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恋の見出し方  作者: ユキノト
番外編【本命と穴馬の悟り方】
76/85

前編

「スタフォード。で、アンリエッタ、ってか……またやりやがったな」

 自室で寛いでいるところに、執事が持ってきたその知らせを聞いた瞬間、感嘆とも呆れともつかないため息が出た。同時に、ゾアク・マロールの脳裏に浮かんだのは、好々爺然とした笑みを湛えている、丁寧に整えた髭の載った上品な造りの顔だ。


「大陸一の賢者、アンソニー・クラークねえ、今度の意図は一体何なんだか……。セイルトンといい、本当にうちの国は狸爺の根城だな」

「……それを旦那さまが仰いますか……」

 知らせを持ってきた執事が漏らした言葉はもちろん無視。

「それこそがその証明ではないのでしょうか……」

 などというぼやきにも当然気付かない振りをする。

 なぜなら、父親の跡を継いでマロール公爵家の執事になって以降、日ごと生え際が後退していく齢38の彼をいじるより、今すべきことは他にあるからだ。


 今回のカイエンフォール第1王子の側役募集は実質、王位継承争いの一環だ。

 現在5人いる王子のそれぞれに側役や護衛、婚約者などが決まって、その後は彼らとその実家が王子の後ろ盾となり、支えていく。

「オルッセン侯爵家の後に、スタフォード伯爵家ねえ。カイエンフォール派は何を考えたんだか」

 第1王子に先日ついた護衛の実家は申し分ないが、とゾアクは首をひねった。


 スタフォード家は傑出した学者を連綿と輩出してきた家系だ。この大陸の学問の進展を語る際に、彼の家なしでは話は一歩も進まないだろう。

 政治、経済、育種、法律、医術……先々代まではそんな分野を得意にしていたが、ここ2代、飯の種にならんこと――文学と哲学だったか――を興味にしている奴が当主になっているせいで、文字通り潰れかけていると先日悪友のカンゼルクから聞いた。


「あそこの血が消えるってのは避けたいな。手を回すか」

「だが、何をどうする? 自分の屋敷すら頓着してないんだ、領地をやっても面倒見切れん。任官を勧めたところで権力なんか見向きもしないだろ」

「ああいう奴らは自分の興味以外のことが一切出来ない変人と相場が決まってるからなあ」


 ――さて、そんなとこ出身の、しかも、“娘”を敢えて今第1王子の“側役”に選ぶ意味は何だろう。


「本人ってことかなあ……親がやれと言うとも思えんし。なんせ次代のそのアンリエッタ“ちゃん”は、そういうことに興味が持てる子って訳だ」

 一体どんなのなんだか、とゾアクは肩をすくめ、執事に命じて出かけるための身支度に取り掛かった。


 本来なら億劫で仕方ない登城のための準備だが、今日は少しだけ気分が異なった。

 王子たちの側役やら婚約者やらを巡るドタバタに参加したがっている息子を、一喝して黙らせたのが先日。

 どの王子がどうとは言えない現状では、どこに肩入れするのも得策ではない。しかも、ありとあらゆる勢力から不定の距離をとっておけば、マロール公爵家の力であれば十分キャスティング・ボートを握れる。

 賭けに出なくたって、しばらくは安穏としていられたはずなのだ、そんな穴馬が第1王子の側役に選ばれなければ。



* * *



 そうして足を踏み入れた王宮では案の定というか、暇な奴らが寄り集まって熱心にその話題に食いついていた。

 そりゃ意外だろうけど、だからって何も通路のど真ん中でするこたなかろうに、と思ってしまったのは、鬱陶しいという以外に、そんな話題をこんな場所で口にする浅慮さに脱力しそうになるからだ。平たく言えば、『……馬鹿じゃねえの?』というところだ。


「スタフォードとは……だが、なぜ女の……」

「殿下のお気に召したとはまさか」

「いやそれはあるまい。その意味なら婚約者となるはずだ」

「そうだ、聞けばスタフォード家は今や財の一片もないというではないか。あの屋敷を見れば、隠し財産もあるまい。後ろ盾にすらならん」

「では、第1夫人はカイエンフォール王子を実質継承争いから撤退させる気か?」


(おーおー、動揺してるしてる。そうだろうなあ、目の色変えてるもんなあ)

 ゾアクからすれば、そんな類のことは面倒くさくて鬱陶しい。だが、放っておけば、こいつらのようなアホどもに国ごと潰される、それはそれで面倒くさい。

「なんだって頭のわりい責任感のない奴ほど、権力やら地位やらに憧れるんだか」

 嫌気と共にそう呟いてから、1人でクツクツ笑った。

 頭が悪くて責任感がないからだ。単純に、華やかで何でも好きに出来る、人にかしずかれて気分がいいとしか考えないのだろう。

(将来の国王になりうる王子に仕官もしくは婚約……圧し掛かってくる責任の重さを考えりゃ、恐ろしくて普通の神経と頭じゃ望めるもんじゃないと思うがねえ)

「ほんと、ろくなもんじゃねえな」

 宮殿内に澱のように溜まった、そんな貴族や官僚たちを横目で捉え、つかまるのは面倒だと身を物陰に滑り込ませた。


「お、エマちゃん、悪いんだけどさ、カイエンフォール殿下の側役になったって子、こっそり見れるとこ知らない?」

 そこに洗濯物の山を抱えて現れた、自分の孫より少し年上の下働きの子を捕まえて話を聞き出す。それから、彼女たちが使う通用路やら裏口やらをぬって、面倒なのには誰にも捕まらないまま、カイエンフォール第1王子の暮らす宮殿へとたどり着いた。

 どんなに華やかな場所だろうと実際に物を動かしているのは、いけ好かない貴族の連中が歯牙にもかけない人々で、その彼らと仲良くしておくのは賢明なことだというのがゾアクの持論だ。

(さっきみたいな貴族連中とか目の色変えて男に取り入ろうとしてる侍女たちよか、よっぽど気も合うしな)

 そうして、ずけずけと中庭へと入って行った。


「……マロール公爵」

「おー、キーン、優秀優秀。オルッセンの息子にしとくには惜しいな、うちの馬鹿息子の代わりに養子に来ないか? そしたら俺は即座に引退できるんだがなあ」

「相変わらずですね」

 目の前で苦笑している若い近衛騎士がカイエンフォール王子の護衛、キーリニアス・オルッセン、侯爵家の嫡男だ。

 実家の権力を差し引いても中々優秀。今も宮殿に突然現れたゾアクに気付いて、意図を確認しに来たのだろう。

 さっきゾアクが悪態をついた連中とは中身も違っていてかなり気に入っているのだが、ノリがいまいち悪いのが難点だ。そこで「養子ではなくお嫁になら」ぐらい返してくれれば、文句なしなのに。


「それでご用件は?」

「話が早いな。噂の嬢ちゃんを見に」

「……なるほど」

「なんだ?」

 だが、頭の回転も速いはずのキーンは、そこで奇妙な顔をして黙り込んだ。

 そんな彼の視線を追って自然と後ろ、斜め上方を見上げる。

「……」

 そして、ゾアクは木の上でさめざめと泣いている小さな女の子を発見した。



確認でき次第、後編UP

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