↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

誰だっけ

作者: 時輪めぐる
掲載日:2026/08/11

拙作『俺にはわかる』、『僕には聴こえない』の続きとして書きました。

前二作と合わせてお読みになることもできますが、単独でもお読み頂けます。

 此処に来て、どれくらい時が流れたのか。


 深い、深い井戸の底。井戸だよな? 直径3m位の円筒形の壁に囲まれ、はるか上に口がある。


 コンクリートでも金属でもない、何か分からない物でできている壁は、ツルツルしていて上れない。時折、360度鏡面に変わったりする。マジックミラーか、壁向こうに複数の存在を感じて気持ちが悪い。視線を向けられている気がする。


 と、ここまで考えて、そもそも、今考えているのは誰なんだという疑問にぶち当たる。もう、気が遠くなるくらい繰り返す思考。


 自分が誰なのか、どうして此処にいるのさえ、分からない。


 けれど、不安はない……はずだ。


 暑くも寒くもなく、生存するのに困らない。


 食いたい時に食い、眠りたい時に眠る。


 食料は井戸の上部から、どこか自分の体に似ている肉片が降ってくる。


 味は、まぁ、そこそこ。水が飲みたければ「水」と、排泄したければ「排泄」と考えれば、どういう仕組みか分からないが、壁から水や便器が出現する。この生活に満足している。……なのに、肉を噛むたび、嫌な気持ちになる。何かが変だ。変なのに、変ではないと頭が繰り返す。その矛盾を考えようとすると、眩暈がして思考が途切れてしまう。





 ある時、目覚めると壁が透けていて驚いた。


 初めて見る井戸の外。薄暗く広い空間に、同じような透明な円筒形の井戸が林立している。


 井戸の口は高くて、体を仰け反らせても見えない。


 その一つ一つの中に何かがいて蠢いていた。


 一番近くの奴は、自分の井戸の壁を内側から、叩いて、大きな口を開けて何か叫んでいるようだ。が、聴こえない。


 聴こえない? そこで気付いた。音がしない。自分はずっと静寂の中で生きてきたのだと。


 その事実が、急に恐ろしくなる。物音ひとつしない。自ら発声もしない。おかしくないか? 不安が胸をせり上がってくる。


 アイツは何かを叫んでいる。


 アイツは何だろう。


「に、にん、げ……」


 口が勝手に言葉を紡ぐ。


 不意に「人間」という言葉が浮かぶと、自分の中で急速に霧が晴れるような感覚があった。


「人間」


 もう一度声に出してみる。自分の声なのか?


 たどたどしく、掠れた声。


 自分の手を見、アイツを見る。同じだ。アイツも自分も人間。アイツは腕にXの様な印がある。


 アイツがこちらを見た。目が合った。


 あ、あれ? コイツどこかで。


「つ……り?」


 アイツの口が、「つり」と動く。


 つりって、何だっけ。知っていた気がするが、思い出せない。


 続けて口の動きを追う。


「S……はま?」


 考えようとすると、頭が痛い。


 立ち並ぶ透明の井戸の間を歩くものがいる。薄暗いのでシルエットでしか分からない。


 しばらくして、一瞬、赤い髪が壁を過ると、突然、アイツの井戸の壁が不透明になり、続いて自分の井戸の壁も不透明になった。


「つり」「Sはま」「赤い髪」……何かが引っ掛かる。が、気のせいだろう。気のせいにしておかないと、吐きそうになる。


 さっき垣間見たのは何だったのだ。


 自分は人間で、同じように複数の人間が井戸の底にいるのは分かった。でも、人間は、こんな風に生活しないよな。開口部があって、外が見えるし、出入りもできる。水や便器は壁から出現しない。何といったか、「家」とか「部屋」に住んでいる。


 たぶん、自分もそうだったはず。


 じゃあ何故、自分は、この井戸で暮らしているのだ? 


「痛っ!」


 考えると頭が割れそうに痛んだ。


 さっき見たアイツは、何かを伝えようとしていたんじゃないのか。


「……『つり』って、釣りのことか? S浜で?」


 不意に蘇る暗い海の波音、潮の香り。


 何故か、心臓がバクバクする。


 煌々と月に照らされた白い砂浜。


 息が浅くなり、肩が上下する。


 そして、赤い髪の――


 思い至った瞬間、記憶の底から、黒い塊が逆巻きながら押し寄せた。


 こめかみの血管がズキズキと拍動する。


「あ、あ、あ……」


 恐怖に目が見開かれる。慄く両手で頭を抱え膝から崩れた。


 自分は、何かに乗せられて――


 そうだ。体が振動を覚えている。


 何も聴こえなくなって、此処に。


 何の為に?


 時折、壁に出現する小窓に体を差し入れ、何かをされると、ご褒美のお菓子をもらえる、赤い髪の人に。


 あ、あれ? 頭に何かされた?


 まだらに戻った記憶が恐ろしくて、叫び出したくなる。






 それからどれくらい経ったか、井戸の口が開いて、肉が降って来た。


 人間の自分とよく似た肉には、Xの印が付いている。吐き気が込み上げた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。