6.公安からの提案
俺は今まで、自分のアパートに人を招くという習慣はなかった。
しかし、カナエルが昨夜に現れてから、大きく流れが変わったように思える。友人さえも呼んだことのないワンルームアパートに、公安の警部が来ているなんて……半月前の俺に言ったら、絶対に信じなかっただろう。
「ところで一緒にいる彼女の……名前を教えては頂けませんか?」
迷わず鬼狩警部を見た。
「カナエルと言います」
「カナエル……彼女は、異世界人ですか?」
「はい」
俺は確かに間違ったことは言っていない。
昨夜にここを訪れたとき、確かにコイツは「そうです。魔物や宝箱がある魔境……というものは、ゴローさんの世界にもあるのでは?」と言っていた。
シャワーはおろか、水道の蛇口から水が出たくらいで驚いているのだから、まず間違いはないだろう。
鬼狩警部は頷いた。
「わかりました。このままでは、カナエルさんは不法入国者という扱いになってしまいますので、こちらで手を回しましょう」
「ありがとうございます」
その言葉を聞いて、俺は肩の力を抜いていた。
強制送還なんて突然言われても、彼女はこの世界の人間ではないのだから行く場所がない。それどころか、本当は天使なのだから、妙な研究施設にでも連れていかれるというシナリオが、俺としては一番困るところだった。
なぜここまで彼女を気にかけるのかといえば、気に入ったからという理由もあるが、それ以上に、俺一人ではあのダンジョンを攻略する自信がないからだ。
放っておけば大災害に巻き込まれるとか言うし、それが嘘だったとしても、あんな魔物がうろついている代物が窓の向こう側にあるなんて、とてもじゃないけど御免だ。
鬼狩警部は、じっと俺を見た。
「ところで、比名さんは……中には入りましたか?」
「はい。1度ですが……カナエルと2人で……」
その言葉を聞いた鬼狩警部は、少しだが表情を変えた。
「中は……どうなっていたのでしょうか?」
「森の中にある洞窟という感じでした。カナエルがいなければ戻ることは難しかったですね」
鬼狩警部は、眉間にしわを寄せて少し沈黙してから、やがて言った。
「実は、部下を向かわせたのですが……誰も戻らないのです。道案内をお願いできないでしょうか?」
俺は少し考えてみた。確かに公安の人たちと協力できれば、ダンジョンの攻略もぐっと楽になるだろうが、カナエルも人間の体のままだと、十分に力を発揮できないかもしれない。
本人はどう考えているのだろうと思いながらカナに視線を向けると、彼女は大丈夫と言いたそうに頷いてくれた。
「大丈夫ですよ。今日はアルバイトもありませんし……」
「わかりました。では……私からささやかですが、捜査協力費を出したいと思います」
そう言いながら、彼は封筒を差し出してきた。中を確認すると現金で12万円ほど入っている。
「いいのですか? こんなに頂いてしまって……」
「異空間へ入ることは、紛争地帯で戦闘行為をすることと同じくらいの危険が伴います。もちろん、お二方に危害が加わらないように、私どもも全力でお守りいたしますが……せめて、これくらいは包まなければ危険に見合うとは思えません」
何だか、この言葉には含みがあるように思えた。
彼は本当のことしか話していないと考えられるが、言葉の裏側には、紛争地帯と同じくらい危ない場所だから、本官の許可なく勝手に入るんじゃねえぞとメッセージを送ってきている気がする。
ん、俺ってこんなに人の言葉の裏が読めただろうか……? 何だか、急に賢くなったような気がするのはどうしてだろう。
「では、もう少々お待ちください。今……部下でも腕の立つ者を呼びますので……」
彼はそういうと玄関に向かって歩き、スマートフォンで誰かと話をはじめた。
そして、30分もしなううちにドアをノックする音が聞こえてきて、開けてみると……俺よりも若い20代くらいのジーンズ姿の金髪のイケメン青年と、10代くらいの革ジャンを着てヘルメットを被ったままの少女が立っていた。
こいつら、どう見ても公安には見えないけど……本当に警部さんの部下なのだろうか?
イケメン青年が話しかけてきた。
「ちゃっス! 鬼狩さんいますか~?」
「散らかっていますが……上がってください」
「失礼しま~~~す」
狭いアパートに入ってくると、イケメン青年は言った。
「何言ってるんすか、俺のアパートよりもきれいじゃないスか!」
「こらこら長谷川クン。たまにはソージくらいしなよ。彼のアパートって本当に足の踏み場がないんですよ!」
そう革ジャン少女が注意すると、長谷川と呼ばれたイケメン青年は「ちぇっ……うるせーな」と言いながらむくれていた。
鬼狩警部は、カナを見た。
「カナエルさん。貴女の目から見て……彼らなら単独行動をしても大丈夫でしょうか?」
「そうですね……どのようなスキルをお持ちかにも寄りますが、危険なことはなさらない方がよろしいかと……」
さすがにカナの言葉は、鬼狩警部にとっても手厳しいものだったようだ。表情には表してはいないが、内心ではがっかりしていることがなんとなくだけどわかった。
まあ、そんなことを口にするのも無粋なので、さっさと本題に入ろうと思った。
「ところで警部……突入はいつ頃に……?」
「見たところ、比名さんもカナエルさんもお疲れのご様子……今のうちに仮眠をとって頂いて、夕方ごろに入るというのはいかがでしょう?」
その提案に、俺は首を傾げたくなった。
夜の方が視界が利かなくなるし、出現するモンスターも手強くなるのではないだろうか。カナも同じ疑問を持ったらしく、質問をしていた。
「夜の方が危険が多いですし……仲間の生存率も下がってしまうのでは?」
「ダンジョンが膨張するのは、たいていの場合が夜なのです。そのタイミングで入って、モンスター退治をすれば拡大を大きく抑制することができます」
彼は笑った。
「それに、先行して突入した部下たちは、何度もダンジョン討伐を行っている精鋭です。これくらいのことでやられるとは思えません」
納得した俺は、カナと共に仮眠をとることにした。
この仮眠がとても貴重で重要なものになることは、まだ今の俺は夢にも思っていなかった。
鬼狩学(男性)
所属:公安警察6課
能力:不明
腕力 A ★★★★
霊力・魔法 B ★★★
行動速度 B ★★★
耐久力 A ★★★★
技量・作戦 A ★★★★
索敵能力 C ★★
意志力 A ★★★★
経験 A ★★★★
好きなモノ:自分の部下たち、日本酒、刺身
嫌いなモノ:煙草の煙、純粋な子供(嫌いではなく、隠密活動がバレる恐れがあるから苦手)
一言:公安幹部の実力者。それが鬼狩警部である。
彼は諸外国に一目置かれており、特に欧米系のスカウトを頻繁に受けるも、全てを蹴っている人物である。どうやら日本に愛着を持っているようである。
これは余談だが、どれくらい煙草の煙が嫌いかと言えば、普段は表情に現れない鬼狩が露骨に嫌な顔をするレベルである。