表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

恋愛ショートショート

同じ星を見つめて

作者: あずみれん

放課後の図書室、夕暮れの光が本棚を淡く照らしている。

その隅のテーブルで、早希はノートにペンを走らせながら、

視線を上げるたびに数メートル先の篠田拓也に目がいってしまう。

篠田は数学の参考書を開き、真剣にページをめくっていた。

その集中した横顔に、早希は胸が少しだけざわつく。


早希にとって篠田は、少し特別な存在だった。

いつも穏やかで、優しくて、誰にでも気配りを忘れない。

だけど、その篠田のことを、親友の美咲も好きだと知っている。

中学時代からの大切な友達が「篠田君のこと、いいなって思ってるんだ」と笑顔で話してくれたとき、

早希は自分の感情に気づきながらも、応援しようと決めた。


「好きになっちゃいけない」

そう言い聞かせるたび、篠田の何気ない仕草や声が頭を離れなくなる。

それでも、早希は自分の想いを必死に隠していた。


ある日の朝、まだ人がまばらな教室で自習をしていると、篠田がふと顔を上げ、早希の方を見た。

「高梨さん。」

突然名前を呼ばれて、早希はペンを握ったまま固まる。

「ここの問題、分かる?教科書を忘れちゃって…」

「あ、うん。いいよ。」


篠田の隣に座り、彼のノートを覗き込む。質問は数学の公式に関するもので、

早希が説明すると、篠田は「なるほど」と何度もうなずいた。

「ありがとう、高梨さん、助かった。」

「別に、大したことじゃないよ。」


そんな何気ない会話が続く中、早希は胸の奥が少しだけ痛むのを感じた。

この時間が心地よくて、それがかえってつらかった。

美咲の気持ちを知っているのに、自分が篠田と近づいてはいけない。

だけど、距離を置くこともできない。


文化祭の準備が始まり、早希は美咲が篠田と同じ班になったと聞いた。

「私、篠田君と話せる機会が増えて嬉しい!ちょっとでも進展あるといいな。」

美咲の明るい笑顔を見て、早希はまた心が沈む。

「頑張ってね。」そう返す自分の声が、どこか遠く感じられた。


この気持ちをどうするべきか、自問しながらも答えは見つからない。

ただ、このままではいけないと思っていた。


文化祭当日、校舎の屋上から打ち上げの準備を見下ろしていると、篠田が隣に立っていた。

「今日は忙しかったね。でも、いい文化祭だった。」

「うん、そうだね。」


早希は頷き、夜空には星が瞬いていた。

「最近、なんだか気になってることがあって。高梨さん、なんで俺と目を合わせないんだろうって。」

早希は一瞬言葉を失った。だが、覚悟を決めて口を開く。


「…篠田君、私は美咲のことが大切なの。彼女、篠田君のことが好きなんだよ。」


篠田は驚いた顔をした。


「美咲さんが…?」

「そう。だから私は…応援したいと思ってる。」


篠田は少し考え込むようにうなずいた。そして、静かに早希の方を見つめる。


「でも、高梨さんはどう思ってるの?」


その質問に、早希の心は揺れた。だが、自分の気持ちを隠すことはできなかった。


「私は…篠田君が好き。でも、この気持ちを伝えることで、美咲との関係を壊したくない。」


篠田はしばらく黙っていた。そして、静かに口を開いた。

「ありがとう、正直に言ってくれて。俺も、高梨さんのことが好きだよ。」


その瞬間、早希の心は一瞬空白になった。


篠田の瞳が真剣に自分を見つめている。

その視線は嘘偽りのないもので、彼の言葉が本物だということを強く感じさせた。


とっくに日は落ちているのに、

辺り一面が真昼になったような感覚に陥った。


だが、すぐに美咲の顔が浮かんだ。あの楽しそうに篠田の話をする声、

文化祭の準備で目を輝かせていた笑顔――それらすべてが、今の自分を責めるように胸を締め付ける。


「私…」早希の声は震えていた。


篠田はその様子に気付き、「無理に答えなくていい」と言おうとしたが、早希はそれを遮るように続けた。


「篠田君のことが好き。でも、それ以上に美咲のことも好きなの。

彼女がどれだけ篠田君を想ってるか、ずっと知ってた。」


言葉を絞り出すたび、胸が痛くなる。それでも、ここで向き合わなければ何も始まらない。


「美咲が幸せであってほしいって思うたび、私の気持ちは間違いなんだって何度も思った。でも…」


早希の声は少し詰まりながらも、涙をこらえて続けた。


「でも、篠田君がこうして伝えてくれたことも、嘘じゃないって分かるから…それが、余計に苦しい。」


早希は顔を覆った。自分の想いと、美咲への友情との間で揺れる感情が、すべて溢れ出しそうだった。


篠田は一歩近づき、早希の肩に手を置いた。

その手は驚くほど優しく、早希はほんの少しだけ気持ちが落ち着くのを感じた。


「高梨さん、俺も美咲さんの気持ちを大切にしたいと思う。だから、俺からちゃんと話す。

高梨さんに重荷を背負わせたくないんだ。」


その言葉に、早希は一瞬、胸の奥が温かくなるのを感じた。

篠田が美咲のことを思いやり、きちんと向き合おうとしてくれる。

それは、彼の誠実さそのものだった。

だが、その喜びはすぐに苦い感情に変わる。


「…いや、それじゃだめ。」


早希は小さく首を振り、言葉を続けた。


「美咲が篠田君を好きになる前から、私たちはずっと親友だった。

彼女がどれだけ篠田君のことを大切に思ってたか、私が一番知ってる。

それを、篠田君から聞かされるなんて、美咲にとってはもっとつらいことだと思う。」


篠田は驚いたように早希を見つめた。その視線を受けながら、早希は静かに微笑む。

「だから、私が伝えるべきなんだ。どれだけ怖くても、美咲には私の言葉で伝えるべきだと思うの。」


篠田はしばらく黙っていたが、やがて少し笑みを浮かべ、頷いた。

「分かった。高梨さんがそう決めたなら、俺はそれを信じるよ。」


夜空には無数の星が瞬いている。その一つ一つが、どれほど遠くても確かにそこにあるように、

早希は自分の想いを隠さず伝えようと決めた。


明日が来れば、何かが変わる。

胸には、重いけれど確かな気持ちが灯っていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ