが、すぐに起き上がり、標的をメガネの男に変えると、再び鬼の形相で襲い掛かってきた。
男は相変わらず涼しい顔のまま、牛を一瞥し、拳を握ると、もの凄いスピードで牛の間合いに入り、牛の腹部に強烈な一撃を放った。
牛は白めを剥き、その場に倒れ込むと、そのまま動かなくなった。
呆気にとられている龍美に男が振り返る。動いたからなのかこの男の癖なのか、またメガネを直す仕草をしている。あれだけの動きをしながら息一つ切らしていない。表情をまったく変えないまま、
「お怪我はありませんか?」
思ったより丁寧な対応に驚いた龍美だったが、
「あ、はい・・。だ、大丈夫です。ありがとうございました。あ、あの・・」
聞きたいことが山ほどある龍美が切り出そうとすると、
「時雨―!?終わったー!?」
森の奥から女の声が聞こえ、その後すぐにその姿を現した。
ショートパンツにタンクトップ、薄手の白い半そでのパーカーというあまりにもラフな格好の若い女だ。年のころは23,4といったところだろうか。スタイルもよく、出るとこは出て、引っこんでるとこは引っ込んでるメリハリのある体つき。腰まで伸びた栗色の長い髪を頭の後ろで束ねている。はっきりいって可愛い。龍美はまたしてもこの非常時にそんなことを考えていた。
「えぇ。あなたが吞気にお茶を飲んでいる間に片付けましたよ。」
時雨と呼ばれた男が皮肉たっぷりに返す。
「あら、喧嘩売ってるの??」
女が満面の笑みで聞き返す。
「まさか。私はあなたの執事ですよ?殺るなら気づかれないようそして苦しまないよう一瞬で済ませます。」
「あら優しい。お返しに一瞬で首を落としてあげる!」
恐ろしい会話を平然と交わす二人に、龍美は命を助けてもらったことも一瞬忘れそうになった。未だ警戒を解かない龍美に女がようやく気付いた。
「無事でよかったわ。龍美クン!」
また当然のように知らない相手に名を呼ばれる。
「あ、あの、なんで皆さん俺のことを知ってるんですか??」
ようやく一つめの質問をすることができた。
「あなたは有名人だからね!とりあえず立ち話もなんだから座らない?向こうにティーセットが用意してあるから、お茶でも飲みながらゆっくり話しましょう!」
「は、はぁ・・。」
この得たいの知れない二人と共に森の奥へと入っていくと、そこにはテーブル、椅子、そして豪華なティーセットが並べられ、ついさっきまでこの女が楽しんでいたのだろうお茶とお菓子が置かれていた。
「さ、座って!時雨―、お茶を入れ直してちょだい!」
「はいはい。」
時雨はメガネを直す仕草のあと、(やはり癖のようだ・・。)女に命じられた通り、新しいお茶を入れ始めた。
数分で時雨が入れてくれたお茶が二人の前にだされた。とても香りの良いお茶で、しっかりと冷やされており、汗だくになって逃げ回った龍美にはとてもありがたかった。
出されたお茶を龍美は一気に、女は静かに飲み始め、
「さて、どこから話しましょうか。いろいろと複雑なことになってるのよ・・。」
「まずは自己紹介からじゃないですか?あなたはまだ彼に名乗りもしていないのですよ?」
「そうだっけ?じゃあ、改めて自己紹介するわ!私は鳳朝院 神楽。鳳朝院家当主、鳳朝院 雪影の娘で、一応次期当主よ!そんで、こっちが執事の時雨。」
「雨宮 時雨と申します。」
「あ、篠崎 龍美です。」
「さて、自己紹介も済んだことだし、本題に入りましょうか!どこから話せばいい??」
「最初からお願いします・・。」
「最初からって言われてもなー。そうねー。まずはあなたが何者なのかってとこから始めましょうか。」
「な、何者って・・。極々普通の高校生ですよ・・?」
「普通の高校生がいきなり化け物に襲われて、グッドタイミングであなたのことを知っている妙な二人組が助けに入るなんてことあると思う??」
「お、思いません・・。」
全く反論の余地もないほどの正論だった。このわずか1時間程の出来事に、自分が普通ではないという証拠がいくつも上がってくる。
「なかなか飲み込みが良さそうね。単刀直入に言うわね。あなたは、『竜神』の血を引いているの。」
かなりのキメ顔で発した神楽だったが、
「あー、それはさっき言われました・・。」
「言われたって誰に!?」
神楽は身を乗り出して聞き返す。可愛い顔が目の前に来て、立派な胸の谷間が目前に広がった。
「黒月ですよ。だから我々が来たのではないですか。とぼけるのもたいがいにして下さい。」
「あ、そーだったわね・・。もうなんかグチャグチャになっちゃって・・。」
「あの、ところでその『竜神』っていうのは・・??」
「黒月からどこまで聞いたの?」
「聞いたというかあの人が一方的に話しかけてきたというか。『竜神』の血を引いていて、それから封印がしてあるって。つまらないから消しちゃおうって。それから・・」
龍美は二人に黒月と出会った時のことを出来るだけ詳しく話した。
「そうだったの。じゃあ肝心なことは何も聞いていないってわけね。」
「はぁ。そういうことになりますかね・・。」
「どうする時雨?」
「一から話すしかないでしょう。あなたはその為に来たのですから。」
「そうね。じゃあまずは『竜神』の説明から始めるわね。」
「お願いします。」
「『竜神』っていうのは、その名の通り竜の神様のこと。
人間や動物、妖怪、そして数多の神々の中で最も偉大で強大な力を持った神様のことよ。私たち人間が生まれる遥か昔から存在していて、太古の時代から世界の調和を図ってきたの。
下界の人間は決して足を踏み入れることが出来ない世界、『神の森』に住んでいると言われ、その姿を見ることは誰にも出来ないNO1の神様なのよ!」
熱く神様のことについて語る神楽に龍美はすでに付いていけなくなりそうだった。はっきいってこの手の話はあまり得意ではない。
というか全く興味がなかった。
龍美はお化けとか幽霊とか神様とか、そういうオカルト的な物を否定的に捉えるタイプだ。
中学に上がる前に両親を事故で亡くし、親切にしてもらっているとはいえ、他人の家で暮らしてきた龍美は、とにかく現実を見ていくしかなかったからである。
神様にすがる前に、まず目の前の大人たちにすがるしかなかった。
そうでなくては生きていけなかったから。
「何、その疑いに満ちた顔は??」
心の中が無意識に表情に出ていた龍美は神楽に突っ込まれた。
「あ、いや、その・・。あまりにも突然だったから・・。」
心の中を読まれた龍美はしどろもどろになりながらも懸命に取りつくったが、二人には通用しなかった。
「もしかして、あなた今の私の話信じてないでしょ!?」
(当たり前だ!なにが神様だ!そんな非現実的な空想上の偉い奴がいてたまるか!)
という本音は口が裂けても言えないが、完全に受け入れることもできない龍美は、
「いや、そんなことは・・。ハハ・・。」
これが精いっぱいだった。
その受け答えに神楽は大きなため息を漏らすと、
「君さ、もうさっき自分の身に起きたこと忘れちゃったわけ!?どこの誰ですか!?おっきな牛に追いかえられ死にそうになっていた人は!?誰ですか!?」
一言一言に威圧感を込めて神楽がまくしたてる。
それを言われると何も言えない龍美。
見かねた時雨がフォローに入る。
「仕方ないですよ。彼はつい1時間前まで確かに極々普通の高校生の暮らしをしてきたわけですから。
それがいきなり神だなんだと言われても、よっぽどそういった世界に興味がない者以外は、受け入れられないでしょう。
人間は自分の見ている世界しか受け入れることが出来ませんからね。
他の世界を切り捨てることで、自らを守っているのです。」
恐ろしく的を得ている発言に龍美はおろか神楽すら黙ってしまった。
時雨はなおも続ける。
「龍美さん。あなたが我々のことを疑うのは無理もありませんが、もう一度ご自分の状況を良くお考えになってください。
恩を売る気はありませんが、あなたは私が間に入らなかったら、あの時確実に死んでいました。そしてこれから先も同じようなことが多々起こることになります。
あなたは偉大な力を手にしたと同時に全世界のあらゆる者たちから狙われる立場になったのです。
今のあなたは潜在的な力は桁違いに強いですが、それを使う知識も経験もありません。
猛獣が巣くうジャングルにペットショップのチワワを放り込んだようなものです。」
「時雨・・。あんた容赦ないわね・・。」
「我ながら的確な表現だと思います。肝心なのは、あなたは今非常に危険な立場だということです。このまま我々の話を聞かず家に帰れば、あなた夜を待たずに別の化け物に食われてしまうでしょう。
私個人としては別にそれでも構わないのですが、残念ながら我が主がそれを良しとしない。ですから、あなたの意思に関係なく、あなたには全力で生き抜いてもらわなければならないのです。
非常に残念ですが、封印が解けてしまった時点で、あなたの人生は180度方向転換をしました。
もう以前のような平凡な生活に戻ることはできません。」
ここまで一気に話した時雨は、いったん話を区切った。龍美に限界がこようとしているのが目に見えていたからである。
時雨の話には妙に納得させられる力があった。どんな無茶な話でも、信じさせられてしまうようなそんな力が。龍美はまさにそんな力に中てられていた。
自分が狙われている。あんな化け物たちに。それもあらゆる世界の者から。自分が・・、危険な存在・・・。
龍美はようやく自分の立ち位置が分かり始めてきた。まだ肝心な話を聞いていないため、分からないことだらけにも関わらず、自分に危険が迫っているのだということを肌で感じ始めていた。それが時雨にも読めたのだろう。時雨は再び話を始めた。
「あなたに残された道は二つ。一つは我々の協力得て、必要な知識と経験を積み、生き抜くこと、もう一つは今日中に残酷な死を迎えるかです。生か死。分かりやすいくらい究極の選択ですが、さぁ、どうしますか?」
龍美はなんとか冷静になろうと頭をフル回転させ、逆にグチャグチャになってしまっていたが、答えは一つしかない。
(死にたくない!!)
「わかりました。あなた方を信じてみます。もう一度お話を聞かせてください。」
真っ直ぐに時雨を見返し、龍美は力強く応えた。
「わかりました。神楽。ここから先はお任せします。」
「まったくいっつもおいしいとこもってくんだから・・。」
「ブツブツ言ってないで話をして差し上げなさい。せっかく龍美様がやる気になったのですから。あなたが腰を折ってどうするんですか?」
「分かってるわよ!ホントにいちいちうるさいんだから!」
これが本当に執事なんだろうかと、早くも二人を疑ってしまう龍美だった。
「さ、じゃあ気を取り直して、話の続きをしましょうか!」
「はい。お願いします。」
時雨が新しいお茶を二人に入れなおすと、神楽は話を再開させた。
「『竜神』はね、1000年に一度、自分の余分な力を下界に捨て、力の質や量を調節するの。その捨てられた力が、まれに人間に取り入れられることがある。それが今回のあなたなのよ。龍美クン。」
「それって、『竜神』の排泄物ってことですか・・?」
「ま、まぁ表現は微妙だけれどもそういうことね。だから『竜神』の血を引いているといっても、実際に血が繋がってるってわけじゃないのよ!」
「排泄物なのにそんなに強い力なんですか?」
「はっきり言ってとんでもない力よ。排泄物っていっても『竜神』の力の塊には違いないからね。それが一人の人間に取り込まれるんだから、そりゃもー奇跡中の奇跡よ!」
「どうして俺だったんでしょうか??」
「それは私たちにも分からないの。あなたのことは調べさせてもらったけど、どれだけ調べてもあなたは極々普通の人間だった。あなたの家系も数十代前まで遡って調べたけど、結局なんにも分からなかった。多分、ガチでたまたまだったんじゃないかしら?」
「たまたまって・・。不幸過ぎる・・。」
「まぁあなたにとってはそうかもしれないわね。」
ドンマイ!とばかりに神楽が龍美の肩をバンバン叩く。
どっぷり肩を落とす龍美だったが、まだまだ聞いておかなければならないことが山ほどある。落ち込むのはまたあとでゆっくりするとして、とりあえず話を聞かなければならない。
「あの、それで、危険だっていいますけど、俺はどの程度危険な存在なんでしょうか?」
「そうね。力の大きさから言うと、あなたが力を100%使いこなせるようになったとして、さらにあなたが邪心を抱いてこの世を滅ぼそうとした場合は・・」
「ちょっ、ちょっと待って下さい!そんなこと考えませんよ!」
「そんなのわからないじゃない。強力な力を持った人間は何をしでかすかわからないでしょ?で、もしもあなたがそう思ったら、そうね、三日でこの世を滅ぼすことが出来るくらいの力よ。」
「三日で世界を滅亡させることができる力・・!?」
「えぇ。もちろんあなたが100%力を使いこなすことができて、尚且つその気になればの話。この力自体そう簡単に使いこなせるものじゃないし、とんでもなく厳しい修行をしなきゃいけないから、今日、明日の話じゃないわよ!」
淡々と話を進めていく神楽だったが、龍美は今の話で急激に自分自身が怖くなった。3日で世界を滅亡させることができる力。そんな力が自分の中にあると思うと、震えてきた。
しかし、そんな龍美をよそに神楽は更に恐ろしい話を始めた。
「それよりも危険なのは、さっき時雨も言ってたけど、その強大な力を狙ってあらゆる者たちがあなたを狙ってくるということ。妖、人間問わずね。さっきの牛も間違いなくその部類ね。」
龍美は牛の姿を思い出し、あの時の恐怖が蘇る。
「そして、ここからが重要なんだけど、妖、人間の中にもいろいろな考えを持つ者がいるってことなの。」
「どういうことですか??」
「妖は分かりやすくて、大きく分けて二つの考え方に分かれているわ。あなたを食べて『竜神』の力を自分の物にしようと企む者と、あなたを崇拝し、付き従おうとする者。」
「崇拝??俺を??」
「えぇそうよ。なにせあなたは神の子だもん。それもかつて『竜神』は妖たちを統治していた神だから、事実上その子どものあなたが崇拝の対象になるのも当然よ。」
「そ、そうなんですか・・。」
「きっとこの先あなたのところに主従の契約を結んで欲しいという妖たちが山ほどくると思うわよ。でもいい?相手は妖。簡単に信用しちゃダメだからね!隙を作らせて食べてしまおうって連中も多いんだから!」
「ちゅ、注意します・・。」
とは言っても何をどう注意していいのか全く分からない龍美だったが、とりあえず話を進めようと思った。細かい質問はおいおいでいいと思った。
「それで、人間の方はどうなんですか?」
この質問に神楽の表情がいっきに曇る。
「こっちの方がかなり面倒なことになってるのよー。」
あからさまなため息を吐くと、神楽は顔を引き締めて話し出した。
「人間は大きく分けて三つに分かれてるの。一つは、あなたの存在を危険視していて、邪心に取り付かれる前に殺してしまおうって考え方。」
「な、なんですかそれ!?」
「まぁ、考え方としてはわからないでもないわ。世界の脅威と成りうる者を野放しにはできないってことだからね。」
「そ、そんな・・。」
「実際にあなたの命そのものを狙っている集団はいくつもあるわ。今はなんとか抑えてる状態だけど、あなたの封印が解かれた今、そり過激になるのは目に見えてるはね。
今のあなたならそんなに苦労せずに殺すことができるから。」
「そ、そんな簡単に言わないでくださいよ・・!」
「事実は事実として受け止めなさい。
二つ目はあなたを見守り、適切な知識と経験を積ませて世の平穏を担ってもらおうとする考え方。私たちはこれに属するわ。」
「そ、そうなんですか!」
龍美は心底安心した。目の前の得たいのしれない二人組が本当に自分の為に動いてくれている。この1時間で初めてホッとした瞬間だった。
「そして三つ目。ある意味でこれが一番たちが悪いんだけど、あなたを邪心に引き込み、自分のたちの意のままに操って世界を手にしようという考え方。確かではないけど、あなたの封印を解いた黒月が恐らくこれに属するわ。」
「そ、そうなんですか!?」
「正直奴が何者なのか私たちも分かっていないの。思想も目的も全くね。ぶっちゃけ人間なのか妖なのかも定かじゃないわ。でもあなたの封印を解いたことや今までの不可解な行動からみてもただ者じゃないことは確かね。」
「やっぱり普通の人じゃなかったんですね。なんとなくそんな気はしてましたけど・・。」
「とにかくこれで少しは理解出来た?これだけの連中があなたのことを狙ってるの。もちろん味方も多い。けど戦力で言えばそれほど大きな差はないのよ。」
龍美はため息しかでなかった。1時間前まで夏休みに何をして遊ぼうか。どこに行こうかと希望に満ち溢れていたのに。突然牛の化け物に襲われ、助けられたと思ったら自分は『竜神』の子だと言われ、三日で世界を滅ぼすことができる力を手にし、しまいには自分を数多の集団が狙っている。
冗談じゃない!!
声を大にして叫びたかったが、現実がそれを許してくれなかった。
龍美は両親が死んだ時から、周りの空気を読むことが得意になっていた。
というよりも癖になっていた。引き取られた先で嫌われてしまったら、追い出されてしまうかもしれない。
それだけはなんとしても避けなければならない。その為、処世術として一番効力を発揮する、空気を読むとう技を身につけなければならなかった。
おかげで同年代の子供よりも遥かに適応能力が高い。
その適応能力がこんなわけの分からない話にも働いてくれた。
これは夢でも冗談でもない。現実なのだ。自分は今まで自分が否定してきた世界の住人となった。そしてその世界は気を抜けば一瞬で命を失ってしまう超危険な世界。泣き言は言ってられない。幸い自分の目の前に助けてくれる者がいる。
この者たちにすがるしかない。なんとしても生き抜く。
そして、もう一度あの平穏な日々を取り戻す!
たとえ不可能だと言われても!
龍美は心の中で堅く決意し、そして覚悟を決めた。
「あの、俺はこれからどうしたらいいんでしょうか?」
さっきまでとは目の色が違う。神楽と時雨は龍美の覚悟を感じ取った。
その時、二人は茂みの向こうから何かがくるのを感じた。
「神楽。」
「えぇ。さっそくお客さんのようね。」
時雨はすでに臨戦態勢に入っている。
「な、何かくるんですか??」
覚悟を決めたとはいえ、まだまだこの世界になれていない龍美は二人の様子に動揺を隠せない。
心の準備が整わないまま、茂みの奥からその姿を見せたのは、透き通るような白い肌に艶のある長い黒髪。モデルのようなスラッとした体系の人間。
(なんだ人か・・。)
龍美が一瞬気を緩ませる。
「構えるな人間よ。お前たちと争うつもりはない。」
「人間って・・え!?もしかして妖なの!?」
「えぇ。それもかなり上級のね。さっきの牛とは比べものにならないくらいの。
それで?龍美クンに何のようかしら?月白?」
どうやら神楽はこの妖とは顔見知りのようだ。相変わらず余裕の笑みを浮かべている。時雨もすでに警戒を解いている。
「鳳朝院の娘か。雪影は元気にしているか?」
「そりゃもー、まだまだ現役バリバリよ!」
「だろうな。」
フッと笑ってみせると、月白は龍美を真っ直ぐに見つめ直した。
「龍美様。この日がくるのを待ちわびておりました。」
知らない者に名を呼ばれるのも三回目。さすがに慣れてきた。
「まさかあんたが一番手とはね。」
「当然だ。私は先代からこの森の守護を仰せつかったのだ。龍美様がこの地を訪れた時から、最初に主従の契約を結ぶのは私だと決めていた。」
「だったらなんで龍美クンが襲われた時に助けに入らなかったのよ?」
「お前たちが近くにいるのは分かっていたからな。いきなり私のような妖が話をするよりはお前たち人間から事情を話してもらったほうが良いと判断したのだ。」
「なるほどね。まぁ賢明な判断だわね。さて、龍美クン。どうするの?」
「どうするって言われても・・。どうしたらいいんでしょう・・??」
「月白は千年以上前からこの森を守護している妖で、先代・・あー、先代っていうの千年前に『竜神』の力を受けた人なんだけど、その先代に仕えていた妖なのよ。この森
を管理している鳳朝院家とはその頃から親交があってね。妖の中ではかなり信用できるやつよ。」
「そうなんですか・・。」
確かに月白の龍美に対する態度とても丁寧で、好印象だった。生まれて初めて『龍美様』なんて呼ばれてしまって、なんとなく小恥ずかしい感じもするが、嫌な気分じゃなかった。
「えっと、俺みたいなんでよかったら、よろしくお願いします。」
「ありがとうございます。それでは『契約の儀』を行いましょう。」
『契約の儀』
妖と主従の契約をするための儀式である。やり方は、まず従う者。つまり妖が、心からこの人間に服従するという意思を込めて「我、汝を主と認め、命尽きるまで傍らに付き従うことを誓う」と発する。そして、主となる人間が妖の身体に触れると、契約が成立する。
月白から儀式の説明を受け、龍美は早速儀式を行った。
月白の言霊のあと、龍美はそっと月白の肩に触れた。
その瞬間、龍美は月白との中で何かが堅く結ばれるのを感じた。
そして同時に、主として覚悟が芽生え、龍美の中に生まれて初めて威厳という感覚が生まれた。
「よろしく頼むよ。月白。」
ついさっきまでの龍美とはまるで別人のようだった。確かにそこには威厳が感じられた。
出会ってからまだ数十分しかたっていない神楽と時雨だったが、この短時間に二つもの壁を越えた龍美に、上に立つ者としての資質を感じていた。
「さて、とりあえず最初の臣下が出来たところで、これからの話をしたいんだけど。」
「はい。お願いします。」
「とりあえず、キミにはうちに来てもらうわ。」
「うちって・・、神楽さんの家ですか??」
「そう。鳳朝院の本家。現当主で私の父親鳳朝院 雪影に会ってもらう。そのあとは、本家でこっちの世界についていろいろと学んでもらうことになるわね。」
「あの、それってもしかして、うちには帰れないってことでしょうか・・?」
「まぁ、そういうことになるわね。あなたが危険ないじょう、奥村家にも迷惑がかかるかもしれないでしょ?あなたそれでもいいの?」
もちろんいいわけがない。奥村家にはこの五年間本当に世話になった。父親の友人だったというただそれだけの理由で血の繋がらない龍美を自分の息子以上に可愛がってくれている。これ以上迷惑などかけられない。ましてこれからは迷惑のレベルが違う。最悪の場合命に関わるのだ。
「そうですよね。わかりました。これからすぐに行きますか?」
「まぁ落ち着きなさい。確かに危険は危険だけど、今のあなたには月白が付いてるから、今日一日くらい帰っても問題ないと思うわ。とりあえず今日は帰っていいわよ。」
「ホントですか!?」
「大丈夫よね?月白?」
「当然だ。しかし、龍美様。申し訳ありませんが、私はこの森の守護者。長期に森を出ることは出来ないのです。もちろん有事の際は如何なるときでも駆けつけますが、常に龍美様をお守りすることは事実上難しい。」
「ちょっ、ちょっと、話が違うじゃない!!」
「いちいちうるさい奴だな。お前と契約をしたわけではないのだぞ?」
「そりゃそうだけど、私にだって龍美クンを守る義務があるんだから!」
「その点に関しては問題ない。私の代わりに龍美様をお守りする者を用意してある。」
月白の合図で、森の奥から別の妖が現れた。時雨が再び身構える。
その妖は月白のように人型ではなく、大きな真っ白い犬の姿をしていた。犬は月白の隣でお座りの姿勢を取る。
「斑と申します。この者が私に代わって常に龍美様に付き従い、お守りいたします。」
月白が龍美に斑を紹介する。たしかに見た目はちょっとおっきい犬だなという感じだから龍美の横に付いていてもなんら問題ない。ガードするには調度いいかもしれない。
「よろしくね、斑!」
龍美は挨拶をすると、ようやく斑が口を開いた。
「一つ確認しておく。私はお前と主従の契約を結ぶつもりはない。私は親代わりである月白の頼みを聞いて守ってやるだけだ。馴れ合うつもりもない。それだけは覚えておくんだな。『竜神』の子よ。」
口を開いたと思ったらこの態度。月白のことでちょっと自信をつけていた龍美だったが、それが音を立てて崩れていくのを感じた。
「は、はは・・。わかったよ・・。」
「申し訳ありません龍美様。こやつは昔からこういう融通の利かないところがありまして。
まぁ龍美様と行動を共にすることで、変わっていくとは思います。それに力は私に匹敵するものがありますので、ご安心ください。」
(確かにかなりの力を感じる・・。)
完全に警戒を解いていない時雨は斑の強さを敏感に感じ取っていた。もちろん神楽も同様である。
「じゃあ、とりあえずそういうことにしましょう!今日はその犬と帰っていいわよ。明日の朝迎えに行くわ。」
「わかりました。でも、家に人にはなんて説明すればいいいですかね。いきなり犬まで連れて帰ったりして大丈夫かな・・?」
「それは大丈夫よ。家の人にこの手紙を渡してちょうだい。それで全てうまくいくようになってるから。」
「おい、さっきから私を犬、犬と無礼なやつらだな。姿こそ犬に見えるかもしれんが、これは仮の姿。本当の私はお前たち下等な人間とは比べることも出来ないほど優美な・・」
「じゃあ、気をつけてね、龍美クン!」
「はい!明日からまたお世話になります!」
(こ、こいつら・・!)
斑を完全に無視して二人は話を進めた。
龍美は神楽から一通の手紙を渡された。絶対に中を見てはいけないときつく言い渡され、龍美は三人を残し、斑と共に奥村家に帰ることした。
「龍美様。もし何かありました私の名をお呼びください。すぐに駆けつけます。」
「ありがとう月白。頑張ってみるよ。」
「お気をつけて。」
「それじゃあ、神楽さん、時雨さん、また明日。」
「ゆっくり休みなさい。明日からもいろいろと大変だからね。」
「はい。」
龍美と斑は静かに森の中に消えていった。
二人と見送り、月白も森の奥へと消えていった。
「よろしかったんですか?」
「まぁあの斑って妖もかなり強力みたしだし、今夜一晩くらい大丈夫でしょう。」
「それもそうですが、『覚醒』の話をしなくてよかったんですか??」
「いきなり全部は厳しいでしょ。明日は彼にとって最も安全で最も危険な場所にくることになるし、父さんにも会うから、少しずつ分かっていけばいいわ。」
「無事進めばいいですけど。」
「まぁ無傷って分けにはいかないでしょうね。なんせ『最強の素人』だからね。」
それぞれが期待と不安を胸に抱き、新たな世界に向けてゆっくりと、そして確実に進み始めた。