6. 「」
フェリシアはベッドに腰掛ける俺に近づき、そのまま押し倒す。細くて白い指が俺の頬を撫でた。
「……何のつもりだ?」
俺を見下ろしてくるフェリシアに対して、そう問いかける。
「私は以前よりアルベルト様をお慕い申しておりました」
「そのようには見えなかったがな」
「ええ。身分が違いますから、気持ちを押し殺していたのです」
「なら、なぜ今になってこのようなことに及んだ?」
「それは……噂を聞いたからです」
「噂?」
暗がりからでもわかるほど、フェリシアの頬は上気していた。彼女は秘め事を話すかのように身体を押し当て、耳元に口を寄せる。
「……当主代理となったアルベルト様が使用人をお手付きしているという噂です」
じっとりとした甘い声。そして胸の辺りから感じる柔らかくも温かい感触が俺から正常な思考能力を奪っていく。
「それがなんだと言うんだ」
「……誰でも良いのなら、私を選んでください」
吐息が当たるほど近くで囁かれる甘言。疲労やらが溜まっている身からすると思わず頷いてしまいたくなる。
「誰でも良いのだから貴様を選ぶ理由もないだろう」
一度突き放すと、彼女は押し当てていた身体を離す。
「私はアルベルト様にすべてを捧げられます」
「ほう?」
俺を見下ろす黄色い目を真っ直ぐに見つめ返す。
「俺を愛せると?」
「もちろんです。私の身も心も、アルベルト様のものですから。この私にどんなことをしても構いません」
「…………そうか。ならばその想い、受け入れてやろう」
「嬉しい」
首に手を回され、抱きつかれるような格好になった。彼女の体温が薄い布を超えて直で感じる。
俺とフェリシアは見つめ合う。少しして、彼女はそっと目を閉じると、ぷっくりとした形の良い唇を突き出した。
フェリシアのモブキャラとは思えないほどに端正な顔に俺の顔を近づけていき、唇が重な――。
「『縁結び』」
瞬間、彼女の小指と俺の小指を結ぶ光の糸が現れる。『縁結び』の強制力により、俺と彼女の関係が結ばれた証だ。
「――っ!」
フェリシアの腕が閃いた。
どこに隠し持っていたのか、短剣が俺の喉元へと迫る。
刹那――ずるりと、肌を裂く錯覚を覚えた。
――しまっ!?
フェリシアの瞳に一瞬の確信が宿る。
だが、次の瞬間――。
「残念だったな。フェリシア」
甲高い金属音。
フェリシアの短剣は俺の肌を貫けず、まるで鉄の壁に当たったかのように弾かれていた。
――勝負はついた。
「貴様が父上を殺そうとしたことはわかっていた。最初からな」
「なぜ……」
琥珀のような瞳が揺れる。
彼女は諦めたように手を下ろすと、その震える指先からカランと短剣がこぼれ落ちた。
「どこまで……どうやってっ!? アルベルト様は、リリス様を疑っていたのでは――!?」
「ああ。やはり、聞いていたのだな」
「……っ。まさか!?」
あれは念の為だったが、どうやら効果はあったらしい。
「あの会話は貴様を騙すための嘘だ」
「アメリア様に用事があったというのも、全部が嘘……っ」
「違う。会話は途中から筆談になっていたのだ。俺だけだがな。アメリアへの頼みごとも、筆談で頼んだ」
アメリアと話した内容は主に二つ。父上に毒を盛った犯人は我が家の使用人であること。そして、
「頼み事がこれだ。『輝盾の守護』のバフを俺にかけて欲しいと」
喉を鉄のようにまで硬くするものだとは思わなかったが。だが、そのおかげで俺は生きている。まさかあそこまで速く動けるとは思わなかったし、一瞬死んだかと思ったが。
諦めたのか、フェリシアの体から力が抜ける。声もどこか冷たいものになり、表情もあまり動かない。これが素なのだろう。
「なぜ……私だとわかったのですか?」
「それは簡単なことだ。……貴様は綺麗すぎた」
「は?」
この世界の住人には理解できないだろう。この世界がマギアカ――ゲームの世界である以上、モブとそうではない人間という違いは存在する。
ヒロインはもちろん、物語の核となる裏切り者となれば端正だとは限らなくても個性的な顔立ちはしているはずだ。それに加え、原作設定ノートに記していた裏切り者はメイドだったという情報から犯人を絞った。
「では……お手付きをなされている、という噂も」
「当たり前だろう。王族と婚姻関係を結んでおいて、わざわざ危険のあることをするわけがない」
リリスはアルベルトに興味が無いので、大してどうこうあるとは思えないが。それでも、世間体というものはある。
「それで……私をどうされるおつもりですか」
「父上に盛った毒の解毒剤を渡してもらおうか」
「……残念ながら私は持っていません。私は所詮、使い捨ての道具ですから」
この事件の黒幕は我が家の親戚にあたる貴族。そこは孤児を使い捨ての鉄砲玉として育てるという裏の顔を持つ家だ。
だから、フェリシアの言っていることは本当だ。失敗すれば切り捨てる道具にわざわざ保険を掛けるわけがない。
父を助けるのであれば、彼女の先にいる人物を叩くべきだった。今から動くのでは間に合わない。原因を突き止める前に父が死に、ゲームオーバーだ。
――今から動くのであれば。
不意に、こんこんっと扉が何度も叩かれる。そして慌てたような、けれども喜色を含んだ声が聞こえてきた。
「お兄様! お父様が、――目を覚まされました!」
その吉報にフェリシアは信じられないものを聞いたかのように目を見開く。
「どうして……」
「言っただろう? 最初から、すべてを知っていたと」
父が倒れたあの日からすべてが動き出していた。俺一人では間に合わなかっただろうから、どこかの婚約者に大きな借りを作ることになったが。
「なら、どうしてこんな茶番をっ!」
「必要だったからだ」
「必要? 私がやったことを知っているのなら、わざわざ泳がせる意味は……!」
「貴様を手に入れる。その必要があったのだ」
俺のスキル『縁結び』は互いの合意があれば、どんな契約にも強制力を働かせるスキル。
「俺の道具になってもらうぞ、フェリシア」
「アルベルト様の、道具……?」
「そうだ。俺の道具として、手足として、駒として俺を支えろ」
俺は起き上がると、アメリアが待つ扉の先に足を進める。
「安心しろ。この契約は俺が学園を卒業するまでの三年間だけだ。それが過ぎれば、貴様を自由にしてやる」
破滅エンドを避けるために今、俺には手札が少ない。その数少ない手札でさえも、俺の行動の影響によって原作から状況が乖離してしまえば意味が無くなる。
「……拒否権は、ないのでしょう?」
月明かりに照らされ、彼女は儚げに笑う。
「ない。だが、ここで死ぬよりはマシな未来を保証してやる」
――学園に入学まで残りひと月を切った。破滅エンドまでのカウンドダウンが、今始まろうとしている。
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