まだ
何時ものように、妻の容態を確認して、病院を出る。
「あれ?バス行っちゃったかぁ…」
21∶30は、最終のバス。
現在21∶33。
どうやって帰ろうか、バス停のベンチに座り、スマホで暫く検索していると、終わったはずの最終バスがやって来た。
ゆっくりと、ターミナルに進入して来る。
「お、ラッキー!」
まだ、俺には運がある。
道が混んでいたりして、遅れたのだろうか。
よくある事だった、腕時計を見てみる。
「ん?もう21∶49…そんなに長い時間検索してたかなぁ」
その時は気にも止めずに乗り込んだ、後ろにもう一人気配を感じたが、振り返らなかった。
1番後ろの席が空いてたので、そこに腰を下ろした。
思いの外バスの中は、人で溢れていた。
(こんな時間にも、利用する人いっぱいいるんだなぁ)
次の停留所で、老人が乗ってきた。
私の隣に腰を下ろす。
「お邪魔します」
「いえ…どうぞ」
今日の事を思い出していた。
最近は、起きてられる時間も延びて、ちょっと調子が良さそうだ。
まだ、二人でやりたい事が沢山ある。
早く良くなって貰いたいが、焦ってはいけないことは分かっている。
(あれ?まだ着かない…いつもなら…)
窓の外を見てみると。
「ん?」
外の景色は、見た事の無いものだった。
言うなれば、昔のハリウッド映画に出ていた日本。
間違った日本。
まだそんなに世界に知られていなかった時代の、出来の悪い日本。。
ゴテゴテのネオン街、変な看板。
聞いたことのない単語。
「なんだ?バーサラガって?」
バスの中を見回して見ると、老人だらけだった。
(こんな時間にも、お年寄りは元気だなぁ)
何とも言えない違和感を、肌が感じ取る。
賑わってる筈の車内に、気配がない。
気配とは【音】。
皆、思い思いに話をしているのだが、気配を感じられない。
そんな事を考えていると、老人が話しかけてきた。
「今日は暑かったから、あんたみたいな若い人でもしんどかったろ?」
「え?あ、はい、そうですね、結構厳しかったですね、大丈夫でしたか?」
自分の声だけが、空気に振動する。
「あんたは、妙な事を言うなぁ」
「?」
「大丈夫な人間は、コレには乗ってないだろ?」
老人は、じっと俺の目を見る。
全身の毛穴から汗が吹き出した。
スマホのニュースで、熱中症の話題が大量に載っていた。
待ってくれ、俺はまだやりたい事が…。
つまり、このバスはそういうバスなのだ。
「あんた、もしかして…」
あの時一緒に、乗ってきた人って。
前側の席を確かめる、一人若い女性が座っていた。
『お客様、停留所に着くまで立ち上がらないで下さい!』
運転手に叱られるが、やはり気配は無い。
「え?」
「あんたの奥さんと違って、まだ生きてるね?」