ロストマン
ときたま主語をつけることが面倒になる。よく日時背景を伝えることが面倒になる。一画一重をペンに込めても泡立つ幻想が先んじる。私はつまらない。その二段活用が止まらない。これが同人が抱く憂鬱である。
方切れの机に横たわれば白く照らされる。衰微な電球。私の今の気持ちと似た枠の外の真っ白。ぼんやり弱い加湿器の水蒸気は少女の煙草の煙。見つめる私を見つめ返す心もまた衰微。溜まる宿題よりも積まれた原稿。それよりも見えず詰まれた私の頭の中。走れば芽生える恋心も頭においては別物で、ただ走る憂鬱はただ走るだけ。解けない点Pの問題に等しい。
「私って何も無いな」
と小さく吐いた言葉に少し遠い水蒸気がそっぽを向いた。人の息は強張ろうが溜息だろうが、ここにかかる息は同じ。こんなことが巡ってはたまに喜ばしく、たまに貧せいになる。元気が無いと撃たれて反発すれば意味も無いと帰結する。最初に抱く感情と同じ私の意味の無さ。
時刻は午後十時ごろ。私の部屋に時計は無い。というか針が止まったことを気にしなくなった。なぜなら片時もアンドロイドが私の傍にあるから。弾いて開いて押してまた弾いて。気づけばショート動画を無無に眺めていた。
「かまぼこみたいでつまんないな」
かまぼこが嫌いだからこういう感想になる。美味しいけれど嫌い。およそ人間の考えが行き着かないまでに魚を練ろうとする思考が嫌い。AIみたいだもの。本来ある自然の恵みを形がなんかどうでも良いって味ばっかり優先する。作り物ってAIみたい。
だから一分二分が一秒数秒の振れ幅。スワイプがスナップになってたまにスマホが回転する。よくゴミ箱に点数が決まる。オウンゴール。だって私はげんなりしているから。敵チームはどこだ。お前だ、つまらないパクリ投稿者――”もうこの動画はおすすめに(ry”
BLって発情しなきゃ描けない。わけじゃない。けれど発情していればよく描ける。いつかは素面で描き切れるようになりたいけれど、画の中の魚寒と居たたまれなくなりそう。いやなっているからちょっと難しい。素面だと魚寒の画がやけに写実的になる。最近は同人誌じゃなくてヌードだし(素面であれば)ひいてはネイキッドじみてもくる。これが私が発情できない理由ではなかろうか。萎えてしまう。自分の絵がまるで幼馴染恋愛ものだから。
””(スワイプ)
目がキマっている坊主の人じゃないほう。歌枠やってる女子高校生Vtuberのほう。今日はショートで配信してる。スマホだと見にくい。どうせ聴くだけだから関係ないけど。
私はカノンのファンじゃない。ガチ恋勢みたいに絵文字??の乱投なんかもちろんしないし、インデレみたいにそれとなく褒めたりもしない。ROM専みたいにコメントしないことにもプライドなんてない。カノンの。彼女の歌声に魅了されてるだけ。チャンネル登録していなくても出会うくらい。出会えば必ずぼーっとするくらい。午後十時の陰々たる気持ちにこの歌声はよく響く。
~♪
~♪♪
~~。
「むぎゅ~! あれ!? ミュートしてなかった?!」
な、何が起こった? くそ! 配信だから戻せない!
『欠伸可愛い』
『地声女子高生定期』
『わいもむぎゅ~されたし』
『↑処す』
『止めとけ死ぬぞたぶんマジで』
欠伸でした。素でも可愛いのずるい。素じゃないって言えるほど私の性格悪くないってわかってポジティブ。茨田さんなら絶対言う。あのアバズレ。
『草』
あたふた、あたふた。誤魔化すためだろう。カノンアマネがふたたび歌い出した。ミセスだ。私の嫌いな曲だ。青春なんて偽夢に幻想なんて抱けるほど余裕なんてない。
””
とは不思議とならない。他の配信者だとよくあることなのに。ほんとうに。カノンの歌声のせいなのは今更言うまでもない。不思議なのはこんな簡単に心変わりする私のこと。人間のアホさ。やや荒れていたコメント欄がライト(絵文字)の乱走になった。それと同じ。
彼女の歌を聞くと元気が出る。だからもう少しだけ頑張ろうと一心一転。私の生々しい絵があまりに生々しい。
「うぅ。こんな歌声聞きながらBLなんて描けないっ!」
魚寒と銀の抱擁を数学の問題集で蓋をした。今夜はまだ長そうだ……『今夜はまだ長そうだ』は下の銀のセリフだった。気づいて果てしなく長く感じた。吐きそう。




