エスカローネとのデート
セリオンはテンペルの寮に住んでいる。
エスカローネは昨日、セリオンの部屋に泊っていった。
今はもう彼女の姿はない。
彼女も同じく女性寮に住んでいる。
今ごろはシャワーでも浴びていいるに違いない。
セリオンは浴室に入って、シャワーを浴びた。
昨日はワインを飲んだが、頭は痛くない。
セリオンは飲む量はコントロールしているからだ。
今日はエスカローネとのデートの日だ。
セリオンがエスカローネと恋人のなったのは二年前からだ。
十八の時、二人は恋人同士になった。
セリオンはアンシャル・シベルスクとディオドラ・シベルスカとの間で育った。
エスカローネも幼少のころからセリオンの家で育った。
二人はほとんど、兄弟、姉妹と言ってもよく、お互いのことを知っていた。
ただ、セリオンはエスカローネへの想いを自覚するのが遅かった。
いつもそばにいたため、関係を変えるのに時間が必要だったのだ。
今は自信を持って愛していると言える。
二人はもともと愛し合っていたのだ。
ただ、それに気づくのに時間がかかったのだ。
セリオンはデートの準備をする。
髪を整え、清潔な服を身につける。
磨いておいたブーツをはくと、セリオンは扉を開けた。
そのまますがすがしい空気と風に触れた。
テンペルの寮は三種類ある。
一つは男子寮。
もう一つは女子寮。
最後に家族寮である。
エスカローネはこのうち、女子寮に住んでいる。
セリオンは女子寮の前で、エスカローネを待つ。
セリオンは時計を見る。
時間は八時四十五分だ。
待ち合わせの時間は九時だった。
「セリオーン、お待たせー!」
エスカローネが寮の方から近寄ってくる。
エスカローネは黒いワンピースを着ていた。
肩にはハンドバッグを持っていた。
「待ったかしら?」
「いや、それほど待っていない」
「今日はいい天気ね」
「ああ、そうだな。それじゃあ、行こうか」
「ええ!」
エスカローネがセリオンの腕を取る。
エスカローネはスタイルがいいので、こうしているとエスカローネの豊かな胸が当たるのだが、それで赤面するようなセリオンではなかった。
二人は新市街地に出て行った。
シュヴェリーンは二つの顔を持つ。
一つは旧市街地と言って、歴史的建造物が立ち並ぶエリア。
もう一つが、新市街地と言って、近代的な建物が並ぶエリア。
二人が出かけたのは新市街地だ。
新市街地はビルやオフィス、エンターテインメント施設などが集中している。
セリオンはエスカローネといっしょにカフェに訪れた。
『カフェ・クラシッシュ』という、シックでクラシックなカフェだ。
セリオンとエスカローネは席に着く。
この店はセリオンがよく訪れるところだった。
「今日も混んでいるな」
「そうね、いつものことだけど」
「いつもそうだから、ここでコーヒーを楽しむ価値があるのさ」
「セリオンはコーヒーが好きね」
「ああ、好きだ。俺は酒はあまり飲まないが、コーヒーはたしなむ」
セリオンはコーヒー好きだ。
自室には豆をすりつぶして、ドリップできるマシンがある。
「こうして、セリオンと話せるのはどれくらいかしら?」
「そうだな、俺がファーブニルの討伐に出かける前だから、三か月ぶりか」
「私、さびしかったのよ?」
「俺もエスカローネと会いたかった」
「どうして、通信機を使わなかったの?」
「ああ、それは覚悟の問題だ。俺はファーブニルに絶対に勝つと決めていた。だから、それに集中するために通信機は使わなかったんだ」
この時代の魔導通信技術はかなり発達していた。
ツヴェーデンの全国は通信網が網羅している。
情報技術産業は現在の花形職種だ。
ツヴェーデン政府が指揮を執って、その開発と拡大に努めている。
失業者の中にも、この職種の専門教育を受けて新しく参入を狙っている人もいるくらいだ。
情報の本質は形がないことである。
この産業は工業と違って、モノではなくコトに属する。
工業は伝統的に、モノを生産する。
ツヴェーデンにはマイスター制度があり、優れた職人は高度なスキルを持つ。
ツヴェーデンでは、工場は地方に集中しており、首都付近は脱工業化が進んでいた。
「ただ」
「ただ?」
「一日たりとも、エスカローネの顔を思い浮かべなかったことはなかった」
「セリオン……」
「エスカローネ、愛してる」
「私も、セリオンを愛しているわ」
「失礼ですが?」
「? あなたは?」
そこに赤い髪をオールバックにした、赤い女性用スーツを着込んだ女性が現れた。
その女性は全身赤で統一されていて、瞳の色まで赤だった。
「私はドリス(Doris)。ドリス・クラインです。魔法学校の理事をしております。失礼ですが、あなたはセリオン・シベルスクさんで間違いないでしょうか?」
「ええ、俺がセリオンです」
「そうでしたか。私もごいっしょしてよろしいでしょうか?」
「いいですよ」
セリオンは即決した。
エスカローネが席を隣にうつる。
ドリスが空いた席に座った。
「セリオンさんとこの女性はどのような関係ですか?」
「私とセリオンは恋人同士なんです」
「そうでしたか。それでは私はお邪魔をしてしまいましたね。うっふふふ」
「いえ、気にすることはありませんよ。どうしてここに?」
「私は一度セリオンさんと話をしてみたかったのです。セリオンさん、あなたのおかげで邪悪な龍は撲滅されました。皆に代わってお礼を申し上げます」
ドリスは深くおじぎした。
「俺はただ自分にできることをしただけです」
「ご謙遜を……あなたほどの方はめったにおりません」
「……」
「? どうかしましたか?」
「ドリスさん、彼は自分の名誉をあまり吹聴しないんです」
「そうでしたか。それはさすがですね」
ドリスは大仰しく驚いた。
セリオンはあまり自分の自慢はしない。
本当に自信がある人ならそうだろう。
「ドリスさんは赤が好きなんですか?」
エスカローネがドリスに尋ねる。
「ええ、そうです。赤は情熱の色ですから。私はこのように赤で自分を統一しています。この色は私にとって哲学的なんですよ」
そうこう話をしているときに、ドリスにもとにコーヒーが運ばれてきた。
「この店のコーヒーはおいしいですね。セリオンさんはお好きですか?」
「はい、俺はこの店をよく利用するんですよ」
「そうですか。それにしても、セリオンさんは英雄となりましたね」
「それは俺にとって一つの通過点です。俺の目標はもっと別にあります」
ドリスは意外そうに。
「そうなんですか? それをうかがっても?」
「俺はソードマスターになりたいんです」
「『ソードマスター』……剣士の最高峰ですね?」
「俺は戦士です。同時に剣士でもあります。それが俺がソードマスターを目指す理由です。もっとも、今の俺は父にも勝てませんが……」
「そうですか。セリオンさんなら必ずや、ソードマスターに至るでしょう。それでは長々と失礼しました。これでお暇させてもらいます。今日はありがとうございました。Zahlen bitte!」
「Zusammen oder getrennt?」
「Getrennt bitte」
ドリスは支払いを済ませると、そのまま去っていった。
セリオンはそんなドリスの後姿を眺めていた。
「いい人だったな」
「そうね。でも……」
「でも?」
「あそこまで赤一色だと少し怖いわ。まるで血のようで……」




