11. お茶会は放課後に
「どうぞ召し上がってください」
ティーカップをソーサーに置き、リリスは微笑んだ。
ここは学園のバルコニースペース。俺はリリスのお茶会に招かれていた。
「……美味いな」
「当然です。一流の職人に作らせましたから」
クッキーから花の良い香りが漂い、一口食べると口の中にバターの甘みが広がった。さすが王族。お菓子のひとつをとっても高そうな味がする。
「……どうした?」
ニコニコと俺を見つめるリリスの視線が気にかかり、そう聞いてみる。
「貴方たち兄妹は良い顔をされるな、と思いまして。これだけで今日お呼びだてした甲斐はありました」
「人間観察というわけか」
「あら。そのような無粋な表現されるとは心外です」
「……悪い」
「いえ。責め立てようという意図はございませんから。お気になさらないでください」
クスクスと楽しげに笑うリリス。
俺は少し気恥しくなって誤魔化すように紅茶を口に含んだ。……こっちも美味しい。
「それで、今回は何の用だ?」
「以前申し上げた通り、またの機会に誘っただけです」
「本気だったのか」
「当然です。学園に入学して、会う機会が中々ありませんでしたから」
元々、頻繁に会うような関係ではなかっただろう。という言葉は飲み込む。
「そうそう。アベル様が連日、決闘をなさっているという噂を聞いていますが、それは本当のことですか?」
「事実だ。すべて勝っているが」
「そこは心配しておりません。アベル様の実力は以前から評価していましたから」
(実力は、ねぇ。確かにアルベルトは魔法の才能だけはなかったが、それ以上に剣技や武術の鍛錬をずっと続けていたからなぁ)
どれだけ強くなろうとも、魔法が使えないというコンプレックスが癒えることはなかったが。
「決闘では何を賭けているのですか?」
「相手は俺と友誼を結ぶ権利を求めてくるな」
「アベル様は何を求めるのですか?」
「……わざわざ言うほどでもない些細なことだ」
「そうですか。それなら、わざわざ聞くことではないですね」
グランドマギア・アガデミアには『決闘』と呼ばれるシステムがある。これは互いが等価だと考えるものを賭け、勝者がそれを受け取るというものである。
このシステムを使い、俺に『決闘』で勝てば友誼を結ぶと約束した。そして俺は『決闘』で圧倒的な実力差を見せつけ、挑戦者をねじ伏せる。
その結果、初日は大勢いた希望者も、今やほとんどいなくなった。
穏便に効率的に申し出を断れる良いシステムだ。問題は、家とか関係なく友達になりたいって人も居なくなることだけど。
「それにしても人気者ですね」
「皆、ヴォルフシュタイン家を見ているだけだ。アメリアも同様の状況らしい」
「そうだったのですね。気付きませんでした」
「アメリアには良い友達がついているようでな。守ってくれているようだ」
「それでしたら、そのお友達に今度お礼をしないとですね」
「……まったくだな」
その友達がいない今は、アメリアにはフェリシアが付いているから大丈夫だろう。
「リリスも人気なのではないか?」
「私は全然ですよ。お兄様もお姉様もいますし、何より――私には婚約者がいますから」
そのぐらいでリリスと友誼を結びたいという人が居なくなるとは思えないが、それ以上言及せずに話を変える。
ある意味、俺にとってここに来た本題とも言える話に。
「気になる人はいないのか? リリスは魔法と学力のクラス分けはどちらもAクラスだろう。優秀な人材が多いのでは」
そう聞くと、彼女は頤に指を当てて少し考える。
「そうですね……優秀な方は大勢いますが、今、私が興味があるのはアベル様ぐらいでしょうか」
「……そうか」
「そうです。……あまり嬉しそうではないようですが」
「何か言ったか?」
「いいえ。何も」
入学式の日、俺が本来ならリリスが居たはずの場面に割って入った……いや、それ以前にアメリアとリリスの関係を取り持ったことによる影響は大きいようだ。
原作通りなら、すでにリリスはロイドに興味を持ち始めている頃だが、今は認識すらしていない。
(これは早急に手を打つべきか)
「アベル様は気になる人はいるのですか?」
「……そうだな。俺が気にかかるのは、」
突如、こちらに向かって急接近してくる気配を感じ取る。それに対応しようと腰を浮かしかけたが――遅かった。
「アルくんっ。助けてー!!」
ぎゅむっ。
その声が聞こえたのと同時に視界が奪われる。
(暗い柔らかい良い匂い……じゃなくてっ)
「……離れろ、セラフィ・ヴェント」
「あっ。ごめんね!」
バッと体を話して、えへへっと八重歯を見せながら笑うセラフィ。そんな彼女の急な登場に、困惑顔のリリス。
「……えっと、こちらの方は……?」
「わっ! リリス様!? ……そのー、ご機嫌麗しゅう? わたし、くし? は、セラフィと申します」
「ふふっ。気楽になさって大丈夫ですよ。この学園では対等な生徒同士ですから」
表面上はにっこりと笑みを称えているリリス。
だが、そんな彼女の視線が一瞬だけ冷たいものに変わったのは誰も気づかない。
「それで、セラフィ。何の用だ」
「いやぁ、魔法学のノート取ってなくてさ。写させてくれないかなーって」
「そんなもの他の二人に頼め」
「ロイくんは取ってないし、サーシャちゃんは探してもいないしで、アルくんしか頼れないのっ」
「別に一日ノート取れなくても良いだろう」
「明日、当てられる気がするんだよね。それで、昨日やったとこ出来なかったらバードラ先生めっちゃくちゃ怒るでしょ? それを回避したいの! お願いっ」
拝み倒してくるセラフィに対してため息を吐く。
ノートを貸すには一度教室に戻らなければならない。一言断りを入れておこうと、リリスの方に視線を戻す。
「(この女狐は確かセラフィ・ヴェント。ヴェント家の四女。アベル様といったいどのような関係で。しかも見せつけるようにあんなはしたない真似を……。いえ、それよりも呼び方が問題です。アルくん? 出会ってすぐにニックネーム呼びをするとは……ええ、貴方がその気ならば考えがあります。ニックネームで呼ぶことで周囲に牽制をしていたつもりでしたが、そちらがその気ならもっと――)」
「リリス、少し席を外す」
「……ええ。お気をつけて」
俯いて何かを言っていたように思えたが、気のせいだったようだ。いつも通り、感情が読み取れないにっこり笑顔を浮かべている。
「それではリリス様! 失礼します! ――ほら、早く行くよ。アルくん!」
ぴゅーっと走り出し、すぐに姿が見えなくなる。
俺は彼女がいなくなったのを確認すると、最後に伝えておこうと思っていたことを伝えた。
「リリス」
「なんですか?」
「――――」
俺の言ったことにリリスは眉根を寄せた。当然の反応だ。だが、彼女はそれについて言及せずにこくりと頷く。
「……意図はわかりませんが、貴方のことです。意味はあるのでしょう」
「ああ。少しばかり、リリスには苦労をかけるると思うが……」
リリスは俺の言葉にいいえ、と首を横に振り、
「お気になさらないでください。静かな学園生活も悪くは無いですが、少しぐらい刺激があった方が楽しいですから」
冗談めかしてそう言ってくれた。
☆ ☆ ☆
――後日。
アルベルト・ヴォルフシュタインが決闘に敗北したということ。そして、その相手がロイド・エンブレッドであるという二つのニュースが学園中に広まった。




