八月三十一日
しかし俺の夏休みは終わらなかった。今日は八月三十一日。特に何もありはしない夏休み最後の日だった。
いつも通りと行かず、そろそろ学校が始まるからと妹に早起きさせられ、リビングのソファでぐったりしながらベランダからやってきた猫を撫でていた。
あれからのことを話そう。あれからだいたい十日くらい経ったか。俺は寝た。宿題は天音のおかげでとっくに終わってたので。寝てゲームして寝てゲームした。寝た。
まぁだから今日も寝るわけである。
「――この二三カ月で色んな企業に融資していたKASUNIなんですが、倒産しました。倒産しました。昨日の記者会見で、代表の尾﨑社長は『私ら自身の力不足を謝罪します』と謝罪しました――これにはトランプ関税が――」
「ニュースは連日、KASUNIって会社の話ばっかりだなぁ。ぐぅ」
「お兄ちゃん、アイス買いに行こー!」
「ヒトリデイケェ」
「お兄ちゃんの奢りでしょ。金寄越せー。カード♪ カード♪」
「ミセスみたいに歌ったってカードはあげません。パチパチ。はい、夏は終わりましたの合図です」
「お兄ちゃん~」
「しょうがない。ガリガリするか」
「アイス買いに行くのをガリガリって言うのやめて」
404号室から出て、まだムワっとする夏の息にぶつかって、鳴りやまない蝉の声に囲まれながらマンションから出た。駐車場にあった高級車もすっかり無くなって、箒を叩く管理人のおじさんの背中が妙に小さい。
妹はしかし元気で、ルンルンと半ズボンから出た細い足でスキップしていた。すっかり夏バテした俺とは対照的だった。
たまに俺と妹はこうしてコンビニだのに行って暇をつぶしていた。夏休みは暇になってしまった。まぁそうだ、もうあのことが嘘のように俺の夏休みはどうでもいい日常に戻っていた。それも今日、このコンビニの自動ドアを潜って出たら終わりを告げ――
「あっ」
丸メガネにボブカット、それにミニスカの足がスラリと出た、霞京子がちょうどレジに並んでいた。目が合ってものすごく気まずい――以上に、滅茶苦茶可愛くなっていた。息をのんでしまった。でも、
「あれ、この人って。あの女――あの人じゃない? めちゃくちゃ綺麗になってる」
「そんなことないですよ」
「あるよ」
「そう? ありがとう」
でも霞のほうはまるで大人の女性だった。俺のことなんかもうなにも気にしていない。それどころか、あの感じはなんか、彼氏がいてもおかしくない。それくらいの変わり様だった。
なんだか、その予感がして、さっきまであった恋に似たときめきがすっかり干乾びてしまった。ドキドキしたものが、色を変えて俺の心を割ろうと叩いていた。
「あ、ああ、ごめん。アイスだ。アイス買いに来ただけだろ」
「あ、うん。そうだね。じゃあね、霞さん」
「じゃあね」
何事もなかったように挨拶一つで俺と霞はいなくなれる。そのことさえもなんか気持ち悪かった。だから一回、一回だけ俺は霞のほうを振り向いた。するとなんてことだ、霞も俺をじーっと見ていた。哀しそうに。
「霞……」
「浦嶋君――あの、なんか、お腹出てない? あと白髪が凄い……」
「えっ?」
「あーホントダー!」
霞が手鏡で見せてくれた。あれ、俺、爺に戻ってね? しかも前のダンディな爺じゃなくてめちゃくちゃメタボの。嫌なんですけど。
「うわー! 助けて! 霞ー!!」
「あら、そうね。私が原因ですものね。いいわ。ついてきて」
俺と妹は霞についていく。交差点をいくつか渡って、外れの田んぼまで歩いて、ちょっと遠いか? ぽつんと、洋館があった。
「ここよ。どうぞ」
霞の家? らしい。相変わらずお嬢様といった感じだ。大きな門を通って、それまた大きな扉を通って、横幅のある廊下をついていった。
「今日は私だけよ。お爺様も召使いも用事でいないわ。だから何も気にしなくていいよ」
「あ、うん」
「わー、すごーい! 甲冑あるよ!」
してやってきた研究室。屋敷に研究室があるのは当然なのかは知らんが、ともなく色んな機械がある。最先端ってシール張ってあるので、最先端だろう。霞はその奥からそれっぽい薬を持ってきて、俺に渡した。
「これ飲んで。治療薬よ。この前よりも良くできてるわ」
「大丈夫なやつなのか?」
「安心して。証明済みよ」
俺は甲冑をガタガタしている妹を気にせず、治療薬を飲んだ。ちょっとだけ苦い。が、みるみる俺のだらしない老体が、まるで胡散臭いサプリメントが現実になったかのように、ものの数秒で若いイケメンボディに治った。
「おお、これはすごい」
「そうね。じゃあ、ごめんさない。今日は用事があるの」
「あ、そうだったのか。我が妹、帰るぞー」
「えー? もう少し遊びたいのになぁ。でも帰るよー」
そうして俺と妹は玄関まで、霞に見送られた。妹はルンルンと少ない時間を大事そうに、庭を眺めに行った。
その大きなドアの前。俺は懐かしい夏の香りをまだ忘れられないのか。霞のどこか寂しげな、そして別人のような姿を憐れんだ。
「この前は――」
振った人間がこういう態度をするものではない。それでも八月三十一日の霞京子は俺の心をかき乱していた。掠れた美しさとそこから見える可愛らしさと大人っぽさ。俺を失って変わった彼女が、俺はどうしても嫌だった。というか、まだ十日くらいしか経ってないのにこうも簡単に、俺を忘れてしまっているであろうことが、気に入らなかった。
「気にしないで。終わったことでしょ」
「そうだよな」
「でもちょっとだけ嬉しいかも」
彼女の笑みが香った。俺は蜜に跨る虫のように飛びついた。
「この前は、言い過ぎた。あんまり気にしないでほしい!」
「そんな」
「霞のことは好きじゃなかっただけで、嫌いってわけじゃ。あのときはそう言うしか」
「そう、だったんだ。そうだったのね……」
霞はまた微笑んだ。優しく自然と。そして哀しげに。俺はその笑みに救われた。霞がまだ俺のことを引き摺っていてくれていることがわかったから。
とはいえちょっとカッコ悪かった。ただ霞はやっぱり美女だったから仕方ない。
「また学校で合うけど、そのときはよろしくね」
「ああ、明日だよな。じゃ、じゃあ」
そうして俺は蝉の世界へ戻った。小さく俺に手を振る霞は、やはりどこか哀しい。だから俺は少しだけ嬉しそうに手を振って返した。
扉が閉まる。
「ふふ、計画通りね」
俺の夏休みはまだ終わらなかった。
――あとがき――
ということで長らく続いた夏休み編に幕が下ろされました。夏休みだっていつかは終わるんだぜ。
振り返ってみると海行って、花火見て、色々やって、、竜宮城に行って乙姫から逃げてまた捕まっただけでした。どこにでもあるふつうの夏休みでした。だからあまり感想が浮かびません。浮かぶのは浜辺の鏡花水月だけです。
まさか二話か三話くらいの管理人が理正体判明の伏線だったとは。嘘です。それっぽい展開があったのを利用しただけです。
次はちょっと青春チックな物語を書こうと思います。でもそれは半分でもう半分はコメディになると思います。
うん、あんまり決まってない。
以下、作者の視点を挟む長文です。
まず実は憧れの女子が自分のストーカーでした。ってありきたりなところからはじまりまして、じゃあその女子が人類史上最高の美人だとしてみました。この美人というのは美貌だけでなく、人格から能力まで入っていました。レオナルドダビンチとかそういう天才的なところです。
してそこにあったのはラブコメでありがちなつまり、ヒロインストーカー系、さらにはヒロインが主人公のことが何故か好きという仕様です。何が言いたいかというと、好きな女の子がなにもしていないのに自分のことが好きだったらそれはホラーだろってことです。あ、夏ということでホラーです。サマーウォーズを見ると夜眠れません。
霞京子はやはり天才です。理がsimaだとわかると、すぐに世界征服を開始しました。そして数か月で完了し、法律を自由自在に弄って、無理やり理の部屋の上に住みました。住んでました。それでずっと監視していたわけです。さて、僕は人が恋するときにその能力が重視される、そういう固定観念を抱いている人が割といると思う。特にラブコメのヒロインでよくあるのはクラスのマドンナだとか、実はアイドルでした~とか、そういうものだ。そこには特別感がある。憧れがある。憧れとは自分の持っていない能力をその人が持っているから起こる。霞京子の場合はその頂点だった。ゆえにどんな女子であっても、彼女の前では霞んでしまう。そう思わせるほどの能力がある。
もちろんそこには男子にとって下心がある。それほどの彼女を自分のモノにできるという、男としての強さがある。しかしこれは真に強さであるかは知らん。とにかくそのような迫力がある。
これがでは両想いだったとしよう。彼女はやはり完璧だ。すると自分のできることならなんでもする。恋はしばしば人を盲目にする。その果てに彼女はああいう風に歴代最強のストーカーになった。そして主人公、理を惑わせた。もしもストーカーが絶世の美女ならば、そこにあるのは恋であって、恐怖ではない。ブスであればそうではない。これは人の性質だ。その出会いは運命に変わる。宿命や因縁ではないし、呪いでもない。
されど最終的に理は霞を捨てた。これは恐怖とめんどくささが芽生えたからだ。自分に見合わない恋人は疲れるものだ。理は霞に合わせられない。霞がそれを理解してしまえば、どうなるか、おそらく仮想空間らしいところに理を閉じ込めたように、洗脳をするだろう。それが恐怖なのだ。理にとって霞は理解不能だ。というか誰にとっても理解不能の存在だ。信頼ができない。理屈では、ビジネスでは違うだろう。しかし感情ではそうでないということだ。
ちなみに仮想空間らしくしたけど、最初は有り余る資金源を生かして、町を丸々作ってもよかった。というかそういう解釈でも成立していると思う。正直、作者でさえ、霞は理解できない。
そしてこの最終回で、理がふたたび霞に惹かれたのは、霞の作戦もあるが、重要なのは理もどこにでもいる男であるということ。美女への独占欲はあるし、執着心はある。これは男に限ったことではないかもしれない、人を能力で見てしまう人に良くあるかもしれないことだが、振るという行為は自分のほうが優れているという錯覚がある。性格が悪いかもしれんが、自分より優れた人にしか恋できない人間はそうであるだろう。ゆえに理もそういう感情を抱いたのかもしれない、するとその振った女がまるで何事もなかったように他の男とすぐ付き合ったとしたら、このまえまでの失恋の価値が低いと突き付けられる。つまりそれは女を振った男の価値が低いということだ。特にその男が、かなり好きであった、その熱を女から感じていたならば、その衝撃はかなりのものだ。
そういった内心があったりなかったりする。醜いものだ。なお霞の場合は、女性が好きだった男を後悔させようと自暴自棄になって、好きでもない男と付き合うようなものとは少し異なる。霞は地の果てまで理を追い続けるはずだ。その過程に自分から知らない男と付き合う動作はしない。それはおそらく、、そこは読者の想像の自由を阻害しないでおこう。書かないと忘れそうだけど。ぼやかして言えば、彼女が繊細なだけだ。彼女が女の子なのは明らかだったろう。
そんな感じです。
どうでもいいことだけど、丹精込めて作ること、とにかく時間をかけることが価値をあげるように思ってしまうが、実際のところは楽に短い時間で作れた方がいいなと、ある程度適当にやっていったほうがいいなと最近、実感しつつある。長い時間かけたり、疲れたり、その分だけ報酬を要求したくなるからって、価値があると偽ってしまう。実際にないとさらに疲れてしまう。これはしんどい。疲れないで、在るべき報酬を受け取れるだけ、それより多かったら喜ぶくらいでいいかって。結果なんて基本的に弄れないし、報酬との兼ね合いではなく、自分の作りたいものと作れるもの、そこの労力から、どれほど楽にできるかという、楽な手法を求めるというところ、そういう意味で効率的に作れた方がいい。自分の想像を超越するほどの傑作を求めるのではなく、できるものは決まっているのだから、それをどれほど楽にできるかだと。
まぁ一言で言えば、楽に簡単に量産できるようにやっていきたい。楽したい。二言でした。
自分がすごく憧れている人の、どうせ自分が作品に向き合うのは今回だけ、っていう半分投げやり的な考えを信条にしていきます。いやだって、その人の作品の完成度、頭おかしかったから、それもいいよなって。




