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気付けば美人配信者に囲まれてた  作者: 緋西皐
3,俺の夏休み編
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67/85

学校の七不思議(2)桜の木の下で

青い暗闇が桜舞うような廊下。天音と茨田は震えた手を繋ぎながらくっ付いて小さく歩いていた。迷子になったらしい。スマホの頼りない透明じみた明りを振って、見つけた場所は『理科室』だった。天音は「ここで待ってよう」と中に入っていった。茨田は「え、なんで?」と未だどうして迷子になったのかを戸惑いつつもついていった。

 夜の理科室は一層不愛想だった。無機質までに四角い机と黒板。固く閉ざされた器具と薬品。重く閉じていたカーテン。ちょうど黒板の前の分厚い机に置いてあったマッチを、灯にしようと天音は擦った。茨田は「え、スマホでよくない?」と熱く焦げ臭い火を吹き消さないように呟いた。天音は神妙な顔をしてよく首を振った。そのせいでマッチが一本無駄になった。


 「昔々のことでした。あるところにゲームが得意な男子高生とゲームが下手な女子高生がいました。これはほんとうにあった話です……」天音は神妙な顔をした。

 「理と天音じゃん?」

 「昨晩のことでした。男子高校生は私に数学の宿題を押し付けてゲームセンターに逃げようとしました。ところが男子高校生は玄関で止まりました。女子高生が靴を隠したのです。男子校生は怒りました」

 「(私って言ってる……)」

 「――エアージョーダンなんだぞ!」天音は白い顔を茨田にわっと近づけた。

 「うわっ! な、なに?」

 「でも恐ろしいのはここからなんです」

 「ごくり……」

 「男子高校生の妹がそこにやって来て――今日はカレーって!」

 「うわっ!」

 「そこじゃないです……」ちょっと不満げな白い顔。

 「じゃあ近づけるなよ」ちょっと不満げな赤い顔。

 「その鍋の蓋を開けると――男子高校生のエアージョーダンが……」


 天音はフッとマッチの火を吹き消した。灰色の煙が暗闇に紛れて、二人を静かにしました。


 「エアージョーダンって高いやつでしょ?」

 「そうみたいだね」

 「天音が入れたの?」

 「違う。妹ちゃんが『天音さんがいるんだから外に出さないよ!』って」

 「へぇ~怖い妹ちゃんね」

 「あの妹ならやりかねないわね」

 「え?」


 天音と茨田は声に揺れない煙の臭いを疑って、スマホを灯した。

 右左には互いがいて、ならその正面には――臓器丸出しの男がダブルピースをしてました。

 二人は慄きのあまり叫び声も飲みこんで走り出した。「わー!」と理科室をぐるぐる回った。男は

「うえーい!」とその後ろを追った。ガタガタパキパキ変な音を鳴らしながら追ってきた。


 「なんなの! なんだってのよ!!」

 「茨田さん、落ち着いて! だだだだだだだ!!」

 「あんたが落ち着きなさいよ」

 「大丈夫だよ(ニコッ)」

 「簡単に落ち着くな!!」

 「待てぇええええ! お前の臓器を寄越せえええ!! ヤブ医者アアアア!」

 「ぎゃあああああああああああ!!」


 幸い二人は運動神経がよかった。理科室をニ十周しても男に追いつかれなかった。叫びながらでも平気に逃げられた。ただ二人はそれが一周回ってしまって、運動神経は不幸にも良すぎてしまったらしい――二人が男に追いついてしまった。


 「はぁ……はぁ……ちょっと、ごめん。最後まで走るから……」男は申し訳なさそうに息切れしていた。

 「えっと、大丈夫? 保健室行く?」天音はその背中を撫でる。

 「なんて優しい子。ごめん。肺がどっかに落ちちゃったみたいで」

 「えっと、あっ、そこになんか落ちてるけど、茨田さんそれ取って~」

 「わ、わかった?」茨田は机の下に落ちていた硬くて軽いものを男のほうへ持ってきた。

 「それは胃! 肺じゃないわぁ!」

 「じゃあこれは?」天音はひょこっと持ってくる。

 「それは肝臓! 肺じゃないわぁ!」

 「これかな?」天音はまたひょっこり持ってきた。

 「それはし・ん・ぞ・う♡ 肺じゃないわ」

 「じゃあこれじゃない?」茨田は苦笑いしながらソレを持ってきた。

 「こ、これは……」


 男はソレを受け取ると幼き日の青春を思い出すようにまじまじと見つめ、涙を流し始めた。(勢いの良い水道の水を適当に頬に付けて)

 そして天音の横を通って満足げに茨田へ近づいていった。ニコッと幸せそうに笑って、茨田へ手を出した。茨田は「握手?」と不思議に思いながらも、その手を握った。


 「これは――膵臓じゃあああああああああああああああああああああああ!!」

 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 男が迫真の叫び声をすると、二人はそれに負けないくらいの悲鳴を上げて理科室から飛び出した。走ってはならない廊下を夜だからと全速力で走った。

 その声が遠く遠く、響いてきて、俺たちは二人を見つけた。


 「ポヨポヨポッポヨヨ~」

 「大丈夫か?」

 「ポヨ?」

 「お前じゃない」

 「二人とも大丈夫?」

 「ポヨ?」

 「君たちじゃないよ」


 天音と茨田はこっちまで来ると止まって、汗だくになって息を吐きだすように息を吸って、ままならないままに「くぁwせdrftgyふいこlp;p:!」と説明しだした。全く分からん。ところで――


 「それなんだ?」俺は茨田についているソレを指差した。すると茨田は三日くらい寝てないで、やっと寝れたと思ったら悪夢を見てまた眠れなくなって起きたような、怯えた顔をしてソレを確認した。


 「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!」


 俺たちは知っている。ソレが何なのか。これを読む君のスマホにだってほら、映っているよ。その肩は重くないかい?



 東校舎三階の奥、音楽室までやってきた。大野は例のごとく血相を変えた。


 「 この高名高校には七つの不思議がある。ワタシはそれを明らかにするために呼ばれた獅子なり。さぁ行くぞよ。次は第三の不思議、夜の音楽室から聴こえる不思議な音色だ……」


 さすがに飽きてきたのか茨田は冷めた顔をスマホで照らし、友達とLIMEし出した。陽キャは静かに窓の向こうを見つめ、校庭をテケテケ歩く野良猫を観察していた。俺は欠伸しながら大野の話を聞いて、天音は欠伸を我慢して出てきた涙をクスクス指で擦って同じ話を聞いていた。茨田が突然天音のその小さく柔らかい肩を掴んで「今、学校に来てまーす! ピース!!」とビデオ通話して、天音は「ぴ、ぴーす?」と戸惑いながらピースした。


 「おい、話聞いてよ。せっかくの雰囲気が台無しだよ」

 「いやだって、もう一万一千文字くらい書いてるから」

 「そんなこと言わないで。この音楽室が一番怖いところなんだって! それでこの音楽室は・……」

 「ん?」


 どこからか歌?が響いてきた。音楽室からか? わいえーじぇー……いいよこいよ? だんだん音が大きくなって来て、大野の熱弁も覆い隠されてしまうハッピーでヒッピーじみた曲調の、ヤリマスネー?


 「なんなのこのふざけた曲! 誰がこんなの踊るか! あ、あれぇ?」茨田の身体は勝手にそれっぽいダンスをし始めた。


 俺と陽キャとそれをどこぞのオーディションの監督みたいに吟味していた。茨田は恥ずかしそうに俺たちに「見てんじゃねえよ!」と怒鳴った。そこに大野が「これは異変か?」と写真をパシャパシャ撮り出して、茨田は恥ずかしそうに黙って諦めた。なんかこれは、FAN〇ZAで出たところだ! と真面目な学生みたいになって興奮した。


 「けどこの実物はそれ以上に!」

 「理君……下ネタは厳禁だよ!!」

 「うぎゃあああああああああああああ!!」


 そうしている間にそこそこな卑猥ソングは止み、茨田は「ふざけんな!」とキレながら音楽室のドアを蹴破った――その瞬間、その気性を嘘のように消え去った音色が奏でられた。若干、吹っ飛ばされそうだった俺を救ったのもまた、その優しいピアノだった。

 音楽室のカーテンはゆらゆらと穏やかに揺れた。空いた窓からはそよ風が吹いて古い床を撫でた。月と切ない青い空がその舞台を照らしていた。演奏されていたのはバラード、とても安らかな歌声だった。テケテケと花子さんと人体模型らが三角座りして聞き浸るほど安らかだった。


 「襲って来ない?」それでも陽キャと茨田は音楽室の端で屈んでいた。「大丈夫そう?」と確認すると、俺たちの後ろで曲を聴いた。


 「なんか怪談も悪くないな」俺は呟いた。

 「そうだね。いい夜になったね」天音はしっとりと云った。

 

 パシャパシャ。


 「英語で歌詞全然わかんない」茨田は文句を云った。

 「金髪ギャル最高って歌ってるよ」陽キャは音楽室の花を咥えてウインクした。茨田は無視した。


 パチパチ。


 「……?」

 「どうした天音?」

 「なんかあっちが煩いっていうか、眩しい?」


 パシャパシャパシャパシャ!――大野がキマッてるのかってくらいシャッターを切っていた。俺たち、怪談の化け物含め、迷惑そうにそれを睨んだ。するとシャッターが止んで、演奏が止まった、俺たちは彼のほうを向いた。彼はまた演奏を始めた。しかしまたシャッターの音がして、彼は手を止めた。そしてニコッとポーズを取った。

 それから大野は彼が動くたびにシャッターを切って、彼はそのたびにまた面白そうにシャッターを切った。つまり彼が遊び始めた。


 「イチャイチャすんな」俺は大野の腹を叩いた。

 「あ、ごめん」大野は静かになった。


 それから何曲か聴いて、熱狂した後、俺たちは気持ちいい気分になって三階の廊下を下りた。怖かった階段を下りる足音が彼のステップに聴こえるまでに気分が良かった。


 「いいライブだったね!」天音はキラキラした目をした。

 「うん!!」俺たちは子供みたいに頷いた。


 そうして俺たちはこのまま、学校を出て解散――しようと二階に降りようとしたら、大野が引っ張ってきた。


 「怪談だって!!!」

 「ああ、そういえばそうだったっけ?」

 「怪談だよ!」


 もはや若干、どうでもいい奇妙な学校の夜を、俺たちは探索するみたいです。せっかくいい気分になったのだから、わざわざ怖さに不快さを求める必要がない気もしつつ、俺たちは次の場所へ向かった。



 二階の西校舎は校長室の前、大野が慣れた手つきでピックロックを使ってドアをこじ開けると、例のごとく本を出した。


 「 この高名高校には七つの不思議がある。ワタシはそれを明らかにするために呼ばれた獅子なり。さぁ行くぞよ。次は第四の不思議、動く肖像画だ」


 校長室は退屈だよなって茨田と話してお茶を濁す。陽キャが引き出しに高そうなハーブティーを見つけたから実際にお茶を濁した。なお天音は真面目に大野の話を聞いてガクガク震えていた。


 「怖いなら聞かなきゃいいのに」

 「う、宇土器ました……」

 「宇土器?」

 「動きました!!!」


 天音はソファの後ろに隠れて、指をさした。俺と茨田は「なわけねえだろ」とどこぞの国会議員みたいにソファの座り心地と不味いハーブティーを満喫した。していたら陽キャがいきなり「ぶはああああああああ!!」と俺の顔にハーブティーぶっかけてきた。


 「なにすんだよ! いい匂いになっちまったじゃねえか!」

 「そうじゃねえ! あれ見ろ!」

 「なんだ? 財務省解体デモがこっちまで来たか?」

 「違う! あの肖像画だ!」


 そのピクピクと震える人差し指を辿ると、あったのは現校長の肖像画。なんで写真じゃないのかという疑問は置いておいて、しかしなんの変哲もない。陽キャが嘘をついたのか? と俺はまた振り返る。すると今度は茨田が「わわわああ!!」と俺の顔にハーブティーをかけてきた。


 「もっとかけてください!!」

 「違って! いや、違うでしょ! あれ!」

 「なんだ? トランプ支持者が中国と日本を間違えてこっちまで来たか?」

 「あの不細工な肖像画よ!」


 そのバタバタ叩いてきた茨田の視線の先、あったのはやはり現校長の肖像画だった。なんで写真じゃ――とにかく変哲もない。茨田も嘘をついたのか?


 「茨田、嘘ついていいのは俺を振るときだぜ☆」

 「キモいんですけど」

 「ぶはあああああああああ!!」

 「陽キャこの野郎!!!」


 もはや俺は肖像画を見ずにありったけのハーブティーを陽キャに浴びせた。そうしている間に大野が怖がる天音を持ち上げて、天音が「よいしょっ」とそれを持ってきて俺の肩をつついた。


 「あの、校長室荒さないでね」

 「きゃああああああああああしゃべったああああああああああああああああ!!」


 天音も肖像画を放り投げたからほんとうに喋った。目もギョロッと動いていた。しかも「痛い痛い」と転がっても喋ったから、やっぱり喋っていた。あの校長は本物か?

 大野は語る。


 「なんでも夜中の校長室には肖像画に閉じこめられた校長の霊が出るとか……しかもこの帽子を被って肖像画に飛び込むと、秘密のステージに行けるらしい」

 「64マリオかよ!」

 「違うよ。ステージで校長を助けると校長が使えるようになるからDS版だよ」

 「どっちでもいい!」


 そうして俺たちは某帽子を被って、その中に飛び込んだ。しかしそこは誰もが夢見る楽園であった――ピンク色の大図書館。積み重なったアダルティな本の山。俺と陽キャはそこへダイブした。まるで麦藁に飛び込むように、弥助よりもアサシンした。


 「あたし、出ていい?」

 「私も」

 「ひゃっはああああああああああ!」

 「ふっふうううううううううううううう!」

 「ダメだよ。この先に校長がいるから助けないと」

 「助けなくても良くない?」

 「そんなことないよ。理もそう思うよね?」


 しかし俺たちはギルティになっていた。開けてみたら思ってたのと違ったみたいな気持ちになっていた。陽キャはそれよりも深刻で池上彰よりも「そうだったのか!」と驚いていた。

 つまりこれは校長の趣味だ。その本の内容だ。俺たちには正直、早かったから、子供がビールを飲もうとして止める苦さと似たような感覚になって、大野真面目な形相に「ノー」と断って、ステージセレクトから抜けようとした。

 すると天音が俺たちを不思議がって、その散らかった本を見た。


 「お婆ちゃん」


 つまりそういうことだった。俺たちは毛頭、校長を救う気が無くなった。例えその男が世界を救う救世主や大金をくれる富豪だとしても、男という生き物はその好みが合わなければ切り捨てる残酷な生き物なんです。

 それから出て、校長室の外で数分待っていたら大野がそういった本を山ほど抱えて出てきた。大野は「あ、これ、いる?」と純粋に聞いてきた。俺たちは断固として「ノー」と断った。

 その一連を見ていた天音と茨田は冷めていた。


 「せっかくのマイケルが」


 呆れたそのセリフは、俺たちにとっても同様であるが、あの二人とはいささか意味が違うとわかって埋められないそのギャップを俺たちはその山ほどある入らないモノで塞いだ。



 やってきたところは西校舎の二階のエレベーターの前だ。大野は例のごとく(ry


  「この高名高校には七つの不思議がある。ワタシはそれを明らかにするために呼ばれた獅子なり。さぁ行くぞよ。次は第五の不思議、異界へつながるエレベーター……だ!!」

 「へぇ~」大野以外俺たち。

 「このエレベーターを順番通りに起動させると、異界へつながるんだ!!」

 「マジか」大野以外俺たち。天音だけはなぜか不思議そうに首をかしげていた。

 「で、どうすればいいの?」茨田は呆れた様子でエレベーターに入った。

 「まずは一階に――」

 「一階と二階しかないじゃん」天音は真顔をした。

 「そのあとは二階に――」

 「一階と二階しかないじゃん」天音は真顔を深めた。

 「そのあとは?」俺はとりあえず訊く。

 「次は一階だね!」

 「一階と二階しかないじゃん!!!!」天音は吠えた。


 大野除く俺たちは心底「(たしかに)」と納得して「次行こ~」と茨田が一階のボタンを押して、開口ボタンを押して急かした。大野もさすがに気づいていたのだろう、何も言わずにニンニクを閉まって俺たちと一緒に乗った。


 なお天音が「そもそもなんで三階ある東校舎じゃなくて西校舎にエレベーターがあるのかな?」とまだ不思議がっていたので、俺が「そこには触れるな」と念を押しておいた。

 その後は一階にある職員室の「少子高齢化が~」と唸っていた幽霊たちの声を横切って外へ出た。



 たかがポルターガイストなだけだった体育館のボールを通り越して、俺たちは水の入ったままのプールへ上がった。すると大野はvoid 例のごとく(5)した。


 「 この高名高校には七つの不思議がある。ワタシはそれを明らかにするために呼ばれた獅子なり。さぁ行くぞよ。次は第六の不思議、プールから出てくる謎の手だッ!!」

 「コワイコワイ」

 「本当に怖いんだぞ! これは夜、水泳着を忘れた女子高生の話……」

 「ただの女子高生だろ」

 「美少女女子高生の話」

 「なにそれ怖そう!」

 「ふわぁ~」


 茨田は欠伸をした。天音はなんだか馬鹿馬鹿しくなって「えーい!」と茨田に水をかけた。茨田は「天音~!」と意地悪そうに笑って、倍返しした。

 俺と陽キャはその光景のほうが気になったけれど、大野が「せっかく話を曲げたから聞くよな」とマジトーンで目を光らせていたからそうともいかなかった。


 「美少女は水泳部でした。毎日、練習を頑張っていました。けれどそれは単なる向上心や教育によるものではなかったのです。水泳部の深い闇の密室、更衣室では同級生の女の子が虐められていたのです。美少女はそれを目の当たりにしたくなかったから、関わりたくなかったから、怖がって水に目を隠したのです。ところがその日、水泳着を忘れたその夜、更衣室から泣き声が聞こえてきて、美少女は怖がりながらも入ったのです。そこには誰もいませんでした。美少女はそれでも心細かったから、まだ何か出るかもしれないときっと勘づいていたのでしょう。さっさと水泳着を持って、帰ろうとしました。そうしてプールを走ったその足を――白い手が掴んだのです」

 「おい、トイレ行きたそうだだだだだだだな?」陽キャは掴まれないように足を震わせた。

 「お前、またかよ。しょうがないな。ちょうど行きたかったんだだだだだ」俺は足だけでなく身体全体を震わせた。だから俺の勝ちだ。


 俺たちは肩を組んで、もはや二人三脚かってくらい協力してトイレに向かおうとした。その背中に大野がひっそり云った。



 「トレイに行くのかい? いけないよ、走ったら。転ぶから」

 「……わかった?」


 俺たちは互いに顔を合わせた後、歩いた。どうやらその話、プールを走らないように語られた怪談だったらしい。そっちなのかよって、俺はこの学校が別の意味で怖くなった。

 どちらにせよ、こう肩を組んで、たまに互いに足を掛けようとしているくらいだから、お化けも襲って来ないだろう。


 「うわあああああああああああああああ!! 出たああああああああ!」


 天音の叫び声が聞こえた。俺はすぐさま回れ右した。陽キャはすぐさま前に走った。だから組んだ肩の手が捻じれそうになって、俺は陽キャをプールに突き落した。


 「大丈夫か!――え?」


 その時だった。俺の目の前におっさんが落ちてきた。まるで流れ星のように落ちてきて、プールの地面に頭から突き刺さった。間一髪であたらなかったから、いやそれよりもなぜ落ちてきたのか、いやそれよりもこのお化け? と色々な気持ちがグルグル回って、もうどうでもよくなって俺はプールに飛び込んだ。頭を冷やした。

 そして俺は天音のところへ駆けつけた。


 「天音! 大丈夫か!」

 「なんで濡れてるの」

 「あ、あの化け物、なんなの!」茨田は飛び込み台に伏せて、化け物を覗いた。


 大野は「なんだろうね?」と化石を掘る博士みたいに落ち着いた様子で、その化け物を引き抜いた――すなわちそれはおっさんだった。だからおっさんだった。ちゃんと服は着ている。ちゃんとスーツを。


 「校長です」真顔。

 「あ、校長だ」大野はおっさんをぶら下げたまま驚いた。

 「校長です」真摯すぎる真顔。


 大野が離すと校長は闇の彼方へ去っていった。俺たちはいまいちピンと来なくて、立ち尽くした。そしたら陽キャがプールに突き落してきたからいがみ合った。互いに全てが濡れるまで落としあった。 そのまま俺たちは調子に乗り過ぎていたから、引っ張った足を間違えた。茨田をプールに落としてしまった。


 「なにすんの? びしょ濡れなんですけど!」

 「鏡花水月とはこのことか」

 「やかましいわ!」


 茨田の金髪が水で煌めいてみえたのを美しく例えたつもりが、バシバシに水へ踏み沈まれた。けど幸せなのでオッケーです。俺は水の中にあった白い手とハイタッチを交わした。

 その後は茨田の透けた服、ミチミチになって露わになった美貌、「もうびしょびしょなんだけど」と困りながらも服を絞り、濡れた髪のと一緒に滴り落ちる雫を堪能しつつ、三十回くらい天音に睨まれた。陽キャは鼻血を出して保健室に行った。



 大抵回りきっただろうと大真面目に歩いた学校。正直もうお腹一杯であったけれど、最後の一個も一個だから大野が言わずとも進んで付いていった。時間ももう午後十時になったころかと、校舎にへばり付いている大きな時計を眺めていたら、大野の背中に衝突して転んだ。

 グラウンドの端、校舎を窓にする夜桜の下。チラチラと舞い降りる花弁を飾って、大野は説明を始めた。


 「 この高名高校には七つの不思議がある。ワタシはそれを明らかにするために呼ばれた獅子なり。さぁ行くぞよ。次は最後の不思議はこの桜の木の下。死体が埋まっているんだ。桜綺麗だろ? 死体埋まってんだぜ、この下」

 「やや不謹慎だろ」

 「でも埋まってるだけでしょ。人類長いし、どこにでも埋まってんじゃない?」茨田はアホらしそうに保健室からパクって着ている白衣を寒がった。

 「だから掘り起こすよ」

 「この後どうする? まだ十時だし、ファミレス行かね?」茨田はスマホを取り出した。

 「ここにスコップがあるんだ」

 「賛・成!」俺と陽キャは賛・成!した。

 「これで掘り起こそう」

 「夜に食べていいの?」天音は茨田を心配する。

 「掘り起こすんだよ!!!」


 大野はついに大蔵大臣を超越した。迫真の顔を見せて、俺たちにスコップを担がせた。俺たちは大野に負けて「天音はファミレスどこ派~?」「俺はドミノ派ポヨ」「俺はくら寿司」「お前らには聞いてないし、どっちも違うし、そっちは全然違うし。で、天音ちゃんは?」「サイゼリア? ヤ? かな」と理想的な返答、そんな会話をしつつここに埋まっているらしい死体を掘り起こそうとしてい――た?


 「え? 死体?」俺は大野に訊いた。

 「死体だよ」大野は平気な顔した。

 「ん? 死体?」天音は大野に伺った。

 「死体」大野はにこにこした。

 「し、死体?」茨田は大野を確かめた。

 「死体だよ」大野は自信満々に笑った。

 「死体じゃねえかああああああああああああああああああ!!」陽キャはスコップを放り投げた。

 「死体だゴラあああああああああああああああああ!!!」大野もスコップを投げた。


 もちろん俺もスコップを置いた。文芸部が恐ろしくなってとても持っていられなかった。文芸とは、リアルとは、その追求の為に誰とも知らない屍を見つけようとするのか、そこまでして気持ちの悪いものを作る意味が俺にはわからなかった。

 その気持ちに同情したのか、先ほどから舞う桜を斬っている落ち武者も「そうだよね。不謹慎だよね」と俺の肩を優しく叩いた。


 「え? 理、ソイツ誰?」茨田はまるでこの世のものとは思えないとばかりに引きつった顔をした。

 「誰って茨田、不謹慎だよ。落ち武者さんだって」俺はその顔、気持ちを中和しようとニコニコした。

 「オチムシャサン??」天音は固まっていた。ガタガタと空気を噛んで、立ったまま気絶していた。


 なるほど。何が怖いのか。俺は落ち武者を励まそうとした。何が怖いのか。なるほど――なんで、落ち武者がいるんだ? しかも首無いし。俺は肩を触るその手を振り払って逃げた。けど、幽霊はやはり物体ではないので、俺のその手を透過してひょろひょろと掴まってきた。

 

 「はなれろぉおおおおおおおおお!」

 「不謹慎だよね。人の墓、掘り出すの」

 「そうだな……はなれろぉおおおおおおおおおおおおお!」

 「理! 僕が除霊するよ! 喰らえ! 高級ニンニク!!」

 「いやぁ、これは香ばしそうな、いいニンニクだね。あとで使わせてもらうよ」

 「あ、どうも」

 「あんたら、怖くないの?」茨田が訊いてきた。

 「うわっ、はなれろぉおおおおおおおおおおお!!」

 「ふん。陰キャはこういうとき馬鹿になるからダメなんだ。喰らえ! スコップだっ!」

 「痛い! それ俺を殴ってるだけなんだよ!」

 「知らん! 効いてるだろ!! えーい!!」

 「少年、効いてないよ。幽霊は物理無効なの。魔法しか聞かないの。スカイリムからは殴れるけど、オブリまでは無理なの」

 「知らん!!」


 これからは落ち武者が俺にくっ付くことになるのかな。そんなラブコメ、意味わかんねえよ――俺は必死に肩を振るうが、まじまじと落ち武者は浮いていた。俺が今まで使ったエネルギーはどこに行ったのだろうか。

 俺が困っていると、天音がついにやってきた。天音は「よし、やってみる」と勇気を出し、大野から受け取った呪符とルービックキューブみたいなものを使った。しかし効果はないようだ。この世界にはもちろん、色々いても魔法使いだけはいないので、効果はないらしい。


 「理君……日ごろの行いだよ」

 「そんなの馬鹿な!」


 俺たちがそうあたふたしていたとき、偶然か必然か、その桜の木の下はキラキラ光っていた。俺たちはそれに気づかなかったが、そこに気づいた男が一人、落ちていたスコップを持って掘り出していた。スコップの先がアレに触れると、落ち武者は怒った顔をして俺を放って桜の木のほうへ飛んで行った。


 「な、なんだ?」

 「顔……ない」天音は勘が良かった。


 俺たちはその男を見つけた。男はなにやら金色の箱を掲げていた。それは嬉しそうに、光っているのが男の顔かその箱か分からないくらいに。大野は静かに呟きだした。


 「 この高名高校には七つの不思議がある――いや、もう一つある! この学校のどこかには徳川埋蔵金があると噂されていたのだ!!」

 「そうだったのか」

 「徳川って誰だっけ?」茨田は天音に訊いた。天音は優しく教えた。

 「マジか、すごいじゃん!」

 「しかし埋蔵金は武士が守っているんだ。そう、あの落ち武者がその武士だったんだ! これはたまんないよ!」


 大野は勢いよく写真を撮り始めた。非常にシャッターの光が眩しい。あまりに眩しいから注意しようとしたら大野が「落ち武者映んないよ!」とカメラを俺に投げ渡して、あっちに走っていってしまった。俺は心配になって追いかけた。


 「幽霊怖いから俺はパスする。それに美女二人を守んないとね(キリッ)」

 「あたしはあんたが怖いからパスするわ」

 「紗綾ちゃん待って~!」

 「幽霊怖いから俺は行くとしよう。美女二人を守んないとね(ガタガタブルブル)」


 大野と俺は驚き立ち止った。なんとその男はまさかの――


 「校長です」


 校長だった。校長は落ち武者の刀を巧みに躱し、斬りかかってくるときに落ち武者が実体化するのを攻撃して戦っていた。

 俺は「校長かよ」と驚いたが、大野は「いや、違う」と別の角度であった。そこにさらに二足歩行の猫が居た。小さい小さいそれは校長の足をポコポコと「猫に小判やろがい!」と叩いていた。全く聞いていないようだけど、猫は頑張っていた。


 「な、なんて激しい戦い?」

 「ねえ、理、今のうちじゃね?」

 「え?」

 「紗綾ちゃん、危ないよ!」


 茨田はその三つ巴の後ろをこっそりと通って、放置されている埋蔵金を運ぼうとした。俺と天音は「危険、戻れ!」と云っても諦めなかったから、俺は手伝うことにした。天音が「戻って!」と叫んだけれど、俺は手伝うことにした。


 「茨田ってお金ほしいのか」

 「違うわ。あんな校長にこんな大層なもの渡したくないだけ」

 「なるほど」

 「それにこのお金でボロボロの音楽室を新しくできるかもしれないじゃん」


 茨田は照れながら教えてくれた。分け前で新型ゲーミングPCを夢見ていた俺は、自分で自分を殴った。茨田はだいぶドン引きした。やんなきゃよかった。


 「あれ?」


 そう意気込んだものの、埋蔵金はあまりに重た過ぎた。俺と茨田の力では全然持ちあがらなかった。俺と茨田は「おーい!」と天音と陽キャも呼んだ。天音は頬を膨らまして「いらないでしょ!」と怒った。「違う違う! 音楽室を新しくするんだよ!」と煩すぎる剣戟に負けないように叫んだ。天音は「取り出すだけだよ!」とまだ不満げながらもこっちに走ってきた――そうせずとも、いきなり埋蔵金が軽くなった。俺は振り向いた。


 「きゃあああああああああああああ!」

 「テケテケテケ」


 テケテケがいた。不吉な鳴き声をしながら、埋蔵金を一枚一枚、リュックサックに忍び入れていた。持てるだけでも持って帰ろうという気概だろう。茨田はその全裸を怖がって、俺に掴まってきた。小さな膨らみが腕に擦って、しかも綺麗な彼女が間近にいい匂いがして、もう埋蔵金とかどうでもよくなった。ビンタされました。


 「痛い! でも気持ちいい」

 「惚けてないで!」

 「お金と茨田、どっちが大事か言うまでもないだろ」

 「テケテケテケ。青春は金で買えないが、青春だって金にならねえんだよな。テケテケ」

 「こんなやつに埋蔵金あげちゃダメでしょ! 変態じゃん!」

 「テケテケ――もっと言ってください」テケテケは手を止めた。こいつとはいい酒が飲めそうだ。俺は未成年だった。


 そこに天音がやってきた。「しょうがないから手を貸すけど……うわっ!」とテケテケを怖がって、俺に掴まった。大きな膨らみが腕を擦って――左右からぶん殴られた。


 「助けてください。テケテケさぁん」

 「テケテケテケ。全裸になってから恋しろ。テケテケ」


 どうやら俺はニヤつく限り二人に殴られ、けれどもテケテケがそこにいるから二人は離れなくて、俺はまた変態になるから、終わりがないのが終わりなのか。

 そう左頬を嬉しみ、右頬に死にかけていたら、今度こそ救世主がやってきた。まさかのそれは――校長だった。校長は落ち武者を倒したのか? 違う、この校長涙目だった。負けたんだ。あっちで落ち武者と猫が喧嘩しているけれど、勝負を放棄して埋蔵金狙いに来た。なんて卑怯者なんだ。


 「テケテケ君。違うよ。青春は金で買えるし、青春を金にしちゃいけないよ」

 「こ、校長! 生きていたのか!」

 「生徒諸君……私は参観会を増やすためにお金を配りたい」


 俺たち三人は思った。こいつ、ダメな奴だと。


 「あるいはこのお金で政治家に献金して、経済をよくして貰って参観会を増やしたい」

 「弁明できてねえよ」茨田のツッコミは夏にしては冷めすぎていた。

 

 俺たちがドン引きしている間に、校長とテケテケは争い始めた。その戦いは長かった。片方は変態的な正義の為、片方は失った青春の為。譲れない戦いが徳川将軍を挟んで行われていた。徳川の霊は見えないが、こんなことなら隠さず使えばよかったと後悔しているだろう。

 俺たちはその点、真面目だった。すなわち――サイレンが鳴った。


 「待ってくれよぉ! 全裸なのは幽霊だからなんだって!」

 「はいはい」


 テケテケは逮捕された。校長は姿をくらました。あと警察が学校に入ったとき、たまたま遊具に隠れていた指名手配犯も捕まった。

 俺たちは埋蔵金を警察に渡し、七不思議に幕を閉めた。

 大野は「これは特ダネだね! いい小説が書けるよ!」とワクワクしてパトカーに手を振った。俺は「ハチャメチャになるだけだからやめておいた方がいい」と注意した。



 俺たちは校門に出た。そこから見た夜十一時の学校は幽霊も出そうなほど静かだった。俺はどこかスッキリした気持ちにだった。

 天音は「ふわぁ~」大きな欠伸をしながらも「なんだかんだ、楽しかったかも」と目を擦っていた。大野は先の通り徹夜して小説書く気でウキウキして、陽キャは「全然怖くなかったな」と下手な演技した。一方で茨田はうんざりしていた。


 「もう遅いし、帰って来いってお兄ちゃんが煩くて。既読無視したら倍通知来た」

 「サイゼリヤはまた今度だね」

 「天音、サイゼリヤなんて誰も言ってないぞ」

 「ドミノピザってことか」

 「それも言ってない!」三人で否定した。ドミノピザが嫌なのではなく、ファミレスではないだけである。

 「じゃあ解散しようか。今日は大変だったけれど、楽しかったよ」

 「ああ、そうだな」

 「じゃあ皆、またね。あっ、来年もよろしくね」

 「あ~」四人で濁した。七不思議が嫌いなのではない、七不思議が苦手なのである。


 大野が去って、それから茨田は兄貴……オネエさんが迎えに来て、帰った。陽キャはしれっと居なくなっていて、俺は天音を家の近くまで送っていた。

 人気のない住宅街の暗くなった道は広いはずだけど狭い気がした。天音がいつもよりもこっちに寄ってきている気がした。


 「まさか怖いのか?」

 「……理君、足震えてるよ」


 俺は車道側をちゃんと歩いているだけだった。天音が邪推をしても、決して俺はちゃんと歩いているだけだった。たまに傘を差したサラリーマンが通ると、天音がこっちに寄ってきて道が狭くなるけれど、俺はちゃんとサラリーマンに道を譲っているだけだ。


 「理君、怖がりだよね。私より」

 「そんなわけないだろ。テケテケ怖くなかったし」

 「あれは例外じゃん。そう言うなら、私だってこの前のホラーゲーム怖くなかったよ」

 「それこそ例外だろ。あのとき実は押入れから――いや、止めておこう」

 「え? 押入れが何?」


 天音は俺の自信の無い顔を面白がってすり寄ってきた。だいたい俺がそのときどんな気持ちだったかを勘づいているのだろう。その通り、押入れのおもちゃに怖がったなんて教えたら、天音は調子に乗るに違いないから、俺は断固として黙った。口裂け女も心配するほどに。


 「怖いなら、手つなぐ?」


 俺が黙っていても天音は近くにいた。さっきは怖かったから俺が寄っていたのに、今は天音が面白がったがゆえに俺に寄っていた。そうなるとついに俺はどこか自分が男らしくない気もした。怖さより情けなさがかった。それも、そんな気持ちも、天音が恥ずかしそうに冷たい手を震わせ揺らしていることに気づくと、どうでもよくなった。

 でも俺はどうしても男らしくなかった。もう少しの勇気が出なかった。今まで遭遇したどんな幽霊よりも怖いものに気づかされた。しかもそれがさらに得体が知れず、判明も効かないもので、どうしようもなかった。理由もなく勇気を要求されている、恥じらいの色をした理不尽に似たものがそこあった。つまり俺は自分の揺れる鼓動に答えを出すのことを躊躇った。俺は何度か擦れた天音の手を握ることができなかった。

 そのたびたび長い時間に先に勇気を出したのは天音のほうだった。


 「ねえ、気づいてる?」


 街灯の下、誰もいない一つの灯りの下。天音は頬をほんのりと熱くして俺に訊いてきた。天音は先ほどより一層、可愛く恥じらっていた。しかしそれは逆に、俺を苦しめた。そうさせたのは自分だったから。俺はなかなかどうにも、言葉に詰まった。

 それでも天音はその数秒、長い数秒を待っていた。俺はこれ以上、彼女に恥をかかせるわけには行けないと思って、勇気を出した――ものの、すでに天音はぼんやりとしていた。それだんだんと疑問の色を強くした。しかもその目は俺に向いていなかった――天音はキッパリとした険しい顔をした。


 「私たち、付けられてる」

 「はい?」


 天音の確信じみた様子で後ろを向いた。長い髪が俺の頬をビンタして、ふわりと香った。摩擦が痛かった。しかしそうとも思ってられず、俺はそこにある摩訶不思議に仰天した――亀にしては大きすぎる亀が、烏につつかれていた。


 「天音、あれはなんだ?」

 「亀だよ」

 「でかくないか?」

 「虐められてる? 亀? だよ?」

 「……うーん」


 俺は足元がヒヤッとした。プールでの話を訊いていたからだろうか。虐められている光景を見逃せば、災いが降りかかるような気がした。天音は「怪しいよ。帰ろうよ」と俺を引っ張るけれど、俺は今までの化け物に比べれば平和的だから大丈夫だろうと、むしろ放っておくほうが危険だろうと近づいた。


 「ど、どけ、烏~」

 「大丈夫かな?」


 手を振り払っただけで烏は飛んで行った。されど亀はピクリとも動かず、まさかこれは埋めるまでしなきゃならないのかと、俺は怖がった。


 「夜も遅いし、そこまでしてやる必要もないよな」

 「そうだよ」

 「じゃあ放っておくか」

 「よし! 帰ろ!」


 天音はスタスタと先に歩き出した。その本音はもう疲れたのと、親からのLIMEだろう。今もスマホの入ったポケットを気にしていた。

 俺もほとんど同じだった。仄かに冷たい足元を気にせず回れ右をした。


 「やっと会えたのに」


 その耳元を夏の朧気が掠めた。ほんのりと柔らかいものが背中に触れて溶け込んだ。知らない感触だった。後ろから抱きしめられて、決して誰かわからないのに、安心してしまった。なのにだんだんと意識が霞んでいって、それもまた気持ちがよかった。俺はそのまま、優しい風に背を持たれ倒れた。その薄れていく意識の中、俺が出会っていたのは――亀の着ぐるみを着た霞京子。丸く開いた亀の首から「ふふふ」と麗しく笑う誰かだった。



――あとがき――

実は他にも色々おかしなところがあったりする七不思議編でした。というかこの霞京子編は全般として奇妙になっているはずです。昔の自分がちゃんとやっていたなら。


亀はもちろん主人公が浦嶋理だから浦島太郎しました。そして例のごとく、彼は竜宮城に行くようです。次回から理想郷編をします。霞京子と色々します。一気に書いたので疲れました。寝ます。

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