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ヘルデンリート・ネオン Das Heldenlied Neon  作者: 野原 ヒロユキ
Artemidora ~Der Beginn von Hierosophie~
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向かい合い

エスカローネはナターシャやライザと共に公衆浴場に来ていた。

テンペルの中には公衆浴場がある。

エスカローネはシャワーを浴びて髪の手入れをする。

「ふう……」

エスカローネは呼吸する。

ベアーテの特訓は厳しかった。

ベアーテはエスカローネを容赦なくしごいた。

だが、それでもエスカローネの心は折れない。

そんなエスカローネをナターシャやライザは心配していた。

「ふいー、今日も疲れたー!」

ナターシャが浴場の中で全身を伸ばす。

今は就業時間終わりごろであるため、三人のほかには誰もいない。

つまり、どうどうとできるのである。

ライザは浴槽の縁に座っていた。

「エスカローネ、ベアーテ様との訓練はどうだ?」

「ええ、全身が痛いわ。もうぼろくそにしごかれたわね」

そんなエスカローネからは恨みがましい声は聞こえてこない。

むしろ嬉しそうだった。

「エスカローネちゃんはよくやるよねー。あたしは通常の訓練だけで精一杯なのに……」

「……それほどセリオン様から愛されたいのか?」

「それは……」

エスカローネはそれ以上の言葉を言えなかった。

そこから先のことは不安だったからだ。

「なあ、エスカローネ」

「何?」

エスカローネはそのあいだも体を洗い続ける。

「一度セリオン様と話してみたらどうだ?」

「え?」

「セリオン様はおまえを捨てたりはしない」

「ライザ……」

「セリオン様は心からおまえを愛している。それは本物だ。ほかの誰かに変えられるものではないと私は思うぞ?」

「私もそう思う……ただ、私はどうしても彼の愛がほしいの……」

「そこだ」

「え?」

「愛とは自ら愛するものであって愛されるものではない。重要なのはおまえがセリオン様を愛しているかということだ」

「それはわかっているけれど……」

エスカローネがそれ以上踏み込めないのは理由がある。

エスカローネは捨て子だ。

それゆえに、セリオンから捨てられるのではないかと心のどこかで考えてしまう。

セリオンの愛が無条件のものであることはわかっている。

セリオンはエスカローネが優しいからとか、エスカローネの容姿が優れているからとかで愛しているわけではない。

セリオンはただ、エスカローネとういう存在を愛している。

そこに条件はない。

「この件は私たちからもセリオン様に言っておこう」

「あー、それがいいかも、ライザちゃん」

「二人の心配はうれしいけれど……」

「こら、これは親友からの忠告だ。一度セリオン様と話してみるんだ。そこでもう一度、自分の想いを伝えるんだ。おまえはセリオン様をどう思っている?」

「それは……もちろん、愛しているわ」

「問題というのは一つ解決したら、また新しい問題が現れるんだ。そういうものだ。だからおまえたちの関係もそれと同じだ。まずは本心から向き合うことだと思うぞ」

「ええ、そうね」



セリオンはテンペルの聖導騎士団訓練場で訓練した後、男子用公衆浴場に行くつもりだった。

セリオンの隣にはアリオン・フライツ(Arion Freiz)がいた。

アリオンは十五歳。

セリオンの弟分である。

髪は金髪だったが、瞳は赤だった。

赤はアリオンのパーソナルカラーでもある。

「セリオンはすごいな」

「どうした?」

「だって、暴龍ファーブニルを倒せるんだもの」

「それは、相性もあると思う。おまえとは相性が悪いだろう?」

「俺もなにか大きな怪物退治でもしたいぜ!」

アリオンはセリオンにあこがれている。

アリオンは小さいころからセリオンの後をついて回った。

そんな時だった。

浴場の前で二人の女性が待っていた。

「セリオン様、お話があります」

「セリオン様ー、どうしても時間をもらえませんか?」

「ライザ、ナターシャ……」

そこに現れたのはライザとナターシャだった。

この二人はエスカローネの親友だ。

どうしたのだろう? 

このような場に二人が現れるとは?

一体どうした用件だろうか?

「お時間は取らせません」

「セリオン、俺はここで別れるよ。じゃあな」

アリオンはそそくさと一人で浴場に行ってしまった。

「わかった、二人の用件を聞こう」

「エスカローネのことです」

「エスカローネがどうしたんだ?」

「エスカローネから何か聞いていませんか?」

「ああ」

「エスカローネは今、ベアーテ様と特訓しています」

「特訓?」

セリオンは初めてエスカローネが特訓していることを聞いた。

なぜ、エスカローネがそんなことを?

「どうしてエスカローネがそんなことをしてるんだ?」

「はあ……セリオン様もご存じありませんでしたか……」

ライザがため息をつく。

「一度、二人で話し合ってみてください。エスカローネはあなたからの愛を失うと思って不安に思っているようです」

「なぜだ?」

「これは二人の問題です。ですが、エスカローネが無理をしないようにお願いします」

「エスカローネちゃんは毎日、特訓に明け暮れているんです。どこか自分を追い込んでいるように見えて……ですから、セリオン様ー、エスカローネちゃんに想いを伝えてあげてください」

「わかった。俺も彼女と向かい合おう。貴重なことを伝ええてくれてありがとう、二人とも」

「いえ、それでは私たちはこれで。行くぞ、ナターシャ」

「それじゃあ、セリオン様、ごきげんよう」

セリオンは一人虚空を見つめていた。



セリオンはエスカローネが浴場から出てくるのを待っていた。

エスカローネがセリオンを見て、喜びの表情を浮かべる。

「セリオン! どうしたの?」

「ああ、ライザとナターシャから話が合ってな。今いいか?」

「ええ、いいわよ」

二人は夜、ベンチがある場所まで移動した。

そこに二人で腰かける。

「特訓をしているそうだな? 二人から聞いた」

「うん……」

「俺はエスカローネを愛している」

「うん……私もセリオンを愛しているわ」

互いに想いを打ち明けある。

これは正直な想いだった。

だが、問題はそこではない。

それはセリオンにもわかっていた。

「なあ、愛って条件的かな?」

「ん?」

「俺はエスカローネに強さを求めていない」

「それはわかっているけれど……」

「俺はエスカローネに特訓をやめるよう言うつもりはない。俺の隣にいられる女はやはり強い女だけだろうな。それは俺自身が一番よくわかっている」

「そうね」

「エスカローネはそうまでして俺の隣にいたいのか?」

「そうよ。私はセリオンに守られるだけの女じゃ満足できないの。セリオンと共に戦える女でありたい」

「それが君の意思か」

「セリオンは私を捨てない?」

「どうしてだ?」

「私は捨て子だから……」

「そういうことか……」

セリオンはエスカローネが言いたいことを理解した。

エスカローネはセリオンから捨てられることが怖いのだ。

おまえは不十分だと言われるのが怖いのだ。

エスカローネはセリオンと実の兄妹きょうだいのように育った。

だけれど、自分が捨てられたという事実はエスカローネを苦しめている。

「俺の愛だけじゃ不十分か?」

「そんなことない。そんなことないけど……」

「エスカローネは苦しんでいるんだな」

「うん……私はこの事実から目をそむけるわけにはいかないの」

「共に乗り越えていくことはできないか?」

「え?」

「エスカローネが苦しんでいるんだったら、俺もいっしょに苦しみたい。それではダメか?」

「ううん、ダメじゃないわ」

セリオンはエスカローネの手を取った。

そしてその手にキスをする。

「俺が君を愛していること……その事実は変わらない。それは永遠だ。俺は君を愛するために生まれてきた、そう思っている」

「セリオン……私もあなたを愛するために生まれたと思うわ。それは神に感謝していることよ」

「じゃあ、無理な特訓はしないでくれ。強くなりたいなら君の意思で、あくまで君の意思で強くなりたいと思ってくれ。それが俺の願いだ」

「ありがとう、セリオン。わかったわ。無理な特訓はしないわ」

「それじゃあ、帰ろう。これ以上は体が冷えるからな」

そうして二人はそれぞれの部屋に戻った。

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