8. ゲーム開始 = 破滅の始まり
どこの世界も共通らしい、学園長の長くて有り難さのない話を締めとして入学式が終わった。
今日は入学式だけで終わるが、明日はクラス分けをするための実技、学力試験がある。明後日から授業が始まるのだ。
(そうは言っても、マギアカのイベントは入学式から始まるから、今から気を引き締めないと)
「あ、あのっ! アルベルト様!」
入学式ではどんなイベントがあっただろうと思い出していると、俺の名前を呼ぶ声が意識を引き戻した。
「わた、私とお友達になっていただけませんかっ!?」
彼女は黒縁メガネの大人しそうな女子だった。怯えるように背中を丸めている。
緊張のせいで想像以上に大きくなったらしい声が響いた。周囲の視線が俺たちに注がれる。
(ああ、こんなイベントもあったな)
入学式の後、主人公はこのシーンを目の当たりにする。そしてアルベルトは言うのだ。『男爵家の令嬢如きが俺と友達に? 笑わせるな。身の程を知れ』と。
これをきっかけに、主人公とプレイヤーはアルベルト=嫌な奴という認識を持つ。
つまり、この場に主人公がいるのだ。
「俺はアルベルト・ヴォルフシュタイン。貴様の名は何だ」
「さ、サーシャ・ドルトンと申します、アルベルト様」
「敬称は不要だ。友ならば、対等なものだろう。サーシャ」
「あ、ありがとうございます!」
第一印象は大切だ。これで主人公は俺を身分を意識しない貴族と思い、少しは好印象を残せているはずだ。
何なら、ここにいる主人公を見つけて実力に気づいた強者ムーブでもしよう……か……。
そこで気づいた。欲に塗れた目が俺を囲んでいることに。
人で作られた波が押し寄せてくる。
「アルベルト様! 僕とも友達になってくれませんか!?」
「いいえ、わたくしと!」
「いや、オレと!」
「あたしと!」
「おいどんと!」
アルベルトは腐っていても大貴族。取り入ろうとする人が出てくるのも当然だった。
(さっきの今で邪険にするわけにはいかない。かといって全員相手するのは……待って。おいどんって言ったの誰? おいどんさんだよね、隠しキャラの。その人とはぜひ友達になりたいんだけど)
迫り来る人の中からおいどんさんを探す俺。そんな時、カツンと床を踏む音が響いた。
「アルベルト様、少々よろしいでしょうか?」
「……リリス様」
リリスは涼し気な顔で周囲を見回す。
「皆様、申し訳ございません。二人きりで話したいことがありますので、失礼します」
にこりと圧を感じる笑顔を残して、俺の腕を取り歩き出す。
誰もいない廊下をしばらく歩き、人の気配が完全になくなったところで彼女は体を離した。
「……何の用だ」
「ただの抜け出すための口実ですよ」
うふふ、と笑みを浮かべるリリス。
「口実?」
「人気者になっているアルベルト様を見ていると嫉妬してしまいまして」
白々しい言葉を並べ立てるリリス。
ただ、彼女が言いたいことはわかった。
「すまない。迂闊だったな」
たとえ両者に取り入ろうという思惑がなくても、それを周囲が理解するとは限らない。
貴族である以上、いや、貴族でもそれなりの地位にいる以上は、それなりの立ち居振る舞いをしなくては。
「利益のある方とだけ関わるように、とは言いません。ですが、損得をまったく考えないのも要らぬ問題を抱えることに繋がります」
「以後、気をつける。リリス様に迷惑をかける訳にはいかないからな」
「あまりお気にならさず、頭の片隅にでも置いていてください。……ああ、それと」
ちらりと俺を流し目で見る。
「婚約者なのですから敬称は不要です。リリス、と呼んでください」
「……わかった。それなら、俺のことはアルベルトと」
「それはご遠慮させてもらいます」
「そ、そうか」
ピシャリと拒絶されてしまった。
ガクりと肩を落とすと、ふふっと彼女は悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「私はアベル様、と呼ばせていただきます」
「アベル……?」
「ニックネームです。お嫌ですか?」
「驚いただけだ。問題ない」
「でしたら、今後はそう呼ばせてもらいますね」
さっきまでどこか怒っているような気配を感じたが、今は嬉しそうな気配をしている。
「ああそうだ。これからアメリアとお茶をするのですが、アベル様もご一緒にどうですか?」
「用事がある。折角の誘いだが、遠慮させてもらう」
「そうですか。では、またの機会に」
社交辞令を定型文で返して、俺はリリスと別れた。用事があるのは本当だ。
何せ、入学式にはイベントがあるのだから。
☆ ☆ ☆
入学式後のイベントとして、主人公がアルベルトに絡まれるものがある。当然、俺はそんなことをしないが、俺の不在によるイベントの変化を確認に来たのだ。
中庭のベンチが見える位置に身を隠す。そこから覗き見てみると、黒髪の青年が座っているのが見える。主人公――ロイドだ。
(ここまでは原作通りだな)
話しかけることはせず、主人公を離れたところで観察する。
少しの時間が経ち、中庭に数人の男子が現れた。
「何か平民くせぇ臭いがするなぁ!」
「神聖な学び舎に何やらゴミが紛れ込んでるみたいっすよ」
「はーあ。ゴミは自分がゴミだって自覚ねぇのかなぁ!」
アルベルトの取り巻きだった三人だ。セリフは違うが、やっていることは原作通り。やはり、ある程度は原作とは違う状況でも起こることは一緒なのか。
「おい。何無視してるんだよ。え?」
「てめぇだよ、薄汚い格好のてめぇ!」
「…………」
「なんだその目は。平民風情が貴族に対して失礼だろうがよぉ!」
三人組の一人がベンチを蹴り飛ばす。ロイドは地面に倒れ込み、それを見た三人組は大爆笑。
「はっはは! お似合いだぜ、地べたを這いずり回る姿はよぉ!」
「一生そうしてろよ! ゴミと間違えて踏んでしまいそうだがな!」
「あ、悪ぃ。ゴミと間違えて蹴飛ばした、わっ!」
笑いながら囲んで蹴り続ける三人組。
原作ならそろそろヒロインが助けに入る頃だが一向に現れない。そう、貴族社会において最強の発言力を持つヒロイン――リリスが。
(――あ。リリス、今アメリアとお茶の最中だ!)
まずいと思い、立ち上がる。
急がなければ、バッドエンド――破滅に繋がってしまう。最悪の想定が頭に浮かび、止めに入ろうと口を開いた。
――だが、遅かった。
鈍い音とともに人影が空に打ち上がる。そして、ドサッと音を立てて俺の目の前に落ちた。
原作でアルベルトの嫌がらせに対抗出来たのは、何もヒロインが守ってくれたからだけではない。主人公が反骨心の塊のような人間だからだ。
「よって集って平民を虐めるのかよ、貴族サマは。それって、――クソだせぇよな」
彼は土と血で汚れた顔を拭った。
貴族のような優雅さの欠けらも無い、荒波の中で育ったかのように鋭い双眸。彼の瞳には卑屈な影も媚びるような光もなく、ただただ活力に満ちている。
マギアカのファンは彼をこう呼ぶ。
――『狂犬』ロイド・エンブレッド。
余談ではあるが、もしも彼が貴族相手に暴力を振るったら即退学――バッドエンドとなり、最終的に世界が滅ぶ。




