ホモミーツ腐女子
私はよく原稿を空へ羽ばたかせてしまいます。今日は前の席の茨田さんと、、えっと、クラスで三番目? 四番目? に美人らしい女の子に? 原稿をぶっかけてしまいました。よくゲイものの顔射を写生するのですが、ああ、こういう気持ちなのかと私は女ながらわかった気がしました。私の原稿は茨田さんの尖った鼻を撫でるように落ちていって、どこかそれがエロかったです。女子高校生が触った原稿って言えば売れそう。パンツ理論。
もちろん中身はBLなので二人にバレないようにさっさと集めました。
「大事なものなんでしょ? 落とすなよ」苺ミルクストロー咥えながら茨田。
「あっ、自分でやるので! えへぇえへぇへへ!」
「私も手伝いますよ!」キラキラ渡里。
「いいですぅからぁ!!!」
そんなこんなで私は四六時中漫画を描いています。被写体は沢山あるから捗るのもあります。
ちょうどトイレから帰ってきた大野君が霞さんに抱き着かれている浦嶋君のほうへ行きました。
「今日も仲いいね。二人とも。かっぱえびせん持ってきたけど、食べる?」
「やめてくれ、とめてくれ。河童に連れ去られる」
「気持ちどこかエビ反りだしね」エビ反り!! 貴重な浦嶋君のエビ反り! しかも一番目立つ教室の真ん中で! 興奮した。
「理さん。酷いこと言わないでください。私とあなたの仲でしょう?」
「クラスメイトぉ!!」泥(霞)に飲み込まれる中、手を伸ばし叫ぶ理。
「クラスメイト!!!!!」嫉妬の男子の声援。泥で溺れて死ね!って感じだ。
一方、私の前の席二人は呪いの言葉を吐いていた。
「理君の癖に調子乗りやがってぇ」渡里さんは無意識に椅子の足を折って尖らせた。
「理さ、あんな女のどこがいいんだよ。あんな剥製みてえな女のどこがぁ……」茨田さんは怒りのあまり苺ミルクのパックを握り潰した。中身が結構入っていたので、顔がピンク色になった。「もう! なんなのよっ!」ってハンカチで顔を拭いてる。
「あれ、茨田さんって可愛い?」
「おい。さっきから何見てんだよ。お前」ギラッとこっちを見た。
「ごごごごごごごっごごごごごごごっごごごごごごごごごごご……ゴーギャン。じゃなくて……なさい」
「だれよ、ごーぎゃんって」
ゴーギャンとはフランスの画家でゴッホの耳と心を奪い去った罪な男(だいたい間違ってる)。
大野君はふらふらしていた。
「まぁいいけどさ。理は今日もとし――」理君が光の速さでその口を塞いだ。残念。唇じゃなくて手でした。
「言うな! これは俺とお前の秘密だ。親友だろ?」
「むっ」霞さんが嫉妬した!! 女より男だぁあああ!!
「なんだかよくわからないけど。まぁいいや、そろそろ授業始まっちゃうや」
「おい、待て。大野! 俺を置いていくな!」
「大野君。理さんなら私がちゃんと面倒を見るから気にしなくていいわ」
「うん。霞さんだもん。信用してるよ!」
「待てえええええええええええ!!!」
大野君に嫉妬の様相が無いのが、少し解釈不一致ですが、浦嶋君の美女より友人を取ろうと必死に手を伸ばす姿勢は評価できます。ああ! 筆はかどるぅ!!
私は今の一部始終をメモして後で漫画にする。原作改変だけど、面白ければおっけーです。
その後でとは間違いなく昼休みの図書室。私は欲望のままに魚寒と銀の一部始終を描き殴った。気分は現代アーティーストがよくやる絵具ぶちまける馬鹿みてえな感じ。私はひっそり図書室の窓際でうるさい気持ちを躍らせてました。
「椋木。まだ懲りずに描いてるのかよ」
「うえっ!!!」
緊急事態。使徒、じゃなくてホモ襲来。今日もやってきたか。私は急いで原稿を隠しました。
取られました。
「返してぇ!」
「まず魚寒の貞操を返せえ!」
「嫌だぁ!!」
「じゃあ破く」
「嫌だぁ!!」
「ワガママだな、お前」
「表現の自由ですが」
「ぐぬっ!」
一本取った。私のバックには日本国憲法があるんだぞと胸を張った。退いた浦嶋君を眺め、私は日の丸の中心にいるような気持ちになった。ものの、その角から図書委員がやってくると国旗の角のありもしないがあるかもしれない黒い部分にいるような気がした。暗いくらい図書室の角と相似だ。
「理! 図書室では静かにね!」
「ああ、わかってるって」
「ほんとにわかってる?」
「おい待て、こっち来るな!」
「なんでさ」
「椋木、お前からも言え!」
「その前に原稿返してくれたらですよ」
「わかったから!」
大野君はこの秋から図書委員になったらしい。まさか教室だけでなく図書室でも魚寒と銀――ではなく、浦嶋君と大野君を模写できるだなんて。
「そうだ! 誰もいない図書室で二人きり、何も起きないはずがなく……っ!!」
「おい馬鹿やめろ。捗るな」
「浦嶋君。知ってますか? 誰かが云ってました。創作とは射精なんです。裸の女の子を見て興奮するような感覚が、突然現れる発想と同じ様なもので、電撃が流れると、私たちは暴走した機械のように止まることができないっ!」
「鼻息荒い。湿度が凄い」
「引かないでください。私は本気なんですよ」
「引いてない。ドン引きだ。お前自分でとんでもないこと言ってるからな。そもそも椋木、女子だろ」
「助詞? 序詞?」
「女子に決まってるだろ」
私は少しだけ幻想的な気分になった。私はもちろん女子高校生で、ここが正常な現代日本であれば、私の性別は女子だ。なのに男の子にそう言われると錯覚じみている。私が私のことを女子と認識することは生理や臆病さのほかに無い。浦嶋君の今の発言はそれとは違う。私が定義する女子とは少しズレていた。同名の別の種類。たとえば私が猫であるとして、私は三毛であるとして、浦嶋君はそれをキジなのかサバなのか、そういう呼び方をしている……というわけではない。理君が言う女子は私が思う女子よりもよっぽど女子だった。
だから私は恥ずかしくなってきていた。浦嶋君には私がそんな可愛い女子に移っているのかって。少しだけもじもじとした。ああでも、原稿から顔を出して確認すれば、浦嶋君は秋刀魚みたいな顔してた。なるほど浦嶋君の言う女子は人間ではなく魚のようだ。
私がアホな気持ちになった。こうも勘違いしたのは浦嶋君がここ最近、というか毎日。私のところにやって来るからだ。昼休みになると決まって図書室にやってきて、私の隣に座ってイヤホンをする。ゲームをする。今日も今日とてそのつもりだ。
わざわざ私のところまでやって来るのだから、なにかしら気持ちがあるに違いない。私は間違っていただろうか。はい。間違っていた。こんな不味そうな秋刀魚があってたまるか。
「はぁ……原稿に戻ろ」
「なんだよ。人の顔見て残念がって」
「人なんていないけど」
「人間失格ってことか? 誰が太宰だ。他のラブコメ主人公ならいざ知れず。俺は純粋だ」
「そうだね。魚寒君」
「理だ。あとその漫画の主人公は純粋過ぎてる。いや、汚いけどさ」
「ふっ。まだまだだね」
「何がだ」
「べつにいいよ。今日はなんのゲームをしてるの? ポケモン? マイクラじゃないんだ」
「マイクラやると時間が吹っ飛ぶ。貴重な昼休みがパーだ。前までは授業中でもできたのに……」
「私もポケモンやってるよ。女装してる」
「それはどっちだ? 性癖? それとも純粋にゲームを楽しんでるだけ?」
「性癖ってどんな性癖?」私は困惑した。
浦嶋君は恥ずかしくなったらしい。ゲームの画面を隠した。
悔しくもなったのだろうか。私のしてほしくない話を吹っ掛けてきた。
「なんで俺と大野なんだよ。別の人でも倫理的にアウトだけどさ」
「……」
「おい、答えろよ」
「……今、描いてるから」
「都合が悪くなると仕事が~って誤魔化す。お前っていつもそうだよな」
「べつにいいじゃん」
「いいよ」
「本人許可済みっと(表紙にカキカキ)」
「やめろぉお!」
私が浦嶋君と大野君の同人誌を描いてしまった理由は本人に言いたくない。自分が何に興奮するのかを明らかにすることになる。恥ずかしい。けれどもあのときの光景は今でもはっきり残っている。浦嶋君に聞かれるたびにハッと、浮かんでもくる。
あれは四月の雨の日でした。私は例のごとく人見知りが拗れて高校が始まって一週間たったころに初めて校門をくぐりました。しかも雨に濡れてびしょびしょになってしまって困り果ててました。ただでさえ休んでいた知らない子が教室に入ってくる。それだけで注目を浴びるのに、この雨はそれを溶かして私にこびりつかせるよう。もっと目立ってしまう。私は途方に暮れていました。この日の雨は今もまだ酷く冷たい。
昇降口の孤独な針が十時を指した頃でした。私は目を疑いました。イエティみたいな大柄の男がこちらに向かって歩いていました。雨が大柄の輪郭を強く打っていました。その隣に小さい、まるでその妻ともとれる華奢が腕に掴まっていました。
「大野、離すなよ。絶対離すな」
「わかってるって。僕たちは親友だろ。絶対に離さない」
ええ。その二人が大野君と浦嶋君でした。よく見ると浦嶋君は足を引きずってました。服も泥だらけで身体は擦り傷がありました。まるで喧嘩をした後のよう。男の子にしては白すぎる肌、雨が露わにしたか弱い体、素顔は情けない男の顔でした。とても女子がいたらそんな顔はできない。いえ、きっとあの男の子以外に見せられる顔ではないのです。大野君はそれをわかってつねに力強く笑っていました。ええでもあれは誰にでも見せる笑顔です。きっと彼は親友がどうしてあんなに弱弱しいのかに気づいていない。浦嶋君は悲しくなってぷいっとしました。
そんなときでした。大野君がふと言ったのです。
「例えもう歩けなくなっても僕がずっと担ぐからね」
私はそこに春の小さな太陽を見ました。春に咲いた小さな向日葵とでも言えようか。浦嶋君はそんな表情をしていました。
雨が途端に温くなりました。私はきっと真っ赤だったでしょう。自分でもどうしてかわからなかった。だけどたしかに恥ずかしい気持ちになって二人がこっちに来てそんなのを見られたら死んでしまいたくなる。私は鞄に顔を埋めて雨の中を走りました。家にこのエクスタシーを持ち帰ったのです。
それから学校に行って二人の名前を知りました。私は浦嶋理を思い出しました。小さい頃に会ったことがあるのです。私はそのときに幼い友情をおさーに抱いてました。おさーは全く覚えてない――だって私はもう白いワンピースを着れる自信がない――だから今や友情は完全に消失し、だけでなく艶に上塗りされてしまいました。私の中にしかなかった彼との友情は、あの日の発情が奪い去ってしまった。私は大野君におさーを取られた。




