理王(3)浦嶋理に彼女なんかいるわけねぇだろ、バーカ!
会場はすでに霞ものものだった。「霞! 霞!」と歓声はそれ一色。俺と、特に天音はアウェーな雰囲気であった。俺はついに動物が人の言葉を話すはずが無いと、会場の天井に隠されたスピーカーに気づいたが、天音は相当、焦っているようだ。「ここで勝たないとこの私でさえ、世界の塵にされかねない」とオドオドしていた。
その後ろ、なんかまたモニターに胡散臭いCMが。
『環境保護のために天然資源を守る! KASUMIは世界の石油を大切に扱います。企業努力一年目、AIで』
観客席の熊が「そういえば最新のドローンってAIで動くらしい」と物騒なことを言っていたが、霞が何も気にしていないところ、その予想はハズレのようだ。と安心したのも束の間、霞の掌に烏が飛んできて霞が「可愛い、可愛い」と撫でているのを見ていたらなぜか寒気がした。さらに霞の足元に黒猫がやってきて頬ずりしたら、霞が「ふふ、いいのよ。報酬のちゅ~るよ」とニコニコしたとき、なんか悪寒がした。
そんなのはあまり重要じゃない。カラフルピエロの恰好の執事がやっと準備ができたそうだ。
このままではいけない。というか見てられない。俺は震える天音、「私なんかが霞さんに勝てるわけないよね」と声を震わす天音に「まぁ、緊張しすぎてもどうにもならないだろ。深呼吸だ」とエールを送っておいた。なんの企みもなく良心のままだったのに、「理君は裏切者かもしれない」と変な猜疑的視線をぶつけられた。
「天音、どうしてここに来た?」
「賞金のため」
「なるほど。だったら俺は敵じゃないだろ?」
「うん。でもそれってオセアニアの話だよね。ここ日本? だし」
「そうは云ってもこれは理王で、俺の人権が掛かってる。賞金は山分けしよう。人権を返してもらいたい」
「でもさ、理君って霞さんのほうがいいんでしょ?」
「え? 俺は……生きたい。生きるために人権がほしい。ってガンダムが言ってた」
「機械は喋らないでしょ」
霞の手に乗っていた烏がすっころび、俺の頭に乗っていた黒猫が背中から地面に激突した。なお、上の会話のほとんどは何の意味もない。
しかし聞き耳立てていた霞は冷たく鋭い目で天音を見ていた。その心の内に不満があるのはさすがの俺でもわかった。
ピエロ執事がマイクをポンポンと叩くと「あー、あー。ただ今、マイクのテスト中。はい、大丈夫ですね。ではそろそろ始めましょうか」と声が轟いた。天音はいよいよかと、素早い深呼吸を三回して、頬をパンパン叩いて「よぉーし、頑張るぞ!」とすっかりやる気。霞は今までと変わらず、前を向くだけだった。
「では決勝戦! 第一問! デデン! 浦嶋理の彼女は誰でしょうか!!」
うおー? といまいち共感しない歓声。なるほど、動物らが俺を変な目で見ている。「あいつに彼女いるわけなくね? ていうかあいつの肝臓不味そうだよな。あいつの肝臓食べたくない」という目だ――その通りだが。なんかムカついた。いや、なんかではない。その目の一人に、天音が混ざっていたからだ。
「なんだ、天音」
「理君って彼女いたの?」天音は馬鹿にするようにニヤつきながら聞いてきた。
「……いるが?」ムカついたので俺は嘘をついた。
「いるわけないじゃん!」キャッキャッと楽しそうに笑う天音。
「いるが!!」熱弁する俺。
「いるわけないだろぉ!!」いてほしくない天音。
「もう書いたわ」ちょうど書き終え、満を持して待つ霞。
「え!?」驚く俺と天音。
「あれ?」楽しそうに俺を見る天音。
「なんで驚いたのかって? 言わせんな」
その代わりに書かせろ。いや、書き終えた。天音はωな口で児童がお絵描きするように回答を書いたようだ。
なおその間のピエロの雑談。
「熊ちゃん。どっからきたの? へぇ~森? 森っていえばキノコでしょ? え? 魚派? そういえばそろそろ鮎の時期だよね~鮎は食べるの? あ、鮎を釣りに来た人間を狙うのが最近のトレンド? へぇ~そうなんだ。ではみなさん、答えを書き終えたようなので、いきましょうか!! それではみなさん、回答をどうぞ!!」
スクリーンには三つの回答が並ぶ。一番の左の霞の回答は「霞京子」と当然らしい自慢げな啜り笑い。一番右の天音の回答は「いない」と当然らしい、、真顔。では真実はどうなのか、真ん中の俺の回答は「渡里天音」頬を舌で突いた顔を逸らした俺がカメラに映る。
「えっ! え!?」
「ど、どうした? 天音? 忘れたのか? 俺とお前は付き合ってたんだぜ」
「そんなわけないよ? そんなわけなくない?」ωな口がおもしろいくらいホロホロに崩れて恥ずかしがっている天音。
「忘れたって? ここまでの73話を読み返せばわかるだろ?」
「わ、わかんないよっ!!」二重の意味でわからない天音だった。
一方霞はスマホを凄まじいスピードでスワイプして「そんなわけない」と連呼していた。
もちろんこれは俺の嘘だ。さっき天音にいじられて腹が立ったからやってみただけだ。いるわけない男の彼女がそういった本人ならどんな気持ちか、恥ずかしいだろう、という計算。自分で考え直すととても哀しくなりました。
ところが天音の様子は思っていたよりも賑やかだ。「私が理君と付き合う? 彼女? ないない!」と赤面したままで独り言をしている。もしかして満更でもないのか??
「おやおや、付き合っているらしいお二人が恥ずかしがって俯いています! いやぁ、若いって素晴らしいですねぇ! それでは回答に――」
ピエロ執事の誑かしは「やっぱり書き直す!!」と叫んだ俺と「なんで! なんか嫌だ、それ!」と訴える天音以上に異様な覇気を纏う霞が引っ掛かっていた。
異様な覇気。喧嘩しそうになった俺と天音、それとピエロ執事の寿命を短くしている呪いじみた深淵が霞から醸し出されていた。その真っ赤な目はとても直視できない。
ざわつく会場。が、そんなの関係なしなのがセイギ君。さすがKASUMI製のAI。空気を読まない。セイギ君が「審査を終えたわ~人類遅いわ、特にこの佳華ってやつ遅いわ~」と煽り出したので、隣り二人の審査もすぐ終わった。
「そ、それでは審査員方の反応を見てみましょう」
スクリーンに映った三つの審査員の解答は(なお、決勝戦は若干形式が違うらしい)。左のメイド少女が『霞京子』、真ん中のセイギ君は『存在しない』、右の我が妹は『いないから、天音さん、貰ってやってください』だった。なんだ我が妹、貰ってやれって。
「えー、ということは、えー、どうしましょうか。すいません。確認なのですが、セイギ君、間違ってたりしませんか?」歯切れの悪いピエロ執事。
「ないが。こんな愚かな人種が子孫を残せる訳が無いし、そんなの世界経済フォーラムが許さない」セイギ君はあざ笑うようにはっきり言い返した。
俺は台パンした。優勝してあのAIをぶちのめしてやるという、自分の人権を越えた復讐心が俺の中で芽生えた。
一方天音は「もらう? もらう? 理君を? なんか、べつに、いらないかも……」と呟いていた。だんだんと冷静になって俺を振ってきた。あれ、目から涙出てきた。しょっぺえわ。
霞は天音のその言葉を聞き逃さなかったようだ。
「審査員。ちゃんと判断していただかないといけないですよ。それにセイギ君さん、これは理王です。個人のイデオロギーの話じゃないですよ。理さんと渡里で回答が違います。二人の間で齟齬がある。ほんとうに付き合っているなら同じ回答をするはずです。それに今、渡里は呟きました。理さんはいらないと。理さんは渡里に振られました!!」
霞はここぞとばかりに指摘する。いいところを突いてきたと、汗を流したのは俺。霞のせいで俺はふたたび天音に振られたという致命傷を抉られた。そんなの興味なしのセイギ君は至って冷徹だった。
「素人質問ですが、それこそあなたのイデオロギーです。たしかにこのクソ人種とゴリラ女が付き合っているかは定かではありません。しかしそれがあなたとクソ人種が付き合っているという根拠にはなりません。その昔のクソカトリックみてえな二元論的価値観で批判しないでいただきたい」
強い。セイギ君は進化していた。ついにAIは生みの親にトラッシュトークを仕掛けるまでに成長してしまった。この一か月で。
霞の気分は良くない。正論。AIは的確に霞の一番触られたくないところを突いてきた。しかしそこは逆鱗だった。
「よくある言い逃れです。たとえば政治家が言われたくないことを質問されたとき、長ったらしく話すようなものです。Xでよく見る、今日は何文字書いたとか誇っているエセ作家と似たような、長く話して説得力があると強調する馬鹿な手口です。あるいは勤務時間ばかり強調するが、成果はほとんどないようなもの。何が言いたいか、一言で言えば、セイギ君さんの批判に中身はほとんどありません」
「あなたのその返しこそがそれです。あなたは自分で自分を批判しているようなものだ」
「違うわ。大事なのは回答があっているかよ。あなたのカトリックだのというイデオロギーの話じゃないわ。二人が付き合ってないのなら、理さんの回答も間違っている。二人は嘘をつく必要もないはずよ。だから――」
「ということはあのクソ人種に彼女はいませんよね?」
「だから、理さんの回答も違うのなら、私の回答と天音さんの回答で半々――」
「いえ、だからクソ人種に彼女はいませんよね?」
「だから――」
「論理はいいです。まずは結論からです。いますか? あのクソ人種に彼女が?」
「まず、理さんをクソ人種と呼ぶのが変です。それは差別的だわ。イデオロギーを混ぜるべきじゃ――」
「なんでワタシの質問に答えないのでしょうか? 逃げてますよね?」
「逃げてなんかないわっ!!」
会場はどよめいていた。セイギ君が霞を倒しつつある。俺や執事にとってはあの霞が撃破されるのかという珍しさ。動物たちにとっては少し意味が違う、人類最強の人間が、新しい生物に倒されるのか。弱肉強食のピラミッドの変容。今まであった霞京子という人間への、強者ゆえの服従の破損。目の前の現象から動物たちはそれを占っていた。
ピエロ執事はその点で冴えていた。長年らしい勘は、霞京子の焦った様子から、すぐさまに動く。
「ごほん。お嬢様もセイギ君も熱くなりすぎですよ。特にセイギ君、劣った人種とかカトリックとか差別的な発言はいけませんよ」
「司会者さん。あなた、どちらの味方ですか」
「何を言ってるんですか。私は司会ですよ。どちらでもありません。とにかく冷静になってくださいよ」
「ワタシはずっと冷静だ!!」
「わかりましたから、えーっと、とにかくこの問題はさっきの通りでいいでしょうかね。時間も押してますし。セイギ君、公平な審査をお願いしますね」
「なんだとこの変質――」
さらに暴走しそうだったAIを押さえる我が妹。実体のないAIの体をどう触ったのかを文字は証明しない。
会場は一転沈黙としていたものの、ひっそりと天音の席のスクリーンに白丸(決勝のポイント)が一つ入ったのを察知した。したもののその意味がよくわからず、まじまじとしていた。天音の顔を伺っていた。天音は「なんか視線を感じるな、うん?」とそれではじめて気づいたようだ。スクリーンを発見して、そこにあった白丸に。
「わぁ!! 私、なんかポイント入ってる!! やった!」
天音はまだ緊張していて本心から喜んでいたわけではない。が、動物たちはその言葉だけで迫りくる予感を歓迎した。長らく続いた森の覇者の撃破、新しい秩序への自由を叫んだ。
「うおおおおお!! バケモノ!!」と会場は天音への歓声一色へ変貌した。そこにある全ての声の嵐は天音を応援していた。
そうして天音の頬は解けた。
「あはは、私、霞さん倒せちゃうかも~あはは~!」
慢心した。だけだったが、霞にとってそれはまごうことなき挑発だった。霞の様相は悪化した。深淵の覇気はさらなる威圧感を強めた。が、それすらもこの会場の雰囲気は、その覇気に揺るがずほんわかとしている天音を推した。霞のそれこそが弱さゆえだと。
執事はその一連を、悔しそうな霞を見て、どこか嬉しそうだった。
「まぁ、浦嶋君に彼女がいないのは事実ですがね。では、次の問題に行きましょう!」
「なんで俺を攻撃した?」
「決勝戦、第二問!! ででん!! 浦嶋理の性癖はなんでしょうか?」
会場はしーんとした。天音がしーんとしたためだ。
「え? 性癖? え? あってるの?」と天音は困惑した。執事は「そうですが?」と平然としていた。そうでも疑いが拭えないから天音は俺にも「あってる?」と訊いてきた。俺は無視した。一番恥ずかしいのは、俺だと、なぜわからない。
トン。その静寂に響いたのは霞がペンを置いた音。霞はいつでも一番初めに問題に答えていた。なにも混乱せず、悩まず、人間として完成された精神のままに。
「だけどそれ、俺の性癖についてなんだよな」
「ふふっ。私はあなたのことをどれだけ……ふふっ」
霞はちょっと照れた。
さて、俺は正直に性癖を書くべきなのか。なんで自分の性癖を暴露しなきゃいけないんだ。金髪のグラマラス外国人、あるいは清楚系ビッチ、それから○○○、から○○○○! あれ、なんかすらすら書ける! だいたいテストでは筆が進まないのに、この筆は進む! なんだ、これ! 楽しい!!
「そんなにあったの」
霞はショックを受けていた。その反応のせいでなんか恥ずかしくなった。そういえばスカ〇ロは俺の癖じゃなかった。ちょっと興奮し過ぎた。
天音の「うむむ……」と悩んでいるところを見て、平常心に戻ろう。戻った。すぐ平常心に戻れる俺。
「では皆さんの回答は!」
霞京子は誇らしげに『金髪ギャル、あと清楚系』、天音はくだらなそうに『どうせ露出の多いお姉さん』、俺の本心は『同人誌(純愛もの)』でした。
霞は目を見開いて驚いた。「この問題だけは外さないつもりだったのに。理さんはミステリアスね」と、どこがやねん。天音は小声で「白々しい……」と俺を睨んできた。それ、偏見だろが。
なお審査員を待つ時間を埋めるためのピエロ執事の会話。
「性癖というのはつまるところ女の子の好みみたいなもので。若いうちはこだわったりするものなのですが、歳をとるとそれも好みというだけで、それ以上の意味が無いのです。嫉妬してくれる人がいるならそれも嬉しいことですが、やはり自分に合った人であるかが大事だと思うんですね。恋というのも恋というだけです」
と、それらしいことを言って性癖というセンシティブな話題を浄化しようとしていた。
「さて審査員の方々の判断も終わったようなので、解答を見ていきましょう!」
メイド少女はうんざりして頬杖したまま「知らねえよ」と一蹴、セイギ君は真顔で「検索履歴見たら同人誌でもほとんど金髪ギャルじゃねえか。とぼけんな」と激怒、我が妹はぷんぷんして「お兄ちゃん、最低! もう知らない!!」といった感じだ。
お兄ちゃん的には我が妹のこの態度、ありです!
「えー、ということは二人が知らない。セイギ君が金髪ギャルなので、お嬢様が正解でいいですね。お嬢様に白丸が与えられます!!」
ということで俺の性癖は金髪ギャルでした。検索履歴は消しているはずなのに、どうしてわかるんだよ、セイギ君この野郎。
会場の雰囲気はまだまだ天音のほうへ傾いていた。天音も「いやぁ、惜しかったなぁ。でもまだ同点。私は霞さんに勝てるもんね。うん!」とワクワクしていた。どこも惜しくはなかったが。
霞はやはりいい気分ではないらしい。正解したのにまだ天音がもてはやされている。霞は硬い顔をしていた――それが速やかに解けて、意味ありげに笑った。
「そろそろね」
するとお手玉をしていた執事がいきなり慌てだした。次の問題に行こうとしていたところだった。会場の雰囲気はガラリと天音から離れていった。
「あっ、間違えました」執事が焦りながらボタンをあれこれいじる。
「おい、待て。これって?」
「なっ、ちょっと見ないでよ!」
赤面して慌てふためく天音。モニターに映っていたのは夏休みの昼間のとある女の子の自室、いや、ぐーたらする天音の様子だった。スマホで漫画を読みながら寝巻のままゴロゴロしていた。
天音が必死にジャンプしてモニターを隠そうとしているが、全く見える、よく見える。
「べつに恥ずかしがらなくてもいいだろ」と呆れていた俺とは対称的に妹は「天音さんって品のあるお姉さんってイメージだったけれど、違ったんだねっ!」とギャップ萌えか、もはや燃焼か。妹の目玉はマグネシウムの酸化反応のように輝いていた。一方、天音も「わわわっ!」っと、その眼差しも満更でもないのか、いや、さらに恥ずかしがって、いや違う、脂汗掻き始めた。
「天音、どうした?」
「ぷっぷぷぷぷっぷ~!」
天音が顔を背けた。いたづらした犬みたいに目を合わせない。何か怪しいな、天音――俺がそう不信めいているところに奇妙なそよ風があたった。
「ふふふ」
そう、その不気味に笑っていたのは霞京子。何か隠しているのか、袖で口を覆いながらそう笑っていた。
「そういえばなんで天音の映像があるんだっけ? おい、霞?」
「ふふふ、それはもちろん。それよりも聴いてあなた――」
「夫婦みたいに言うな」
「この映像って八月二十一日のものなの」
「二十一日?」
「ええ、二十一日。なにか思い出せない?」
「うーん?」
俺が恍けていると霞が誇らしそうに「ピギャッ」と言ったのか、鳴いた。それでもわからずにいるとさらに頑張って「ピギャッ」とゴムが擦れるような音を口から発した。俺はもはやその音をどうやって出しているのかのほうが気になり始めそうだった。
「亀の鳴き声よ」
「亀、亀? ああ、亀のコスプレ、夜に学校行ったのって二十一日だったな」
「二十日よ。だからこれはその次の日の映像」
「その次の日、次の日……あれ、天音?」
さっきから天音が俺と顔を合わせず、情熱大陸を口笛で吹いていると思ったら、そういうことだったのか。あれ、なんか、なぜだろう、沸々と感情が込み上げてきた。
「つまり……あの怪談の後、天音はいつもと変わらず過ごしていたのか。あの夜道の後、そのまま家に帰ったのか――俺が誘拐されたの全く気にせずに夏休み堪能していたのか」
「ち、違うよ! まっ、全く気にしてないわけじゃないよ! 夏休みまだあるし、明日でいいやって怠けてただけだよ!」
「弁明になってないぞ! てか逆に凄いな、夏休み精神!」
天音は苦笑いしながら未だ俺から目を逸らし、鼻歌でデパートの閉店に流れるBGMみたいなのを歌っていた。ちゃんと上手いのが腹が立つ。
一方で霞は勝ち誇ったように腕組みしていた。
「もう決まりでしょう? どっちが真のヒロインに相応しいか」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
「待とう」
「うん。そんなに待たなくていいよ――でもおかしいじゃん! 勝手に女の子の部屋を盗撮するってそんなの犯罪でしょ!」
ここで天音の必死の正論。これにはさすがの理も「たしかに」と不意に頷いた。だが、霞のほうは眉ひとつ動かさない。そして堂々とこう言い放った。
「それがどうしたの?」
「えっ……」
すでに社会において敵なしの霞にとって、その余裕の態度はまさしく、法とは罰則があって意味を為すという体現。自分が頂点ならば何の意味もない、彼女にとって法、規則、原則とは彼女が他人を縛るためのものでしかない。法とはすでに彼女の所有物なのだ。という気概であった。
ただしそれは間違いだ。なぜならここに浦嶋理、彼女よりおそらく権力のある男がいた。その男、俺は――
「べつによくね? 寝てる方が悪いだろ」
その心情、半ばネットに蔓延る、裁く為なら犯罪してもいいだろというエセ正義の使者。タッセルってなんだよ。
「目の前で誘拐されたのに他人事とか変だろ」
「違うよ! 場所が絞れなかっただけだもん!」
「だからってゴロゴロすんなよ! もう少し心配しろよ!」
「なにそれ、面倒くさい! 心配しろとか、女々しいよ!!」
「うぐっ」
あれ、なんで俺傷ついてるんだ?
「そんな二三十年攫われ続けるお姫様みたいな無能な女っぽい性格も私は好きよ。浦嶋さん」
「うぐっ」
あれ、なんで俺傷ついてるんだ? なんか俺のほうが悪いのか?
「それはそうとやっぱり天音、酷いだろ」
天音にあった、いや、元々なかったかもしれない、俺への感情。それがあまりにも軽薄だとわかって、俺はすっかり天音を疑い始めていた。俺と天音はもちろん恋人でもなければ、そもそも友達でもないのかもしれない。どこか天音が俺を解放してくれると期待していたこの気持ちも、たしかに女々しかった。
会場はふたたびどよめいていた。その最中にも執事は止まるはずが無かった。k
「では決勝戦、第三問!!」
霞と執事が仕組んでいたのかもしれない。とはいえ天音のこのお気楽がわかって、俺は動揺せずにはいられなかった。天音はガタガタせずにはいられなかった。
その振動がモニターを揺らしたのだろうか。三枚の見覚えない三本がそこに映った。
「デデン! どれが浦嶋理の髪の毛でしょうか……え??」
戸惑う全員とは対照的にすぐ解答を書き終えた霞京子であった。そこにある霞の至って少女らしい無垢の笑みは酷く可愛い。
そうしてふたたび凄惨に静まった会場。




