受胎
この世界はいかに始まったのか?
始まりはいったい何だったのだろう?
俺はそれが一番疑問だった。
なぜ、世界が存在するのか?
なぜ、人間は創造されたのか?
万物はなぜ自然の秩序と共に在るのか?
すべてのものごとには起源がある。
神は初めに天と地を創造したという。
天と地は新しい宇宙の創造を意味する。
天と地が創られたというのは字義通りの意味ではない。
天(Himmel)と地(Erde)がない限り、世界は存在しえない。
神話では外宇宙の誕生については扱わない。
俺は一つの思想を持っている。
それはヒエロソフィア(Hierosophia)。
この言葉には聖なる知恵という意味がある。
ヒエロソフィアでは世界の起源は、始まりは神が天地、万物を無から創造した時から始まる。
神のやったことは世界を秩序づけることだった。
天、地、海、陸、太陽、月、星、魚、鳥――。
神は言われた。
「光在れ」
すると光があった。
神は光を良しと見られた。
神は光と闇を分け、対立させた。
光と闇は相反する。
これが世界が光と闇の対決の舞台となった理由だ。
俺は始まりを想う時、いつも神による天地創造を思い浮かべる。
俺たちのこの世界はそうして出来上がったのだ。
これは信仰の問題ではない。
認識の問題だ。
俺たちは神話や宗教で、世界の起源を追い求めてきた。
その探求は永遠に終わることがないだろう。
世界の起源など追い求めるのは、万物でも人間だけだ。
これは人間が昔からどうしてと思ってきたことなのだろう。
ヒエロソフィアでは世界は神によって創られたと考える。
神は父のような方であり、全知全能である。
神にできないことはない。
神は主であり、唯一なる方である。
俺たちの神、主は生きておられる。
俺たちはこの存在を『主なる神』=(Gott der Herr)とも呼んでいる。
俺たちの世界エーリュシオン(Eelysion)も主なる神によって創造されたのだ。
万物は流転する。
今日もあらゆる生き物が神を讃える。
その日は急に天気が悪くなった。
黒い雲が空を覆い、雷がとどろいた。
気づくと、すぐに大雨が降ってきた。
一人の修道女がこの雨の中、走っていった。
洗濯物を取りに行ったのだ。
今日は晴れていたので、洗濯をして、シーツなどを干していたのだ。
このままでは乾いた洗濯物が濡れてしまう。
修道女は焦った。
その時だった。
ひときわ、黒い空が大きく光った。
轟音がなって、雷が落ちた。
雷は修道女に直撃した。
その日彼女は目を覚まさなかった。
「ディオドラ(Diodora)……」
「あなたは?」
「Ave,Diodora. Dominus tecum」
修道女ディオドラは気が付いた。
気づいた時、ディオドラは海の中にいた。
ああ、これは夢だ。
夢の中だ。
なんて甘美なんだろう。
ディオドラは金髪の髪で、長く伸ばした髪を三つ編みにし、青い目をしていた。
服はいつもの青地に白の筋が入った被り物、そして青い修道服だった。
ディオドラの前には誰かがいた。
その人物は金髪のロングヘアで桃色の衣に白い翼を持っていた。
「おめでとう、ディオドラ。祝福されし娘。あなたは主と共にいます」
「あなたはいったい?」
「私はレミエル(Remiel)。主に仕える七大天使の一人です。私は今、あなたに夢を送って、夢の中で話をしています」
「夢……」
ディオドラはそれを理解した。
知的に理解したというより、直観的に理解たと言えるだろう。
だが、ディオドラには次に疑問が出てくる。
「私の何が祝福なのですか?」
「あなたは神の子を、雷の息子を身ごもりました」
「子供を?」
ディオドラは信じられなかった。
だが、ディオドラにはレミエルがウソを言っているようには思えなかった。
それにディオドラはわかるのだ。
自分のおなかに宿った命……。
新しい命が自分の中で脈打っている。
「私はあなたの兄、アンシャル(Anschar)にも夢を送って、このことを伝えています。私は幻視の天使でもあるのです」
「本当に……本当に私に神の子が私に宿ったのですか?」
「神はあなたの信仰を御存じです。神は御手を伸ばされて、あなたに雷を落としました。それはあなたが来るべき『英雄』の母となるためです。ディオドラ、あなたはその子を育てるのです。アンシャルといっしょに」
レミエルはまったくよどみなく言葉を続ける。
それから感じられることは確信だった。
レミエルは真実を語っている。
ディオドラにはレミエルの言葉は信じがたいものだったが、自分でもこれが真実だとわかっていた。
「レミエル様……私は不安でどうにかなりそうです。主の子供を育てるなんて、そんなことは恐れ多いのです」
ディオドラは不安を吐露した。
ディオドラにあるのはプレッシャー。
ディオドラは現在十五歳だ。
まだ少女であり、成熟した大人の女性ではない。
「ディオドラ、気後れしてはいけません。あなたは一人ではありません。あなたにはアンシャルがいます。アンシャルを頼りなさい。アンシャルとあなたはその子供の父と母になるのです。その子供には父親と母親が必要です。主はあなたがたこそそれにふさわしと思っておられます。安心しなさい。主はあなたがたを祝福しておられます」
「私は、この子を育てられるでしょうか?」
「もちろん。あなたにそれができると思われたからこそ、主はあなたに子供を宿されたのです」
ディオドラにはゆっくり考える暇すらなかった。
自分が妊娠したなら、この修道院にいることはできないだろう。
姦通を疑われて、追放されるだろう。
自発的に出て行った方が、いい。
そうディオドラは結論付けた。
「子供にとって一番必要なのは何でしょうか?」
「それはもちろん、愛です。その子を愛してあげること、それが何よりその子の宝となるのですから。それではディオドラ、私はずっと見守っていますよ」
レミエルの姿が消えた。
「レミエル様!」
ディオドラはとっさに叫んでいた。
急激な浮遊感を感じる。
目を覚ますのだ。
気づいて時、ディオドラはベッドに寝ていた。
右手を上に突き出していた。
目からは涙がほおを流れていた。