凱旋
セリオンの勝利はすみやかにツヴェーデン全土に広まった。
暴龍ファーブニル死す!
このニュースは魔導機器に乗って、ツヴェーデン中を熱狂で満たした。
ツヴェーデンの各地で祝祭が催された。
ファーブニルはそれほどツヴェーデン国民に暗い影を投げかけていたのだ。
おもえば最近は人々の顔から笑顔が消えていたような気がする。
それもすべてはファーブニルの脅威があったからこそだ。
それが今や消えたのだ。
人々が羽目を外しても文句は言えなかった。
セリオンはそんなシュヴェリーン(Schwellin)に――ツヴェーデンの首都に凱旋した。
セリオンは沿道で花を持つ人々に歓迎された。
人々の顔は笑顔で満ちている。
セリオンは所属する組織に、民族的信仰共同体テンペル(Tempel)に帰還した。
テンペルでも祝祭が開かれていた。
セリオンはツヴェーデン(Zweden)連邦共和国に住んではいるが、国民ではない。
セリオンはシベリア人といって、ツヴェーデンから東の国の民だった。
現在この国シベリア(Siberia)は東の大国ガスパル(Gaspar)帝国に占領されており、その属州となっていた。
セリオンはそんなシベリアに住んでいたシベリア人の末裔である。
テンペルはそんな難民と化したシベリア人の、ツヴェーデンにおける共同体だった。
テンペルは『聖導騎士団』という軍事力を保有している。
聖導騎士団はツヴェーデンと同盟を結んでいる。
いつか、シベリアの地に帰る――それがシベリア人の悲願だった。
セリオンはテンペルで一人ワインを飲んでいた。
ツヴェーデン人はワインよりもビールを好む。
シベリア人はビールより、ワインを好む。
民族によって嗜好が違った。
セリオンは長いすに腰かけていた。
聖導騎士団――テンペルが保有する軍事力であり、セリオンもそのうちの一人でもある。
セリオンは『天騎士』と言って、より上位の騎士だった。
「ここ、いいかな?」
「……スラオシャ(Sraoscha)」
セリオンの前に座ったのは大天使スラオシャ。
神のみ前の七大天使の一人である。
彼は金髪の髪にメガネをかけていた。
服は黒だ。
セリオンはスラオシャとは旧知の仲である。
そもそもセリオンに神剣サンダルフォンを与えたのはこのスラオシャなのだ。
「どうしたんだ? 何しに来た?」
「それは失礼な言い方だね。私はいつでも君を見ているのに」
「男に見られてうれしがる趣味はない」
「つれないな。まあ、いいさ。ファーブニル打倒おめでとう」
「ありがとう。確かにファーブニルを倒したのは俺だ。ただ、シナリオはおまえが描いたんだろう?」
「さあ、何のことかな?」
「とぼけるな。ツヴェーデン政府からの依頼だ。テンペルが断れるわけがない。大方おまえがヴァイツゼッカー大統領に働きかけたんだろう?」
「まあ、そういうことにしておこうか」
スラオシャはにこにこして言った。
おそらく当たっているだろう。
スラオシャは天使であるため、地上にはある程度しか関与できない。
天使は地上では行動を制限されているのだ。
「君なら勝てると信じていたよ」
「それはどうも」
「淡々としているんだね?」
「それはそうだろう? あのファーブニルだって好きでツヴェーデンにやって来たわけじゃない」
「まあそれもそうか」
「ファーブニルはもともとベルゲン山脈に住んでいた。そこが観光地として開放されたため、ファーブニルは住みかを追われたんだ。同情くらいするさ」
「でも君はファーブニルを倒した」
「ああ、そうだ。俺はツヴェーデンを愛している。だから、ファーブニルを討伐することに同意した」
「愛、か。君の行動原理だね?」
「我愛する、ゆえに我在り。ファーブニルの目は憎しみで満ちていたよ」
「そこまで行くとむしろ憐れに思えるな」
「ああ、だからどこか沈んでいるんだ」
「今の君は『英雄』だね?」
「そう、だな。母さんが言った通りだ。母さんは言った。俺が英雄になると。それが成就したわけだ」
「英雄――すなわちドラゴンスレイヤー……さて、じゃあ私は帰るよ。本当は君ともっと話していたいんだけど、そうもいかないだろう? 主役を独り占めできるとは私も思っていないよ。それじゃあ、さらばだ」
スラオシャは人ごみの中に消えていった。
セリオンはワインを再び口につける。
「あ、セリオン、ここにいたのね」
「母さん……」
セリオンの母ディオドラは現在三十五歳。
その美貌は未だ衰えていない。
ディオドラは修道服に被り物をつけていた。
「糧食部はひと段落ついたわ。私は修道女だからお酒は飲めないけど、今日はあなたを祝いに来たのよ」
ディオドラはテンペル創設の際からのメンバーだ。
テンペルのメンバーとしては最古参と言っていい。
「私はずっと主にお願いしていたのよ。セリオンが無事に帰ってきますようにって」
「母さんらしいな」
「あなたが暴龍ファーブニルを倒しに行くなんて聞いた時は心臓が止まるかと思ったわ。でも、あなたは帰ってきた。帰ってきてくれた。あなたは英雄になった」
「ありがとう」
「ねえ、セリオン?」
「?」
「私はね、セリオンがどんなに弱くても、あなたを愛せるのよ」
「それは……」
「あなたは強くなった。それは確かね。周囲の人はあなたを英雄として見るでしょう。でも、私にはあなたは幼いころから変わらない、私の愛する息子よ。たとえあなたがどんなにみじめになっても、私はあなたを愛しているわ」
「母さんが俺を愛してくれたから、俺は他者を、人を、世界を愛することができる。この力は母さんがくれたんだ」
「あるがとう。あなたは私が思っている以上に大きくなったのね。エスカローネちゃんとは会った?」
「いや、まだだ。糧食部に駆り出されたと聞いた」
「じゃあ、今日はエスカローネちゃんと過ごしなさい。私はもう戻らなくちゃいけないから、それじゃあセリオン、おやすみなさい」
「おやすみ」
そう言うとディオドラはテンペルの食堂に戻っていった。
そこに一人の女性が現れる。
「セリオン、お待たせ」
「エスカローネ……会いたかった」
セリオンはエスカローネの手を握った。
エスカローネがほおを赤らめる。
二人は恋人同士だった。
エスカローネは青い軍服上衣、ボックス型の青いミニスカート、青い二―ソックス、白いマントを着ていた。
髪は流れるようなストレートの金髪で、瞳は青だった。
「セリオンとようやくこうして話ができるわ。ねえ、明日はいっしょに過ごさない?」
「ああ、いいよ。俺もエスカローネといっしょにいたかったしな」
「本当に無事に帰ってきてくれてよかった。私、心配だったのよ?」
「でも、エスカローネは俺を信じてくれただろう?」
「ええ、私はあなたを信じているわ」
「なら問題ないな。でも、今回の戦いは勝てるかは事前にはわからなかった。スルトから命じられたとはいえ、これは俺の意思でもあったんだ」
スルト――雷帝スルト・ボルグ(Surt Borg)。テンペルの創始者のひとりである。
セリオンとエスカローネは見つめ合い、キスをした。
「ねえ、セリオン、今夜は……」
「ああ、いっしょにいるよ」
こうして夜が訪れた。




