ヘンゼルとグレーテル異聞 ~甘いのはもう無理です~
むかしむかし、とある森の近くに貧しい木こりの家族が暮らしていました。
その年は酷い飢饉で、もとより貧しく蓄えのなかった木こりたちは、明日食べるものにも困る有様。
ついに夫婦は、一家心中するよりはと、子供たちを森に捨てる事を決めました。
空腹で眠れずにいた子どもたちは、そんな両親の話を聞いていました。
兄、ヘンゼルの機転で一度は無事に戻ってこられた兄妹でしたが、二度目はきっちり捨てられてしまいました。
「さて、困ったね、グレーテル。帰り道がわからないや」
「そうね、私もわからないわ。でも、うちに帰ってもまた捨てられるだけよ」
「まぁ、そうだね。どうにかして森を出て、町へ向かおう。そして、孤児院や教会に保護してもらおう」
そう言って、森を出ようと兄妹は真っ暗な森を彷徨い歩きました。
するとどこからともなく、甘い匂いが漂ってきました。
貧しい生活で、もう何日もまともな食事にありつけていない兄妹は、思わず匂いの元へと足を向けていました。
ヘンゼルの脳内では警鐘が打ち鳴らされていましたが、利発とはいえ子供。空腹には逆らえなかったのでした。
甘い匂いにつられてたどり着いた場所にあったのは、こじんまりとした家、のようなものでした。
窓はクッキーと飴、屋根はビスケットとチョコレート、壁はケーキでできていました。花壇の花すら飴細工のようです。
「これは……明らかに怪しいね」
「そうね、でも美味しいわよ?」
「グレーテル、食べるの早くない?もう少し悩もう?」
「腹が減っては戦はできぬ、よ。食べてから考えましょ」
気が強く、少々向こう見ずなグレーテルは、壁のケーキをむしり取り、もっしゃもっしゃと頬張っています。
ヘンゼルも、そっと屋根のビスケットをつまんで食べました。
「美味しい……」
そこからは二人して遠慮なく家のあちこちを食べました。
利発とはいえ子供。目の前の誘惑には逆らえなかったのでした。
「あら、私の家を食べているのはだぁれ?」
「っ!!」
二人がさっと振り向くと、ずいぶん近い距離に真っ黒なとんがり帽子に真っ黒な服を着た、いかにもな女性がいました。
「あのっ!勝手に食べてごめんなさい!!」
ヘンゼルが思わず謝ると、女性はそれを遮るように微笑み、
「あぁ、全然怒っていないのよ?この通りたくさんあるから気にしないで。それよりこんな時間にこんなところで子供だけだなんて危ないわ。一体どうしたの?」
「私たち、親に捨てられたの」
グレーテルがさらりと話した後を引き継ぎ、ヘンゼルが事情を説明しました。
「まぁ、なんてこと!子供だけでこんな深い森を抜けるなんて危険だわ。もう遅い時間だし、今夜は泊まっていきなさいな。さぁ上がって」
そう言ってお菓子でできた家に招かれると、様々なお菓子と甘い飲み物でもてなされ、兄妹は久々に満腹を味わいました。
さらに、ここで眠るようにと二人に与えられた暖かな部屋。清潔でフカフカのベッド。
ヘンゼルの脳内では警鐘が打ち鳴らされていました。
「ねぇ……絶対おかしいよ……きっと何か裏が……」
「すぅ……すぅ……」
とても安らかな寝息が聞こえます。
「え……もう寝たの?嘘でしょ……うぅ、僕も……もう……」
利発とはいえ子供。疲労には逆らえなかったのでした。
翌朝。
ヘンゼルは甘ったるい香りと寝心地の悪さの中、大きな悲鳴に飛び起きました。
「きゃぁあ!」
「な、なに!?どうしたの!?」
寝起きのヘンゼルの目に映るのは、昨日助けてくれた女性の背に乗りあげ、腕をひねり上げているグレーテルの姿でした。
「こいつ、兄さんに夜這いしようとしたわ」
「よ、夜這い!?」
「いたたた!!!待って、違うの!誤解よぉ!冤罪だわぁ!!」
ひねり上げられた腕が痛むのか、冤罪をかけられているからか、女性は涙目です。
「グ、グレーテル、とりあえず、もうちょっとだけ緩めてあげよ?ね?ご飯も寝床もくれたんだから、恩を仇で返してはいけないよ」
「そんなお人好しなこと言って……」
「まずは、話を聞こうよ、すぐに暴力に訴えてはいけないよ!それに、子供に夜這いをする大人なんて、いるわけないよ」
「兄さんは本当に世間知らずなんだから……まぁ、いいわ。言い訳ぐらい聞いてあげる。なんで夜這いしたの?」
気の強さでは右に出るもののないグレーテルが、ツンと顎を上げ女性に尋ねました。
「だから夜這いじゃないのよぉ!その、私の呪いが人間に影響していないか、気になって、毛布をめくろうとしただけなのぉ……」
「「呪い?」」
めそめそと話す女性の言葉に、ヘンゼルとグレーテルはそろって首を傾げました。
「ほら、ベッドと毛布をよくごらんなさいな、呪いの影響が出ているでしょう?」
そう、女性に促され、ヘンゼルがよくよく自分の毛布やベッドを見ると、昨日はあんなに清潔でフカフカだったベッドは、ふわふわのスポンジケーキと真っ白なクリームに、毛布はもっちりとしたクレープ生地になっていました。
「うわぁ!なんかねっちゃりすると思ったら、クレープの具になってたの!?」
「む、そういえば私もクリームまみれだわ」
「これは一体……あぁ、まずは謝罪だ、妹が乱暴してしまって、本当にごめんなさい。ほら、グレーテルも!」
「うぐ……咄嗟のこととはいえ、膝に蹴り入れて、腕をひねり上げて、床に顔を押し付けて、ごめんなさい」
「グレーテル、ほんとに何してるの!?ちゃんと反省して!!」
二人はそろって女性に頭を下げました。
「あいたた……。はぁ。本当に、耳年増でよく鍛えられた妹さんね……。まぁ、子供のすることですもの。許しましょう」
「ありがとうございます。それで、いったい何が起きているのか、教えていただけませんか?」
「詳しく話せば長くなるのだけれど……」
そう言って彼女は語りだしました。
曰く、自分は魔女で、同じく魔女である友人に呪いをかけられたのだ、と。
彼女のいる場所は一晩もすればすべて甘いお菓子に変わってしまう。
それどころか、食事を作ってもいつの間にかお菓子になっているか、お菓子のように甘くなってしまう。
「汲んですぐの水も砂糖水になるし、目玉焼きを作っても、食べると黄身はカスタード、白身はババロア!塩を買ったのに、塩味はしなくて甘味がするだけ!!飼っていた鶏もいつの間にかメレンゲ細工になっていたわ!!!……こんな呪いのために、もうずっと甘いものしか食べられていないの。もう、発狂しそう」
「な、なるほど。それは、辛そうですね」
「今回貴方たちがお菓子にならなかったのだから、人間は変わらないのかしらね。さっきの狼藉のお詫びに、ちょっとかじらせてくれない?」
「ひぃ!!お、落ち着いてください!早まらないで!」
「やっぱり、さっきヤッておくべきだったわね」
「グレーテルも早まらないで!?とにかく、二人とも落ち着いて!なにか考えますから!!」
ヘンゼルは自分の身の安全と、妹のこれからの人生のために、頭を抱え、唸りながら考えました。
そして、思いつきました。
「そうだ!なんだってお菓子になるなら、それを利用しましょう!あなたのお菓子を僕らが売って、甘くない食事を僕らが提供します!」
「うーん、そんなにうまくいくかしら?買ってきた塩すら勝手に砂糖になっているのよ?この場であなたたちを食べちゃった方が手軽じゃない?」
魔女は怪訝そうな顔をしました。
「く、汲んだ水すら甘いなら、僕らをかじってもきっと甘いですよ!!」
「うーん、たしかにそうかも?」
「試してみないとわかりませんが、もしかしたら魔女さんの手を介するのが、ダメなんじゃないかと思うんです。だから僕たちが買った食材で、僕たちが作って、僕たちが魔女さんに食べさせれば……」
「なるほど!それは確かに試せていないわね。私、魔女だし、人里で正体がバレたら殺されちゃうもの。友達もいないし……」
「ですから、魔女さん。町にお菓子を持っていくための、地図と鞄をくれませんか?」
ヘンゼルはそう、魔女に願いました。
「そうねぇ。でも、あなたが嘘をついて、戻ってこなかったら困るわ」
「では、僕を人質にしてください。グレーテルだけにお菓子を売りに行ってもらいましょう。もし、グレーテルが帰ってこなかったら、その時は僕を食べてください」
「兄さん!?」
「あら、名案ね。それならいいでしょう。今から町に行って、お菓子を売って、買い出しをして、帰ってくるとなると……三日かしら。三日経っても、妹さんが帰って来なかったときは、貴方を食べてしまいましょう」
その言葉とともに、鞄と地図がグレーテルの目の前に現れました。
「兄さん、どうしてあんなことを言ったの!」
「グレーテルならきっと帰ってきてくれるだろう?それにさっきの身のこなしなら、きっと一人でも町まで安全に行けるだろう。頼んだよ、グレーテル」
「うぐぐ……。わかったわ、三日以内に必ず戻ってくるから、絶対に魔女に気を許してはダメよ!兄さんなんてすぐに食べられちゃうんだから!」
「う、うん?あ、町で売るときは確実に売れそうな低めの金額で売るんだよ。食べ物だけじゃなく、調理道具も忘れずにね!」
ヘンゼルとグレーテルはせっせと周りのお菓子を集め、魔女が用意してくれた鞄いっぱいに詰め込みました。
グレーテルは、たった一人、お菓子をたくさん詰めた鞄を持って、魔女にもらった地図を見ながら、町へ向かいました。
そして、三日経つ前にたくさんの食材と塩、そして調理道具を買って帰ってきたのです。
「おかえり、グレーテル!早かったね!」
「兄さんが心配だったから急いだの。色々あったけど、まぁ何とかなったわ」
町に着くまでのグレーテルの身には様々な困難があり、町についてからもたくさんのトラブルがありましたが、グレーテルは何も言いませんでした。
グレーテルは、持ち前の気の強さと、向こう見ずな性格、そして少女とはとても思えない身のこなしで、何とかしたのです。
「さぁ、まずは簡単な食事を作って、魔女さんに食べてもらおう!」
そう言ってヘンゼルは適当な串に野菜と肉を刺して焼き、塩を振り、魔女の口に運びました。
「あぁ、美味しそうな匂い!もう食べていいかしら!?」
「だめですよ、魔女さん。あーんしてください」
「そうだったわね、あーん……」
魔女の口に、ただ焼いて塩を振っただけの野菜と肉が運ばれた瞬間、魔女は目を見開き、ぼろぼろと泣きながら喜びました。
「甘くない!!塩味だわ!」
その後も、ヘンゼルとグレーテルは、魔女の呪いによって生まれたお菓子を、定期的に近くの町にお菓子を売りに行っています。
そして、そのお菓子を売って得たお金で、食事を作り、魔女に食べさせてているのです。
「魔女さーん、夕飯出来ましたよー」
「待ってました!ヘンゼル君はお料理上手ねぇ」
「ふふ、ありがとうございます。今日の夕飯は肉じゃがですよ!」
魔女は相変わらず、ヘンゼルに食べさせてもらっています。
「ねぇ、グレーテルちゃん。あなたが昨日、うちに持ち込んだ動物の骨が、何かプルっとしたお菓子になっていたんだけど」
「あら、パンナコッタになったのかしら?いただきにいくわね」
「グレーテル、魔女さんのおうちをごみ処理場にしてはいけないよ?」
魔女の呪いは今も解けていませんが、三人は仲良く、幸せに面白おかしく暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
お菓子で出来た箱庭を見て、
「こんなに小さくても、これだけ甘い匂いがするなら、童話のお菓子の家はもっとするんだろうね。」
「甘いもの嫌いになりそう。」
と相方が言ったので、そこから発想して書きました。
書いているうちに、なぜか、グレーテルちゃんが強すぎる子になってしまいました。
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