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いせてん~異世界演出部ですが、転生者がバカすぎて現地フォローしてきました~第6章  作者: 月祢美コウタ


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第6章 元刑事と五十回の変装と新たな絆

主人公・田村麻衣は、神々の世界と人間界をつなぐ「異世界演出部」の担当者。

転生者である元刑事ライネルの魂を浄化するため、五十回近くに及ぶ過酷な現地フォローをたった一人で乗り越えようと奮闘します。

毎回の変装と、張り詰めた緊張感の中での孤独な戦い。

その疲弊の先に、ライネルの「気づき」、そして女神からの「最高の報い」が待っています。


ライネルの真実を追い求める刑事の目と、田村麻衣のプロの目、そしてアイドル女神の純粋な心。

三者の視点が交錯する中で紡がれる、「真の絆」とは何かを問う、

感動的な物語をどうぞお楽しみください。

第6章 元刑事と五十回の変装と新たな絆


オフィスのドアが開いた。

「田村さん」

優しい声。でも水晶玉からではない、直接だ。

田村麻衣が顔を上げる。

そこに立っていたのは、アイドル女神だった。

艶のある黒髪ストレート、白を基調とした清楚な衣装に小さな白いリボン。

完璧なメイク。

シフォンとレースのドレスがふわりと広がる。

まるでライブステージに立つアイドルのような輝き。

その瞬間。

「キャーーーーーーー!!!」

後輩の田中美咲が椅子から飛び上がった。

「ア、アイドル女神様!!!本物!!!オフィスに!!!」

美咲が駆け寄る。

目がキラキラしている。

一目で熱狂的なファンだとわかった。

「本物のアイドル女神様!

CDデビューもしてる!

コンサートは毎回完売の!

握手会も!」

田村が慌てて立ち上がる。

「美咲、落ち着いて」

「だって!

アイドル女神様ですよ!

生で!

目の前に!」

女神界でもトップアイドル。

清楚系で人気。

でも田村にとっては、あくまでクライアント。

仕事相手だ。

「美咲さん、いつも応援ありがとうございます」

女神が優しく微笑んで、手でハートマークを作った。

会場全体に向けるような、優しいファンサ。

「キャーーーー!

ファンサ!

ファンサもらった!

生で!!!」

美咲が両手で顔を覆う。

完全に舞い上がっている。

田村は営業スマイルを浮かべたまま、女神に向き直る。

「女神様、直接お越しいただいて......

何か緊急の案件でしょうか」

「はい」

女神が資料を開く。

「ライネルさんの世界のことで」

田村の左眼がかすかに震えた。

「田村さん、もう50回近く現地フォローされているんですね」

「......はい」

美咲が驚いて振り向く。

「50回も!?」

「素晴らしい企画でした」

女神が丁寧に説明する。

「正義の冒険者、仲間との絆、魂の浄化。

10年のキャリアの集大成ですね」

「ありがとうございます」

「でも......」

女神が困ったように微笑む。

「50回も介入されているのに、ライネルさんは仲間を遠ざけて力を求め続けています。

絆イベントは全てスルー。

このままでは魂の浄化ができません」

田村の左眼が痙攣し始める。

「今週だけでも、7回現地に行かれたとか」

「......はい」

「現地フォロー、引き続きお願いできますか?」

女神が丁寧にお辞儀する。

清楚で、礼儀正しく。

アイドルらしい完璧な所作。

「承知いたしました」

田村は無理に笑顔を作った。

「もちろん、田村さんなら大丈夫です」

女神が本当に信頼しているような笑顔で言う。

「いつも素晴らしいお仕事をされていますから。

頑張ってくださいね」

そして最後に、もう一度ハートマークを作る。

会場全体に向けるような、優しいファンサ。

「応援しています」

女神が転移魔法で消える。

キラキラと華やかに。

美咲が溜息をつく。

「はぁ......

アイドル女神様、やっぱり素敵......

生で見れるなんて......」

そして何気なく田村を見る。

普通のオフィスカジュアル。

少し疲れた顔。

メイクもそこそこ。

髪も普通に結んでいるだけ。

まあ、普通の社会人女性だ。

美咲がポツリと呟く。

「......女神様、本当にキラキラでしたね」

悪気はない。

本当に、ただの感想。

でも田村の左眼が激しく痙攣した。

「......仕事するわよ」

「あ、はい」

田村は資料を開いた。

少しだけ、自分の髪を触る。

(別に、比べてないわよ......)

田村はそっと、自分の髪に触れた。

『案件No.8535「正義の冒険者サクセスストーリー」』

『転生者:鷹野慎一(前世:40歳)』

『転生名:ライネル=ヴォルフ』

『前世職業:刑事(警視庁捜査一課)』

『転生理由:殉職』

『現地フォロー回数:47回(今週7回)』

『問題点:魂の浄化が進んでいない』

美咲が別のページを覗き込む。

『鷹野慎一・前世記録』

『世襲議員のバカ息子による強姦殺人事件』

『1回目:証拠を掴むも上層部の指示でもみ消し』

『2回目:再犯、また同じ対応』

『3回目:鷹野が追い詰めた結果、バカ息子に刺殺される』

『後悔:力が足りなかった、正義を貫けなかった』

「前世で、力が足りずに正義を貫けなかった」

田村が呟く。

「だから転生後、力を求めている。

正義のために。

でも......」

「力を求めるほど孤立していくんですね」

美咲が資料を見る。

「前世と同じ構造。

これじゃ魂の浄化にならない」

田村は作り笑顔のまま、震える手で監視用水晶玉を起動する。


王城の謁見の間で、ライネル=ヴォルフが片膝をついていた。

30代くらいの見た目、黒髪短髪、鋭い目つきは刑事時代のままだ。

「ライネル殿、悪徳貴族ダルトンを捕らえた功績、見事である。

よって、辺境伯の爵位を授ける」

「謹んでお受けいたします」

感情のこもらない声。

まるで作業のように淡々としている。

謁見の間を出ると、廊下に仲間たちが待っていた。

剣士、魔法使い、僧侶。

三人とも笑顔だ。

「ライネル、おめでとう!」

剣士が手を差し出すが、ライネルは握手しなかった。

「ああ」

素っ気ない返事。

「今夜、祝杯あげようぜ!」

魔法使いが提案する。

「いや、次の案件がある」

ライネルは振り返りもせずに歩き出す。

仲間たちの表情が曇る。

剣士が溜息をついた。

「最近、ずっとこうだな......」

三人が顔を見合わせて、ゆっくりと歩き出す。

ライネルとは反対方向へ。

田村は水晶玉を見つめたまま呟いた。

「前世と同じ......

これじゃダメだ」


辺境の街。

田村は図書館司書に変装して、剣士の部屋に向かった。

地味な服、眼鏡、髪を後ろで結んでいる。

「お部屋の掃除を」

「ああ、どうぞ」

掃除をしながら、田村はさりげなく話しかける。

「お客様、最近元気ないですね」

「......仲間のことです」

剣士が窓の外を見つめる。

「リーダーが最近おかしくて。

前は一緒に笑ってたのに、今は力のことばかり」

田村は頷いた。

(よし、ここで手紙イベントに誘導)

「それなら、手紙を書いてみたらどうですか?

直接言えないことも、手紙なら伝えられるかもしれません」

「......そうですね。

書いてみます」

「頑張ってください」

田村は営業スマイルを浮かべて部屋を出た。

廊下で安堵の溜息。

(よし、これで......)

その時、ドアが開いた。

「あの、司書さん。

これ、落としましたよ」

剣士が手帳を差し出してくる。

田村の顔が青ざめた。

自分の業務手帳。

「あ......ありがとうございます」

慌てて受け取る。

手が震えている。

「何か大事な用事ですか?」

剣士が表紙を見ている。

『案件No.8535:イベント修正メモ』

「い、いえ!

個人的なメモです!」

田村は営業スマイルを作るが、左眼がピクピクしている。

「案件番号?

演出って書いてありましたけど......」

「演出的な、その、本の配置の!」

田村の声が上ずった。

田村は慌てて階段を下りて、裏路地で転移魔法を発動。

次の瞬間、オフィスに戻っていた。

「はぁ、はぁ......

メモ、置き忘れた......」

「大丈夫ですよ、剣士さんなら気にしないでしょう」

美咲が慰める。

でも水晶玉の画面には、ライネルの部屋で剣士が話しかけている姿が映っていた。

「リーダー、さっき変なメモ見つけたんだ。

『案件No.8535:イベント修正メモ』って」

ライネルの目が鋭くなる。

「それは?」

「わからない。

でも案件番号とか、演出とか......

誰かが何か、やってるのかな」

ライネルが手帳を取り出して、新しいページにペンを走らせた。

田村は水晶玉を見つめたまま固まった。

「......まずい」

画面の中でライネルが呟く。

「面白い」

ライネルの目が輝いている。

刑事の目だ。

獲物を見つけた猟犬の目。

田村の左眼が激しく痙攣した。


ライネルの部屋。

深夜。

ライネルは過去数ヶ月の記録を見返していた。

手帳には、断片的なメモが書かれている。

『3ヶ月前:仲間と喧嘩しそうになった時、偶然薬草が見つかった。和解のきっかけに』

『2ヶ月半前:孤立しそうな時、老人が話しかけてきた。気分転換になった』

『2ヶ月前:力を求めて没頭していたら、トラブルが続発。時間が取られた』

『1ヶ月半前:仲間が去りそうな時、街で祭りが開催。一緒に参加することに』

『1ヶ月前:また力に執着。また小さなトラブル。また時間が取られた』

ライネルはページをめくる。

記録は続く。

何十件も。

最初は偶然だと思っていた。

でも、繰り返された。

パターンがある。

(仲間と和解させようとする出来事)

(孤立を防ぐ出来事)

(力への執着を邪魔する出来事)

ライネルが新しいページを開く。

『仮説:誰かが介入している』

『目的:俺を仲間へ導こうとしている?』

『方法:環境操作。偶然を装った誘導』

そして今日、剣士が持ってきたメモ。

『案件No.8535:イベント修正メモ』

ライネルの目が鋭くなる。

「やはり......」

誰かが俺を見ている。

操作している。

導こうとしている。

「ならば」

ライネルが立ち上がる。

「おびき出してみよう」

刑事の血が騒ぐ。

真実を暴く。

それが鷹野慎一という男だった。


翌日から、ライネルの「実験」が始まった。

馬車が転覆する。

橋が崩壊する。

市場で小火が起きる。

次々とトラブルが発生し、そのたびに彼女が現れる。

薬草売り、花売り娘、メイド、修道女見習い、占い師の助手、吟遊詩人の助手。

変装は毎回違う。

最初こそ変装を見破るのは困難だったが、数日間の観察で、ライネルはあるパターンを見つけた。

同じ靴。

同じ癖(左眼の痙攣)。

ほぼ同じ滞在時間。

そして同じ退出経路。

彼女は変装していたが、同一人物だった。

ライネルの手帳には、詳細な記録が積み重なっていく。

『第1回観察』『第2回観察』『第3回観察』

そして。

『結論:彼女は俺を監視している』

『目的:俺を導こうとしている』

『俺を避けている理由:正体を隠すため』

『でも、必ず現れる理由:使命感?義務?』

ライネルが手帳を閉じる。

「最後の実験だ」


七日目。

市場で大規模な火災が発生した。

ライネルが仕掛けた中で最大規模。

でもコントロールしている。

人が逃げられるように計算して。

「また!?」

異世界演出部で、田村が緊急通知を見て立ち上がった。

『案件No.8535:イレギュラー発生』

『場所:市場』

『内容:火災(大規模)』

美咲が水晶玉の画面を見て青ざめる。

「先輩......

ライネルさん、自分で火をつけてます。

しかも今回は大きい」

「わざと......」

田村の顔が蒼白になる。

「でも、行かないと。

本当に危なくなる前に、消さないと」

転移魔法を発動。

光に包まれる。


市場。

田村は村娘の格好で現れた。

シンプルなエプロン。

必死にバケツで水をかける。

でも火は思ったより大きい。

炎が渦を巻いて天に昇る。

熱波が容赦なく襲いかかる。

汗が噴き出す。

息が切れる。

「はぁ、はぁ......」

それでも消火を続ける。

一人で。

黙々と。

5分が過ぎる。

腕が悲鳴を上げる。

バケツが重い。

10分が過ぎる。

足がもつれる。

視界が揺れる。

「はぁ、はぁ、はぁ......」

それでも諦めない。


ライネルは屋根の上から見ていた。

遠くから。

姿を隠して。

(彼女......一人で)

田村が転びかける。

疲労で。

でも立ち上がる。

また水をかける。

顔は汗だらけ。

服も煤けている。

髪も乱れている。

メイクは完全に崩れている。

それでも諦めない。

15分が過ぎる。

田村の動きが鈍くなる。

バケツを持つ手が震えている。

呼吸が荒い。

でも止まらない。

(なぜ、そこまで......)

ライネルの胸に何かが引っかかる。

(俺のために?)

(いや、違う)

(俺を導くため)

(でも......なぜ、そこまで必死に)

(まるで......)

(命を削るように)

田村が最後の火を消す。

17分の必死の作業。

鎮火。

「ふう......」

田村が地面に座り込む。

完全に疲れ切っている。

肩で息をしている。

汗でびっしょり。

服が体に張り付いている。

手が震えている。

足も震えている。

全身が震えている。

でも、数分休むと立ち上がる。

ふらふらと。

北の路地へ。

ライネルは見送った。

手を出さずに。

声もかけずに。

ただ、手帳を取り出して、ペンを走らせる。

『第7回観察(最終実験)』

『時刻:午後4時03分』

『場所:中央市場』

『彼女の外見:村娘風、エプロン』

『行動:火災発生から2分12秒後に到着、17分19秒の消火活動(通常の2倍以上)』

『状態:極度の疲労。15分経過時点で限界に見えたが、それでも諦めず』

『身体的兆候:手足の震え、呼吸困難、脱水症状の可能性』

『それでも作業を完遂』

『俺との接触:なし(徹底して避けている)』

『退出:北路地、転移魔法(魔力低下顕著)』

ライネルが手帳を閉じる。

(彼女は、疲れていた)

(限界を超えていた)

(それでも来た)

(必死だった)

(まるで......使命のように)

(命を懸けるように)

(彼女が伝えたいことは、何だ?)


異世界演出部。

田村が机に突っ伏している。

完全に動かない。

「先輩......」

美咲が肩を揺する。

「......死んでる」

「死んでないです!」

田村が顔を上げる。

髪はボサボサ。

目の下のクマが濃い。

服も少し乱れている。

メイクも崩れかけている。

「今週......何回行った?」

「七回です」

「七回......」

田村がまた机に突っ伏す。

「先月からの通算だと......」

美咲が資料を確認する。

「五十回近くになります」

「五十回......」

田村の声が震える。

「コーヒー、淹れますね」

美咲が立ち上がる。

「......ありがと」

美咲がコーヒーを持ってくる。

田村がカップを受け取って一口飲む。

「でも、少しずつライネルさん、変わってきてますよね」

美咲が水晶玉を見る。

画面にはライネルが手帳を見ている姿。

「うん......」

田村も画面を見る。

「気づいてくれるかしら」

「きっと大丈夫ですよ。

先輩の企画ですもん」

田村が小さく微笑む。

「ありがと」

でも、また机に突っ伏した。

「もう少し......

頑張らないと」


ライネルの部屋。

深夜。

ランプの明かりの下で、ライネルが手帳を見返していた。

過去数ヶ月の断片的な記録。

そして、この一週間の詳細な観察記録。

(パターンが見える)

(仲間と和解させようとする出来事)

(孤立を防ぐ出来事)

(力への執着を邪魔する出来事)

(全て、同じ方向を向いている)

ライネルがページをめくる。

(彼女は俺を導こうとしている)

(力を求めるなと)

(仲間を大切にしろと)

(でも、なぜ?)

ライネルが窓の外を見る。

星空。

(俺は正義のために力を求めた)

(前世で、力が足りなかったから)

(でも......)


翌日、ライネルは街を歩いた。

夕暮れ時、家々の窓から明かりが漏れている。

窓から見える家族。

テーブルを囲んで笑っている。

友人と酒を飲んでいる。

暖かい光景。

ライネルは自分の屋敷を思い出す。

広い。

立派な家具。

でも誰もいない。

空っぽ。

「俺は......」

力を手に入れた。

爵位、名声、財産。

正義を貫くために必要な力。

全て手に入れた。

「でも......」

寂しい。

仲間は去った。

剣士、魔法使い、僧侶。

みんな。

「俺が遠ざけた」

ライネルの脳裏に、前世の記憶が蘇った。


警視庁。

捜査一課。

鷹野が証拠を掴んだ。

世襲議員のバカ息子。

三度目の犯行。

でも上層部が動かない。

「鷹野、この件は打ち切りだ」

「しかし!」

「命令だ」

鷹野が一人で追い詰める。

バカ息子を。

路地裏で対峙。

「よくも......!」

バカ息子がナイフを取り出して襲いかかる。

「くっ......!」

刺される。

倒れる。

血が流れる。

「ざまあみろ......」

バカ息子が逃げる。

鷹野が横たわる。

意識が遠のく。

「すまない......

守れなかった......

俺には......

力が足りなかった」

でも死の間際、同僚たちが駆けつけた。

「鷹野!」

「しっかりしろ!」

みんな涙を流している。

「俺たちが......

必ず......

あいつを捕まえる」

同僚の声。

「鷹野の正義を......

貫く」

鷹野の意識が消える。

その後のことを、鷹野は知らない。

同僚たちが立ち上がり、上層部を説得し、世論を動かし、そしてバカ息子を逮捕したこと。

鷹野一人では無理だった。

力が足りなかった。

でも、仲間となら、できた。


現在。

ライネルが街角に立っている。

涙が流れた。

「俺は......間違えていた」

「前世で、俺は力が足りなかった」

「正義を貫こうとした。

でも権力に潰された」

「だから転生後、力を求めた。

正義を貫くために」

「爵位を得た。

名声を得た。

財を得た」

「でも......」

ライネルが自分の屋敷を思い出す。

広い。

立派。

でも空っぽ。

「力を得るほど、仲間を失った」

「前世と同じだ。

一人で戦っている」

前世の記憶。

殉職後、同僚たちが事件を解決した。

一人では無理でも、仲間となら。

「俺が求めるべきは、力じゃない」

「仲間だ」

「仲間こそが、真の力だった」

謎の女性の行動を思い出す。

50回近くの介入。

全て、仲間へ導こうとしていた。

「彼女は......

それを伝えようとしていたのか」

ライネルが両手で顔を覆う。

「俺は......

力を求め、孤立した。

前世で俺を救ったのは仲間だったのに」

涙が止まらない。

「すまない......」

剣士に。

魔法使いに。

僧侶に。

そして謎の女性に。

「ありがとう。

気づかせてくれて」

ライネルが立ち上がる。

涙を拭う。

「俺がやるべきことは、仲間と共に正義を貫くことだ」

歩き出す。

仲間たちのアジトへ。


古い酒場。

剣士、魔法使い、僧侶が座っている。

暗い表情。

「ライネル、最近全然話してくれないな」

「俺たち、何か悪いことしたのかな」

「寂しいわね......」

その時、ドアが開いた。

ライネルが立っている。

「......ライネル?」

剣士が驚く。

ライネルが頭を下げた。

深く。

「すまなかった。

力に囚われて、大切なものを見失っていた」

ライネルが顔を上げる。

涙の跡。

「お前たちが俺の宝だったのに、遠ざけてしまった。

もう一度、一緒に冒険させてくれないか。

力のためじゃない。

正義のために。

仲間として」

沈黙。

そして剣士が笑った。

「最初からそうすれば良かったんだよ!」

魔法使いが涙を流す。

「バカ!

心配したんだぞ!」

僧侶が駆け寄る。

「おかえりなさい」

四人が抱き合う。

笑い合う。

泣き合う。

「ありがとう」

「俺たち、仲間だろ」

「ずっと、待ってたんだ」

窓の外から、田村が見ていた。

涙を流しながら。

「良かった......」


異世界演出部。

田村が水晶玉を見ている。

画面にはライネルと仲間たちが笑い合っている。

「先輩、成功ですね」

美咲が嬉しそうに言う。

「うん。

バレずに済んで良かった」

「念のため、ライネルさんの記録、確認しておきます?」

美咲がコーヒーを淹れる。

「手帳の内容」

「......見てみようかしら」

田村が水晶玉を操作する。

画面が切り替わる。

ライネルの部屋。

机の上に手帳が開いている。

ズームする。

そこには、びっしりと書かれた文字。

『謎の女性の記録(最終報告)』

『観察期間:約3ヶ月』

『接触回数:推定50回以上』

『詳細観察(直近7回):』

『- 図書館司書、薬草売り、花売り娘、メイド、修道女見習い、占い師助手、村娘』

『- 全て同じ靴(茶色革靴23.5cm)』

『過去の記録(断片的):』

『- 行商人、織物職人、庭師、料理人、清掃員、etc...』

『- 靴の特定により同一人物と確定』

『外見:身長158cm、生え際で髪色確認(茶色)』

『癖:左眼が動く(困った時)、営業スマイル30度、右上を見る(記憶引き出し)、お辞儀30度』

『行動パターン:到着平均3分、滞在平均15分、退出は北路地(85%)』

『目的:力への執着から遠ざける、仲間へ導く、俺を救おうとしている』

『正体:不明(神の使い?演出部?)』

『結論:』

『全て把握済み。彼女の意図も理解した。』

『50回以上の介入。全て、俺のため。』

『最終実験での彼女の姿を忘れない。』

『限界を超えてなお、諦めなかった。』

『感謝している。』

『これ以上の追及はしない。』

『彼女が望むように、仲間と生きる。』

『ありがとう、名前も知らないあなた。』

田村が固まった。

美咲も絶句する。

「全部......

バレてた......」

「50回以上って......」

二人が顔を見合わせる。

長い沈黙。

その時。

オフィスのドアが開いた。

「キャーーーーーーー!!!」

美咲が叫ぶ。

アイドル女神が立っている。

変わらず、キラキラと華やか。

完璧なメイク。

艶のある黒髪ストレート。

白い清楚な衣装。

小さな白いリボン。

シフォンのドレス。

まるでステージに立つ直前のような輝き。

一方、田村は。

髪はボサボサ。

メイクは完全に崩れている。

服は汗で張り付き、少し煤けている。

目の下には濃いクマ。

50回の現地フォローで完全に疲弊したキャリアウーマンだ。

対比が凄まじい。

「アイドル女神様ーーーー!

また来てくださった!!!」

美咲が駆け寄る。

「美咲さん、いつも応援ありがとうございます」

女神が微笑んで、手でハートマークを作る。

会場全体に向けるような、優しいファンサ。

「キャーーーー!

今日も!

ファンサ!!!」

美咲が飛び跳ねる。

田村は疲れた顔で見ている。

(美咲、元気ね......)

そして、女神が田村に向き直る。

まっすぐ、目を見つめて。

沈黙。

空気が変わる。

「田村さん」

名前を呼ぶ。

田村が顔を上げる。

「......はい」

女神が一歩近づく。

目の前に立つ。

でも確かに田村だけを見ている。

「お疲れ様でした」

優しい声。

温かい声。

「全部、ライネルさんに気づかれていましたね」

画面に映る手帳の詳細記録。

靴のサイズ、左眼の癖、営業スマイルの角度。

50回以上。

「はい......」

田村が俯く。

「でも」

女神の表情が柔らかくなる。

「ライネルさんは、こう書いていました」

画面の手帳、最後の一行。

『ありがとう、名前も知らないあなた。』

「救えましたね、田村さん」

女神が本当に嬉しそうに微笑む。

田村の目に大粒の涙が浮かんだ。

「......はい」

女神が深くお辞儀をした。

ステージ上のフィナーレのように完璧な所作。

丁寧で、美しく。

「本当に、お疲れ様でした」

「50回も現地に行かれて、大変でしたね」

女神がまっすぐ田村を見つめる。

目を合わせて。

田村だけを見て。

「素晴らしいお仕事でした」

そして。

女神が両手でハートマークを作る。

でも今度は違う。

田村の目を見つめたまま。

田村だけに向けて。

沈黙。

「田村さん、大好きです」

にっこりと微笑む。

アイドルらしい、でも心からの笑顔。

確定ファンサ。

明確に、田村だけに向けられた。

美咲が息を呑む。

「え......

確定......」

「......え」

田村が固まる。

女神が優しくウインクする。

これも、田村だけに。

「これからも、頑張ってくださいね」

そして転移魔法で消えた。

キラキラと。

沈黙。

田村の顔が真っ赤になっている。

「......今の」

「確定ファンサでしたね」

美咲が呆然と言う。

「本物の......」

「私に......?」

「はい」

「アイドル女神様が......

私だけに......?」

「はい」

田村の目から涙がポロポロ落ちる。

「うわああああああん!」

突然、泣き出した。

「せ、先輩!?」

美咲が驚く。

「女神様が!

私に!

確定ファンサしてくれた!」

田村が机に顔を埋める。

肩が震えている。

「名前呼んで!

目を見て!

ハートマークも!

ウインクも!

私だけに!」

「先輩......」

「大好きですって!

言ってくれた!

私だけに!」

田村が顔を上げる。

涙と鼻水でグシャグシャだ。

「アイドル女神様ああああああ!」

「先輩......

ファンになりましたね?」

美咲がクスッと笑う。

「うるさい!」

田村が涙を拭う。

でも止まらない。

「でも......

嬉しい」

ボロボロの顔で、でも笑っている。

「頑張って良かった......」

美咲が優しく微笑む。

「確定ファンサ、羨ましいです。

私、通常のファンサしかもらったことないのに」

「......ごめんね」

「いえいえ」

美咲が笑う。

「先輩、50回も現地行って大変でしたもん。

ご褒美ですよ」

田村はしばらく泣いていた。

疲れも、不安も、全部。

アイドル女神の確定ファンサが、全部洗い流してくれた。


数分後。

田村が顔を洗って戻ってくる。

少し落ち着いている。

水晶玉を見る。

画面にはライネルと仲間たちが笑い合っている。

「頑張って、ライネルさん」

田村が呟く。

たとえ全部バレていても、救えた。

それでいい。

「次の案件、入ってますよ」

美咲が声をかける。

「......はい」

田村は新しい企画書を開いた。

髪を整えて、営業スマイルを作る。

「あ、先輩」

「何?」

「アイドル女神様のコンサートチケット、取れたんですけど。

一緒に行きます?」

美咲がニヤニヤしている。

「......行く」

即答だった。

「やっぱり!」

二人で笑う。

また誰かの物語が始まる。

今日もまた、長い一日になりそうだった。

でも、少しだけ、軽い気持ちで。


第6章 元刑事と五十回の変装と新たな絆 終わり



この「第6章 元刑事と五十回の変装と新たな絆」を最後までお読みいただき、

心より感謝申し上げます。


田村麻衣の仕事に対する献身的な姿勢と、その疲弊すらも受け止めるアイドル女神の温かさに、

心を揺さぶられたのではないでしょうか。

私がこの物語を通して伝えたかったのは、たとえ孤独で報われないと感じる瞬間があっても、

「あなたの努力は誰かが見ている」ということ、

そして、真の優しさは、最高のファンサとなり得るということです。


ライネルは仲間と共に歩む道を見つけ、田村は最高の「確定ファンサ」というご褒美を得て、

新たな一歩を踏み出します。

彼女たちの物語はまだ始まったばかりです。

次回、田村と美咲が向かうアイドル女神のコンサートでは、

どのような「新たな絆」が生まれるのでしょうか。

どうぞご期待ください。

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