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いつか今日を思い出して~カメラ少年~

作者: 七七日

 ひどく低血圧な私にしては珍しく今朝は早くに目が覚めた。

 時計を確認するとまだ六時前だった。それなのに目が冴えて二度寝する気も起きない。こんなに気持ちのいい目覚めは久しぶりだ。

 カーテンを開ける。

 差し込む朝日に思わず目を細めた。良い天気だ。

 私の住んでいるここT県T市は山がきれいに見えることで有名だが生憎なことに私の家は住宅街の真っただ中に位置している。そのため見える景色は隣接する家と狭い空。まあそれほど不満はないのだけれど。

「ん?」

 道を歩く人影が視界を掠めた。こんな早朝からご苦労なものだ。早起きなんぞして散歩する趣味があるのはどうせお年寄りだろうと思ったが、目を凝らしてみるとまだ若く、私と一緒ぐらいだった。

その少年は首に大きな一眼レフカメラをぶら下げていた。

あのカメラ少年は何処へいくのだろう? まあいいや。

嗚呼、なんだか眠くなってきた。

先ほどまでの冴えわたった意識は再度、眠気の魔の手によって刈り取られた。


ジリリリリッ―――、ガチャ

昔ながらの目覚ましの音で私の意識は覚醒した。

八時ジャスト。

朝ご飯を食べて、着替えて、顔洗って、歯磨いて、髪梳かして、とにかく全ての準備を十分弱で終わらせる。慌ただしく家を飛び出し、自転車に跨り、八割の力で学校まで漕ぐ。それでやっと学校に到着、と。

大体いつもこんな感じ。

少し寝過ぎたときは朝食を抜いたり、自転車を全力疾走で漕いだりしてなんとか遅刻しないように時間を合わせる。

だけど、大体いつもこんな感じ。

あとは、まあ学校だから勉強して、昼には友だちと一緒にご飯食べて、五時限目は眠気と戦いながらなんとか生き抜いて。学校が終わると真っすぐ一人で帰るときもあれば、教室に残って友だちとだらだらお喋するときもある。町に出てカラオケにいったり、買い物したり、兎に角色々パターンってものがあるんだけど、結局それは日常のうちで。

だから、大体いつもこんな感じで、生きてます。

そして、明日もきっとこんな感じで生きるんだろうな。


目が覚めた。

真っ先にすることは時計の確認。短針が八を超えていないかどうかいつもハラハラドキドキ。

まだ六時前だった。何だか拍子抜け。

当たり前のように二度寝しようとしたとき、数日前にもこれぐらいに気持ちよく目が覚めたことがあったなあ、とふと思い出した。あの日を。

「そういえば……」

 なんだっけ、そうだカメラ少年。

 さすがに今日はいないだろうとカーテンを開けるとドンピシャ。ちょうど彼が前の道を歩きすぎるところだった。

 何を撮りに行っているのだろうか? 今日は曇っていてそんないい景色でもないのに。

 まさか毎日?

 そんな疑問ふと浮かんだ。

よし……、取り敢えず寝よ。

 いつもながらの今日を生きるにあたって、私の胸にはささやかなる決意があった。決意というよりはただの思い付きで別に忘れていても今後の人生にはなんか変わりはないこと。

 ただ寝る前に携帯のアラームを一度セットしておこうと思った。時間は今日起きたときと同じ六時少し前。

いつもの眠りの深い私なら携帯のちっちゃいアラームなんかじゃ起きない。

 運よく目がさめれば………。

 あの少年のことを知りたいと思う気持ちはそれぐらいちっぽけなものだった。

 学校言って、昼食食べて、勉強して。

 帰って、夕食食べて、一応宿題をして、ダラダラ過ごして。

 さあ、寝よう、という時。私のささやかなる思いつきはまだ生きていた。

 携帯をいじくりアラームをセットした。

 さて、今日はもう終わりだ。電気を消して、目を閉じて、今日を思い返すことなく意識を閉ざして、寝よう。


 ピピピピピピピッ――――……カチャ。

 電子音につつかれた私の意識はなんとか起動することに成功した。

 いつものようにどんよりした気分の中、なんとか半身を起こしカーテンを開け放つ。

 重たい瞼を支えること数分、窓の端のほうからあの少年の姿がうかがえた。首から大きな一眼レフカメラを提げて、てくてくと家の前の道路を横切っていった。

 嗚呼、きっと毎日………。

 目的を果たした私は枕に突っ伏した。


 それからというもの、私の脳裏にはあの少年のことが幾度となくちらついた。

 きっと今日もカメラを携えて私の家の前を通りすぎたのだろうなあ、とか、はたして一体毎日何を撮っているのだろう、とか。

 だけどあの日以来、気まぐれに早く目が覚めるということはなく、また六時前に目覚ましをセットしてまで早く起きる気力もなく。放っておけばあの少年の存在は私の中から薄くなっていくだけだった。


 数週間たったある日、季節は梅雨。

 バチバチバチバチッ――――。

 と、激しい雨がガラス窓を打ちつける音で私は目を覚ました。

 時計を見ると六時少し前。

 ―――まさか、ね。

 既視感を覚える感覚でカーテンを開けた。

 またもやドンピシャ。あの少年がカメラを雨に濡れないようにお腹に抱えて走っていくのが見えた。

「………あーもうっ」

 僅かな逡巡の後、私はベットから飛び降りて真っすぐ玄関に向かった。私とお父さんの傘を抱えて寝巻のジャージのまま家を飛び出して少年の後を追った。

 少年はまだ前方50メートルほど先を走っていた。

 二つの傘を脇にかけてサンダルのまま私は駆けだした。

 生ぬるい雨が全身を打ちつける。叫んで呼びとめてもよかったのだが、普段大声など出す機会はなく、なんだか気恥ずかしかった。

 少年はカメラをかばって走っているためスピードが遅く、差は徐々に縮まっていった。

 後少しで住宅街を抜けようというとき、私は遂に追いついた。雨の音のせいか気付かれてはいない様子。

 走りながら少年の肩に手を置いた。彼は一瞬ビクッと体を震わせ勢いよく後ろ―――私の方を振り返った。

「はい」

 そんな様子がおかしくて私は少し笑いながら傘を手渡した。

「ど、どうも……」

 戸惑いを前面に出しながらも彼は素直に傘を受け取ってくれた。

 私たちは傘を差しててくてくと歩く。1分もたたぬうちに住宅街を抜け、面前に広がるのは大きな道路と隣接する田園。そして遥か向こうにはT山連邦。

 彼は立ち止りカメラを構えた。傘が邪魔そうだったので私が持ってあげた。

「どうも……」

 カシャッと音を立ててカメラは風景を切り取った。

 しかし、今日は雨で雲が低く山が半分も隠れている。曇天の空の下のうすぐらう風景はお世辞にも美しい風景とは言えなかった。

「えーと、君は?」

 ひと仕事を終えた彼は私に向き直ってそう訊いた。

「野宮美月……」

「あ、坂上光太郎……、じゃなくて。えーと、なんでわざわざ傘なんか?」

「その、目が覚めて、カーテン開けたら君が走っていくのが見えたから」

「それだけ? 偉く親切というかなんというか……」

「ううん、本当は少し前から君のこと知ってたの。毎朝うちの家の前をてくてく歩いて何処に行っているんだろう、そのカメラで何を撮っているのか。気になって夜も眠れないってほどでもないし、最近は特に興味は薄れていたんだけど、今日雨の音で目が覚めて、君が走って行って、それで、うん。」

「ふーん。まあ雨の中立ち話もなんだし取り敢えずどこか―――」

 私たちは住宅街の中にある小さな公園に足を運んだ。

 この公園は四方八方住宅に囲まれており、サッカー、野球などの球技は十分にできない。そのためたまに子供が遊んでいるかと思えば公園にきてまでゲームをしているのだ。

 そんな閉塞感のある公園の雨宿りできる屋根のあるベンチに私たちは座っていた。

「昨日の夕食は覚えてる?」

 なんの前振りもなく光太郎君はそう言った。

「ご飯、みそ汁、ほうれん草のおひたし、シシャモのから揚げ……」

「じゃあ一昨日は?」

「ご飯、みそ汁、肉じゃが、サラダ……」

「じゃあその前は?」

「ご飯、みそ汁……って何なの? いきなり」

「じゃあ例えば一年前は? 覚えてる?」

「いや、さっぱり」

「夕食に限らず、一年前の今日、何が起こったのか、何を想っていたのか、君は少しでも覚えてる? 思い出せる?」

「全然……、そっちはどうなのよ」

 先ほどから問いただされてばかりの私は逆に問いただしてやった。

「正直あまり、と言うよりはほとんど思い出せない。だけど証はある、一年前の今日、自分の生きた証が」

「それが写真?」

「そっ」

「どれぐらい前から続けてるの?」

「もう、二年ぐらいかな」

「同じ風景を?」

「そう。さっき撮った場所で、大体同じ時間に。冬はこの時間じゃまだ真っ暗だからもう少ししてから撮ってるけど」

「ふーん。よく続くね。私なんか前に日記をつけよう、と決意したものの三日ともたなかったし……」

「どうして?」

「どうしてって……」

 まさか、こんな問いが来るとは思わなかった私は答えに詰まった。

 どうして。

 さて、どうしてだったかな。ただすぐ飽きたから。どうして飽きた? 

「変わり映えしない毎日に飽きて?」

 心の中で出た答えを先に言いあてられてしまった。

「うん、たぶん」

「実は自分も最初は日記をつけてたんだ、でもすぐ飽きた。それでも二週間ぐらいは頑張ったんだけど。でも趣味もなにもなかったし、毎日はただ過ぎて行くだけで、印象に残る出来事なんてそうそうなくて。すぐに日記を書くことがつまらなくなって、飽きて、やめた。でも写真は今もこうして続いている」

「なるほどね」

 それでも二年も継続して毎日こんな朝早く起きて写真を撮り続けることは日記を付け続ける以上に大変なことではないだろうか。

「そして今日撮った写真を夜寝る前にプリントしてその裏に何か一言、ほんの些細なことでもいいから一言書いて今日を終わる。書くことがなかったら夕食のメニューでもいいし」

 少しはにかんで彼は言った。

「ねえ、見せてよ」

「うん?」

「今まで撮った写真」

「いいけど、同じ写真ばっかでつまらないと思うよ」

「いいから」

「……わかったよ」

 そうして私は今までの写真を見せてもらうことになった。

 光太郎君は同じ住宅街に住んでいて家は私の家とそれほど離れていなかった。もしかしたら今案ですれ違ったことぐらいあるかもしれない。

 いつの間にか雨はあがっていた。

 家に帰って久しぶりに父親と一緒に朝ご飯を食べた。早く起きた私を非情に珍しがっていた。ちょっとむかつく。

 家を出るまで後一時間もある。暇だ。

 ニュースを見ながらだらりソファーに横になった。

 ……………

 ………

……ん?

 どうやら眠っていた模様。

 テレビに映ったデジタルの時計は八時二十分。

「やば……」


 なんとか遅刻せずに学校に着いて、授業を受けて、昼食を食べて、あっという間の放課後。

 光太郎君とは五時に公園で待ち合わせと言うことになっていたので、ゆるやかにより道などしながら時間に合わせて帰った。

 五時ジャストに公園に着いたとき光太郎君はすでにいた。

「おまたせ」

 学ランを着ているかれは今朝とは少し違った印象を受けた。

「じゃあ、こっちだから」

 彼は徒歩だったので私は自転車を押しながら彼に続いた。

 暫く歩くと私の家の前を通った。

「あ、ちょっと待って」

「ん?」

「自転車置いてくる」

 そう言って急いで自転車を車庫にしまい、ついでに鞄を玄関に放り投げてきた。

「家、ここだったのか」

「そそ、ちなみにあそこが私の部屋」そう言って青い遮光カーテンがかかった窓を指さした。「あそこから見てたんだよ」

「毎日?」

 彼は少し頬を染めらがら訊いた。

「え、たまに……」

 たまにと言うより片手で数えれるぐらいだけど。

 数分歩いた。

 光太郎君に不意に立ち止まり言った。

「ここ」

 私の家もそうなのだけど、光太郎君の家も屋根の色ぐらいは違えど、左右上下の家とそう大差ないにたりよったりの造りをしていた。

「おじゃまします……」

 高校生になって男の子の家に入ることなど初めてだったのでいささか緊張した。幸いにも両親は外出中らしい。……逆に危険? なんて。

「両親は共働き?」

「そ、両方公務員」

「へぇ……」

 公務員といっても教師、警察官、外交官、などなど、まあいいか。

「こっち」

 階段を上る彼に続く。

「まあ適当に座って」

「うん」

 青いカーペットの上に転がっていたクッションを座布団代りにわたしはベッドに背中を預けて座り込んだ。

 光太郎君はがさごそと押入れを漁っている。

「あったあった」

 そう言って一つのダンボール箱を取り出した。

 そこには小さなアルバムが大量に所狭しに押しこまれていた。

「大体一冊でひと月分」

「みていい?」

「ご自由に」

 私は一番端の一冊を手に取り、ぱらぱらとめくった。

 前もって聞いていたのでわかってはいたが、本当に同じ山の写真ばかりだった。それでも霧が濃くて真っ白な写真、曇天の曇り空の黒っぽい写真、太陽の光がきれいに刺さった美しい写真、同じ構図なのにまったく違った写真に見えた。

 そういえば、写真の裏に一言何か書いているとか何とか……。

 光太郎君の方を盗み見ると同じようにアルバムを眺めていた。それを確認し、ばれないようにこっそりと一番最初の写真をそうっとアルバムから抜き出した。

 『怖い。毎日が何の意味もなさずにただただ流れていく。予定調和の毎日をいつか思い返す事があるだろうか。わからない。怖い。だから、少しでも日常に抵抗を、少しでも今日生きた証を。いつかの自分へ。いつか今日を思い出して』

 一言と言うには少し長い、最初だからかな。

 しかしなぜだろう、ずっしりと重く響くこの言葉は。国語の教科書に載っていたどこかの偉い人の格言よりも遥かに心に染みわたる言葉。


 いつか今日を思い出して。


 いつの間にか何度も読み返した。

「あっ! 何読んでんだよ」

「え……、あっ」

 ものすごい勢いで横から写真をかすめ取られた。

「まったく」

「別にいいじゃない」

「嫌だよ」

「なんで?」

「恥ずかしいから。人の日記を読むようなもんだぞ」

「でも、その言葉。なんていうか、すごく感動……というより、なんか、うん。なんかよかったよ」

「……ああぁぁ~~~~」

 何やら彼は頭を抱えて悶えだした。

 そういえば、友だちがノートに書いていたポエムを発見して、こっそり読んでいるところを見つかった時の友だちも同じような反応してたな。なんか悪いことしたなあ。

 ……これからは他人のプライバシーを尊重しよう。

「ねえ」

「……ん?」

「私もやっていい?」

「何を?」

「これ」

 そう言ってアルバムを指さした。

「写真? それはまあ俺の許可なんか取らずに自由にやればいいんじゃない」

「うん、じゃあマネする」

 私も何かを始めよう、そう思った。

「そのカメラっていくらぐらいするの?」

 机の上に置いてあるカメラを見上げて私は言った。

「これは中古で五万ぐらい」

「五万……カメラって結構するね」

「デジタル一眼レフはそれなりに値が張るかな。でも普通のデジカメなら一万以下のもあるし」

「でもなんかデジカメじゃ格好がつかない」

「一眼レフは綺麗に撮れてレンズとか交換できて格好いいかもしれないけど、その反面でかいし重いよ。だけどデジカメは軽いし、小さいしから持ち運びは便利だよ」

「うーん……、じゃあ今度カメラ選び付き合ってよ」

「えっ……」

「嫌?」

「別にいいけど」

「じゃあ今週末の土日のどっちかね。予算は二万ぐらいで……」

 そうして約束を取り付け、私たちはアドレスを交換し合った。

 その後暫く写真を眺めて私はお暇した。

 今日はいつもと違った。

 きっと今日のことは幾度となく思い出す事があるだろう。



 『雨のち晴れ。変わった娘に出会った。いきなりジャージ姿で後ろに現れた時はかなりあびびった。つまらない山の写真なんか見たいなんて言って、家に来て、勝手に裏側を見て。だけど嗤うことなく誉めて(?)くれた。よくみると髪がさらさらで結構可愛い。カメラを見に行くことになった。仲良くなれるといい。久々に長いこと描いたような気がする。それほど今日はいつもと違った。だから写真なんかに、言葉なんかに残さなくてもきっと今日のことは忘れないだろう。だけど、怖いから、残すんだ。いつか今日を思い出して』







最後まで読んでくださった方、

ありがとうございます>_<

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