14. 破滅する二人
(何この状況……)
あれから警備員室の中の牢屋に入れられた俺は、ぼうっと現状について考えていた。
「……あ、あのぅ」
恐る恐る部屋を覗き込んできた瞳と目が合った。
「……サーシャか」
この部屋に来て初の来訪者だった。
「えっと、面会に来ました」
「ああ。楽にしてくれ」
「あ、はい」
サーシャは少し迷ったあと、牢屋の柵の前にしゃがみ込んだ。……え、なんで?
「……そこの椅子に座らないのか?」
「そ、その、アルベルトくんが床に座ってるのに私だけ椅子っていうのがなんか気が引けちゃって……」
気を遣ってくれたらしい。あまりどうこう言うようなことでもないので、「そうか」とだけ返す。
「えっと、事件の詳細って……知ってる?」
「ああ。フェリシア……メイドから聞いた」
フェリシア曰く昼に俺と会った後、そのまま失踪したそうだ。それで俺が疑われた、と。
理由は分かるが、だからといって即犯人扱いはやり過ぎではないだろうか。ロイドが言っていた通り、何かしら裏があるように思う。
「それでね……その、一応言っておいた方がいいかなって思って言うんだけど……その、アルベルトくんが捕まったって噂になってる」
「……噂に」
「うん……他の人が話しているのを偶然聞いたの。『リリス様が誘拐された件で、犯人が捕まった』って。『あの落ちこぼれがやっぱりやらかした』とか『王族が動くんじゃないか』とか……」
それを聞いて、サーシャは居ても立ってもいられなくなったのだそうだ。
(早いな。数時間は経っているが、それでも放課後の話だ)
校舎の中に残っていた生徒は少なかったのにも関わらず、もう噂になるほどに広まっているとなると、何者かの意図を感じる。
「ロイドとセラフィはどうしている。変なことをしてなければいいが」
「大丈夫、安心して。ちゃんと、アルベルトくんを助ける準備を進めているよ。その、ちょっと二人が暴走……えっと、急ぎ過ぎてたりする、けど」
言葉を選びながら状況を説明するサーシャ。
言い直したりしているが、その状況が容易に思い浮かべられるなぁ。
「だけど、絶対にたすけ――」
「サーシャさん。面会はここまでですよ」
「――ひっ!?」
ポンッとバードラ先生がサーシャの肩を叩く。突然の登場に、サーシャは小さく悲鳴をあげた。
「規則ですので、守ってください」
「わ、わ、わかりました。……じゃあね、アルベルトくん。また、来るね」
「はい。お気をつけて帰ってくださいね」
なぜかバードラ先生が返事をした。別にいいけど。
「素晴らしいですね。親身になってくれる友達を持っているというのは。私が若い頃は……はは。魔法に没頭してそれどころではありませんでしたね」
「バードラ先生」
「はい。なんでしょうか。アルベルトくん」
「なぜ、このような凶行に及んだ?」
バードラ・ディブラ。
グランドマギア・アカデミアの教師にして、リリスルートにおける中ボス。リリスを攫ったのもこいつだし、これからロイドにも手を出すつもりなのだろう。
だが、それも二学期に入ってからの話だ。この時期のバードラ先生はちょっとおかしな先生なだけだった。――つまり、前回と同じくイベントが早まっている。
そしてもう一つ。おかしなことがある。
「凶行……と言われましても、私には覚えがありませんね」
「リリスを攫ったのは貴様だな?」
「ええ。その通りですよ」
バーバラ先生はあっけらかんと肯定を示した。
「……随分、素直だな」
「聖職者ですから、嘘は出来ればつきたくないのです。アルベルトくんが犯人だと嘘をついた時は、本当に心が苦しかったのですよ……っ」
そう、これだ。
このイベントで、アルベルトが犯人として捕まる展開はなかった。それなのに、俺は今捕まっている。ここだけがどうしても解せない。
「なぜ、今になって本当のことを言うのだ?」
「約束は果たしましたから。アルベルトくんが犯人だという噂が出回った。学校での居場所はなくなるでしょうし、あと少しすれば王族の方や君の親御さんが動くでしょう」
「……どうして俺を嵌めようとした」
「そういう約束だからです。リリスさんが生きて戻ることがない以上、嫌疑がかかってしまったアルベルトくんはもう終わりです。疑いは晴らせませんし、彼らは晴らす機会を与えてくれないでしょう」
(約束。……つまり、この状況になることを望んだ人間がいるのか)
「先ほどの質問を、今度は言葉を替えて問おう。……貴様は、なぜリリスを誘拐した?」
バードラ先生のビー玉のような目が俺を映す。
今度は即答せず、うわ言のようにぶつぶつと喋り出した。
「――どうだったかなぁ。そうだったねぇ。……ああ、そうだね。その通りさ。それでも私はそうするけどねぇ」
「バードラ先生?」
「……ああごめんね。理由か、そうだね。一言で言うなら――夢を叶えるためだよ!」
バードラ先生は目をキラキラと輝かせる。これまで見た中で一番生き生きとしていて、人間味があって、不気味な顔だった。
「……夢?」
「その通り! 彼女の力と、もう一人の力が合わされば、すべての人間が魔法を使えるようになるんだ!」
バードラ・ディブラの目的は貴族が独占している魔法を平民でも使えるようにすること。
一見するとやり方は間違っているが、応援したくなる話だ。だが、それは勘違いだということをすぐに知る。
「すべての人間をリリスさんの力で魔力に適応してもらう。そうすれば、魔法が使えるようになるんだ!」
「……もし、適応できなければ?」
「死にますよ。当然。だって、魔法が使えないのに生きるだなんて可哀想ですから」
バードラ先生の口調は、まるで「寒い日に震えている子供を毛布で包んであげましょう」かのように、優しく、慈しみに満ちたものだった。
「何かを“持たざる者”として生きることは、どれほど残酷なことか。平民に生まれ、どれほど努力しても魔法が使えない……それがどれほど苦痛なのか、あなたには分からないでしょう?」
当たり前のようにバードラ先生はそう言った。
彼は自分を普通だと思っている。普通で、平凡で、およそ大多数と同じ意思だと。だから彼は疑わない。どれだけ危険な夢であっても、誰もが同じ夢を抱いていると。
だが、この計画が実を結ぶことは無い。
事実、この夢が成功してしまったバッドエンドでは平民のおよそ九割以上が死に、バードラ先生さえも死んだ。そんな犠牲を生むだけの計画。
「そんなにも魔法を使いたいか」
「もちろんです! ずっとずっとずっと思っていましたから! 私はこんなにも魔法を愛しているのに! 届かない! 触れない! 抱き合えない! ああ、ああ、なんて酷いことでしょう。精霊神様はっ! こんなにも思い想っている私を愛してくださらなかった!」
バードラ先生は声を震わせながら、頬に爪を立て、そのまま引き裂いた。血が滲んでも、痛みを感じていないかのように、恍惚とした表情を浮かべる。
(こいつは……狂っている)
野心ではない。復讐心でもない。差別への反発でもない。
彼を動かしているのは、純粋な夢だ。あまりにも歪んでいて、狂おしく、救いようのない。
「……長話をしてしまいました。私は仕事があるのでこれで失礼しますね」
「待て。バードラ先生」
「なんでしょうか?」
俺は問いをぶつけた。
「貴様の夢を手助けしたやつは誰だ?」
バードラ先生は、目を細める。
だが、すぐに微笑んだ。その笑みは、まるで授業中の穏やかな教師の顔のようだった。
「それは言えません。約束ですから。たとえ君に未来がなくても」
「そうか。それならば、貴様を檻に入れてじっくり聞いてやろう」
「……いいでしょう。もしもそうなったのなら、観念して話をしてあげるかもしれません」
「約束だ。――『縁結び』」
光の糸がバードラ先生の周囲に絡みつき、彼の手足をしっかりと縛り上げる。だが、彼の表情は変わらなかった。
「そこまでする必要は無いですよ。なんて言ったって私は、聖職者だからね」
バードラ先生は微笑み続ける。
そして、話は終わったとばかりに俺に背中を向けて扉に手をかけた。
俺はそんな男の背中に言葉をぶつける。
「バードラ・ディブラ。賽の目は投げられた。貴様に出来るのはもう――破滅を待つのみだ」
バードラ先生からの返事はなかった。
ただ、バタンという音がやけに寒々しく聞こえた気がした。




