16. 異分子たちのエンドロール
――どれだけの時間が経っただろうか。
「……いい加減、風呂に入りたいな」
牢屋の中。動ける範囲は狭いし、体力を消耗させないように大人しくしているが、それでも何日も風呂に入らなければ臭ってくる。
想定通りなら、そろそろ決着がつく頃だろう。
そんなことを考えていると、ガチャリと音を立てて部屋の扉が開いた。
「……ぁ、あのぅ、誰もいません……よね?」
かすれた声が静寂を切り裂いた。
「俺がいるぞ」
低く答えた瞬間、サーシャの肩がビクリと跳ねる。
「ひゃっ!?」
彼女は息を呑み、足元の鍵束を取り落としそうになった。
「あ、いや、アルベルトくん以外の人がいないよねって、いう意味で……!」
「そうなのか。すまない。あまり頭が働いていなくてな」
「へ、へへ。二日もここにずっと居たら、おかしくなっちゃうよね」
暇すぎたせいで、ついついからかってしまったのだということは言わないでおこう。
「なぜ、ここに?」
「そ、その。アルベルトくんを、助けに来て。ロイドくんと、セラフィさんもいるよ。今、外で陽動してくれている」
「そうか」
「そ、そう。今、鍵を取ってきたから開けるね……え、と、あれ。ご、ごめん。すぐに開けるから、ちょっと待って……!」
少しして、キィっと音を立てて牢屋の扉が開かれる。これで、俺は晴れて自由の身だ。
「じゃあ、逃げよう。アルベルトくん」
「……いいや、俺は逃げない」
「え……?」
伏し目がちな黒瞳がまん丸になる。
「ど、どうして? このままだとアルベルトくん、殺されちゃうかもしれないんだよ!?」
「俺はやっていない。ならば、殺される道理などないだろう」
「そんなこと関係ないよ! だって、アルベルトくん、ここ数日の間、何も食べてないでしょ? 飲んでいないでしょ? あいつらは、誘拐事件の犯人かどうかじゃなくて、ただアルベルトくんを――」
「随分とよく知っているようだな。サーシャ・ドルトン」
「ぁ――」
彼女は慌てて口を押えた。だが、そんなことに意味は無い。口から出た言葉が戻るわけが無いのだから。
「そ、それは、ここ数日、バードラ先生の動きを観察してたからだよ! アルベルトくんを助けるために! そしたら、あいつはあれから一度もここに来てなかったから――」
「バードラ先生の単独犯だという確証はどこからきた? 俺が連行された状況からして、複数人協力者がいると思うのが普通では無いのか?」
「そ、それは……その。……ご、ごめん。そこまで思い至っていなかった。あんまり考えずに言っちゃったから」
思い至らなかったから、か。そう言われては、セリフの粗を探してあげつらうやり方はなんの意味も持たなくなる。
「ならば話を変えよう。そういえば、お前は俺の事をよく知っていたな」
「そ、それは、お友達、ですから」
「俺だけではなく、アメリアもことも。アメリアに会った日、お前は言っていたよな? 喋り方や仕草も似ている、と。二人は初対面だったはずだが?」
「あ、アメリアさんとは、以前に話したことが――」
「ないだろう。一度も。アメリアは学園ではリリスとずっと一緒にいて、それ以前では人見知りで人と会うこと自体がなかった。お前と話をするタイミングはない」
事前にリリスとフェリシアにも確認を取った。アメリアが学園で接触した人物について。そこに彼女は含まれていない。
「そ、それは……」
「別の話も聞きたいか? お前が、最近バードラ先生と頻繁に接触していたという話があるのだが」
「えっ!?」
友人になる権利を巡って決闘を頻繁にやっていた時、負けた相手にバードラ先生の監視を命じたのだ。出来る範囲で、と言ったので一人一人の情報量は少なかったが、人数だけはいたのでそれなりのデータが集まった。
「サーシャ。お前は何を企んでいる?」
サーシャは口をパクパクとして、何も言葉を発さない。
言葉を選んでいるのか、混乱しているのか。どちらも何も言わない時間が過ぎる。
「……さ――」
「…………バインド」
痺れを切らして話を進めようと口を開いた瞬間、俺は魔法で縄にぐるぐる巻きにされた。
「何のつもりだ」
「……私と逃げて、アルベルト様」
「質問に答えろ」
「うるさいっ! 黙って! 黙って言うことを聞いて!」
彼女はそう叫ぶと、床に転がる俺を抱き上げた。
「重い……っ。でも、外にさえ出れば……!」
重たいのか手がプルプルと震えていて、一歩一歩が覚束無い。だが、そんな足取りでも着実に外に近づいている。
(……これ以上は俺一人では無理か)
「以心伝心――フェリシア」
「――はい。ご要件は何ですか」
俺が呼んだ直後に、フェリシアはサーシャの首筋にナイフを突き立てて姿を見せた。
「えっ……!? な、なんでっ」
「動かないでください。言うことを聞いて貰えない場合、命の保証ができませんよ」
恐怖からか体が強ばるサーシャ。フェリシアはナイフを彼女に向けたまま、捕らえられていた俺を奪い取った。
「早かったな」
「すぐ近くで待機していましたから」
『以心伝心』は、縁結びで結ばれた人同士でテレパシーを送れる能力だ。なにか出来ないかと試していたら発見した、縁結びのもう一つの力。
「さて。アルベルト様に危害を加えようとしたこの人は、どうされますか?」
再び刃をサーシャに向けると、彼女は小さく悲鳴をあげた。だが、すぐに力強い意志を宿した目でフェリシアを睨みつける。
「危害なんて、加えてないっ。私はただ、アルベルト様を助けたいだけ!」
「助ける? アルベルト様は貴方がいなければ何の危険もありませんでしたよ」
「違うっ。……あなたは、あなたたちは知らないんだけ」
サーシャの黒瞳が揺れる。
「このまま進めば……! アルベルト様は“誰も助けられないまま”、破滅するの!」
…………ああ、やはりか。
突拍子もない言葉にフェリシアは頭上にはてなマークを浮かべている。だが、俺にはわかる。彼女が何を言いたいのか。
「安心しろ。俺は破滅しない」
「するんだよ! アルベルト様は、このままだと破滅エンドに一直線で――」
「原作知識があるからな」
「――え?」
空気が凍る。
サーシャは口を大きく開けて固まっていた。今、彼女の頭はこの言葉の意味を正確に理解しようとフル稼働しているだろう。
「げ、げんさく……? え?」
サーシャの唇が震え、まるで現実を拒むかのように言葉を詰まらせる。
そんな彼女に向けて、俺は言う。
いつもとは違う、砕けた喋り方で。
かつてのような、素朴な言葉で。
「初めまして。俺は遠藤 結斗。君の名前は?」




