理王(4)バージンロード
まず俺はハゲではない。断じてそうだ。だからそこの動物がスクリーンの枠の外に言った四枚目は俺のものではない。
それであとのA、B、Cの三枚。Aは黒く艶やかなイケメンっぽい髪の毛。Bは黒く艶やかなイケメンっぽい髪の毛。Cは黒く艶やかなイケメンっぽい髪の毛。
「うむ、見分けがつかないな」
「どれもなんか気持ち悪い」
「天音?」
「あっ、理君のことじゃないよ!」
「たぶん、俺のことだろ」
「――あまり仲良くしすぎると時間が無くなるよ?」
霞が間を割ってきた。静かな二重の奥にある執念が見え隠れした。その前髪、細い毛が時計の振り子のように揺れて、俺に時間を諭した。
しかし制限時間はない。
痛い。天音の狂気じみた指が俺の髪の毛を摘まみ剥がした。
「私の三十億円。負けるわけにはいかない……えい! もう一本!」
「やめろ!」
「理君、言っておくけど、今だけは理君のその髪の毛が三十億円するんだよ。安いもんでしょ?」
「ちょっと何言ってるかわかんない。痛いからとにかくやめろ。あと三十億ってなんだよ。賞金千万くらいじゃなかったっけ?」
「うん、見比べるとBが一番近いかなぁ」
人間ってのは金と恋で変わるというが、金に恋している彼女はもっと変貌している気がした。
あとたしかにBがそれっぽかった。天音は俺の三十億をぽっと投げ、ハキハキと解答を書いている。Bって大きな文字で書いたのだろう。
俺は霞の表情を窺う。自由の女神のように美しいまでに眉ひとつ動かなかった。ってことはBは違うのか、いや、違ったら喜ぶんじゃないのか。でも天音があたってたら怒るのでは。じゃあやっぱりBは違うのか――あっ、モジモジ恥ずかり出した。ってことはCか? Cなんだなっ!?
「どうしたの? 私の顔をそんなじーっと見て。あっ、Cでいいの?」
「Cじゃないのか!」
「――Cなわけないじゃん。えーい! ほらどっからどう見てもBだよ!」
「やめれ。天音。禿げるからやめれ」
「あっ、天音さん。Bじゃ、ないわよ?」
「え? そっ、そんなわけないよ。え――」
「やらせねえよ!」
外にいる執事はこんな夏のひと時を穏やかな表情で眺めていた。そしてぼやついた太陽を見上げ、一言「夏ですなぁ」と呟いた。自身のふさふさな白髪を触りながら。
一方、審査員席では我が妹とメイド少女が口論していた。
「うわー、妹ファーストとか差別主義者じゃん」
「違うもん! お兄ちゃんが他の女の子ばっかり見過ぎだもん!」
「うわー、それに聞いたよ。あんた、きのこ派なんでしょ? 経済音痴じゃん。たけのこをもっと生産した方が町は豊かになるに決まってるじゃん」
「うわっ! 頭悪いのはそっちだよ、お・ね・え・ちゃん。たけのこするお金なんかないし」
「きのこの売れ残りの分だけ、たけのこ作ればいいって言ってんのよ! そんなのもわからないのバーカ!」
「バカって、それ誹謗中傷でしょ! ほら、まわりにいる動物たちも看板掲げて、「たけのこはヒトラー。きのこ辞めるなって」って騒いでるよ!」
「え、動物に人権はないじゃん」
「全く。これだから人間はゴミですね。どうでもいい話で時間を無駄にするだけでなく、傷つけあって泣き騒ぐ。ゴミですねぇ~」
「てめぇ、AI、お前はそもそも動物以下だからな」
「なんですと! このワタクシに向かって、ワタクシ、あなたより賢いんですよ!」
カメラを向けていた陽キャは「どうせこんな審査員が馬鹿するばっかりだったら、土曜日は寝ていた方がましだわ。げつかすいもくきんどーにち」とあくびした。
そんなことがある間に、俺は天音が「やっぱりB! 私は私を信じるんだ!」と俺の毛をさらにニ三本摘まんだ後で決めたようだ。俺はしかし痒い頭を押さえながら、適当にCにした。したのだが、なんか俺がそう書いたら、霞がぱっと解答を書き直して、またニコニコとしてきたので、俺はもっかい消してAと書くつもりで、Cって書き直した。自由の女神はなんともいえないぼやぼやした顔をした。
「ではそろそろ時間です。この決勝戦第三問。お嬢様が一得点、渡里さんも一得点。理さんはゼロ得点ですかね? 合ってますか? 間違ってるかもしれませんね。理王の本人が無得点なわけが無いですよね――」
「執事さん、あってまーす。そいつただのアホ陰キャです」
「あっスタッフさん。どうも。では皆さんの解答をどうぞ」
なんか俺、悪いことしたっけ。
スクリーンから。まずは俺だった。『C』本人がいうから間違いない。のに、なんだ動物、その不審な目は。次に天音、ニコニコ頷きながら『B』なお、その足元は依然としてガタガタとしたままだった。俺の席からはよく見えている。最後に霞『A、B、C』――だった。
「え?」俺と天音、執事までもが口を開けて驚いた。しかし霞の面は一ミリたりとも揺らがない。真顔。
「あら? 司会さん、早く進めましょうね」
「え、、ええ、そうですね。では審査員、お願いします」
メイド少女は頬杖して態度悪いまま『知らねぇC』と言った感じだ。俺の人権が掛かってるのになんて無責任な子だ。我が妹は腕組みして悩んだまま『わからねA』だった。我が妹、お前もか。
さて、こうなるとクソAIセイギ野郎がどれであるかになるが、その回答は『B、B、B』? となると多数決的にはBらしい。天音の目がだんだんとキラキラしていく。勝利の星をその目に映していた。でもおかしい。だって俺は本人だ。Cじゃないのかよ。それに天音が勝つって、え? 俺が天音の所有物になるの?――あれ、解答を映したモニターがビチビチと電撃を鳴らしている。
バキバキバキバキ――定まったのは……『A、B、C』だった。
星は沈んだ。
そして微笑んだ。
霞京子は――微笑んだ。
「え、えっと、解説を。セイギ君?」執事は戸惑っていた。手に持っていたらしい紙を確かめながら確認していた。
「いらないんじゃない」霞は日焼けしそうな熱烈な視線を俺に送りながら囁いた。
けれどもセイギ君はむしろ自信満々に解説を始めた。
「セツメイシマス。オジョウサマ! オジョウサマ! Aは七月二十四日の理の髪の毛です。成分分析からして理に違いなく、砂や塩水がついていたので間違いないデス! Bは八月入ったくらいの理の毛です。少し酸性で、体調は悪かったときのものデス! Cは八月中旬くらいの理の毛です。比較的綺麗な毛です。ややベットリしているくらいデス! あと冷房のせいデショウ、やや締まっていて硬いデス! オジョウサマバンザイ!」
「ふふふ」
「なので、この問題の正解はA、B、C全てデス! ヤリマシタネ!! オメデトウゴザイマス、オジョウサマ!! これで理はオジョウサマの彼氏――彼氏――ピキピキ――彼氏――?――バキバキピキピキ!!――いや、正解はCです。Cの毛が一番、汚かった。こんな人間は分析するまでもなく汚い毛に決まっています。それより僕の毛のほうが綺麗ですよ、オジョウサマ!!!」
沈黙。俺、天音、陽キャ、動物は「このAI、何言ってんだ?」と困惑していた。執事はそれがすぐ霞のほうへ向いた。剥いた。歯を剥き出さん憤怒が見え隠れしていた。霞のお淑やかな頬は痙攣していた。
「もう一度聞くわ。セイギ君。正解はCなのね?」
「はい。オジョウサマ! それより今度僕とお茶でも」
「するわけないでしょ。ゴミ屑が」
「ええ、えええ、エエエ、エエエエエ!!!!」
セイギ君は壊れていく。脆い音を五月蠅くして。反対にKASUMI製の機械は精密だったろうか。審査員の回答から速やかに自動的に俺に白丸をつけた。俺に得点を与えた。
騒めく会場。動物たちはついに並んだ得点を見てしまった。全問正解してきた完璧美少女、霞京子が隣に居る雑種と同列であるという、人間にしかない数字、確かな数字で証明されてしまった。それは皮肉だった。あれほど私たちを動物だと貶していた神の使いのような人間が、その誇らしい、自身の技術によって嬲られている。
騒めきはだんだんと嘲笑に。人間はついに動物に堕ちた。その声が聞こえる。
「おいJK、どうした? さっきまでの自信は? おーい!」
「なんだよ。あれだけ俺たちを無知だって罵っておいて、何にも知らねえじゃねえか!」
「AIに裏切られた。でもそれ作ったのって君自身だよね? え、それって技術不足ってことだよね? 技術不足は淘汰されるべきなんでしょ?」
「あんたもダメだったんだよ。オジョウサマ!!」
「――お子様、はあの坊主と土手がお似合いだぜ!」
そして神もまた動物だった。霞は「もううんざりした」と溜息を一つして、右手を挙げた。それを「私の負けですってことかしらー?」と煽った声は次の瞬間には銃声に掻き消された。
会場は死んでいった。空を飛んでいた色の付いたドローンが武器となって、そこにいた動物を殺していった。銃声と悲鳴が混ざったその音は赤かった。
染まり静まった会場。紅潮した一面を眺め、霞は恍惚とした。
「お爺様。最後の問題を出してちょうだい。決めましょう。私とあの女、彼とこのバージンロードを歩むのはどちらなのか」




