こわれたEくん
Eくんは良い奴だ。思いやりがあって優しくて、先輩の言うこともしっかり聞いて勉強している。ただ、彼はとても世渡り下手なのだ。
だからいつも悩んでいるし、そのせいで仕事に支障をきたしてしまうこともある。
そんなEくんをどうにか励ましてやりたいと思った。
「なぁEくん、最近ずっと悩んでるんじゃないか? 1週間くらい休暇をとってゆっくりしてみたらどうだ? その間の仕事はオレの方でなんとかしとくからさ」
「よしてくれよ、そんなの頼めるわけないじゃないか。気持ちは有難いと思ってるよ。でも、もし休むなら俺は自分の仕事をきちんと片付けてから休むよ」
「でもな、先輩もオレと同じ気持ちなんだ。お前がいろいろ背負い込んで手遅れになっちまう前に、どうにかしてお前を休ませてやりたいんだ。それに、お袋さんとはしばらく会ってなかったろ? 久しぶりに顔をお見せして差し上げろよ、喜ばれるぞ」
「そんなこと言ったって⋯⋯」
「決まりな! ぱーっと遊んでこい!」
「分かったよ⋯⋯ありがとう。恩に着るよ」
こうしてEくんは明日から1週間、実家でゆっくり休むことになった。
という話を終礼でしたところ、お偉いさんの1人が嫌味なことを口にした。オレたちが日頃どれだけ頑張っていて、なにをしているかも把握していないくせに、休む人間の愚痴だけは欠かさない嫌な年寄りだ。
「だって⋯⋯しょうがないじゃないか⋯⋯」
Eくんは静かに涙を流しながら、下を向いてそう漏らしていた。こういう時はオレなら言い返せるが、彼にはそれが出来ない。波風を立てたくないという性格だし、そもそも優しいから人に対して怒りをぶつけるのに慣れていないのだ。
そんな彼に、そいつはまた追い討ちをかけた。
「ヒラの分際でこんなに休みを取るとはねぇ〜。僕みたいな働き者はしわ寄せばっかでいつも大変だよ〜。ねぇ〜みんなァ?」
元はといえばこいつらが普段仕事をせずにタバコばかり吸ったりお喋りしまくっていて全部Eくんやオレたちに負担が行っていたせいなのに。許せない⋯⋯
そう思った時だった。
「あはははは」
Eくんが顔を上げ、お偉いさんを見て笑った。が、目が全く笑っていなかった。
「ははは⋯⋯はは」
その状態でゆっくりお偉いさんに近づくEくん。
「な、なんだねキミ! やめなさい、こっちに来るな!」
「はは、ははは⋯⋯」
口角だけが上がった人間の笑顔というのは、それはそれは恐ろしいもので、年下とは思えない圧を感じた。
そうしてEくんはゆっくりと歩き、恐怖で固まるお偉いさんのうしろまで行って足を止めた。
「な、なにをするんだ⋯⋯!」
うしろから両手で頭を掴むEくん。
「なにを! や、やめなさ――」
そう言い終わる前に、お偉いさんの顔が回り始めた。
「なぁんだ」
まるで発泡スチロールを扱うかのように簡単に首をへし折ると、Eくんはこちらを向いてニィっと歯を見せて笑った。
「こんとんじょのいこ」