21. 「居場所」
――私の一日は主を驚かすところから始まる。
「……いつから居た」
「『今日も朝が来てしまった……』からですかね」
「それならば早めに声をかけろ」
最近では無断で部屋に侵入しても何も言われなくなった。親密度が上がったおかげだろう。決して、諦めた訳では無いはずだ。
うんうんそうに違いない。
「……俺は着替えるが」
「お手伝い致しましょうか?」
「出ていけ、という意味なのだが?」
「お手伝い致しましょうか?」
「……もう良い。好きにしろ」
決して諦められている訳では無いはずだ。多分。
私とご主人様は奇妙な縁で結ばれている。主従関係と、一言で言い表せないような関係だ。それを私は心地よく感じていた。
「では、行くぞ」
「はい」
私たちの関係の始まりはご主人様の祝福だった。『縁結び』という奇妙な祝福が、私の運命を決定付けた。
身も心も貴方のもの、という言葉がどのように作用したのかは分からない。だが、それから彼の意に反するように動いたり、危害を加えようとすれば痺れや頭痛を感じるようになった。
肉体関係を持てば祝福が役割を果たしたと判断し、呪縛が解けるかと思い試したが、そこまで上手くはいかなかった。
「あ、お兄様!」
アメリア・ヴォルフシュタイン。
私がご主人様に迫る時、なぜか毎回邪魔に入る。ただの偶然だと思うが、そう何度も起こると何かあるのではないかと疑ってしまう。少しばかり警戒をしなければ。
「――フェリシアはどう思う?」
「よろしいかと思います。アメリア様の良いところが発揮されるかと」
注意せねばならないことはもう一つあった。
それは、――私がこの関係を続けたいと思い始めたことだ。
☆ □ ☆ □ ☆
ご主人様が学園で授業を受ける、あるいはご学友と戯れている間も私にはやるべきことがある。
「ふぅーん。なるほどねぇ?」
学園の図書館。
彼女は授業中であるにも関わらず、当然のようにそこにいた。
「うんうんうん。いいよ、調べておこう」
「よろしいのですか?」
「キミから頼んできたんじゃないか」
「断られると思っていましたから」
「興味がある内容だったからね。ボクは魔法にしか興味を持てない俗物ではないんだ」
カリナ様は渡した資料を一通り目を通すと、魔法でそれを灰にする。この一瞬で内容を全て頭に叩き込んだのだ。
「それに、あの名家の出来損ないくんの頼みなのだろう?」
「……その呼び方は」
「ああ、ああ、ごめんよ。バカにするつもりは無いんだ。噂に反する大した男だと思っている。だからこそ、この依頼を受けようと思ったんだから、さ」
空気がぐんっと重くなるのを感じる。
彼女が濁りきった目をしているのだと、髪で隠れていてもなおわかった。
「わくわくしているんだ、ボクは」
「そこまでの、ものなのですか?」
「もちろん。なんたって、下手をすればボクの首が飛びかねない。まあ、そんなヘマはしないがね」
危険を危険とも思わず、彼女は笑う。
底知れない胆力だ。嘘でも虚勢でもなく、カリナ様は本気でそう言っている。
「……もしもカリナ様に何かあったら、ロイド様は悲しむでしょうね」
「……えっ」
ピタリと笑い声が止まった。
「…………ほ、本当かい?」
「おそらくは。随分と親しいようですから」
「そ、そうか。ならば、もう少し慎重にいこうかな。うん。長生きした方がより多くの研究ができるからね」
なんと扱いやすい方なのでしょうか。
乙女のようなその姿を見ていると、自然と溜飲が下がる。
「それでは、調査の方をよろしくお願い致します」
「ああ、任せたまえ。ふふん、次に会う時は良い結果を報告しよう」
今、格好つけても格好つかないですよ、という言葉は飲み込んだ。私、空気を読めるので。
恭しく礼をして、図書館を出る。
今日はまだ時間がある。アメリア様の生活の報告書を今のうちに作成しておこう。……なぜ、アルベルト様のお付きの私が、アメリア様の報告をしているのかについては考えないようにする。
「――おや、お話は終わったようですね?」
気配をまったく感じなかった。
「……リリス様」
「二人きりで話すのは久しぶりですね。相変わらず、お元気なようで何よりです」
リリス様と二人きりでお会いしたのは、学園に来る前の一度きり。その時の出来事を思い出してしまい、私の背中をつーっと冷や汗が流れる。
「あまり緊張なさらないでください。ここには誰もいないのですから、もっと砕けた態度でも良いのですよ?」
「リリス様は王族の方ですから、万が一粗相があれば我が主にも迷惑がかかります。……それに、どこで誰が見ているかわかりませんから」
「それもそうですね」
うふふ、と口元を押えて笑みを浮かべるリリス様。
「それで、どういったご要件なのでしょうか?」
「偶然見かけたので挨拶を、と」
リリス様はにっこりと笑顔を見せる。
私は知っている。この表情の意味は、――威嚇だ。
分不相応な者に対しての、牽制。
「あまりご無理を|なさらないでくださいね《じゃねぇぞ☆》」
「…………はい」
絞り出した私の声は掠れていた。
☆ □ ☆ □ ☆
その夜。
「そうか。引き受けてくれたか」
「はい。念の為、無茶はしないように言い含めておきました」
「カリナ先輩に何かあれば今後に影響する。良い判断だ。…………それで、フェリシア」
「なんでしょうか」
顔を向きを変えてご主人様を見る。
いつも通りの何を考えているのか分からない――違いますね。少しだけ困ったような顔。
「なぜ、俺の膝に頭を乗せている?」
「従者を癒すのも主の務めではないでしょうか?」
「…………少しだけだぞ」
ご主人様はこう言えば断ることはしない。
危害を加えてこない、警戒する必要のない、疑う余地のない、安全な場所。それがご主人様の近くだ。
「ご主人様」
「どうした、フェリシア」
「私を、守ってくださいね」
「心配するな。お前が俺に付き従う限り、見限ることはしない」
彼の言葉がすっと胸に染み込んだ。
これがご主人様の祝福のおかげなのかはわからない。けれど、それでいいと思った。
私に安心を与えてくれるこの場所は、とても温かいから。だから、ご主人様を守るのだ。
――あくまで、自分のために。
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