市民課内規 第四十三条
1月16日の出来事
――市民課内規 第四十三条第二項
『死亡として住民票を削除した者が来庁した場合、速やかに応接室8へ通すこと。』
市民課の内規は、感情を挟む余地がない。
書いてあることを、書いてある通りにやる。それだけだ。
***
その日、窓口に立った男性を見た瞬間、私は気づいた。
――私が、削除した人だ。
三か月前。
事故死として住民票を削除した男性。
端末にも、紙にも、私の処理記録が残っている。
「すみません」
男性は、穏やかな声だった。
「転出の手続きをお願いします」
内規が頭に浮かぶ。――第四十三条第二項。
私は何も言わず、
男性を奥の応接室8へ案内した。
扉を開け中に入る。
「こちらへどうぞ」
案内した年季の入ったソファに腰かける男性。
にこやかな顔で壁に貼られた掲示物を眺めている。
「お引越しは、どちらのご予定ですか?」
男性は、頭をポリポリとかき、少し考えてから答えた。
「市外になるんですよ」
「そうなんですね。お仕事の関係ですか?」
「ええ、まあ、そうですねぇ」
その後、会釈をして私は部屋を出た。
自分の机に戻ると、先輩職員が声をかけてきた。
「今の、四十三条対応?」
「はい。今回が初めてでした」
「そうかそうか、一応、確認なんだけど」
先輩は、画面から目を離さずに言った。
「速やかに、やったよね?」
私はうなずいた。
「はい、すぐに応接室8へ通しました。あの方、お仕事で市外に転出されるそうです」
先輩の手が止まった。
「…ん?一応確認だけど……」
少し間を置いて、続ける。
「何か、話した?」
「はい、業務に関係ないことを、少しだけ」
先輩は、黙って内規ファイルを開いた。
第四十三条第二項の下――補足事項。
『速やかにとは、職員側からの定型通知のみを指す。
原則として、対象者への質問、会話、応答を行ってはならない。』
先輩は、それ以上、何も言わなかった。
慰めもしない。叱りもしない。
ただ、その瞬間、先輩の存在がずっと遠くに行ってしまったような錯覚を覚えた。
いや、先輩が変わったのではなく、私だけがずっと遠くに行くような……そんな感覚だった。
その日の業務は、通常通り終了した。
応接室8は、最後まで静かだった。
***
1月27日の市民課での会話
「課長、新人研修の際、四十三条対応についてはもう少し時間を割いてくださいね」
「ああ、そうだなぁ。職員不足もあるし、ロープレもしておいたほうがいいのかなぁ」
「まあ、そこまでは必要ないかもしれないですけど」
課長の机の上には処理済みの書類が一枚。
『第四十三条案件 1月26日対応済』
担当者欄だけは、空白だった。




