続編1
後宮に入る時、必要なものは何か?
美しさか、それとも教養か。
多分、一番必要なのは“金”なのだと思う。
いくら才媛であっても新しい知識のための投資が出来なければそれはすぐに陳腐なものになってしまうだろう。
美貌だって一緒だ。
高い金をつぎ込んでいるからこそその美しさに磨きがかかるのだ。
工夫でどうにかできる範囲は限られる。
人手で補うその人も賃金が発生するのだ。
だから、正式に恩賞について言われたとき最初に申し出たのは、金だった。
じい、っと。何かを試すように、伺う様に陛下は私の顔を見た。
その瞳に写るのは落胆、だろうか。
私は普通の人間なので、そんな風に覗き込むように見ても返事は変わらない。
どうせこの場所から故郷に帰ることが叶わないならばここで生きていくためのことを考えねばならぬ。
そういう小さな人間だ。
「それから、一つ許可をいただきたく」
私は付け加えた。
「宮の庭にすこしばかり手をいれさせていただければ」
陛下はこちらを見て言った。
「何か愛でたい花でもあるのか?」
「いえ、薬草を育てようと思いまして」
そう言った私をみて、先ほどまでの落胆はどこへやら陛下は面白そうに笑った。
ちなみにすでに分かりにくい一部は雑草の様に薬草を植えていることは内緒だ。
◆
夜、陛下が私の宮にお渡りになった。
「で、金というのは、一体全体どういう謎かけだい?」
陛下はあの時の私の話をなぜかそういう風に勘違いしていた。
「謎もなにも、普通に生活にかかるものを買うお金ですよ。
それに薬草の種も必要ですし」
私が答える。
「実家からもってきているのでは?」
それが普段の生活のための費用のことなのか、種についてなのかはよく分からなかった。
この人のことだ実家からの持参品については調べさえすればすぐわかるだろう。
「その土地にあった種子というものがございます。
私が持ち込んだものでそのまま植えられるものも勿論ございますが、そうでないものもございます」
特に薬草を栽培するのは肥料にも気を配らねばならない。
生態系が違う場所で育てるなら薬効が近くても違う品種の方が良い場合も多い。
その話を陛下は面白そうに聞いた。
それから「金が欲しいというので、てっきり紅や宝飾を求めているのだと思ったが」と言った。
「見せる人がいないのに必要ないではないですか?」
私がそう言うと、陛下はショックを受けた様に私を見た。
それから、陛下は「そうか…、そういう事か……」とブツブツ何事か呟いていた。
私は薬草を煎じた茶を入れなおした。
「であればだ。」
真剣な表情に戻った陛下が私にむかって言う。
「私が見るために、私がそなたに贈るのはいいという事だ」
「陛下!?!?!」
何がどうしてそうなったかよくわからない。
陛下が必要最低限の贈り物しか妃たちにしていないことは有名だ。
その中で私にだけ贈り物をしたと話が広がれば、周りの姫たちはどう思うか。
「褒章だ。
呪いを解いた礼をしたいと言っているのだ」
陛下は言った。だから私は一番周りに対して当たり障りのない金というものを頼んだというのに!!
「でもあなたはもう少し着飾るべきでしょうに!」
陛下はうなるように言う。
「やっかみを受けると思いますよ」
他の宮には通わない陛下。
後ろ盾が無いのが明白な私。
派手なものを持っていたら目をひく、そんなこと分かり切っている。
私が下を向くと「そういうつもりじゃ……」と言った後、陛下は黙ってしまった。
それから少しして「わかりました」と言った。
その分かったは多分お別れの合図だ。
陛下の呪いは一旦とけ、顔を隠すことも無くなった。
私は臣下として褒美をいただいた。
丁度いい区切りなのだろうと思った。
◆
実際、それからしばらく陛下は私の宮にお渡りになることは無かった。
陰口を言われていることには気が付いていた。
それに言い返せるだけの力が無いことも知っていた。
ただ、陛下は他の宮に渡ってもいないという事だけは何度も耳に入った。
何かを考えるのが嫌で庭での薬草づくりに没頭した。
呪いについての研究も進めたい。
一旦彼から取り除いたそれは、建国の際に受けた呪いが再び活性化したものだろう。
その当時の記録が無いため本当の原因は不明だけれどいつかまた活性化しないとも限らない。
それに呪いというものはそれ以外にも色々な種類がある。
解呪・解毒に使える薬草を育てて静かに暮らす。
当初の予定通り私はここで一人で過ごすのだ。
だけどふとした時、本当に些細な瞬間、陛下と二人で過ごした時間を思い出してしまう。
使われなくなった茶器を見た瞬間や、薬草を煎じている時。
それが寂しいという感情なのはうすうす気が付いている。
だけど、気が付いたところでなんだというのか。
おとなしく髪飾りでももらっておけば済んだ問題だとはどうしても思えなかった。
そんなある日だった。
陛下直属の女官から今日夜陛下が来るとの伝言を伝えられた。
そわそわしてしまい、自分が恥ずかしい。
陛下の渡りがあったと言えば聞こえがいいが私と陛下は別に男女の仲ではなかった。
そんな艶めいたものは無かった。
また、呪いの残渣が……と不安になった。
ソワソワとまるで本当にわたりがある前の妃の様にその時を待ってしまった。
あらわれたのは陛下ともう一人の男性だった。
陛下の顔は相変わらず綺麗なままでほっと胸をなでおろす。
それから慌てて客人二人分の席を用意し、お茶を出した。
「言われていたものを用意した」
陛下は開口一番そう言った。
言われていた? 意味が分からなかった。
そこにいたのは上級官吏の服を着た男性だった。
後宮は禁止こそされていないものの男性の姿はめったに見ない。
たまに出入りの商人とすれ違う位だ。
「え?」
思わず聞き返すと陛下は「お前の後ろ盾だ」と言った。
何を、言っているんだろうこの人は。
何を、え? なに?
「大変失礼ですがお名前は?」
私の後ろ盾だというその人の名は十五の一族にも名を連ねる軍の最高責任者だった。
当たり前だけれど、この人の身内が今後宮にいる。
この人が陛下と仲良くしてほしいのは私じゃなくてその人だろう。
なのになんで、どこがどうして私の後ろ盾になるのだろう。
お家騒動に巻き込まれるのもまっぴらごめんだ。
「姫は……。私の妹は陛下と番になれるほどの年ではないのです」
十五の一族は必ず誰かを後宮に輿入れさせなければならない。
それは絶対だ。
けれど、その時の情勢で態と一族内の位の低いものや幼い者を輿入れさせることもあるという。
「後ろ盾がいればいいのであろう?」
陛下は私を見て面白そうに笑った。
私は陛下から顔をそらしてその人を見た。
先ほど彼は妹のことを姫と呼んでいたが、彼の一族を指す名がまさにそれだった筈だ。
武官の家系ではあるが家を継ぐのは女性。
一説には血の強く出た一族の女性には何か力があるらしい。
「私にはその後ろ盾に見合ったものが差し出せるとは思えませんが」
私がそう言うと陛下は笑みを深め「本当に言ってた通り娘じゃん!!」と将軍様が噴き出した。
「面白いだろう?
きっとそなたたちの姫も気に入る」
陛下の言っている言葉の意味がよく分からなかった。
けれど、陛下は得意顔だ。
「別に孤は無能な愚物ではないんだからな」
必要なものを守る力も考える能力もある。
そう陛下に言われ、しばらく会えなかった期間陛下は今日のための準備をしていたのではないかと思いいたった。
「それは……」
今までの私なら突っぱねていた言葉だろうと思う。
一族として不要なものとされ、この宮に押し込まれた私に何を言っているのかと。
けれど、今日の私は上手く言葉が出なかった。
もごもごと喉元まで言葉が出てくるのに上手く音にならない。
「何故……」
言ってくれなかったのか、何故そこまでするのか。
色々な意味がこもったその一言だけが音としてもれた。
陛下はきょとんとした後、「妃にするのだから当然だろう?」と言った。
それではじめてあの時に言った言葉が本気なのだと気が付いた。
本編では主人公視点のため14の一族すべてに無理!!されたように噂として書いていますが、さすがに14人にマジ気持ち悪がられてたら心すさむよね(実際何件かは妃の条件に合わないので飛ばされてる)という話でもありました。
更新は不定期になると思いますがちょっとずつ番外編書いていきたいなとは思っております。