第5話
そんな感じで、セイルトンのお爺さんやマロール公爵のように昔から姉さんと殿下を知る人たちは、二人の婚約をむしろ当たり前だとみなしているみたいだった。
けど、僕なんかは思いっきり戸惑っている。
あ、婚約が意外だったっていう意味じゃないよ? 婚約発表前後からの二人の仲良しっぶりに、なんだ。
僕、以前から姉さんと殿下が一緒にいる時にお邪魔することが結構あったんだけど、最近は早々に退散することが増えた。
だってさあ、姉さんたち、僕がいようがいまいが、何かと目を合わせては幸せそうににっこり笑うんだ。お互いがお互いを見ていない時もそう。相手を見つけては嬉しそうににっこり。
ちょっとした移動の時に、殿下がさりげなく姉さんの手を取っても、姉さんは気にした様子もない。話す時の顔の距離も目のやり場に困るほど近くてドキドキするんだけど、本人たちは本当に普通。
他には、殿下が休憩を取ろうとした瞬間に、姉さんも偶然休憩を取って殿下の部屋を訪れたりとか、姉さんが何の気なしに温室に顔を出したら、殿下もその直後にいらしたりとかで息もぴったり。で、その度にさ、そこには二人しかいない、みたいな空気になってさ……。
おかげで僕は熱いお茶の一気飲みなんて芸当を身につける羽目になった。
殿下と姉さんに「最近、物忘れが多くなっていないか」「ルーディ、どっか悪いの?」と心配されてもいる。原因は「ちょ、ちょっと用を思い出したので、失礼しますっ」って姉さんたちの前から逃げるようにいなくなることが増えたせいだよ。
うん、僕、二人の関係が変わっても、気苦労は減らないみたい……。
姉さんと殿下の仲がいいのは嬉しいんだけど、なんかやってらんないなーと思うことが増えて、この間そうクラーク先生に零したんだ。そうしたら先生は「昔はずっとそんな感じだったがのう」と穏やかにお笑いになった。
喧嘩もいっぱいだったらしいけど、仲直りするごとにもっと仲良くなって、何をするのも一緒。目を見ただけでお互いの考えが細部までわかるようだったんだって。
僕は姉さんが執務補佐官になってからのやりとり――つまりニコニコ引きつった顔で笑いながら、毒を交わし合う2人しか知らない。よくよく見ていて、「あれ、ひょっとして本当は仲いい……?」とかろうじて思えるようなやりとりしか記憶にないんだ。
けど、そう言われて、そういえば初めて殿下に出会った時は双子の月の精霊みたいに見えたっけ、とちょっと思い出した。
そう仰るのは、何もクラーク先生だけじゃなかった。僕がよく出入りしている王宮図書館で働いているトレバーさんも、「元に戻っただけだよ」と言っていたし。
ちなみにその後、「ずっとあんな感じだったら期待もしなかったんだけど……」と彼が小さく苦笑していたの、僕はしっかり聞いてしまいました……。
姉さん、姉さんは「情報を制する者が世界を制するの! ルーディ、耳はいつだってそばだてておきなさい、拾える話は何でも拾いなさい!」ってよく言うけどね、「姉さん……世界征服する気なの? 姉さんが言うと洒落に聞こえないんだけど」と僕が怯えてるのも結構切実なんだけどね、世の中知らないほうが幸せなことって絶対にあると思うんだよ。
うん、僕、話し終えた後、トレバーさんの後ろ姿に思わず「ごめんなさい」って謝っちゃった。「でもあの姉さんです。うまく行かなくて、あなたは色んな意味できっと幸せだったと思います」と付け加えたのはここだけの話だけどね。
うん、「殿下は頑張って……!」とも付け加えちゃったのはもっと内緒です。
もちろん、多少なりと変わった点はあるらしい。
1番の変化は殿下が積極的になって、そうされると姉さんがさすがにちょっと戸惑うことだという――これを嬉々として教えてくれたのはマーガレットさんだ。
姉さんと結婚することが公表されたのと同時に、カイ殿下は人目もはばからずに姉さんに構うようになった。
素で手を繋いでいた姉さんをいきなり引き寄せて抱きしめてみたり、顔を近づけて話をしていたところで、小さく笑ってキスしてみたり、ソファに座っての休憩の間にさりげなく肩を抱いてみたり。
あんまり行き過ぎると、姉さんは、「っ、ベタベタしないで、仕事しなさいよ、仕事! 公私混同言語道断!」って容赦なく殿下をはねつけるんだけど、殿下の方も慣れたもの。
「じゃあ、今この瞬間から私だ」
「……は? ちょ、ちょっと、何勝手に決め付けてんのよ?」
「アンリエッタの肩書きは『まだ』王太子付執務補佐官。つまり上役は俺。よってこれは命令」
そうにっこりと笑って、姉さんが見ていた書類を取り上げたりなさる。
それを姉さんがぎろって睨みながら取り返して、それにすら殿下は嬉しそうに笑って、それを見てる姉さんも不承不承ながら表情を緩めて――「犬も食わないとはよく言ったもんだ」とはアゾットさんの台詞。
マーガレットさんやアゾットさんが殿下と姉さんの事情に詳しいのは忠誠心のなせる業というより、きっと退屈しのぎ――2人ともすっごくいい性格をしているしね。
まあ、それでも仲がいいことには違いないし、本人たち無自覚(だからこそ余計ダメージが大きい)のそんないちゃつきぶりのせいで、周囲もいい加減諦めがついてきたみたいだし、「あー、きっとこのまま平穏無事に結婚まで行くんだろうなあ」って安心してて……、
「あのぅ、殿下、なんか……すっごくご機嫌斜め、ですか?」
それが間違いだったと、とても心臓に悪い形で気付かされる羽目になった。
そうだよね、よくよく考えてみれば、平穏無事なんてありえない人たちだった……。




